Entry1
昔おとこ
サヌキマオ
昔おとこありけり。ありを蹴りて昔に自在せしよりそう呼ばれたるぞと。
ある人の聞く、なんの故に昔を往来すと。おとこ答えていわく特に仔細なし、昔の京と今の今日で別々の楽しみやあらん。
それはさておき、おとこに蹴られる方のありは溜まったもんじゃなかった。ほぼ十中八九ありが潰れて死んでしまう。
「他に方法はないもんですか」ありの自治会もずいぶん役所などに相談したものだが、どうやらありが持っている蟻酸がタイムスリップに影響を及ぼすらしく、これはありに犠牲になってもらうしかない、と区の公園課の課長はにべもなく言い放った。
「一人のおっさんの趣味で我々の仲間が殺され続けるとしたら溜まったものではない」
「どうせお前らありごときはたくさんに増えるのだからいいだろう」
「それを人の身に置き換えてもおなじように言えるのか」
所詮人は人のためにしか社会を作らない。
あり挙りて無量大数となる。一族無尽蔵となりどっとおとこに押し寄せさんざんに食いちぎり、乳首ふたつと骨ばかり残れり。畢竟おとこは冥土の旅に出でり。
各種のくすりを撒きありを拂うも、骨ばかりなるおとこのことは自業としてねんごろにせず。おとこ冥土の旅を経てゆくゆく閻魔の前に出る。ありを殺せし咎にて無間地獄に落ちたるとぞや。
おとこ動ぜず「地獄には地獄の楽しみぞある」と笑ひけり。
昔おとこありけり。女の得まじかりけるを年を経てよばひわたりけるをからうじて盗み出でていと暗きに来にけり。
「マジカルですね」
「マジカルですか」
「女の得るマジカルといえば魔法少女でありましょう」
魔法少女が心を盗まれて闇に堕ち魔女になったのだ、とおとこは解説した。
「どこかで聞いたような話!」
川といふ川を率て行きければ草の上に置きたりける露をかれは何ぞ、なむ男に問ひける。
「ジェムですね」
「ジェムだろう」
女、人の心を喪いて魔に落つ。「あなや」と言ひけれど神鳴る騒ぎにえ聞かざりけり。
ある人の聞く、なんの故に女まじかると。答えていわく特に仔細なし、少女と魔女で別々の楽しみやあらん。
昔おとこありけり。そのおとこ身をえうなきものに思ひなして京にはあらじ東のかたにすむべき国求めにとていきけり。
「この『えう』とはなんですか」
「『用』です。つまり、ありを蹴って遊んでいたら急に冷めた。スン、ってなった」
もとより友とする人ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて惑ひ行きけり。