ばんぎつね
アレシア・モード
【蛮きつねに関する参考聴取】
>これは茂平という老人の話です。
>蛮狐という、たいそう悪い狐がおりましたです。
>蛮狐は、その悪心のゆえ孤独な小狐であり、羊歯のいっぱい茂った森で穴居を掘って棲んでおりました。
>蛮狐は、昼夜を問わず辺りの村へ侵入しては悪戯を重ねておりました。村の畑の作物を掘り荒らして毀損し、農家の裏手に吊るされた唐辛子を窃取し、証拠隠滅を図って干されていた菜種がらに放火し、村人の現住建造物を全焼させました。
>蛮狐は、村の兵十という男の母親をも殺害しました。兵十は『不吃鰻魚就死病』に侵された母親のため鰻を獲ろうと網を仕掛けましたが、蛮狐はこれを無惨に破壊、網に残った鰻まで噛み砕いて兵十の母親を故意に死なせました。
>蛮狐は、さらに兵十の死んだ母親の肉を『ばば汁』と騙して調理させ、通夜の振舞いとして村人たちに饗させました。
>蛮狐は、母親の首を『大盛りばば汁』として兵十の最後の椀に振る舞いました。椀の蓋を開いた兵十は村中の集まる前で葬儀を中断する事もならず、ただ頭を下げ『よくわかりました』とだけ答えたとの事であります。
>蛮狐は、この凶状をもて後の世の人間の子供らにまで狐の悪辣さを誤認させ学校では教諭の誘導尋問で狂った非人道的児童のレッテルを
『ああ駄目だ、こいつ話にならん』
私――アレシア、すなわち偉大なる冥府の王の、美しき后であるペルセポネーの、その友達であるところのアレシアは、嘆かわしげに吐息をつくと、この毛皮らしい狐の屍の媚売る姿を、冥界事務所の窓口アクリル板越しに見下ろしていた。クソ狐は村人に撃ち込まれたんであろう鉛の弾による穴だらけな顔で私を見上げた。
『ねえアレシア』狐は言った。『そんな事言わないで。僕はいつもみんなの幸せを願っているんだよ。きっと君の為にもなれると思うんだ』
『なあ、お前……まだそんな事ばかり云うてますのんか』
そもそも死んだ動物なんて、普通はケダモノというだけの理由をもって、せめて畜生界を巡ることを赦されているわけだ。それをわざわざこの私の窓口で死後の裁定とか請求する狐など、全く常軌を逸した悪行設定である。私はキレた。
『クソたわけめが! 貴様のような醜い悪性新生物など、この大自然のエコサイクルの中に生かしておけるとでも思っていたのか! 出てけ貴様は追放じゃ! さあ直ちに人間界に堕ちるがよいわこの蛮狐!』
こうして、蛮人が産まれたってわけ。