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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第61回バトル 作品

参加作品一覧

(2023年 1月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
小笠原寿夫
1000
3
ごんぱち
1000
4
アレシア・モード
1000
5
ボードレール
657

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泉の女神
サヌキマオ

 夕めしを食い終わると、五歳になる娘から「なぜ泉の女神はきこりが正直だと金と斧と銀の斧をくれるのか」という質問があった。
 金の斧も銀の斧も正直の褒美である。つまり、正直が美徳とされており、当時の人々は多くが正直ではなかったということだ。いわゆる正直の啓蒙であるが、啓蒙にしても、金の斧と銀の斧はなんの役に立つだろう。金の斧は柔らかくてすぐに刃が潰れてしまうし、銀の斧は脆く折れやすい。となると飾るしか無いのだが、当時の王侯貴族は斧をシンボルとして飾るようなことをしたろうか。そもそも、正直とは何か。
 木こりのハンスはこう思ったに違いない。そんな刃の潰れるような斧も折れるような斧もものの役には立たず、潰して塊にするにも手間がかかる。正直はむしろ功利の上にあったのではないか。しかもだ、その木こりが大金を持ったところで使うところはあったろうか。持っていれば持っているだけ、他人が己と比べた恥の恨みを、その幸運についてのそねみを一身に負うと考えたろう。
 と、二秒半で考えたところで、
「昔は正直であることに金の斧や銀の斧くらいの値打ちがあったんだよ」
 とだけ答えた。
 それにしても泉の女神とは何であろうか。泉を守っているのか。泉の周りの生態系も担当に入っているのだろうか。
 脳裏で泉の女神はカミナリじいさんとリンクする。土管のある空き地の横に居を構えているカミナリじいさん(本名不詳)は子どもが打ち上げた野球のボールが庭に飛び込んで窓ガラスを割ると、すごい形相で飛び出してくる――もしくは、塀の向こうから首を出して怒鳴りつけてくる。「お前が打った球だ」「もともとお前の持ち物だ」すったもんだしながら子どもたちが謝りに行くと「やったことはやったこととして正直でよろしい」などと言いながら茶と菓子を出してくれる。これもこの齢になると判るが、場末のコンビニの五十代くらいの店員に延々と話しかけている家の無いなったようなじいさんの背中にも繋がる――つまりは寂しさだ。カミナリじいさんの出す茶菓子も泉の女神の授ける金の斧銀の斧も、つまりは相手が喜ぶかどうかなど最初から考えていないのではないかしら。
 そこまで考えていると娘が膝の上に登ってきた。ずいぶんと懐いているようにみえるかもしれないが、一月の寒いのに床に足をつけたくないのである。寒いなら靴下を履け、というとすごすごと隣の部屋に行き、そのまま帰ってこなかった。
泉の女神 サヌキマオ

右本ワールド
小笠原寿夫

  静かな夜明けだった。キラキラと輝く右本さんの目は、まるで玉手箱の様だった。
「はい。お箸を持つ方の手が右本さんですよ。」
右本さんの言葉は、何分、正しいように思われた。
 私が、右本さんにお会いしたのは、丁度、伯父の法要が済んだ後だった。電車の中で、右本さんとお会いできて光栄だった。高校生は言った。
「こいつ左だな。」
当然、こんな状況を生み出したのは、夢の中だったからに他ならない。右本さんに話しかけることは、私の脳の片隅に置かれたルールにはあり得ないことだった。
 右本さんは、ちょっとやそっとでは現れない。空想とも幻覚とも違う。突然、私の中から出現するのが、彼の有名な右本さんだった。後にも先にも右本さんとお会いできたのは、あれが最初で最後だった。
「右本さんは、回るお寿司かもしれませんよ。」
そう言い残しては、視界は青い空に切り替わる。皆が右本さんの登場を待ち兼ねている。赤い鈍行に乗って、広い田園地帯や小さな民家が、視界の後ろへと流れていく。
 急に電話が鳴った。父からだった。
「お前、久留米まで行かんかい。」
父からの電話だけは、私を夢から現実へと引き戻す。目を覚ますと、私は新幹線に乗り、疲れた身体を休めていた。
「右本さん、お手洗いかもしれませんよ。」
ようやく表れた右本さんの残像をインプットして、私はトイレを済ませ、新幹線の喫煙室に向かった。もう二度と会えないんですね。お世話になりました。という紋切り型の挨拶を心の中に、呟いた。右本さんが身を以て教えてくれたこと。それは正しく生きなさい、という有り触れた私への心ばかりの志だった。
「お前は、命の左や。」
そう言う父との約束に、別れを告げて、私は、只管、神戸に向かった。
「あなたは右本さんになりなさい。」
叔母がそう言うので、私は右本さんを見習う様に今でも日々の変わらぬ生活を生きている。
「を。」
その文字がやたら大きく見えた。あれが右本さんの最後のメッセージだと思っている。当然のことながら、右本さんは、私の頭の中に存在する。またお会いできるのを心待ちにしている。
「本当にありがとうございました。」
そう言って、旅を終えた私は、何の疑問も持たぬまま、ただ右本さんのキラキラした目を懐かしく思った。
 言わずもがなだが、書き留めよう。右本さんは存在する。
「右本さんに礼言わなあかんな。」
と左さんが、ちゃんと纏めてくれたので、良い旅になった去年の今頃である。
右本ワールド 小笠原寿夫

仏線
ごんぱち

「なあ蒲田、大仏ってどの辺に多いんだろうな?」
「そりゃあ奈良じゃないか、四谷?」
「数の話だよ。京都もなんかあるだろうし、鎌倉にもあるだろ」
「観音像は、菩薩だから一応省けるかな」
「あれ? ええと、大仏ってそもそもなんだ?」
「一応の定義としては、釈迦の身長よりも高い仏像の事らしいぞ」
「お釈迦様の身長?」
「1丈6尺、だそうだ」
「……超でかくねえ?」
「昔の中国の身体尺だから、明治の定義とは違うだろうな。普通の人間が8尺で、その2倍という設定だそうだ」
「充分でかいな、お釈迦様」
「人間の尺度で考えるなよ、四谷。解脱すりゃあ、ビッグにもなるだろう」
「巨大化は負けフラグでは?」
「釈迦は、悪魔の総帥にノーダメで勝てる、概念系最強格だぞ」
「なるほど。まあ、5mぐらいから先を大仏という事で適当に探してみよう。牛久大仏、上野大仏、鎌倉の長谷の大仏……あれ? 静岡は?」
「井川大仏が11mだが、他はすぐ出ないな」
「ふむぅ。薄いな、他はないか蒲田?」
「名古屋から東海道添いで、奈良までならまあまあ点在してると言って良いな」
「確かに。ありがとう、これだけ揃えば上等だ」
「よせやい四谷、お前と俺の仲じゃあないか、ハハハ!」
「フフッ。で、これを繋ぐと……んー、どうなるんだろ?」
「なんだ、推理小説か?」
「いや、これ」
「社用ケータイか」
「課長からメールで報告が入ってたんだ」
「遅刻って言ってた、アレか?」
「うん。なかなか難しい謎かけで、いつ出社するか、どうも分からない」
「どれ」
「ほら、『大仏LINEで休みます』って」
「大仏LINE……」
「大仏が連なる線を移動する最中、休憩をしている訳だろ? そこから新幹線に乗るとすると、会社に到着するのは……」
「四谷、これ、誤変換の可能性ないか?」
「あっ!」
「な?」
「『大仏LINEでYAS見ます』か! よし、YAS5000の活動情報を当たろう!」
「早まるな、もう少し人気のある人じゃないとおかしいぞ!」

「――おはよう、またはこんにちは、いやぁ、午前中は悪かったね、みんな」
「あ、課長!」
「ヤス、どうでした?」
「ああ、50過ぎてもやっぱり可愛いね、安田成美」
「そっちかぁ!」
「うわぁ、長谷牛久LINEだったか、やられたなぁ!」

「……『ヤス』とは略さないでしょ、そもそもそれ『大分辛いんで休みます』じゃないんかい、しかも課長も遅刻して何やってんのって、ボケ倒しか!」
「近藤さん、元気そうね」
仏線 ごんぱち

愛の軟着陸
アレシア・モード

 人間にとって大切なものは何か。守るべきものとは何か。それはその人の価値観で決まるとも言えるが、正確には、置かれた「状況」によるのだ。
 私――アレシアは、現実から逃げるかのように、そんな事を考えていました。今夜、いま、私は何を守るべく、どちらを選ぶべきでしょう。つまり失業者として明日からの求職活動の支度か、それとも、いま夜の公園でうっかり目撃したUFOから現れた宇宙人の接待か。私の為すべき事はどちらでしょう?
 六十秒後、私は深夜スーパーのスパイス売り場にいました。要は状況から離れれば良い。私に必要なのは、全ての困難を忘れ払うカレー作りだったのです。クミンの瓶を手に取った時、なぜか宇宙人の顔が思い返されました。月光に輝く円盤から舞い降りた彼は、公園のベンチの上にふわりと立った。その瞳が潤むのは未知の出会いへの期待だろうか。いや、なに勝手な想像をしているのでしょう。私は頭を振ってレッドペッパーを求め、しかし超科学とはいえ宇宙の旅は長かったはずだ。もの欲しげな瞳が再び思い出された。
(これが地球のアレシアカレーだ。空腹だろう、食べるかい?)
 宇宙人はエコー交じりのテレパシーで答えます。
(ありがとう、アレシア。私はこのカレーを楽しみにしていた。少し不安はある。地球上の料理には慣れていないからね。でも私は勇気を出して、君のカレーを食べたい」
 あれ、いつの間にか公園に戻ってる。宇宙科学は時空も設定も歪めます。私は熱々のカレーを宇宙人に差し出しました。
「スパイスがたっぷり入っているから、かなり辛いよ。でもそれが私の味さ」
「ああ私が経験した事のない味なのだね。楽しみだ。私は、百万光年を超えて来た、宇宙人だから、どんなに辛くても大丈夫。私は、このカレーに挑戦しよう……」彼は、ひと匙を口に運びました。
 私は、彼の最も激しい感情表現を見ました。私にとっても初めての経験でした。彼は全身の穴という穴から虹色の科学光線を放射しながら宇宙の言葉で絶叫を続け、萎みました。その悦びとも苦しみともつかない声を聞きながら、私は笑い続けました。むっちゃ笑えたからです。そして大切なものを得たのです。自分が宇宙人にも再就職にも両方勝利できるという強い自信を……』

「いや、滅茶苦茶やん」
 AIが出力した物語は酷いものだった。
「いったいアレシアを何だと思ってんの」
 AIはこの質問に長考し、結局エラーを吐いて沈黙した。
愛の軟着陸 アレシア・モード

何れが真実か?
今月のゲスト:ボードレール
馬場睦夫/訳

 私はベニディクタと云う少女を知っていた。彼女の到るところ、地上も、空中も、理想の気で満たし、その眼は、偉大と、美と、光栄と、また人々をして不滅を信ぜしめる あらゆるものに対する欲望を人々の心にふり撒いた。
 しかし、この不思議な少女は、長命するには、あまりに美しかった。そして私が初めて彼女と近づきになってから、ほんの二三日して死んでしまった。で、春が墓場にすらも香りを散ずる一日 手づから彼女を埋めたのは この私であった。この私が手づから彼女を埋葬したのだ、――印度の手箱のように、香りをつめ、腐敗し得ないようにした 木製の棺に固く納めて。
 こうして私が 自分の宝物を仕舞い込んだ場所をなおじっと見守っていると、ふと私は 亡くなった少女に妙によく似た 一人の小さい子供に気がついた。その子は 変に ヒステリーのように乱暴に 新しく固めた土地を踏みつけては、笑いながら、叫んで言った、――
あたしなのよ、――本当のベニディクタなのよ! ――あたしなのよ、――だいのはねッ返りなのよ! そして貴方は 自分の無智めくらと愚かさとの罰として、この本当のあたしを このままで 可愛がって下さらなくちゃいけませんのよ!』
 しかし 私は激怒して答えた、――『いや! いや! いや!』
 そうして 自分の拒絶にさらに力を添えるために、べたに向かってあまりやけに地団駄を踏んだために、私の足は 膝の処までも新しい墓地の土中にめいり込んでしまって 今では、係蹄わなにかかった狼のように、私は『理想』の墓に、恐らく永久に、っついたまま離れることが出来ない。