Entry1
長屋のファナティク
サヌキマオ
銭湯で上野の花の噂かな。まぁ花見どきになりますと、どこにいっても花の噂ばかりしてェる。
「花見に行ったってな」「いってきた」「どこだ」「飛鳥山」「どうだった?」「どうもおどろいたねえ、よくまあ人が出るねえ、ええ、どこからあんなに出てくるかと思うようだなぁ。なにしろ面白かったぜ、おばあさんは歌い出す、若い娘は踊りだす、ねェ……うん」
「面白そうだなぁ、んじゃあ俺も行ってみるかなぁ、行くか」「……で、どうだ、花の具合は」「え?」「花ァどうだった?」「花? さぁ、花は咲いていたかなぁ……」
こういうのは人混みを見に行ったんだか花を見に行ったんだかわからないてぇのがありますね……
そう、花は咲いていなかった。花はおろか当時の飛鳥山には桜など一本も生えていなかったのだ。
では、なぜ人は花見に行くのか。最初の一人は気が触れていたのかもしれない。もしくはいやなことがあって呑んで呑んで呑んだ先に啓けるものがあって、ふいにひょいひょいと手が、足が、動いたのかもしれない。それを見ていた閑人が、酔狂が、お調子者が、うっかり真似てしまったのかもしれない。狂騒の輪は若い娘、ばかな子供、おばあさん、おじいさん、朴念仁と広がっていく。猫だけが不思議そうに、屋根の上から人の騒ぎを見ている。一匹、また一匹と猫は増えていった。みな静かに屋根瓦の上で目を閉じている。
みな一様に「花」が見えていた。染井吉野は染井でできた吉野桜である。裏を返せば飛鳥山の、花を思う人々の想いが結集したのかもしれない。
(そんなわけねえだろ)
とまれいい気持になった連衆は歌い踊り笑い、またひとりまたひとりと酔いつぶれて眠りに落ちた。こう書くとふと疑問が湧くが、そこには酒もあったのだろうか。いや、なかったであろう。誰もが酒を飲めば愉しいわけではないからだ。では酒無くしてなにが愉しいかといえば、やはり花があったに違いない。花があったか酒があったかわからねど、間違いなく大勢の人はあった。そこだけは疑いようがない。猫が観ていた。カラスが観て笑っていた。小さくて表情まで窺えはしないが、アリも笑っていたかもしれない。動物園では馬も猿もライオンも、豚なんか鼻で笑っていただろう。
「大家さん、近々長屋にいいことありますぜ」「そんなことがわかるのかい」「ごらんなさい酒柱が立ちました」「酒柱って!」
酒柱は天空はるかにそびえ立ち、とてもいい匂いがする。