「また猟師か」
クマはそうぼやくといま来た道を戻り始めた。
追われているのである。人間もこんなに雪深い、足場の悪い森の斜面にわざわざ出向いてこなくてもいいと思うのだが、きっと需要があるのだろう。獣の頭ではよくわからなかった。それともそんなに食べるものがないのだろうか。雲ひとつない快晴だからただ単に遊びに来たのだろうか。命を懸けてまで。
そういう自分も本来ならばこの時期、深い眠りについているはずなのだった。ここ数年はうまく眠れていたのだった。秋の貯えが心もとなかったのがいけなかったのかもしれない。ともあれ、起きてしまった。起きると眠れなかった。腹が減っていた。
一面を雪で白く覆われた森の中で、遠くの方にぼんやりと見慣れた姿がある。なんだっけ、とクマはしばらく考えを巡らせていたが、一番最後に眼にした、例の雌年増によく似ていた。いや、もっとばあちゃんの、いつ死んでもおかしくないような傾きかたをした、よれよれの――そう納得仕掛けた途端、たーん、と爆ぜる音がする。一瞬網膜に閃いた影は左耳の毛先を掠めて後方に過ぎていった。恐怖心から痺れがきた頃には身を翻していた。ばばあの皮に向かって突進する。皮の目の穴から猟銃の砲身がにゅっと出てくる。勢いに任せて構わず腕を振り下ろすとぐしゃっ、とした他愛もない感触があって、やや遅れてどす黒い血が滲み出してきた。
こうして急場をしのいだクマであったが、人間はそこかしこから湧いてきた。大木の木の皮に身をやつす者、雪にすっぽりと埋まって待ち構えていたもの、はじめは理不尽な怒りに任せて打ち倒していたが、さすがにくたびれてきた。息が荒くなって仁王立ちになったところを横から背中から幾度も撃たれる。このままではただの的だ。幾重にも重ねて着込んだ皮のおかげで痛みはないが、撃たれた皮が裂けては腹回りに重たく垂れ下がってくる。限界と思って一番上の皮を脱ぐ。また撃たれる――また一枚、また一枚、歴歴に遺されていた皮が一枚ずつぼろぼろになっていく。逃げ回って、脱ぎ捨てるほどどんどん身軽になる。
日が暮れて、ようやく巣穴に戻ることができた。不幸中の幸いで腹もくちくなった。今度は春まで眠ることができるだろう。クマは着込んでいた皮をめりめりと脱ぎ捨てると、元のキリンになって穴ぐらの中に丸くなった。
アフリカのサバンナからやってきて早八年、ずっとこんなふうにして暮らしている。