Entry1
一杯のレモネード
Bigcat
高校生の泰三君は大変無口で、クラスではいつも独りぼっち。友人はひとりもいませんでした。担任の岡田先生が心配して、ゆっくり話をしたいと思い、ある日の放課後、彼を職員室に呼び出し、自分のアパートへ来るように言いました。
泰三君は話なら学校の面談室ですればいいのにと思いながらも、先生の強い語調に押し切られて、その日のうちに駅前の先生のアパートを訪ねました。
リビングのソファーに座ると、先生は穏やかな口調で尋ねました。
「君はいつも静かだね。誰とも話をしたがらないみたいだし、何に対しても興味が湧かないように見える。学校の成績にも出てる。何故なんだ?」
泰三くんはしばらく逡巡した後、重い口を開きました。
「とても辛いんです。今まで悲しいことばかり。家の事、学校の事、将来の事、いつも考えつづけていて、何にも集中できないし、誰とも話す気が起こらないんです」
先生は泰三君の話を注意深く聞いた後、
「レモネードでも飲むか」と言いました。
彼が黙って頷くと、先生は立ち上がって、キッチンへ行きました。作り置きして冷蔵庫に入れておいた原液を取り出し塩と砂糖を加えます。その時、塩を余分目に、砂糖を控え目にしました。
先生が持ってきたレモネードを一口啜ると、泰三君は変な顔をしました。
先生は尋ねました。
「どうした?まずかったか?」
「ちょっと、しょっぱいです」
「そうか、飲めないのか。じゃあ、捨てるわ」こう言ってレモネードを
捨てようとすると、
泰三君はちょっと慌てて、
「先生、捨てる必要ないです。ちょっと塩からかったんです。もう少し砂糖を
入れれば美味しくなると思います」と言いました。
これを聞いた先生はちょっと微笑んで、
「まさに君から聞きたかったことを言ってくれたね。これを君の人生と比べて
ごらん。わかるだろう。レモネードの味を良くするためには、塩を取り除くん
じゃなくて、もっと砂糖を 加えればいいんだ」
そして先生は更に付け加えました。
「私達もすでに起こってしまった悲しい出来事を人生から取り除くことはできないけれど、辛いことや悲しいことを、良い経験をした時の甘い記憶で消すことはできる。いつまでも過ぎ去ったことについてくよくよしていると、君の現在は良くならないし、将来を明るくすることにもならないんだ」