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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第45回バトル 作品

参加作品一覧

(2021年 9月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
春風亭きいろ
1000
3
ごんぱち
1000
4
アレシア・モード
1000
5
小川未明
1443

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言伝はウニクラゲ
サヌキマオ

 台風が過ぎ、オリンピックが終わると冷蔵庫から音がするようになった。ジジ、ジジと断続的に聞こえるノイズは内部のモーターの故障か、それとも壁と冷蔵庫の隙間に挟まった虫の羽音かといろいろな想像を搔き立てた。単純に故障であるならば、あたらしい冷蔵庫のことも検討せねばならない。結婚当初に新しく買った冷蔵庫だ、そろそろ寿命なのかもしれない。しかし、そんな十年足らずで壊れるものだろうか。実家の冷蔵庫は三十年くらいもっていた気がする。
 そうこうしているうちにオンラインでの打ち合わせが行われることになった。向こうは日本の漫画を翻訳しているロサンゼルスの出版社の社長さんだ。社長さんは日本での生活が長かったので言葉の不自由はないが、他のスタッフはほとんど日本語が話せない。こちらも経験上、英語で応対せざるを得ない状況には何度も陥っているが、かといって軽いジョークで場を和ませるような言語力ではない。翻訳ソフトを使うことにする。最近のソフトは音声入力での翻訳の機能も飛躍的に上がって、もはや英語を覚えなくてもいいのではないかという気もする。あとはお互いに、伝えるきがあるかどうかによる。
 会議が始まった。会議の内容は要するに「ぼちぼちうちも翻訳だけだと厳しいから、そろそろ自社でオリジナル製品を出してみたらいいのではないか。ついでにメディアミックス展開をしてオンラインゲームやグッズ展開などしてみたらいいんではないか」という、地味に自社ブランドを追うだけでは飽きたらなくなった社長の思いつきをスタッフみんなでなんとかして止めるみたいな会議である。冒頭から小粋なジョークで始まり(みんなが笑うので笑っておいた)半ば雑談のような、半ば近況報告のようなまま進行していく。この頃はまだ、翻訳ソフトが逐次生み出してくれる文章を眺めていればいいので気が楽だったが、ふと「おや」と思うことがある。
 翻訳ソフトの画面に話と全く関係なく「ウニクラゲ」という言葉が出力され始めた。バグにしては出力される単語が渋いなぁ、と考えていたが、まさかウニクラゲのことをロサンゼルスの人に相談するわけにも行かない。うにくらげ? と思わず声に出すやいなや、
――ジジジジッ。
 冷蔵庫が、鳴いた。
「賞味期限が?」

――ジジッ。
「去年の――」

 ハッとして冷蔵庫の中を探る。棚の一番上の奥、たしかにうにくらげの瓶があって、賞味期限が、去年の八月と書いてある。
言伝はウニクラゲ サヌキマオ

母の父性
春風亭きいろ

 私の手が震えていることを、母はよく怒鳴った。
 病気にかかっているせいもあり、薬の副作用であることを理解していなかった時期の事である。部屋の中をぐるぐると歩き回るのも気持ちが悪いから辞めてくれ、と言っていた。専門家に言わせると、自分の縄張りをぐるぐる回るのは、動物の習性らしい。ぼろぼろに蹴飛ばされて、泣きじゃくった記憶もある。子供の頃の話ではない。20代を越えてからの話である。
「あんたをこんなあほにした北海道が憎い。」
と、母は、口にした。私は成績が割と良く、北大に合格したことを母は、陰ながら誇らしげに思っていたことだろう。それが、鬱にかかり、精神をやられ、見るも無残になって帰った私を見て、何か別の生き物でも見るかのように、私に触れなかった。
 母の私に対する扱いは、母性というよりも父性に近かった。
 成績優秀だった私が、北海道で何をしていたか、というと勉強ではなく、大阪の連れに漫才台本を書くことだった。それに精を出していた。そうして私の頭脳は蝕まれていった。
「北大、軽く卒業してきました!」
という構図が、母の中にあったのかもしれない。しかしながら、そうは問屋が卸さなかった。先入観ほど怖いものはない。
「こいつ、勉強が出来る。」
「こいつ、仕事が出来る。」
そういう者には、人は何故か味方する。その先入観が崩れた時、人はがらりと態度を変える。学校でもそう。職場でもそう。家庭でもそうだった。いじめ、虐待が起こるのは、この厄介な先入観とやらが問題だと思っている。喧嘩の弱そうなやつに出会ったら、取り敢えずいちゃもんをつける。私の主観では、それは罪だと思う。
 ところが、盲点が一つある。
 それは、この国は資本主義社会である、ということである。金がものを言う。だから、もし、今、虐められている人がいるとするならば、シビアなようだが、それを考えて欲しい。
「あほでのろまだけど、金持ちだから。」
それだけで、勝ち組になれる。
 そこで、私に目を向ける。母は、私の性分を見抜いていた。
 朝が弱くて、勉強も出来なくなり、仕事も遅い。だが、この子は文章を書く。然して文才がある訳ではないが、書く力はある。
 母は、私に「出ていけ。」と、よく言った。家から追い出された訳だが、それ以前に、ラジオを聴きながら、私がパソコンに向かう耳元で、「出ていけ。」と、何度も詰った。私のキーボードを打つ手が、カタカタと音を鳴らし始めた。

母の父性 春風亭きいろ

祈り
ごんぱち

「ああ、四谷課長」
 本社での管理部門会議後、席を立とうとした四谷京作は、人事部長に呼び止められた。
「はい?」
「欠員補充の件で、この履歴書、なんだがね」
 部長は履歴書のコピーを差し出す。
「応募来たんですか、やった!」
「どう思う?」
「ふむふむ、学歴凄いですね。職歴は若干フリーの時期とか混じってるけど、正社員になった後は一回転職……あれ、ここ倒産したけど自己都合だな、見切ったのか。で、その後は転職なしで十年近い勤務実績あって、資格もウチの業界なら最高のものに近い……職務経歴書は……あ、一回出向で本社行って課長になってるな。管理職経験ありでPC周りだけのタイプ……でもない、十人所帯を五年回してるから管理能力はあるか。年齢的に育てるって感じじゃないですけど、どう見ても即戦力だし、支店の管理職候補か補佐か……」
「斜め読みじゃなくて、ゆっくり読んで構わんよ」
「え? ええと……ん?」
「……ふむ」
「ええと、名前、ですが」
「どうしたね」
「これで、ともみと読ませるけど、性別は」
「うむ」
「でも、まあ、そういう名前もありますし」
「そうは思う。そうは思うんだがな」
「です……ねぇ、とすると」
「ああ。そうじゃないとすると、色々と……な」
「でも仕事が出来るなら」
「本当に、そう思うか」
「です、よね……色々と、まあ。面接で確認するとかは」
「そこまで通して、どういう理由で断る? 勘づかないと思うか? もしも後ろになんか付いてたら、いや、最近は個人だって、だろ?」
「まあ……確かに」
「……どう、思う?」
「あ、え、ええと、そのこれは……」
「どう思うか、四谷課長の意見を聞きたい」
「――ああっ!? 職歴の隙間、よく見たら半年もあるじゃないですか! これぐらいの能力で次が決まらない訳ない、つまりわざとだ! だとしたら、だとしたらですよ、本質的に仕事への執着が薄いんじゃないですか!?」
「あ、そうだな! うん、そうだな! 確かに。管理職候補ともなると、もう少し仕事一番じゃないとな!」
「そうですよね! ブラックって訳じゃないですけど! 管理職となると、多少は身を犠牲にする程度の熱心さってのは欲しいですもんね!」
「まったくまったく!」
「残念ですねえ、良い人材に一見見えるんですけど!」
「いやぁ、残念だなぁ! まったくだ、それさえなければ採用したかったのに!」
「まったくまったく! 良い仕事のご縁があることをお祈りしたいなぁ!!」
祈り ごんぱち

ミイラ防衛指令
アレシア・モード

「怪奇特捜隊の早見と申します」
 早見は名刺を差し出した。bSPという文字がデザインされた派手なロゴマークが印刷されている。私――アレシアはこのマークをすでに見ていた。早見のジャケットの胸にも同じ縫い取りがあったので。胸板にフィットしたジャケットは、清潔感のある白いシャツ、彼の爽やかな笑顔ともども私に好感を抱かせた。ただその色は鮮烈なシアンブルーでありネクタイは真っ赤、bSPの文字がペイズリー柄となって並んでいる。可哀想な組織である。
「さてアレシアさん、今開催中のミイラ特別展をご存知でしょうか」
「勿論存じておりますわ。世界中から42体のミイラが集結する特別展『ミイラ・永遠の命を求めて』は最終会場となる大阪南港ATCギャラリーで9月26日まで開催とツイッターの広告で昨日見ましたわ」
「ところが、その世界のミイラを狙う者があるのです」
「ミイラを狙う……!」私は繰り返した。「何者ですかそれは」
「国際ミイラ犯罪組織、ミーラ―メンです」
「ミーラーメン!」
 ミーラーメンは世界で盗んだミイラを戦闘ミイラ怪人に改造する悪の秘密結社である。特別展の開催を好機と考えた彼らは、ミイラ怪人で会場を襲撃しミイラ強奪を企んでいたのだ。早見はミーラーメン所属の世界ミイラを極秘撮影した写真を机に並べた。米国のミイラガンマン、中国のカンフーミイラ、ロシアのミイラマンモス、日本のミイラ忍者(私には即身仏に見えた)が独創的なポーズで映っていた。
「しかし早見さん」
 私は疑問を口にした。
「彼らはなぜミイラを使うのです」
「ミイラは怖いからです」
 早見は即答した。
「つまりテロリズムの本質は恐怖テロルなのです。ただのテロリストでも怖いのに、それが世界のミイラ怪人なら人々はどれほど恐れるでしょう」
「なるほど。で、私は何を?」
「はい。貴方には怪奇特捜隊ミイラレンジャーの企画に参加いただき、奴らの野望を挫いて欲しい。これが資料です」
 早見は簡易に綴じた冊子やチラシを並べた。
「番組企画書?」
「番組の企画書です。つまり殺伐とした戦いを子供向け特撮バラエティとして報ずる事で恐怖感を和らげ、ミーラーメンをお笑い軍団に貶めダメージを与える戦略です」
「バラエティっすか……で、」
 私はパンフ中央のキャラを指差した。
「私にはこの美少女戦士クレオパトラピンクを演じて欲しいわけですね」
「えっ?」早見の笑みが強張った。「何ですって?」
「えっ? あらあら? 字数が」
ミイラ防衛指令 アレシア・モード

海へ帰るおじさん
今月のゲスト:小川未明

 赤いボールを沖に向かって投げると、そのまりは、白い波の間にもまれて、浮きつ沈みつしていましたが、そのうちに、ざあっと押し寄せる波に送られて、またたけちゃんや、ゆう子さんのいる渚にもどってきました。
「おじさんの舟が、見えないかしらん」
「また、たくさんお魚を捕ってくるでしょう」
 そのうちに西の空が、紅くなりました。ひょっこりと前方へ、黒い小舟が波のうちから浮かび上がりました。あちらにも一つ、ずっと遠くの方にも、豆粒のようなのが見えています。
「もう、舟がみんな帰ってくるんだね」
 小さな兄と妹は、立ってながめていました。いずれも沖の方へ釣りに出た舟でありました。
「たこを釣ってきたぞ」と、おじさんは、舟の上から、いいました。
 武ちゃんと、ゆう子さんは、おじさんたちが、舟を砂の上へ引き上げる、おてつだいをしました。舟の中には、銀色の魚がぴちぴち跳ねています。海水浴にきている人々が、舟のまわりにあつまって、わあわあいってにぎやかでした。武ちゃんが、
「おじさん、たこをお家へ持って帰ってもだいじょうぶ?」と、聞きました。するとおじさんは、
「途中で死んでしまいますよ。お土産には、かにがいいでしょう」と、答えました。
 武ちゃんと、ゆう子さんは、ここへきてから、おじさんと仲よしになりました。
「おじさん、僕たちの町へおいでよ。晩は夜店が出てにぎやかだから」と、武ちゃんが、いいました。
「妹が、あちらへお嫁にいっていまして、兄さん、ぜひ一度おいでなさいといいますから、坊ちゃんたちの好きなかにと、お嬢さんたちの好きな海ほおずきと、お父さんたちの好きな松でも持って、商いかたがたまいりますかな」と、おじさんが、答えました。
「きっと、売れてよ」と、ゆう子さんが、いいました。
「そうしたら、僕、お友だちにいって、みんなかにを買ってあげるから」と、武ちゃんが、いいました。
「ええ、じき、あとからまいります」と、おじさんは、笑って、いいました。
 武ちゃんに、ゆう子さんが、海水浴から帰ると、まもなく九月になって、学校がはじまりました。けれど、まだなかなか暑い日がつづいたのです。晩には、お母さんや、お父さんにつれられて、二人は、町へ散歩に出て、露店を見て歩いたのでありました。
「おじさんは、どうしたろうな」と、武ちゃんが、いうと、
「きっと、用事があってこられなくなったんでしょう。また来年会われますよ」と、お母さんは、おっしゃいました。
 おじさんは、お約束をしたように、東京へやってきたのです。そして、毎晩のように、露店へかにと、海ほおずきと、松を出していました。しかし、そこは、武ちゃんや、ゆう子さんの住む町からはなれていたのです。武ちゃんのような男の子がかにを買うと、おじさんは、武ちゃんではないかと、その子の顔をのぞきました。また、ゆう子さんのような女の子が海ほおずきを買うと、ゆう子さんではないかと、おじさんは、後ろ姿を見送りました。けれど、ついに二人には出あわなかったのです。そのうちに、松の木は都会の煙や、ほこりがかかって、だんだん元気がなくなりました。夜風が吹くと、松の木はあの海岸の岩山をなつかしく思いました。
「おいおい、さばが釣れるころだ。おれも、浜へ帰ろうか」と、おじさんは、ある日、残ったかにや、海ほおずきや、松の木を車に乗せて、避暑客も少なくなって、静かになった、自分の村を指して帰っていきました。空の星の光が、だんだん冴えて、町の中でも、秋の近づいたのが、わかるようになりました。