Entry1
フライパンと兄貴
サヌキマオ
「兄貴ィー! なぞなぞじゃあ! パンはパンでも食べられないパンはなーんだ! 答えられようか兄貴ィ!」
「そりゃあアレよ、ルパン三世よ!」
「ほうじゃあ……ほうじゃがの、こういうときは『フライパン』と答えるのが筋っちゅうもんではないかの」
「なにをぅ」兄貴は吹き出した。「なにを言うとるんじゃ、フライパンは食べられようが」
甘い夢だった。物言わなくなる前の兄貴との、甘い思い出だ。ふたりして槍ヶ岳をビキニパンツ一丁で駆け抜けて登りつめた思い出。帰りは谷底から川を下って海に流れ着いた思い出。それにしても思い出せない。フライパンを、兄貴は本当にフライパンを食べたのだろうか。
駅前の百円ショップで手に取ったフライパンに歯を立ててみる。新しいプラスチックと、うっすら鉄の臭いがする。「お客様困ります」すぐに店員が駆けつけてくる。「安心してくれ! 責任は必ず取ってみせる」俺がそう言うと若い女性店員の目元が赤らんだ気がする。もしかして勘違いさせてしまったかもしれない。
「というわけなんじゃ兄貴」
いつもの霊園、いつもの穴。兄貴の頭蓋の白さに話しかけたものの、考え込んでしまっているのか口は重い。風が流れた。タンクトップは着てきたが、三月頭の多磨霊園はまだまだ冷える。
「悪かったよ、すまなんだ兄貴、このくらいのこと自分で考えにゃいけん」
機嫌が悪いのかもしれない。また土をかけ直そうとすると、右の薬指に鋭い痛みが走った。釘だ。棺桶に打たれていたものだろうか。指に塗れた土に赤黒い血が混じる。急に腹が立って力ずくで釘を引き抜いて見ると、ずっと眠っていたかのように赤く錆びている。
「そ、そうか」雷に打たれた思いだ。「謎が解けたぞ、さすがは兄貴じゃ。俺の考えつかないことを考えついてくれる」
寒いのと指の痛いのも忘れて、俺は天を仰いだ。青空の向こうに兄貴の笑顔が巨きく映ったので思わず勃起する。
錆びさせればいいのだ。錆びれば鉄は赤く朽ちる。俺は駅前の百円ショップで食塩を買うと、前に買っておいたフライパンとともにバケツにコンビニ袋に入れてベランダに置いた。
体を鍛えているうちに数ヶ月もたったろう、俺は元フライパンだった赤錆をどんぶり飯にかけて食い尽くした。完全な勝利だ。
「兄貴は、兄貴は正しかったんじゃ!」
勝利の報告に兄貴の墓前に向かうと、その紛れもない証明として、兄貴の墓前に、渾身の、鉄錆まみれの糞をひり出した。