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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第65回バトル 作品

参加作品一覧

(2023年 5月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
アレシア・モード
1000
4
武野藤介
2046

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保木津
サヌキマオ

 スマホがポキッポキッとなる度にぼくはポキツのことを思い出す。ポキツ、どんな字を書くのだろう。法華津かな。そういう乗馬のオリンピック選手がいて、読み方は「ホケツ」だった覚えがある。ポキツ、呆気津、法橘、保気津、法規津、保木津。文字にするとどれも座りが悪い気がするが、暫定的に保木津でいくことにする。保鬼津の字も浮かんだが、鬼は流石にやりすぎだ、と考えた。
 ポキッポキッ、また着信がある。だいたいは宣伝であり、朝の九時代に来るのはエースマーケットのDMと相場が決まっている。今日はカニだろうか、貴腐ワインだろうか。食い物の話なので確認してしまう。ヘッダーには「山盛りブルーベリーのタルト、マンゴーたっ」とある。たっ、なんであろうか。思わず本文を開き、「っぷりタルト」であることを確認して削除する。少し考えればわかりそうな答だ。頭がはたらいていない証左である。少し悔しい気持ちになる。
 保木津さんはどんな人だろう。事務机に着く黒髪の後ろ姿が不意に浮かんだ。年の頃なら二十四くらい。短大を出て、実家から電車で二、三駅あたりの会社に就職が決まって、働いている。これを機に実家を出てひとり暮らししたい気持ちがあった反面、思ったより業務がハードだったためにすぐに気持ちが挫けて断念している。メガネは面が大きければ大きいほど実用的だと思っている。視力は裸眼で0.1くらい。かわいいものへの興味はあるが、自分はかわいいものを「見ている」側の人間だと思っているので自ら身につけることはしない。酒はたまに飲む。酔っ払った感覚を味わいために、特別だと思って買う。
 特技はExcelのショートカットがほぼすべて頭に入っていること。旅行も嫌いではないが、積極的に誘えるような趣味のともだちがいない。
 保木津さんには友だちがいるのだろうか。ポキッポキッ、またスマホが鳴る。「いないこともないけど」と保木津さんの声がする。
 短大時代のクラスメイトはいわゆるパリピみたいなのが多くて、なかなか友達になれる気がしなかった。そうではない、学校と名がつくからにはちゃんと勉強しようという面々に一種の連帯感はあったが、それでもそこまで学校外で遊ぶような関係の知り合いは出来なかった。ポキッポキッポキッポキッ。いやに立て続けに着信が来るのでさすがに画面を確認すると、すべて同じ書店からの電子書籍割引セールのお知らせだ。そんなに売れてないのか電子書籍。
保木津 サヌキマオ

デジタル遺品
ごんぱち

 8畳ほどの部屋の押し入れの襖には、B2サイズの日焼け跡がうっすら見えた。
 反対面に本棚が並び、掃き出し窓を半分塞ぐようにPC用のデスクがある。
 デスクの足元にデスクトップPCの本体が置かれ、デスクの上にはノートPCが2台、スマホが1台、昆布結びにされたケーブルが、長さ別に置かれていた。
 部屋はよく掃除されており、塵ひとつない。
「よろしくお願いします」
 女は一礼して部屋を出ていった。

 ――作業着姿の四谷京作と蒲田雅弘は、手分けして作業に入る。
 スマホは蒲田に任せ、四谷はPCに順番に電源を入れ、BIOSを変更し、USBフラッシュのOSで起動させる。
 OSは無事に起動し、HDDも全て認識した。
「ラッキー、ログインパスだけだ」
 四谷は手早く中身を確認していく。
「……イメージ丸ごとで良いなら、もっと楽なんだけどな」
「値段なりの仕事しないと、申し訳ない気分になるだろ」
「まあな」
 四谷はCドライブを確認し、パーティションで分けられたDドライブを見る。
「……リカバリフォルダの……サイズが」
 四谷はリカバリフォルダを開ける。
「……蒲田」
「またか」
 蒲田が横からディスプレイを覗き込んだ。

「――こちらが、復旧した全てのデータです」
 四谷はテーブルにUSBフラッシュメモリを置く。
「小さく……収まるんですね」
 女は言いつつ、軽く手でお茶を勧める。
「パソコンのデータというのは、大半がOSとアプリなんですよ。個人が作ったデータは微々たるもので、動画作成の趣味でもない限り、少ないもんです」
「そうですか」
 女は指先ほどのメモリを手に取る。
「それともう1つ」
「はい」
「予感があったのかも知れません。旦那さん、中は随分綺麗に整理されてましたよ」
「……そうでしたか」
 女は静かに頭を下げた。

「――えー、以上の調査から、コンピュータ機器を使う人が生前にデータ消去している割合は、急死した場合で76%、これは健常者の生前遺品整理の割合7%と有意に異なるものです。端的に言えば、ですな」
 学会で、学者がパワーポイント映像を表示させながら説明する。
「『コンピュータ使用者には、死を予見する能力がある』という仮説が立証されたものと、結論付けとります」
「武納助教授」
 質問者が挙手する。
「なんですかな」
「予見出来なかった人の場合、どのようなデータが残されていたのでしょうか」
 発表者は質問者をじぃっと見た。
「……それは聞くなよ」
デジタル遺品 ごんぱち

シャボン玉ホリデー
アレシア・モード

「なあ梅田、ちょっと訊きたいんだが」
「どうした四天王寺前夕陽ケ丘、略して四陽よ」
「シャボン玉が甘いってどういうことだろう?」


「うむ。結論から言おう。四陽――君は命を狙われている」
「何だと。誰にだ」
「忍者だ。もう君にも分かったろう」
「わからないよ!」
「四陽――」
「お、おう」
「シャボン玉はなぜ割れるか知ってるか」
「おう?」
「結論を言えば穴が空くからだ。球体を保っていた膜に穴が空く事で張力のバランスが崩れ弾けるのだ。だが針で突くならともかく、何にも触れずに勝手に穴が空くのはなぜか。結論としては乾くからだ。シャボン液が乾いてそこに穴が空く、つまり割れないシャボン玉を作るには乾かなくする」
「なるほど。で忍者はどうした」
「結論で言えばシャボンを乾かなくする技を究めた者、それが忍者だ。忍者にはシャボン玉を使った術がある。即ち毒をシャボン玉にして風に流し、相手に浴びせるというヤバい術だ」
「その毒を食らったらどうなる」
「うむ、肉体疲労時の栄養不足、腰痛、肩こり、眼精疲労などを起こし虚弱になるという」
「ああっ全部心当たりがある! そうか分かった、だから忍者はシャボン玉を甘くして誘ったんだな。卑怯な」
「少し違う。忍者には割れないシャボン玉が必要だった。さてここでクエスチョン、割れないシャボン玉を作るため忍者が使った自然の物質とは何でしょうか」
「うーん硫黄か何かを……」
「正解は昆虫の汁、アブラムシの出す蜜だ。虫が吸う草の汁には光合成で出来た養分が豊富に含まれててな、アブラムシは余った糖分をどんどん排泄する。この排泄物を液に混ぜれば粘度が上がってシャボン玉は割れにくくなる!」
「では梅田、俺が毎朝甘い甘いと食ってたシャボン玉は、実は昆虫、しかもウンコを膨らましたものだと言うのか!」
「そんなに食ってたのか四陽。結論的には大丈夫だ、あれはウンコというか尿だから少し大丈夫だ。気を確かに持て、おい四陽!」


「――という伝説がある。甘いシャボン玉は小説では死の記号だ」
「なるほど。つまり蒲田は四谷の暗殺を企んでたという結末か」
「そうだ。しかし梅田、先月の感想票と投稿とを一緒に書いて済ませるとは大した時短だな」「ふふ、大型連休も効率よく過ごさねば水の泡ですから、四陽どの」「ははは、お主もワルよの……」
 お前たち、ふざけるのもいい加減にしろ。
「な、何者だ」
 アレから生まれた――アレシア・モード!
「アイェエエ!」
シャボン玉ホリデー アレシア・モード

今月のゲスト:武野藤介

「あとにもさきにも、これは僕の経験した嫉妬、たった一度の嫉妬ではなかったかと思うのだが……」
 と、佐々木さんが話して聞かせるのである。

 四十歳を不惑と云う。四十歳を過ぎると、女とのかかわりも、まず、あと腐れのないように、最初からそれを見込んでとりかかります。それぐらいですから、情事には違いないが、それほど好きでもなく、勿論、嫌いでもないという女。だが、肉体のつながりが出来るまでにはいくらかの月日の経過がありました。
 女の気持ちのほうは、推量はかり兼ねたけれど、彼女を好いている一人の青年があったと思い給え。
「青年というからには、もちろん、あなたよりも歳下でしょうね」
 と、私が訊くと、佐々木さんは頷いてみせてから……。
 学校を出たばかりの青年でした。絵のほうの、僕の、お弟子。家庭の事情で、本人は東京へ居残りたいらしかったが、それが許されずして、裏日本の郷里で暮らしていました。それぐらいだから、腐っているという程ではないとしても、怏々として愉しまず、さ。
 先方へ、一夜泊りで、ひとつ慰問に行ってやろうではないかというのが、僕と女との相談。
「その女、モデル女ですか」
 佐々木さんは首を横に振って……。
 僕たちが行きつけていたカフェ、そこのマダムの妹。出戻り娘さ。もちろん、あの戦時下で、カフェは廃業していたが、そこはまた、おもて向きのようなもので裏には裏があったからね。店の椅子や、卓子テーブルなどはかたづけて、片隅に積み重ねられていたが、しかし、茶の間というものがあるからね。酒は配給。友人同志で持ち寄ってはよくその茶の間へ出かけていったものさ。やみの小料理にはチップもはずんだのです。妹の、この女も昔どおりにお酌をしてくれる。もっとも、廃業と同時に、遊んでいると例の女子徴用ということもあるので、昼間、彼女はその「徴用除け」に勤めに出ることは出ていましたけれど。
 その裏日本へ出かけて行く途中、温泉宿で僕たちは一泊しましたがそんなことは夢にも知らない青年。いいところのある青年でした。若い人たちの今時の言葉でいえば「よさ」というあれですかね。ひとつには、人間、育ちですね。僕と女との間を疑っていないのですね。こちらが、腐っているのを、遙々、東京から慰問に来てくれたものとばかり思って、青年は非常に喜んでいるんですね。
 ひとり息子でしたが一家を挙げて大歓迎。
 夏のことでした。いい月光で、二階に泊められましたが、水を打った爽々しい小庭の樹木、その向うに白壁の倉、その白壁に蒼白い月光がとても美しい。
 蚊帳はもう吊ってあった。
 青年の方は縁側が鍵なりになった部屋。そこが自分の居間でここへも蚊帳は吊ってあった。縁側に蚊遣りの燻。冷たい飲み物と果物。ここは町端れで遠くのほうでかすかに盆踊りの太鼓の音が聞こえていました。その縁側で、三人、暫く話した。階下のどこかで柱時計が鈍い音で鳴っている。一つ。二つ。二時まで算えたので、
「お先へ失礼するよ」
 と、そう云って、誰の返事も待たずに、僕はさっさと蚊帳の中へ這入ってしまいました。
 しかし……なかなか、寝つかれないのです。女と青年と、二人で話しているのが、僕の睡眠を邪魔しないつもりか、急に、小声になってしまいました。それが却っていけない。気になるんですね。
 そのうち、女のほうから、「もうやすみましょうか」と云ったらしいが、青年がそれを止めている様子です。
「あの月は、倉の屋根のてっぺんをうようにして、左から右の方へと移っていく、それが時々不思議に思われてならない。不思議なわけはないのだけれど、子供の時もそうだった。今もそうだよ。それじゃせめてあの月が……」
 青年はどこかの屋根の一角を指さしたらしい。
「月が、あそこへ来るまでつきあい給え」
 また、女と小声の話が続いた。僕は鼾をかきはじめた。
「鼾を?」私は問い返した。
 狸さ。だから、最初に云ったとおり、これは僕が生れて初めて経験した嫉妬なのさ。狸寝いりなの、さ。
 そのうち……女が小さい声をたてた。その声に、僕も、はッとしたね。今すこしで狸寝入りの鼾を止めてしまうところだった。僕は眼をうっすらと明けていた。まるで、誂えたように、月影が倉の翳で二人の座っているところだけ暗くしているではないか。
「僕の部屋へ行こう」
 青年が押えるような声で云った。
「…………」女が首を横に振っている。
「大丈夫だよ。先生、寝っちまっているんだもの。鼾をかいているじゃないか」

 佐々木さんはここまで話してから急に口を噤じた。私は黙って次の言葉を待った。しかし、佐々木さんはそれきり暫く黙っていた。

 可哀そうなことをしましたよ。青年は、それから間もなく応召されて……出征。南太平洋の孤島で戦死しました。友人達の噂では童貞だったろうということです。僕が鼾をかいたばかりに一生一度のチャンスを僕はこの弟子に与えてやれなかったのです。僕が、「鼾をかかない男」であることを、女はよく知っていましたからね。哀れな物語ではありませんか。