Entry1
言伝はウニクラゲ
サヌキマオ
台風が過ぎ、オリンピックが終わると冷蔵庫から音がするようになった。ジジ、ジジと断続的に聞こえるノイズは内部のモーターの故障か、それとも壁と冷蔵庫の隙間に挟まった虫の羽音かといろいろな想像を搔き立てた。単純に故障であるならば、あたらしい冷蔵庫のことも検討せねばならない。結婚当初に新しく買った冷蔵庫だ、そろそろ寿命なのかもしれない。しかし、そんな十年足らずで壊れるものだろうか。実家の冷蔵庫は三十年くらいもっていた気がする。
そうこうしているうちにオンラインでの打ち合わせが行われることになった。向こうは日本の漫画を翻訳しているロサンゼルスの出版社の社長さんだ。社長さんは日本での生活が長かったので言葉の不自由はないが、他のスタッフはほとんど日本語が話せない。こちらも経験上、英語で応対せざるを得ない状況には何度も陥っているが、かといって軽いジョークで場を和ませるような言語力ではない。翻訳ソフトを使うことにする。最近のソフトは音声入力での翻訳の機能も飛躍的に上がって、もはや英語を覚えなくてもいいのではないかという気もする。あとはお互いに、伝えるきがあるかどうかによる。
会議が始まった。会議の内容は要するに「ぼちぼちうちも翻訳だけだと厳しいから、そろそろ自社でオリジナル製品を出してみたらいいのではないか。ついでにメディアミックス展開をしてオンラインゲームやグッズ展開などしてみたらいいんではないか」という、地味に自社ブランドを追うだけでは飽きたらなくなった社長の思いつきをスタッフみんなでなんとかして止めるみたいな会議である。冒頭から小粋なジョークで始まり(みんなが笑うので笑っておいた)半ば雑談のような、半ば近況報告のようなまま進行していく。この頃はまだ、翻訳ソフトが逐次生み出してくれる文章を眺めていればいいので気が楽だったが、ふと「おや」と思うことがある。
翻訳ソフトの画面に話と全く関係なく「ウニクラゲ」という言葉が出力され始めた。バグにしては出力される単語が渋いなぁ、と考えていたが、まさかウニクラゲのことをロサンゼルスの人に相談するわけにも行かない。うにくらげ? と思わず声に出すやいなや、
――ジジジジッ。
冷蔵庫が、鳴いた。
「賞味期限が?」
――ジジッ。
「去年の――」
ハッとして冷蔵庫の中を探る。棚の一番上の奥、たしかにうにくらげの瓶があって、賞味期限が、去年の八月と書いてある。