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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第44回バトル 作品

参加作品一覧

(2021年 8月)
文字数
1
小笠原寿夫
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
アレシア・モード
1000
5
江見水蔭
1610

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真偽の機長
小笠原寿夫

 高度1万メートル。耳を押さえつけられるような感覚は、無くなった。私は、この時間が一番勿体ないと思っている。移動なんて、交通手段に時間を掛ける無駄である。仕事で、仕方なく乗ってみたものの、やはりこの空気は好きになれない。
「お客様の中に機長の方はおられませんか?」
と、アナウンスが流れた。キャビンアテンダントは、お茶とコーヒーを配っている。乗客たちは、前面のモニターを見たり、座席後ろにある雑誌に目を通したりしている。私は、機内で音楽を聴いていたが、妙にざわつき出した。
「えっ、今、なんて言った?」
「機長がどうとか。」
「いないの?」

 一方、コックピットでは、空の旅を楽しむ為に、機長と操縦士と副操縦士が、任務を着々と遂行している。
「お客様には、安心安全な空の旅を楽しんで頂く為に、お茶やジュースをお配りしております。快適な空の旅を、ご堪能下さい。」
そんなアナウンスが流れた。
 ざわざわは収まらない。
「機長がいないってどういう事?」
「ちゃんと着陸できるの?」
ざわつきを制したのは、ある一人の乗客の男性だった。
「私、実は、遠い昔、機長をしておりました。」
年の頃なら、80歳くらいだろうか。高度経済成長期に機長の経験があるのかないのか、定かではないが、私は静かにその風景を見守っていた。よたよたと歩きながら、前のめりになりながら、歩くその姿からは、到底、機長が務まるとは思えなかった。
「大丈夫です。任せてください。」
キャビンアテンダントを尻目に、男性はコックピットのドアの鍵を開けて入っていった。

「あなた、機長の資格持ってないね。」
コックピットに入るなり、そう告げると、自称元機長の男性は、そこに居る機長に言った。
「乗客を不安にさせては、機長失格です。」
慌てふためく機長をよそに、無線レーダーで伝える。
「こちらボーイング737—500。午後9時着陸予定。」
事務的にそう報告すると、
「成田空港午後9時着陸了解。」
と、ラジオ音が聞こえる。男性は、着陸準備に、操縦士と副操縦士に指示を出す。
 てきぱきと働く操縦士と副操縦士。先ほどの機長は、ジッと黙っている。
「お前誰だよ。」
というツッコむ暇もないまま、三人は、任務を全うし、無事、乗客を乗せた飛行機は、着陸した。私を乗せた飛行機が、その後、どうなったかは、わからない。どちらが本物の機長かなど野暮は言わないが、無事到着すれば、乗客たちは皆、そんな事など忘れていく。
真偽の機長 小笠原寿夫

マチルさんのこと
サヌキマオ

 雲を焼き尽くしたような八月の青空だ。墓は山の中腹にある。軽自動車でないと登れないような狭い道の先に共同墓地があって、法事ともなると車に乗れる代表者だけで墓まで行っていたのを思い出す。今となっては人が集まること自体がなくなってしまったが、墓はずっと同じ場所に建っている。
 墓は数年前に見たときよりも格段に巨きくなっていた。中に眠る爺さんが面白がりの性分で、枇杷だの蜜柑だの、墓の周りにたくさんに植えていた。ドラえもんの形に切りそろえた柘植の植木もあった。墓石は木々の中に埋もれるようにしていたのが、いまや頭ひとつ突き出している。こんなに巨きくなるものなのか。
「温暖化のせいかねぇ」マチルさんは本家の従姉だが、二十五も年が離れている。「美魔女」と呼ぶのも烏滸がましい、時間の流れというものをどこかに置き忘れてきたような様子で溌溂とした声を出して、よく笑う。実は自分の方が二十五歳上なのではないかと思った、というのは言い過ぎかもしれないけれど。
「ひどいのになるとね」マチルさんは滑るように石畳の隘路を進んでいった。「ほら」人為的に植えたのか自然に生えたのかわからないような灌木を縫っていくと、まもなくふたつの墓石が重なってアーチ状に湾曲しているのに出くわした。墓の向きからすると、ふたつ並んで海老反りをしたような形態だ。
「二木さんと山岡さんね、仲の悪い家ではあったんけど、とうとうバックドロップを決めよったんよ」
 石の時間感覚は長い。これでも石にとっては技が決まってほんの一瞬のことであるらしい。「それでも前のお彼岸の時はこうはなっとらんかったけぇ、珍しいんで東大だか京大の先生が見に来よったんよ」墓石の湾曲は実に不自然だった。さも軟体のようにいくぶんか体を捩じっている。体を捩じった上を、さらに苔した上を小さな蟻の行列が続いている。
 マチルさんに会ったのはそれっきりだ。法事からしばらくして、マチルさんがなんらかの病気で入院したという話を聞いて驚いたのも印象に残っている。もともと体が弱かったのだろうか、肉も血管もそのまま透かして見えるようなマチルさんの肌は、やはり栄養が足りていなかったのかもしれない。まもなく葬式の連絡がきたが、香典だけ現金書留で出してそれっきりとなった。お返しがあったかどうかも記憶にない。
 以上は今朝「仁徳天皇稜、大阪湾に到達」というニュースを見出しを見て思い出した話である。
マチルさんのこと サヌキマオ

二本のギター
ごんぱち

 二本のギターが、天国にやって来ました。
 腕はともかく想いの強い一人の作家に作られたその二本のギターには、魂が宿っていたのです。

 ピカピカなギターが言いました。
「やあ兄弟。君はどんな一生だった? 僕は、ステージで五万人のお客さんを喜ばせたよ」
「それは素敵だ。私が曲を聴かせ喜ばせられたのは、三人だよ」
 もう一本の古びたギターが恥ずかしそうに言いました。

 あなたは、天国に来たギターが古びた姿のままなのはおかしいと思うかも知れません。
 天国では死に至った傷や病気だけ直します。全てを直す事は、赤ん坊に戻ってしまう事と変わらないのです。

「たった三人?」
「前のご主人は、『練習用』と私を呼んでいたよ」
 古びたギターは自分の弦を鳴らします。割れた音がしました。
「前のご主人は最初は独りで弾いていたけど、ある時からもう一人の前で弾くようになった。その人は、私の音を喜んで、拍手をしたり、一緒に歌ったりした」
 ピカピカなギターは小さくあくびをしました。
「ケースから出ない日が少しあってから、前のご主人は赤ん坊を連れて帰って来たよ。その赤ん坊が大きくなって、私の今のご主人になったんだ」
「……赤ん坊?」
「ご主人は、すぐ上手くなった。しばらくしてご主人は、バンドに誘われたから、新しいギターを買って欲しいと、前のご主人に頼んでたよ」
「人間は勝手だよな」
「無理ないさ」
 古びたギターはまた弦を鳴らします。
「私はキズや歪みがあって、音程はともかく音の濁りはどうしようもなかった。でも、ご主人が私を弾いてみる事はちょくちょくあったよ」
 ピカピカなギターは興味なさそうな顔をしています。
「でもある時から、ケースの中にいる日が続いた」
「とうとう捨てられたんだな」
 古びたギターは笑って首を振りました。
「久々にケースから出た時、ご主人の隣りに寝かせられたよ。ご主人が私を弾きながら眠り込むのはいつもの事だったけど、今度は蓋をされたんだ」
「蓋って事は」
「素敵じゃないか、こいつは、ご主人と一緒に入れるでっかいギターケースだったのさ! そうして、ご主人と一緒に寝ている間に、天国に来ていたという訳さ」
 古びたギターはピカピカなギターに尋ねます。
「私ばかり話して済まなかったね。君はご主人と、どんな曲を奏でたんだい?」
「……僕は観客を、最高に熱狂させたんだよ」
 ピカピカなギターは、吐き捨てるように言って、後は黙り込んでしまいました。
二本のギター ごんぱち

出張供養
アレシア・モード

 松平土佐守殿江戸の上屋敷のある長屋に住める人は、必ず病み。或いは死する人もあり。
 それゆえ各々いぶせく思いしかども。部屋つまりしかば。詮方無くて藤山喜三郎という人住みしが。家来につきてさまざま口走り。
『我は国沢十右衛門が妻なり。夫の事はとが有りて刑罰に値し事なれば力なし。自らは女の事にて何の仔細をも知らざりしものを。同罪に行いたまい。殊に頸を竹に貫き。盤石を上に置かれし苦しさ如何ばかりなり。この部屋に住む人に恨みは無けれども。我が苦患の気、上に昇りてかく悩みたまうぞかし。哀れ願わくは死骸をほり出し。跡を弔いたまわれ』とて。さめざめと泣きける。
 その十右衛門は如何なる者ぞと家中の上下を尋ねたまいしに。門番の隠居八十あまりの老人これを聞き。
 その者は元和年中に米払の役にて私欲の事ありて。夫婦ともに首を刎ねられ。死骸は其の部屋の下にうずみしという。

「と、言うわけでな――アレシア殿」
 藤山喜三郎は、私を見据えて言った。
「死骸を掘り出して欲しい」
「藤山殿」
 私――アレシアは困惑していた。
「なんで、私が江戸時代に」
「さあ、怪奇の事件はアレシアにとの下知にて」
「はあ」

 天和二年六月二十三日、雨降る午後。藤山の手配した人足数名、件の部屋の床板を引き剥がせば、床下に何かが据えてある。大きな石であった。
「うわ、本当にあるわ。除けてみなよ」
「アラホラサッサー」
 男らが大石を除けた下には、掘った窪みがある。内に転がる髑髏が二ツ。
 外の雨音が高まる。暗がりの底に転がる髑髏の一つには、尖った青竹の先ばかりが、喉から頭頂へ貫いている。長い黒髪が、固く絡みついていた。
 凝視する私達の耳に、どこからか甲高い声が響いてくる。カラカラと笑う狂った声が、次第に近づいてきた。背後だ。
『いまぞ我が屍を、見らるるよぉ』
「うわあ」
 振り向くと、諸肌ぬいで白眼を剥いた小太りの男がざんばら髪を振り乱し女の声で高笑いしている。
「うわあ」
「失敬、アレシア殿」その背後から藤山喜三郎が現れた。「この者は初めに申し上げたる――霊に憑かれた家来にござりて」
「気色悪いなあ」
『さぁ、我を弔いてたまわれよぉ』
 藤山が頷いた。
「承知した――して、誰のこうをか望むぞ」
『アレシア殿にぞぉ。怪奇の事件はアレシアに』
 え、回向? お経とか読むの? えっと……
「ではアレシア殿、この者に引導を」
「て、テクマクマヤコーン!」
 大江戸を光が包んだ。
出張供養 アレシア・モード

温泉
今月のゲスト:江見水蔭

 前の渓流の喧しい中で鹿じかが鳴いている。雑鬧ざつとう極まりない温泉場も深更しんこうになると蕭然ひつそりとしてきて、ようやく都離れした片山里であるという事が分かる。盛夏には別して水が少ないので、従って瀬々せぜの音が高くなる。その頃は避暑の客が四方から集まって宿の繁昌、我にとりては大迷惑の混雑を極める、それほど誠に落ち着いて湯にも入れぬ始末だ。
 今夜も人が寝鎮まったから一人でゆるりと汗を流そうと、部屋を出て廊下伝いに湯殿へ行った。
 谷の底のようになっている浴室へ降りて行くには、よほど長い階段を下らねばならぬ。降りてしまえば丸で別世界で、喧しい渓流は聴こえないけれども、龍の口から出る湯殿と水瀧との音は、絶えず音楽を奏するかの如き響きを漲らしている。
 三方が硝子戸である浴室の外は、苔蒸したる岩石の絶壁で、何んの事はない大きな井戸の中を見たようだ。余は緑色のカアペットを敷きつめてある板の間に浴衣を脱いで、すぐさま湯船に飛び込んだ。
 大理石で畳んである流し場には、大きくいうと瀬を造ってざあざあと湯が溢れて居る、実に勿体ない様だ。湯船の中の自分が動くたびに波を打って、一層石の上の瀬が高くなる。このとおり湯が多量なのと、絶えず湯が替わるので清潔なのと、湯加減の肌触りが好いのとで、昼間の雑鬧ざつとうには閉口しながら、未練を起こして今日まで居るのだ。 あまり好い心持ちなので知らず知らず眠くなる。湯船の隅へ行って両手を縁に掛けて居ると、湯の湧き出るのと共に身体が浮いて、後には流れ出しそうになる。
 小声で詩を吟じながら、ふと湯滝の落ちている湯壷の方に目をつけた。厚い摺り硝子に包まれたうえに湯気で曇っている電気灯が、おぼろげに照らしているので、ようやく発見したのは、驚いた、雪の中に鷺が居て、大理石の白い処にまた真白な物体が、我と同じような事をして居る。すなわち湯船の縁へ両手を掛けて、身体を漂わせて居るのである。けれどもこれは寝ている、正体なく眠って居るのだ。なおよく電気灯に照らして見ると、それはこのごろ客来の多さに女中が手回りかねるというところから、この宿屋の親類で五六里隔たっている田舎の娘、今年九歳になるのが、二三日前から手伝いに来ている、その子である。たしか継子だと言う事だ。
 可哀想に働くのに馴れないものだから、朝早くより夜遅くまで、牛馬にもあるまじき程追いつかわれた為に、すっかり草臥くたぶれてしまって、寝がけに風呂汗を流してと思って入ったまま、もう堪らなくなって、好い心持ちに湯の中で寝てしまったものと思える。ついでに髪を洗ったと見えて、散らし髪が黒々と石の上に分かれている。
 少女というものは誠に罪の無いもので、それが寝てしまってはなおさら一点の汚濁がない。清浄である、潔白である。浴泉の天女の図を正物しようぶつで拝む事が出来たので、頭の天辺から足の裏まで、鋭利なる錐で貫かれたように、美感にうたれた。
 蕾の花は散らしたくない、新月は山の端に入らしたくない、 しかしいつまでもこうやって眺めている事はできない、起こしてやらないと、湯気に上がるか、風邪をひくか、どちらかである。
 とは言うものの、折角心地好く寝ているのを、今起こすのは何となく無惨のように思われてならぬ。
 起こしてやるのが慈悲とは知れど、どうも手を下すに躊躇した。
 けれども限りのない事があるから、思い切ってそちらへ行って、二声三声呼んで見た。
 起きない。なお大きな声で呼んで見た。それでも起きない。近寄って見れば見るほど可愛らしい顔、起きているのではあるまいかと思った。笑うて居るのではないかと思った。
 ここに不思議がある。その可愛らしい顔がいかにも蒼白い。
 電気灯のせいかと思ったが、それにしてもいかにも蒼白い。
 思わず知らず身の毛立って来た。急に出来るだけの声を発して呼び起こしたが、どうしても目を覚まさぬ。これまでと、その子を抱き上げて見ると、鳴呼、氷のように早や冷たくなって居た。


十千萬堂
 藻の花や名も無き水の夕まくれ

松岡國男
 散りてだ風のさそはぬ童櫻ちござくら
  白くぞ見ゆるおぼろ月夜に

武田櫻桃
 ごくや霧の中にも湯の烟