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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第75回バトル 作品

参加作品一覧

(2024年 3月)
文字数
1
おんど
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
Bing
995
5
横光利一
2656

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長編小説(途中まで)
おんど

いつになったら原稿料が振り込まれるのだろうか。
毎月毎月汗を垂らしながら書いているというのに制汗剤のおかげでお肌はいつもさらさらしている。そういえば、砂の上でやるのが好きだった。今も好きに違いなかった。世間はバレンタインデーだった。砂の上で行うバレンタインデーが好きだった。ほんとうにほんとうに好きで好きでたまらなくなって想いが制汗剤では収まらなくなったころ、忘れたように脂はにじみ出てくるのだった。一度にじみ出た脂はもう取り返しがつかないほどだった。きれいな日本海を返せ、と梶原さんは叫んだ。鳥取の出身だった。島根県立大学を首席で卒業してから日本海で叫んだ。ほんとうに砂はさらさらだった。それは梶原さんのそれまで生きてきた人生の、お母様から受け継いだ白い肌、お父様から受け継いだ白い眼、おばあさまから受け継いだ黄色い犬歯、おじいさまから受け継いだ満州仕込みの軍人魂、そのまたいけ好かぬ心持ちetc.......を包含したすべてだった。それを低い腰の位置から持ち上げて砂の上に落とすと安っぽい穴ができた。それが鳥取砂丘だった。パンツを穿いていないスカートでしゃがみこんでおしっこをすると素早く砂に吸い込まれて誰にもばれなかったから味をしめた梶原少女はトイレに行かず砂の上でおしっこをする人生をそのあとも生きることになった。だけどもそれこそが梶原さんの命の源でありレーズンデートルでもあり、そのレーズンの色とか形ときたら梶原さんのおっぱいの先っぽについているAREと見間違えるくらいのイミテーションでありイニシエーションだった。話の腰を折るようで申し訳ないけれど、ぼくもう眠くなっちゃった。それからおしっこしたくなっちゃった。ねえママのそのティールブルーのビロード地のスカートに引っ掛けてもいい?だめ?だめならお仕置きしてください。ほらもうぼくのおちんちんがこんなにパンパンに腫れあがって、眠いのに眠れやしないよ。そんなプレイも砂の女は受け入れてくれるのだった。それをバレンタインデーとしてハメてくれた神様というかサムシンググレート草津というか八百万の万世一系小島一慶というか、そんな存在たちに愛を込めて歌いたい。そこにお弁当をぶら下げた君がいてくれるならなおのことだ。弁当の中身は何かと申しますと下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下に出て、三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出て、そのころ、
長編小説(途中まで) おんど

ヒャッポダ
サヌキマオ

 ヒャッポダに噛まれたのでもうおしめぇだ。極楽鳥の卵目当てに藪に足を踏み入れた途端にこのザマだ。おもわず道に転げ出ると左足の脛に三角の頭が食いついてぶらぶらしている。ふいに「百歩歩いたら死ぬから百歩蛇なのでは?」と脳裏にひらめいた。「そうだよ」とはるか天上から神様の声が聞こえた(気がしてきた)。
 腑に落ちるところがあった。センリバとは千里を駆ける馬だし、拠点にしている集落にいた乳牛が「マンサクチュー」と呼ばれているのは「一万回乳を搾れる丑」のことであり、センダヂュッは「千回打っても平気な丈夫な戌」のことなのであろう。どんどんわかってくる。申の群、あれはオクショーシンと呼ばれていたが、「億笑申」なのでずっと笑っている。集団で笑っている。老申も子申もきちがいのように大口を開けて笑っている。
 さて、ヒャッポダに噛まれたのであった。「しょうがねえな」おれは両の肘から腕を地面に立てると、がんばって逆立ちをした。全身の筋肉がめりめりいう。「やるじゃん」神様も感心しておいでだ。百歩で死ぬのであれば、両手で歩けばいい。
 いやしかし、歩めば、死ぬのか? とんだ落とし穴だった。文字通り頭から穴に落ちる。穴は思ったよりも深く、広く、これは千粁土竜せんきろめーとるもぐらの仕業であると思われた。もしくは鬼堀兎おにぼりうさぎ、ドリルキング、思いを巡らせている間に、肉体の移動が止まった。鼠が餅をついている。おじいさんが転がしたおむすびをもとでに、餅にしてみんなで食べている鼠の集団。億搗おくとうの群。瓩餅鼠きろぐらむぺいその集。「わああ、蛇だ、蛇だ」いまだに足に噛み付いていたヒャッポダを見てオクトウソもしくはキログラムぺイソたちは上を下への大騒ぎ。ヒャッポダも好物の群れと見て飛びかかる。一対数百匹でようやるわい。
 気がつくと病院のベッドにいた。話からするに三日も寝たきりだったらしい。すっかり仕事はだめになってしまったが、命あっての物種だ。またなにか仕事を探せばいいのである。そういうところはすっかり極楽蜻蛉であった。極楽蜻蛉が極楽鳥の卵を取りに行っていたのだからお笑いといえる。医者が来る。おかげで気が付きましたよ先生――で、いつごろ退院していいんですかね?
「退院もなにも」背の高い、厚ぼったい眼鏡の中年男の医者は淡々と言った「あと七歩です。あと七歩歩くとあんたは死ぬ」
「こらもうあかんね」と声がする。傷口を見ると、設置された電光掲示板に「7」と表示されている。
ヒャッポダ サヌキマオ

手土産
ごんぱち

「――あら、お前さん、早起きだね。家は昨日、完成したんじゃなかったかい」
「次の件で、本所の旦那と打ち合わせがあるんだ」
「そりゃご苦労様だね。しっかりおあがりよ」
「昨日の酒が少々残ってやがるんだ、今日は動く訳でもねえし、茶漬けで頼むよ」
「炊きたてのおまんまなのに茶漬けかい。まあいいよ、お待ち……はい」
「ああ、すまねえ。ん、すっぺぇ……梅干し喰ったら、なんだか腹が減ってきた。茶漬けにしねえでいいや」
「そんなこったろうと思ったよ」

「――ぼちぼち旦那んとこ行って来る」
「ちょいとお待ちよあんた。打ち合わせでも、お宅に上がるのに手ぶらって事はないだろう。そんな事だから、『八五郎のヤツは、親方になっても風格がない』とか言われるんだよ」
「やかましいよ。でも、まあそうか……旦那、甘い物が苦手だったな」
「その筈だよ」
「じゃあ、手土産はこの煎餅にしとこう。草加土産だけあって、なかなかうまいし、体裁も良いだろう」
「その煎餅、は……その、ちょいとお待ちよ」
「なんだ?」
「煎餅は、ほら、本当に甘くないかい?」
「そりゃそうだろ、醤油で味付けしてんだから」
「そんな事だから、あんたの味覚はお粗末なんだよ。この前も、鮭と鯛を間違えてたろう」
「切り身になってたから仕方ねえ」
「切り身の方がむしろ分かりやすいよ。いいかい、煎餅ってのは米だよ。米は長く噛んでりゃ甘くなるだろ」
「こういう時の『甘い物』は、砂糖が入ったようなのを指すんじゃねえか」
「じゃあ訊くけどね。ミロはどうだい。ミロは甘い物かい」
「ん? ミロは甘い物に決まってらぁ」
「あれに使われている糖分は麦芽糖だよ」
「他も入ってた気がしなくも……」
「麦芽糖ってのはね、デンプンを唾液のアミラーゼが分解する事で出来るんだ。つまり、デンプンたっぷりの米を使う煎餅なんてのは、ミロを土産にするのと同じ事だよ」
「……そいつはいけねぇな。旦那が飲むのは、ブラックのMJBコーヒーだ。何でも、一杯のMJBコーヒーを、馬の鞍と交換したって噂もある」
「ほれごらん。ミロなんか送った日には、折れた蹄鉄か馬糞をぶつけられるよ」
「だとすると、こう、苦いものが良いかな」
「そうそう、そうだね、その方向にしな。ああ、そこにあたしが胃の薬に貰った当薬があるから、それを持っておいきよ」

「――と、まあ、手土産が当薬なのは、そういった経緯なんで」
「……途中でコーヒーっていう、手土産好適品出てたろう、八」
手土産 ごんぱち

銭形平次 八五郎のホワイトデー
Bing

 春の日差しが暖かく、神田明神下の町はにぎやかだった。銭形平次は八五郎と一緒に巡回をしていたが、心はどこか落ち着かなかった。今日は三月十四日、ホワイトデーだったのだ。平次は先月、八五郎からチョコレートをもらっていた。八五郎は平次親分の事が大好きだと言ってくれたのだ。平次は八五郎の気持ちに応えたいと思っていたが、どうすればいいのかわからなかった。平次には妻のおふくがいたのだ。
 「平次親分、今日は何かご予定があるんですか?」
 八五郎がそっと聞いてきた。平次は顔を赤くして、
 「いや、別にないが……」
 「そうですか。じゃあ、今日は一緒に食事でもしませんか?私、親分にお礼がしたいんです。親分の好きなものを用意しましたよ」
 八五郎は照れながら言った。平次は八五郎の瞳に吸い込まれそうになった。平次は八五郎の事が好きだった。でも、おふくの事も好きだった。平次はどう答えればいいのかわからなかった。
 「平次さま、お帰りなさいませ」
 その時、平次の家の前におふくが現れた。おふくは平次に笑顔で迎えたが、八五郎には冷たい目を向けた。おふくも八五郎の事が好きだった。でも、平次の妻だった。おふくは平次と八五郎の関係に嫉妬していた。おふくは八五郎にチョコレートをあげなかったのだ。おふくは平次だけにチョコレートをあげたかったのだ。
 「おふく、今日は何か用があるのか?」
 平次はおふくに尋ねた。おふくは平次の腕にしがみついて、
 「平次さま、今日はホワイトデーですよ。私、平次さまにお返しをしたいんです。平次さまの大好きなお菓子を作りました。平次さまと二人で食べましょう。私も親分の事が大好きですから」
 おふくは平次に甘えながら言った。平次はおふくの髪に触れて、
 「そうか、ありがとう。じゃあ、今日はおふくと一緒に過ごそうか。おふくも俺の事が好きなのか。それは嬉しいな」
 平次はおふくに優しく言った。八五郎は平次とおふくの姿に悲しくなった。八五郎は平次に言いたい事があった。でも、言えなかった。八五郎は涙をこらえて、
 「親分、今日はお邪魔しました。私はこれで失礼します。親分の幸せを祈っています」
 八五郎は平次に一礼して、去っていった。平次は八五郎の背中に何かを感じた。でも、追いかける事はできなかった。平次はおふくに手を引かれて、家に入っていった。
 平次とおふくと八五郎。三人の恋は、この日も解決しなかった。
銭形平次 八五郎のホワイトデー Bing

神馬
今月のゲスト:横光利一

 豆台の上へ延ばしていた彼の鼻頭へ、廂から流れた陽の光が落ちていた。鬣が彼の鈍った茶色の眼の上へ垂れ下がると、彼は首をもたげて振った。そして又食った。
 肋骨の下の皮が張って来ると、瞼が重くなって来て、知らず知らずに居眠った、と不意に雨でも降って来たような音がしたので、眼を開くと黄色な豆が一ぱい口元に散らばっていた。で彼は呉れた人をチラッと見たきり、鼻の孔まで動かして又食った。いくら食っても、ウツラウツラとしている中に腹の皮がげっそり縮まっていた。彼は食い倦きると、此の小山の上から下を見下ろした。
 淡紅の蓮華畑や、黄色な菜畑や、緑色の麦畑が幾段と続いていた。そのずっと向うには、濃い藍色の海が際涯しなく拡がっていて、その上を水色の空が恰も子守りでも命ぜられているかのように柔く圧えていた。彼は豆台を飛び越えて走りたくなって来た。が又豆がパラパラと撒かれると何もかも忘れて了った。一間程前で、朱の印を白い着物中にペタペタ押した爺が、檜傘を猪首に冠って、彼を拝んでいた。彼はその間ムシャムシャ頬張っていた。顔を揚げると、傍で小僧が指を食わえて、不思議そうに彼を見ていた。
(何て小っぽい野郎だろう。だが此奴は呉れよらん)彼は眼を爺様にむけた。爺は拝み終えて子供の頭を圧えながら云った。
「さあ、さあ、拝まっしゃれ。そんなに見たら眼がつぶれるぞ」
 子供は圧えられている頭の下から未だ彼をジロジロ見ていた。軈て彼らは去った。
(阿奴ら変梃なことをしやがる。何をしやがったんだろう?)
 急に臀部が気持ち悪くなった。彼は下腹に力を容れた。そして尾をあげるとボトボトと床が鳴った。瞼が下りかけた。と石段を辷って地べたの上を音もたてずに、すばらしい勢で走り過ぎた小さい影を見た。何かしら? と思って過ぎた方をよく見ると、高い空で鳶が気持ちよさそうに輪を描いていた。
(何だ、鳶か俺は又牛虻でも来やがったのかしらと思ったら)そして彼は又眠ろうとしたが、木の影から黄色な鯉が竿の尖端に食いついて遊んでいるのが眼につくと、それを瞶めていた。広い道が畑の間を真直に延びていた。首を振り乍ら歩いている馬や、唄を歌っている頬冠りした人間や、車等が沢山往ったり来たりしていた。
(出て歩きたいな)と思うと、両側の柱から垂らして口もとで結んだ縄を噛み切りたくなって来た。と何日か二三度逃げ出た時、三四日の間一食もくれなかった苦痛を思い出した。
(あんな目に合せやがる―)彼は首を振った。風が吹いて来た。前の榊の枝がざわついた。下の道に白い塵埃が舞い立って人も車も馬も飲み込まれた。鯉は竿に縋り、が激しく鳴った。塵埃が向うの山の麓の方へ走り去ると又静になった。そして暗くなった山の峰が直き明るく輝いた。蓮華畑の横で女の子らが寝転びながら摘草をしている。他の二三人は麦畑の中で隠れんぼをしている。見つかるとキッキッと云った。お転婆らしい。掘り返した畑で大分腰の曲った男が肥料を撒いている。白い煙を吐いた下り列車が山際をノロノロ這っている。石段の方から鈴の音が響いて来た。彼は急いで首をその方に向けた。赤銅色にギラギラ光った顔の男が長い杖をつき乍ら下りて来た。男の顔には鼻がなくて真中に小さな孔が二つ開いているだけである。
(妙な野郎、呉れるかしら?)が男は彼れを見るのは見たが、素通りした。
(あかん。おや! 又来たぞ)下から下駄を叩きつけるようなあわただしい音がして来た。
(駄目駄目。奴は毎日通る奴だ)
 直ぐ下の方が又喧しくなった。暫くすると五十人余りの子供らが教師に連れられて上って来た。彼の前で教師は子供らをょっと止めて説明した。
「皆さん。この馬は、日露戦争に行って、弾丸雨飛の間をくぐって来た馬であります。馬でさえ国のため君のために尽して来たのでありますから、皆さんは猶一層勉強をして、国家のために尽さねばなりません」
 子供らは口をポックリと開けてみな彼を見ていた。誰も顔をほてらしている。
(あいつらは何だろう俺をジロジロ皆見やがる。だが呉れそうもない)そして彼は食い残した前の五六粒の豆を拾った。子供らは又饒舌くりながら、塵埃を立てて石段を昇って行った。彼は食い物がなくなると、何かそこらに落ちていないかと思って、あたりを見廻した。が何もなかった。眼の前の箱にもった豆を食いたいが口がとどかぬ。つと榊の下に捨ててあった黄色な橙の皮に眼がついた。
(何だろう、あれゃ?)彼は色々考えてみたが遂々分らなかった。然れ共食い物に違いないとだけは思った。そして妙に気にかかってならなかった。(食いたいな)
 その時遠くの方から馬の嘶声が聞えた。彼は刺されたように首をあげて耳を立てた。
(おや! あれゃ牝馬の声だぞ)もう橙のことを捨てたように忘れて了って、猶じっと聞いていた。(牝馬だ。牝馬だ)迅速な勢でギューと何かしら背骨を伝って下へ走った。彼は前足を豆台の上へ乗っかけて飛び出ようとした。両側の縄がピンと張って口をウンと云う程引いた。で彼は直ぐ足を落ろした。頭の中がガーンと鳴っていた。狂い出しそうになった。で後足に力を込めて、無茶苦茶に床板を蹶った。社務所から男が来て彼を鎮めた。それでも未だ馬舎の中で立ち上ったりした。頭がはっきりした時には、牝馬の嘶声が聞えなかった。彼はその方にじっと向いていた。
 淡藍の遠山がかすんでいた。海には白帆が二三点見えた。暖い陽が総てのものの上に愉快げに見える。子供の喇叭を吹く音が聞えて来た。入道雲が動かない。
(何処で嘶いたのだろう)
 彼の前には綺麗な若い娘と白髪を後頭で刈り切った老婆とが立っていた。老婆は財布から二銭玉を出して、机の上にのせて、一升の豆を豆台に投げた。それから両手で何かを頂くような真似をした。其処へ黒犬の大きいのが尾を振りながらやって来て、立ち止って彼を見た。少し首をかしげている。
(ははア、此奴、豆を盗もうと思っていやがるんだな)彼はあわてて豆を食った。老婆も娘も犬も彼の前から去った。
 軈て人通りが少くなった。日が落ちた。淡闇が海を渡ってきた。白帆がもう見えぬ。星が廂の角で光っている。湿っぽりした風が緩く吹いて来た。鳥が海から帰って来る。畑にはもう人が見えぬ。奥から鐘がゴーンと鳴って来た。いつもの男が彼の所へ、豆粕と藁とを混ぜた御馳走を槽に容れて持って来た。彼は残らず平げた。そして男は重い戸をピッタリ落ろした。真暗になった。外で錠前の音がカチカチとした。今日も知らない一日を彼は生きた。