Entry1
保木津
サヌキマオ
スマホがポキッポキッとなる度にぼくはポキツのことを思い出す。ポキツ、どんな字を書くのだろう。法華津かな。そういう乗馬のオリンピック選手がいて、読み方は「ホケツ」だった覚えがある。ポキツ、呆気津、法橘、保気津、法規津、保木津。文字にするとどれも座りが悪い気がするが、暫定的に保木津でいくことにする。保鬼津の字も浮かんだが、鬼は流石にやりすぎだ、と考えた。
ポキッポキッ、また着信がある。だいたいは宣伝であり、朝の九時代に来るのはエースマーケットのDMと相場が決まっている。今日はカニだろうか、貴腐ワインだろうか。食い物の話なので確認してしまう。ヘッダーには「山盛りブルーベリーのタルト、マンゴーたっ」とある。たっ、なんであろうか。思わず本文を開き、「っぷりタルト」であることを確認して削除する。少し考えればわかりそうな答だ。頭がはたらいていない証左である。少し悔しい気持ちになる。
保木津さんはどんな人だろう。事務机に着く黒髪の後ろ姿が不意に浮かんだ。年の頃なら二十四くらい。短大を出て、実家から電車で二、三駅あたりの会社に就職が決まって、働いている。これを機に実家を出てひとり暮らししたい気持ちがあった反面、思ったより業務がハードだったためにすぐに気持ちが挫けて断念している。メガネは面が大きければ大きいほど実用的だと思っている。視力は裸眼で0.1くらい。かわいいものへの興味はあるが、自分はかわいいものを「見ている」側の人間だと思っているので自ら身につけることはしない。酒はたまに飲む。酔っ払った感覚を味わいために、特別だと思って買う。
特技はExcelのショートカットがほぼすべて頭に入っていること。旅行も嫌いではないが、積極的に誘えるような趣味のともだちがいない。
保木津さんには友だちがいるのだろうか。ポキッポキッ、またスマホが鳴る。「いないこともないけど」と保木津さんの声がする。
短大時代のクラスメイトはいわゆるパリピみたいなのが多くて、なかなか友達になれる気がしなかった。そうではない、学校と名がつくからにはちゃんと勉強しようという面々に一種の連帯感はあったが、それでもそこまで学校外で遊ぶような関係の知り合いは出来なかった。ポキッポキッポキッポキッ。いやに立て続けに着信が来るのでさすがに画面を確認すると、すべて同じ書店からの電子書籍割引セールのお知らせだ。そんなに売れてないのか電子書籍。