Entry1
対岸andバニー
サヌキマオ
決行の朝がきた。トビオの眼前の海を挟んでうっすら見える浜のさらに向こうには、空の下に山並が黝く塗り込められている。この島で生まれて、いつかはあの山に旅立つときがくるというのはトビオの祖先のそのまた祖先、素兎の血が教えてくれている。
「もしもしサメよサメさんよ」トビオは波打ち際までこどものアシカを追ってきていたサメに話しかけた。
「ウサギか」サメは空ろに見える目の窪みから視線をこちらに向ける。「ウサギと話すのは初めてだ。なんの用だ」
「いや、大したことではないのですが、我々素兎とあなたがたサメって、どちらのほうが数が多いんでやんしょうね」へりくだった口ぶりの裏で、サメとの距離をはかっている。
「そんなもの」
サメは興味なさげに深みに向かってやおら旋回し始めた。「村役場のホームページでも見れば書いてあるだろう」
「役場?」まもなくサメは去った。呆然としたトビオだけが残った。
「隠岐の島ワニ互助会」というホームページはすぐに見つかった。戸数一八三〇、頭数三五三一(令和三年七月現在)あっ、素兎よりずっと多い。と、そんなことはどうでもよかった。「沿革」の「古事記の時代にはサメのことをワニと読んだのよ(諸説あります)」というのも初めて知った。勉強になる! と、そんなこともどうでも良い。手段が絶たれてしまった。因幡の素兎は神話を通じて全国的に知られた存在だと思っていたが、いまやサメのほうが現代に対応している。
「どうしたもんだろう」これは一部ウサギ特有の口癖であるが、トビオはすっかり意気をくじかれて、座っていた万年床に転がった。素兎の家は先祖代々から引き継がれた立派な日本家屋だが、ネット回線の薄いのが悩みだった。布団に横になると電波が届かなくなる――と、それでもわずかな電波でぼんやり観ていたポータルサイトに閃くものがあった。そうか、近代化はなにもサメだけのものではないぞ――
それから十日もたったろうか、白兎海岸の沖合に一台のドローンが忽然と現れた。ドローンはまっすぐ陸地を目指していたが、海鳥か何かにぶつかったらしく、バランスを崩してそのまま海面に墜落した。しばらく海面が白く波立っていたが、やがて静かになった。
「ううひどい目にあった」
数千年前のご先祖様と同じ目にあっているのを知ってか知らずか、トビオが身ぐるみ剥がれて浜辺に倒れていると、たまたま社員旅行中のヒ●ヤ大黒堂の人たちが通りかかり……