≪表紙へ

1000字小説バトル

≪1000字小説バトル表紙へ

1000字小説バトルstage4
第63回バトル 作品

参加作品一覧

(2023年 3月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
アレシア・モード
1000
4
江見水蔭
1149

結果発表

投票結果の発表中です。

※投票の受付は終了しました。

  • QBOOKSでは原則的に作品に校正を加えません。明らかな誤字などが見つかりましても、そのまま掲載しています。ご了承ください。
  • 修正、公開停止依頼など

    QBOOKSインフォデスクのページよりご連絡ください。

岩の海から
サヌキマオ

 道すがら、たまに日が差した皮膚だけがあたたかく、ありがたく感じる。
 案内された岩海と呼ばれる場所は、お世話になった宿坊から車で三十分ほどのところにあった。宿坊は山上の空港から車で峠を二つ越えて三十分のところだから、方角はどうあれ、ずいぶん遠くまできた気になる。ガンカイというのは地元で習慣としてそう呼びあらわしているのかと思ったが、国の特別史跡として指定されている旨の看板が立っている。聞けば、地元の小学生が遠足に使う程度のトレッキングコースだという。思っていたのと様子が違ってきた。
 少し登るとまもなく角の取れた岩石が見渡す限りの視界を埋めてくる。道端の案内を見れば「岩海の風景を保全するためにボランティアが発生する草木を駆除しています」とある。
「あれかあ」
 探すまでもない。遠く岩の海に一本だけすっくと立ったヒマワリに声が漏れた。殺風景なところに花弁の黄色が否応なく燿る。
「そうなんですよ」
 市民課の職員が相槌を打つ。
「誰かのいたづらではないかとも思ったんですが、どうも造花でもないようでねえ」
 スマホの電波は通じないが、気温計の表示にはマイナス二度とある。青空に映えるには違いないが、とてもヒマワリが元気に咲く環境ではない。

「――おかしいな」
 潜望鏡を通して外の様子を伺っていた"隊長"がつぶやいた。
「どうしました」
「人間二名がずっとこちらを見ています」
「きっと気の所為ですよ。向こうとこっち、六〇〇メートルは離れています」
「そうだろうか」
 人間二人は岩石地帯を道に沿って迂回しながらも距離を詰めてくる。こちらから視線を外さないのが実に不安だ。
「いや」隊長はしばらく黙り込んだ。ふいに頭の中に浮かんだ仮説を検証する。
「もしかして、われわれは植物に偽装をすることで、かえって目立っているのではないか」
「なるほど」
 検証してみましょう。部下が手元のタッチパネルを縦横に操作するとプログラムは過たず、あたりの岩という岩の隙間からこれでもかと同様の花をニョキニョキ生やし始めた。
「バカモン! 人間が驚いて逃げ出したじゃないか!」
 それでもなお不思議がっている部下からタッチパネルをひったくると、隊長は緊急停止のコマンドを発信する。さてどこをどう間違えたやら、ヒマワリの群れは一斉に蒼天に向かって発射されていった。

 この話はその後、特になんの話題にもならなかった。
 誰も自分のことを信じなかったのである。
岩の海から サヌキマオ

作家の本文
ごんぱち

「おい、じいさん、仕事だぜ」
 ウトウトしていた鶴崎は、声に我に返る。
 画面には、大量のサムネイル画像が表示されていた。
「早く頼むぜ」
 編集長の葛西が自分のデスクから声をかける。
「ああ」
 鶴崎は、頷いて画像をリーダーで表示させる。
 老眼の彼には、最大表示にしたサムネイル画像も分かり辛くなっている。
 彼は次々に画像を切り替えて行く。
 200枚ほどの画像を取捨選択後し、必要な形にトリミングする。出来上がった加工後画像を文書生成のアプリケーションに、キーワードと読み込ませる。
「――お疲れ」
 葛西がコーヒーを鶴崎のデスクに置く。合成インスタントの香りが、4坪ほどの貸しビルのオフィスに満ちる。
 鶴崎はコーヒーにミルクパウダーを入れ、一口飲んだ。
「相変わらず薄いな」
「濃くするとインスタントのクセが出るからな」

 コーヒーを飲み終えた鶴崎は、先ほど起動させていた文書作成アプリケーションを開く。
 20通りの文章が生成されている。
 斜め読みして2本を選び、そして熟読して1本を共有フォルダに入れようとして、手を止める。
「……書いちゃ、いかんかね」
「仕様外だ、読んでは貰えんよ」
「『読む』!」
 ファイルをフォルダに入れた鶴崎は、溜息交じりに言う。
「誰がそんな事をする? 要約され、動画化され、流し見されるだけだ」
「良いじゃないか」
 葛西は端末を操作する。
「物語は古来口伝だった。それを書き記し本が生まれた時は、音読が当然だ。その後、黙読の時代を経て、音声、映像の時代に辿り着いた。本来の語り部の姿にようやく辿り着きかけているとも言える」
「AIというでっかいブラックボックスを通すのにか?」
「語り部が、聞いた話を再現出来たと思うか? 今なら、原文を読もうと思えば操作一つで参照できる。余程良いさ」
「……その本文が、2万単語の組み合わせじゃあな」
「AIの生成したパーツを選ぶのも、立派な創作だ。技術は進歩する。5年もすりゃあ、自作本文でもバグらないAI出版システムが出来るわな。書きためとけよ」
「……5年か」
「おっ」
 葛西は嬉しげに声を上げる。
「会議終わった。出版確定したぞ」
「そうか」
 鶴崎の端末にも、同報メッセージで出版確定の報告が入っていた。
「お疲れ、どれぐらい売れるだろうな」
「定期購読の2億よりは増えんだろ」
 2人は席を立つ。
「じゃあ、来月」
「……たまの出勤だ、一杯やって帰ろうや、編集長」
「おっ、いいね」
作家の本文 ごんぱち

犬ふぐり
アレシア・モード

 東証先物の暴落に震える心を抑えつつ、君は庭の鉢植えに水なんぞを遣っている。朝だから、朝だからだ。そして君は冷静だからだ。冷静、平常心、それは投資家の最も大事なマインドだ。君は――アレシアは、常に平静なるマインドを持つ、そうだアレシア君、君はいつだって落ち着いているのだ、人に嫌われるほど沈着冷静なはずである。審判の朝の虚空に天使のラッパは吹き渡り、人々の虚しい懺悔の呻きは止まずとも、君はそのさらに先の利潤さえ掴めるはずだ。そう、ねえ君、ところでアレシア、君は何に水を遣っているのだい。いま君が水を注いでる、そこは鉢から外れてないか。いや失礼、でもそこに生えてるのは雑草、イヌノフグリだ。って在来のイヌノフグリは今や希少な植物やさかい水を遣ってますのんや分からんかボケ……っていや失礼、失礼を。東京証券取引所、前場の釜の開くまで、残りおよそ六〇〇秒、いや実際のとこ静かな朝だ、サイレンも、国民警報も鳴りはしない。ただただ静かに遠い時空でラッパは叫び、釜は開いて炎と燃えて、人は飛ぶ飛ぶ大空へ、そして電車は止まるのか。でもアレシア、君は知ってる、狼狽なんかしないのだ、人間、勝負は後場から。そう今日の終値がつくまでまだ分かるもんか。あれ、そうだったかな。どうしたアレシア、君の頭の中は積み上がる売気配で一杯か? 空にそびえる信用の城、二階建ての楼閣の防御力は何パーセントだっけ? ああいやダメだアレシア君、君はここで約款に救いを求めて読み返すような人間ではないはずだ。君は冷静だ。そんなの読み返すのは、無為な逃避に過ぎない。無為な逃避に。無為な逃避に。無為な逃避に。周囲の景色がぐにゃぐにゃ歪む。ああ君は何かの漫画でこんな場面を見たこともあった気がする。ああ勇者アレシアよ。まるで漫画だ。はっはっは。こいつは可笑しい。はっはっは。あっぱれ、そうだ、それが君の余裕だ。笑う門には福来たる。楼閣は間もなく頭上に降り落ちる。三〇〇秒で降り落ちる。でも陽の光はいま、絶妙の角度をもって暖かい。誰にでも、別け隔てなく暖かい。風は湿気を含んで柔らかだ。大地は確かにここにある。水の飛沫が虹を生む。いま君は、それを感じている。それがどれほど大切か、後の時代に知るのだろう。きっときっとそうなんだ。だから今はくよくよしない、今こそこんな朝だから、花に水やる時なんだ。今や希少な、歪んで見える、イヌノフグリの白い花に。
犬ふぐり アレシア・モード

窟の結婚
今月のゲスト:江見水蔭

 貝の採集を試みるべく島めぐりを始めて、荒浪打ち込む洞窟の前まで来た時に、一人の老漁夫がそこの岩角に腰を掛けて、何者をか待つあるが如きを見出した。
おや、何を待つのか』と自分は問いを発した。
『へへへ』と笑ってから、突如として唄い出した。
『来るか来るかと浜へ出て見れば、浜の松風音ばかり』曲終わってまた『ははは』と笑い返した。
『貝がこの洞穴ほらあなに居るかね』と重ねて問うてみた。
『ははは、居るだ、沢山居るだ』
『這入って取っても好いかね』
『貝を取るなァえが、女房にようぼを取りなさんな』
『女房になる娘がこの穴の中に居るのか』と問わずには居られぬ。
『俺が若い時には居た』と彼は真面目で答えた。
『今は』と問うた。
『時々気にして来て見るが、もう居ないね』と答えた。
おや、その年をしてまだ探すのか』と冷やかさずには居られなくなった。
『ははは、これァ癖だ、若いときから続いた癖だ。今、探し当てた処で、持てるか、持てないか、それは分からねえ。ただ昔からの癖でここへ来るだァ』と語り出した。

 あわびの囲いとしてここの洞窟を選んだのは、おやの若い時であった。
 時化しけの時にはここへ来て取り出して、だいぶ金子かねを儲けた。海のくらであった。
 ある日一人で来て、何心なく洞窟へ入って見ると、暗い中に光り物がする。驚いて見ると弁天が出現した、一層驚いて見ると、浜一番の美女であった。
 人が溜めて置く鮑を盗み出すとは、承知できぬと怒ってでた。
 全く知らなかった。偶然にここを見出したと言い解きに掛かった。
 それが事実であろうけれど、わざと曲げて解して、もし私の言うがままになるならば、ゆるしても遣ろう、そうでなければ訴え出ると脅迫した。
 泣いて彼女は詫びた。
 かなかった。
 ついに洞窟の中で強いて結婚の約を固めた。
 女房にしてから、たびたびこの洞窟に来る必用を認めた。さきには鮑が多く溜まって居たけれど、後には無い事が多くなった。
 しかし、うちの宝珠の玉にはよほど金銀貨が溜まって居る事と考えていた。
 割って見たら、鐚銭びたせんが出ただけであった。
 女房を割って見たら腹の中から金銀貨が出るとでも思ったか、頭を打った。
 それきり女房は居なくなってしまって、いくら探しても出て来ない。
 そうすると洞窟には、鮑が溜まる。人の世話で女房を持つと、今度はまた宝珠の玉が空になる。
 叩きって、叩き出して、何度も繰り返して、さて今日になって見ると、一番先の宝珠の玉が一番惜しい。
 もしや洞窟へ一番先の女房が、また来はせぬかと時々の見廻り。まだしかし一度も来おらぬ、と事もなげに語って呵々大笑した。

 巻貝、二枚貝、いろいろの貝、なるほど、複雑なのばかりではない。採集して見ると極めて単純なものもあると、自分は大いに得るあって、島めぐりを終わった。

(明治三十八年十二月稿)