愛の軟着陸
アレシア・モード
人間にとって大切なものは何か。守るべきものとは何か。それはその人の価値観で決まるとも言えるが、正確には、置かれた「状況」によるのだ。
私――アレシアは、現実から逃げるかのように、そんな事を考えていました。今夜、いま、私は何を守るべく、どちらを選ぶべきでしょう。つまり失業者として明日からの求職活動の支度か、それとも、いま夜の公園でうっかり目撃したUFOから現れた宇宙人の接待か。私の為すべき事はどちらでしょう?
六十秒後、私は深夜スーパーのスパイス売り場にいました。要は状況から離れれば良い。私に必要なのは、全ての困難を忘れ払うカレー作りだったのです。クミンの瓶を手に取った時、なぜか宇宙人の顔が思い返されました。月光に輝く円盤から舞い降りた彼は、公園のベンチの上にふわりと立った。その瞳が潤むのは未知の出会いへの期待だろうか。いや、なに勝手な想像をしているのでしょう。私は頭を振ってレッドペッパーを求め、しかし超科学とはいえ宇宙の旅は長かったはずだ。もの欲しげな瞳が再び思い出された。
(これが地球のアレシアカレーだ。空腹だろう、食べるかい?)
宇宙人はエコー交じりのテレパシーで答えます。
(ありがとう、アレシア。私はこのカレーを楽しみにしていた。少し不安はある。地球上の料理には慣れていないからね。でも私は勇気を出して、君のカレーを食べたい」
あれ、いつの間にか公園に戻ってる。宇宙科学は時空も設定も歪めます。私は熱々のカレーを宇宙人に差し出しました。
「スパイスがたっぷり入っているから、かなり辛いよ。でもそれが私の味さ」
「ああ私が経験した事のない味なのだね。楽しみだ。私は、百万光年を超えて来た、宇宙人だから、どんなに辛くても大丈夫。私は、このカレーに挑戦しよう……」彼は、ひと匙を口に運びました。
私は、彼の最も激しい感情表現を見ました。私にとっても初めての経験でした。彼は全身の穴という穴から虹色の科学光線を放射しながら宇宙の言葉で絶叫を続け、萎みました。その悦びとも苦しみともつかない声を聞きながら、私は笑い続けました。むっちゃ笑えたからです。そして大切なものを得たのです。自分が宇宙人にも再就職にも両方勝利できるという強い自信を……』
「いや、滅茶苦茶やん」
AIが出力した物語は酷いものだった。
「いったいアレシアを何だと思ってんの」
AIはこの質問に長考し、結局エラーを吐いて沈黙した。