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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第57回バトル 作品

参加作品一覧

(2022年 9月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
アレシア・モード
1000
4
ボードレール
828

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転がる
サヌキマオ

 都心の気温が三十七度を記録するようになった代わりに、ずいぶんと強い風が吹くようになった。気候が天の配剤、バランスを取るかのように機能したのはあながち偶然でないと思われた。コタツに頭を突っ込んだような熱が皮膚に食い込んでくる。腫れぼったいアスファルト、逃げ場のない湿気、それでもまだ救いはあるのではないかと思ってしまう。
 足元をセミが転がっていく。セミは巻き上げられるでもなく、風の向くままにひとつふたつ、みっつよっつと地面を転がって国道沿いを北東に向かって転がっていく。ななつやっつ、みんな死んでいるのかと思えば弾けるように羽ばたいて抵抗を示すものもありはしたが、急に力尽きたように地面に落ちて転がっていく。
 死んだように見えて生きているセミというのは、鳴き過ぎて体の筋肉がちぎれてしまって、なおも死ねないセミだという。どこで見聞きした話だったか、ヤリタイヤリタイと吠え続けて、本懐を遂げずに人生が終わっていくのを、己が終了していくのをアスファルトの上でぢっと見つめ続ける人生だ。たまに子どもや犬が興味を持って、指でも鼻先でも近づけようものならヂヂッと一瞬飛び上がって驚かせる。それだけが楽しみであろうか。楽しみなわけがあるものか。きっと心のなかでは、まだヤれるかもしれないと思っているのだ。いや、そんな人間味溢れる話ではない。体中の筋肉が引きちぎれようが、雌の腹に精子を染み込ませるまでは、生きているのだ。

 風が強くなってきた。雲が速い。頭の上で太陽が明滅する。光が差し陰になり、またいくつもいくつもセミが転がっていく。よくみるとセミだけではない。コガネムシ、カナブン、スズメバチ、夏の死者がつぎつぎに北東の、池袋の、ごみ焼却場の白い煙突に向かって転がっていく。コガネムシは赤銅色のもの、枯葉色のもの、カナブンと同じ緑のものなど、つぎつぎに分別なく転がっていく。スズメバチを見たのは一度きりだったが、あんなに巨きな蜂と生前に出くわしていたら、きっと恐ろしかったことだろう。
 雲の影にぱらぱらと雨が交じる。空気は相変わらず熱を帯びて過ぎ去る。きっと夕立にはならないだろう。中空を、信号機の下をスーパーのビニール袋が飛んでいく。まもなくカラスが、ハトが、また無数のセミが転がってきて、その列を次々に十トントラックの群れが轢き潰していく。
 そういえば汗をかかなくなっていた。ビールを買って帰ろうと思う。
転がる サヌキマオ

40年代生まれ
ごんぱち

「なあ蒲田、どうも最近の小学生は、ごんぎつねのアフターストーリーを考えるという課題をやっているらしいな」
「四谷、それは多分、最近とかではなく結構昔からっぽいぞ」
「オレ達も考えてみようぜ! やっぱり微妙に理不尽な悲劇だから、観音様辺りに生き返らせて貰うというのは……」
「定番らしいな」
「ではゾンビ化したごんが兵十に復讐するのは?」
「アイデア段階のものは、頭が増えたらその分様々なものが出て来る。所詮1人の人間がアイデア勝負で勝てる訳がないぞ」
「それは確かだが、大人の意地というものがあるしなぁ……」
「安い意地だな」
「そうだ! 死んだごんを兵十が獣姦して、出来た子供が、件タイプで」
「四谷、それは誰かが思いついたが、捨てた系アイデアだぞ」

『ごん! お前だったのか』
 兵十の言葉はしかし、ほんとうではありませんでした。
「――エサを子にでも運んでおったかな」
 言ったのは、それだけでした。
 ごんの毛皮は町で売られました。
 その後兵十は、時折「きつねの毛皮は高く売れたな」と思い出す事がありましたが、そのうちそれがいつの事だったかを忘れていきました。
 兵十は、そのきつねの名前も、知りはしなかったのです。

「コンセプトは?」
「そもそもあの1人と1匹のコミュニケーションは成立していないという辺りだ」
「それか」
「死んだ母親がうなぎを食べたがった、という話に客観的な描写がないんだよ。言葉ではなく行動のみが事実という解釈だ。根拠となるのは、情景描写のリアリティと、ごんの一人称的な地の文だな」
「ごんの死で世界が三人称に戻った訳か」
「兵十がごんを個別認識していたという事自体が、ごんの思い込みだ。獣と人の言葉は交わせない。だからこそ、人は動物を喰うし、動物だって人に遠慮して生きている訳ではない。でもそれで世界は成り立つし、悲劇も起こるがそれで立ち止まる訳ではない」
「これは寓話だろう」
「勿論、この話は本来2人の人間のすれ違いを意味しているだろう。片方が相手に大きな影響を与えたと思うが、相手はその善意も悪意も一顧だにしない。だが、その冷たい距離は、むしろ世界の透明度を高め、美しく見せるのではないか、とな」
「何となくこじつけたっぽいなぁ。ディスコミュニケーションの辺りは恐らく主題っぽいけどな」
「告白も出来なかった片想いとかのメタファーかとも思うんだけどもな」
「その辺かもなぁ」
「だとしたら獣姦も案外」
「よしなさい」
40年代生まれ ごんぱち

アレシア先生ラーメンの夢
アレシア・モード

 ラーメン食べたい。仕事を終えて、各停しか停まらぬ駅に降り、微妙に昭和な駅前を抜け、築35年のマンションの建物が見える辺りからもうラーメン脳と化している、毎日これだ、エレベーターを降り、狭い通路を進むと、一人暮らしな私の部屋の明かりが点いていて、何かラーメン茹でるインスタントな匂いが漂う、ああ窮まったラーメン脳が産む幻覚か、違う、まあ明かりはいつも点けてるけど、いま絶対うちで誰かがラーメン作ってる、玄関ドアのノブをそおっと回す、ああ鍵開いてるわ、誰かな、私は今夜ラーメン作りに来そうな恋人の顔を順に想い浮かべようと努めて何も思いつかんのでバッグからベレッタ・ナノを出し、慎重にドアを引いていくとキイイと軋んで開く、防犯のつもりで注油してないし

「おかえり」と私が愛想無く言う、鍋にはラーメンが半ば煮えてて「誰だっけ」と私が言う「私はアレシア・モード、色は黒いが南洋じゃ美人なのよ――」いまいち覇気がない、「何してるの」私は棚から百均のラーメン丼を出しながら「丼を出してる」と答え、その間に私が銃を持ったまま冷蔵庫からサンガリアのロング酎ハイ缶と牛乳パックを順に出しテーブルに並べ、テーブルにはラーメンの袋があって、半分に割った残りの麺がのぞいている、私が粉末スープの小袋の端を切り、丼にスープの粉を半分だけ振り入れて、そこに大きな瓶から穀物酢を少し注いで箸で粉を溶く、半分残した小袋の口を折り、ラーメンの袋に戻し、袋を畳むように閉じて輪ゴムを掛ける、これは次回用ね、そこでラーメンが茹で上がるのでコンロから降ろし、一緒に煮ていた卵の黄身を崩さぬよう、鍋の中身を丼に移し、牛乳を少々加え、軽く麺を混ぜる、その上にピザチーズをトッピングし、ゴマ油をかけた、私の完璧な手際の前に、私は仕方なく銃を置いてテーブルにつく、私が七味唐辛子の缶を置く、そしてスープは赤黒い柿の果肉入りである、「ああ秋の法隆寺ラーメン――私の未来の野望までよく知ってるね」「そりゃあ私だし」と私は答える「七味の缶、いいのそれで? 法隆寺なのに善光寺の缶は不似合いでしょ」「考えとく」と私が酎ハイを呑んでいる、ああ未来か、私はもう一つ酎ハイを開ける

 目覚めるともう日が暮れる。薄ぼんやりとテレビを観て。ああ、そろそろ仕事に行った私の帰る時分かと、柿を剥く私、鍋に水を入れコンロに火を入れて、半分にしたラーメンの袋を出す、糖質オフだよ。
アレシア先生ラーメンの夢 アレシア・モード

人と怪獣
今月のゲスト:ボードレール
馬場睦夫/訳

 広大な灰色の空の下、道も、草もない、蕁麻いらくさあざみすらも見えない、塵芥ほこりだらけな 広い 広い平野で、私は身を屈ませて歩いている六七人の人に出会った。
 彼らは各々その背に 麦粉か 石炭の袋か、あるいは古羅馬の歩兵の軍装のように重そうな、巨大な怪獣キミイラを担っていた。
 しかし その怪異な獣は ただの死んだ重荷ではなく、却ってその力強い自在な四肢で 自分を担いでいる人間を包み かつ圧えつけ、そして二つの巨きな爪で担ぎ手の胸を引っ掻こうとしていた。その幻怪な頭は 古代の軍人が敵の恐怖を増さしめようとして附けていた そういう恐ろしい兜のように 担ぎ手の額の上に休んでいた。
 私は その旅人の一人に、何故なぜそんなにして行くのかと尋ねた。すると彼は、自分にはなんにも判らない、また自分のみならず 他の人もそうだ、しかし、どこかへ行っていることは明らかだ、自分達は歩こうとする とても押さえきれない欲求に駆り立てられているのだから と云うようなことを答えた。
 また実に不思議なことには その旅人の誰も、自分の頸に垂れかかり、自分のなかにしがみ附いているこの凶悪な獣に対して 少しも腹を立てていないように見えた。――その中の一人は、これは自分自身の一部だと考えていると云った。これらの沈鬱な 疲れ切ったような顔は何ら絶望を証拠立ててはいない。天のいじくねた円天井の下を、天と同じように荒寥とした 塵芥ほこりだらけな地上をてくてくと歩みつつ、彼らは、永遠に希望を抱くように定められた人のように 諦めた顔容かおつきをして 前へ前へと旅をつづけて行った。
 こうして その一行は私の傍を通りすぎて、遊星が人間の好奇な眼からその円いおもてを隠す辺りの 地平線上の大気中に消えてしまった。
 数分間 私はこの神秘を解こうとして頑固に努めた、しかし間もなく不可抗な無頓着さが私の全心を抑えてしまった、また彼らがその圧倒されるような怪獣のために気を挫かれていなかったと同じように 私も 別段そのために落胆しもしなかった。