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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第53回バトル 作品

参加作品一覧

(2022年 5月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
アレシア・モード
1000
4
溝口白羊
1087

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戦争の王
サヌキマオ

 夕方のそぞろ歩き、ウォーキングに出かけると戦争の王が出てきた。トランプの王様のようなヒゲと顔立ちはしているが、迷彩服をぴったり着こなして両腕にライフルを抱え、腰にいくつも手榴弾をぶら下げているあたりからもガチであることがわかった。そうなると王様独りというのは寂しいもので、河川敷の青々とした草むらの中から兵士たちがわらわらと湧いてきた。みな土の中から出てくるのでゾンビの一種かもしれない。たまに目玉が飛び出て垂れ下がったやつもいたりなんかして、郎党はぞろぞろと王の周りに群れ集った。鎧を着たネズミがキイキイ云いながらちょこちょこと走ってきて、次々に兵士を整列させていく。ネズミの団長と歴戦の騎士団たちだ、というふうに見えなくもない。
 戦争の王とその一団が出てくればもちろん闘争の相手が居なくてはならない。川向う、砂利が堆積して浅瀬になったあたりに忽然と野武士の集団が現れた。多くが髷に結うこともなくざんばらにしている。みな一様に傷を負っていた。矢ぶすまになってはりねずみのようなのもいる。
 急に風が強くなってきた。「やあやあ遠からんものは音に聞け」拡声器の声が風に揉まれている。通りかかる人もなく、河川敷は風の音で埋め尽くされる。「近くば寄って目にも見よ、織田安房守が配下蜂須賀正勝が」名乗っていた先兵がどうと倒れた。見れば喉笛に矢が刺さっている。
 合戦が始まった。戦争が包括的なものだとすれば合戦は合って戦うものだ。移植パーツと血飛沫レイヤーの見本市みたいになった歩道を歩いていく。こんな殲滅戦、時代錯誤だろうか。世界の裏側ではドローンが人間を撃っているというのに。とにもかくにも敵は潰えた。戦争は終わった。生き残った戦争の王たちは勝どきをあげた。尊い犠牲を持ってして彼らは打ち勝ったのだ。
 戦争が終わってしまえば戦争の王は用無しとなる。部下たちに髭を毟られ胸元の勲章を引きちぎられ、足蹴にされ財布を抜かれレイプされてどこにいったかわからなくなる。
 下人の行方は誰も知らぬ、と結論づけたところで向こうから革ジャンにしなびきった金髪の兄ちゃんがとぼとぼ歩いてくる。おりからの乾燥した土が強風で巻き上げられる中、どこで買ったのかソフトクリームを右手に掲げてやってくる。土埃がビタビタとクリームの白い肌にまぶされるのにも構わず舌で舐っている。
 馬鹿じゃねえか、という感想を持ったところでこの話は終わる。
戦争の王 サヌキマオ

必殺ハイコンテクスト固め
ごんぱち

「なあ蒲田、偉いユーチューバーが言ってたが、表現においては、ハイコンテクストが高尚で偉いんだ。言葉なんてクソだぞ」
「本当はそう思ってないんだろう? 四谷」
「例えばオレが『このお花綺麗』と言ったとする」
「続けるんだな」
「でも実際の映像はお花ではなく、うんこだったらどうだ」
「例えが雑」
「うんこをうんこ束にしているオレしか画面内にはないのであるが、テクストは『お花綺麗』なのだ。コンテクスト次元では、オレは花を綺麗だと言っているのであるが、ハイコンテクスト次元では、オレはうんこを弄ぶスカトラーかも知れないし、戦争に行ってジョニったのかも知れないし、認知症が進行して判断が付かなくなっているのかも知れない。それらについては、前後の文脈で理解出来たりする訳だ」
「ジョニーが障害を負ったのは、表現器官で感覚器官側は使えてた気がするが」
「翻ってこれが高尚であるかというと、別にそういうもんでもなく、単なる道具だ。但し、説明がうるさい時には有効な手段ではあるのだ。ベートーベンが調律の狂ったピアノを弾いていれば、わざわざ言わなくても耳がヤバい事は分かるし、金属器でワインを飲む描写があればそれが鉛のカップであり、甘味を添加する効果から当時流行していた風習であり、これが難聴の遠因であった事が分かったりする」
「うんこの例えを先に使ったせいで、ベートーベンに意味があるみたいだろうが」
「畢竟、文章の読解が一定の知的水準を必要とするのであれば、そこには何らかの優越から来る愉悦があるのは当然である。つまり芸能・芸術は、馬鹿にでも分かる愉しみと、馬鹿には分からない事が分かった喜びとの二通りがある。知的な素養のある人間は、両方を理解し愉しむ事が出来るという意味で、得られる情報が増える訳であるから、ハイコンテクストが高尚で重要とされるのも分かる。さはさりながら、いわゆる日本の映像作品にありがちなアップの表情演技というヤツ、あれもハイコンテクストっぽいが、それが高尚かと言えば、ドラマ素人の芸人か何かが変顔をするのは下品で、演技派俳優がやれば高尚になるだけの事だし、監督が適切に編集すれば下手な表情も高尚にもなり得る。だとすれば、これはもう、ペンチが高尚か、トンカチが高尚か、釘を1本も使わない建物とか、水を一滴も入れないスープとか、そういう程度の能書き程度のものでしかないと思うんだが、どうだろうな」
「花見の季節だな」
必殺ハイコンテクスト固め ごんぱち

妖怪シスター/レボリューション
アレシア・モード

 少し昔、アレシアさんという永遠の美貌を噂される修道女が居りました。私ですが。ある日、皇帝の使者から相談があると言われ帝宮へ上りました。
 隣国への泥沼化した侵攻のため、国内では食糧も欠乏しつつありました。でも光合成を身につけた私の肌は剥いた枝豆の如く艷やかです。皇帝の肌も緑色ではないものの艷やかでした。不躾に眺める私に、皇帝は静かに言いました。
「アレシアよ。そこの屏風だがな」
 見れば大きな獣を描いた宋代の屏風があります。
「その虎が、夜な夜な抜け出て暴れる。どうにかせい」
「……絵の虎は出て来ないでしょう」
「そうだ。だから、困るのだ」
「……出て来る虎を、その目で御覧になりましたか」
「虎に喰われよ、と余に申すか」
 銃を構える左右の兵士を制しながら、皇帝は続けます。
「虎の話は、元情報部長ブロンに聞いた」
「ブロンさん、最近見ませんね」
「銃殺してトイレに捨てたからな。虚偽の報告で余を騙した罪だ」
「どんな報告を」
「虎が、余を狙っておると」
「……絵の虎は襲いませんよ」
「そうだ。だから、問題だ」
 私は卓にあったジャムを舐めながら、この暴君を見ました。椅子に凭れた皇帝の唇が震えています。
「虎は西に棲むのだよ。百年前、国を喰らいに来た。大勢死んだよ……今回は先手を取ってやった。だが虎は何処に隠れた。どうして捕らえる……」
 何処かでベルが一点鳴りました。
「分かりました。革命的方法があります」
「申せ」
「虎に喰われても死なない体になるのです」
「君は馬鹿かね」
「細胞を植物由来の成分と核融合し太陽光で生きるのです、私のように。三百年の遺伝学研究が不死の肉体を実現しました」
「なるほど、不死身のアレシアか。いい事を教えよう。いま君が舐めたジャムだが毒入りだ。自分の誤りを認めるのなら解毒剤をやるから収容所へ行き給え、扇動者め」
「ほーん」私はジャムを全部食べました。毛穴から何か出ました。「デトックス」
「撃て」
 銃弾にぽすぽすと貫かれケタケタ笑う私に、皇帝が剣で切りつけます。私は切断面から芽を吹いて殖えました。
「陛下……」私は左右から囁きます。「恐怖が世界を動かす時代は終わりです。無限の科学の力を以て人々は死や貧困の格差から開放され、後は小説でも書いて暮らす、誰もがそんな権利を得る時代に、我々は何を怖れ何と戦うのです」
「……アレシア君、人は楽園には生きられないよ。じゃ、また」
 皇帝は嘆息を残し、爆発しました。
妖怪シスター/レボリューション アレシア・モード

俺の花
今月のゲスト:溝口白羊

 俺の花は最早もうしおれるんだ、明るい晴れた日に、のいつものはねの青い小鳥が、涙の出る程い声で囀ってる時に、カラリと散ってでもしまうことか、メフィストオの魔術のむれのように、顔面神経の下垂るんだ、醜い灰朽葉色の皮膚をして、長患いの後のような痩せこけた衰残すいざんなきがらをガッカリと垂れて、イヤに湿潤じめじめした、気圧の重い、暗鬱な、そして総ての物が動物性の腐飾すえた息をするんな日に、手は手、足は足、胴は胴と弄り殺しされる芝居の美しい侍女こしもとのように、一弁ひとひらずつ強い大きな力でもがれては散ってくんだ。
 でもうちの者は皆昼寝して居る、これ程の無残な花のに奇特な経文の一つも手向けようとする行きずりの僧も無い、よく表を通っては垣根越に俺の花を見て『綺麗な虞美人草だわね』としりこしの恋人を見るような強い憧憬どうけいの眼でジッと立ち止まっては嬉しそうに眺めて行った女学生も、無智な、冷血的な猫のように、ノソノソと空しく素通りして行く。
 鐘が鳴る、何家どこかの寺で地獄の穴でくような鐘が鳴る、雨が降る、䔥々しとしとと雨が降る、俺の感覚の世界の物悲しい白い寂しさ、白銀の悲しみは静かに心の管を伝うて、ふるふるい灰色のやみへ吸われてく。んな時に何処どこかで、白い髪の醜い穴掘りが、若いあぶらで黒く成った墓場の土をボサボサと掘りながら、やがその穴へ葬られる美しい女の死骸を待ってるんだ。――陰惨な、大きい、暗い穴は一筋に深い地獄へ続いて居る、そしてくぼを走る細い小流ながれは、灰色の溷濁した渦を巻いて、コボコボとその穴へすべり込む。
 俺はちいさい時よく祖母の袖を持ってチョコチョコと寺詣りにいて歩いた。緋の衣を着て紫の袈裟を掛けた四十位の坊主がその時、水晶の数珠を持った右の手でだんを打つ様にしながら、
『美しい物は罪障が深いでのう皆来世には地獄のげんをするじゃ』と眉を顰めて長い息をいた。俺の美しい花も何処どこかの綺麗な娘も、地獄へ行くのだ、灰色の渦にもまれて――
 俺の花はもう死ぬんだ、強い生の執着しゆうじやくと死の苦痛の短い幕あいに、のた打ち廻る醜い死にざまも見せず、美しい覚悟をして、たれの祈祷も受けず、俺一人の涙にすがって、静かに有明ありあけの消えるように自分の霊魂たましいの上に薄い喪服を着せながら段々死んでくんだ、それを見まいとピッタリ締めた俺の心の扉の前に青黒い雨が降る、蕭々しとしとと降る。
 リンリンリンリンとけたたましい音をさせて号外売りが町を飛んでいった、そのあと桂公かつらこう胃癌と太い線で印刷した活字が、雨と泥とに汚れて、庭土の上にこびり附いて居る。美しい花の散るよりよい声の虫が死ぬよりもっと値打ちの低い現実の小さな出来事に、騒いで居る衆多の愚か者よ。
 俺は思わずハラハラと涙がこぼれた。