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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第77回バトル 作品

参加作品一覧

(2024年 5月)
文字数
1
おんど
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
アレシア・モード
1000
5
奥野他見男
2265
6
志賀直哉
300

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長編小説(途中まで)
おんど

梶原さんの白くて丸い尻に歌を書き終えるとイランとイスラエルが戦争を始めていた。挑発したのは結局どちらだったのだろう。わたしのお尻をメモ帳代わりにしないでくださいと梶原さんは言った。言いながら目尻をこすった。こすりながら鼻をすすった。泣いているのだった。わたしのお尻をメモ帳代わりにしないで下さいと言って泣いているのだった。イランがイスラエルにミサイルを飛ばしていた。燃えるようなミサイルがイスラエルに突き刺さり国土の硬い部分を溶かし、めりめりと音を立てて裂けていった。第三次世界大戦になるのじゃないだろうかとテレビを見ながらつぶやくと、梶原さんは鼻をすすり、それをいくらか喉に落とし、むせかえるようにティッシュを口に当てて痰を吐いた。ティッシュが紅く染まっていた。そのティッシュは先ほど、私が梶原さんの白くて丸いお尻に歌を書きつける前に発射した精液がこびりついているはずだった。私は少し梶原さんを蔑んだような目で見た。それを感じ取った梶原さんが細い目をきっと吊り上げて私をにらみ、ティッシュを拡げてこちらにその中身を見せるのだった。確かに血のようだった。嫌な予感がして浴衣の前を拡げると陰毛に血が絡みついてぬらぬらと光っていた。白い精液だと思ってこすりつけたものが紅い血液だった。想い当たる節はあった。私はカントン包茎だった。小さい頃にカントン包茎で長じて仮性包茎に進化することはあるのかもしれないが、小さい頃はズル剥けで私の場合は歳とともに皮の伸縮性がなくなり先端部分がどんどん狭まってカントン包茎になってしまったのだった。梶原さんと出会った頃はすでにカントン包茎寸前で梶原さんは面白がって皮ごと咥え、ぎしぎしと硬くなった亀頭を狭くなった包皮から無理やり出そうとした。皮の中で亀頭が大きくなる分には宜しいのだが大きくなった亀頭を無理やり皮から出そうとするとことによっては皮が破れて出血してしまうのだった。つまり梶原さんと交わるたびに割礼の儀式を行っているようなものだった。そもそも皮が被っているからゴムなしでやっても大丈夫だよと言ったのは私の方だった。皮が被ってただでさえ感度が鈍くなっているところへゴムなんぞをかぶせたら覆面レスラーが毛糸の帽子を被るようなものだから果たして本日のまぐわいもそんな成り行きだったかと紅く染まったティッシュを見つめているとテレビからさらに激しい着弾の音が聞こえ、壁を
長編小説(途中まで) おんど

魔法陣
サヌキマオ

 保育園に娘を迎えに行くには公園の中を突っ切るのが近道なのだが、今日は砂地に魔法陣が書いてあった。魔法陣といえばまずテレビアニメの「悪魔くん」を想起する世代ではあるが、そういえばネットフリックスで新作をやってるんだよな、無料なら観たいんだけど。あんなもん地上波で見るものやん、となんの気なしに記述の端を踏んだところ風景が赤黒くぐにゃりとした。なんと、本物であったのだ。
 児童公園に木の棒か何かで書いた魔法陣のくせに、と出てきた悪魔に毒づいた。悪魔は赤銅色の筋肉を持っていて、ところどころに剛い毛を生やしている。伎楽面のような大作りの鼻に目も口もつり上がって、いかにも禍々しくにやついている。
「どこで、いかなる道具で書かれていようと記述さえ合っていれば起動するのが魔法陣というものだ」悪魔の口ぶりにはおそろしいというよりも飄々とした感じを受ける。「油断したお前の間抜けじゃあないか。なぜあんなところに魔法陣があるのか、そんなことにも気が付かないから」説教の長い悪魔だと思ったが仕方なく聞いている。「ときに」――と悪魔は急に思いなして、「ここから出してほしければ、お前の娘を差し出せ」と言い放った。
「ただの営利誘拐じゃねえか」おれは思わず突っ込んだ。「娘なんかいねえよ」
「いないわけないだろう」悪魔の声色が変わる。「悪魔は何でも知っているのだ」
「いや、おかしいぞ」なんだか妙に冷静になった。「誰が引っかかるかわからない罠を仕掛けておいて、藪から棒に『娘をよこせ』は非常に違和感がある」
 悪魔は急に静かになった。そこまで考えていなかったときの顔だ。
「そもそもお前な」これは勝てる、と思った。「魔法陣の中から悪魔が出てくる、というのは水木しげるの創作だぞ」
「えっ」思いのほか可愛らしい声がした。「そうなんか」
「そうだよ」違うかもしれないが。「そもそも、魔法陣をちゃんと書かないと云々、というのは水木しげるの妖怪大辞典か何かで見たんじゃないのか」
「ふへー」空気が緩む。涼やかな風が渦巻いた。茜色のうっすらとまじる青空だ。テニスボールを景気良く打ち上げる音がする。
「たぬきか」
「さいです」おそろしくくたびれたふうのでかいたぬきが砂地に座り込んでいる。
「もう行っていいか」
「どうぞどうぞ、ご迷惑をおかけしました」
 ずいぶん時間が回ってしまった。六時十五分を過ぎると十五分につき四百円の延長料金がかかってしまうのだ。
魔法陣 サヌキマオ

焼肉屋
ごんぱち

「お待たせしました、タン塩でございます」
「ありがとう」
「しっかり焼いて、お召し上がり下さい」
「焼かないとどうなる?」
「食中毒の危険がございます。過去にも事件がございましたが、食肉の食中毒は、しばしば重篤になります。そうなると、店の責任も問われますので」
「それも妙な話だな」
「はい?」
「焼く権利をこちらに渡している以上、どのように焼くかはこちらの胸先三寸だ。食中毒になって欲しくないなら、焼いたものを出すしかなかろう。こういった生肉を提供するなら、それをリスクとして受け容れられない客は、端っから入れるべきではない」
「こちらとしては、注意しているという事実も重要ですので」
「だが、食中毒が発生した時は、結局店の名前が出てしまうのではないか。自己責任と店の責任の線引きが大事なのではないか?」
「あまりしっかり線引きし過ぎると、説明の段階で複雑になります。こうなればお客様は疎ましく思い、利用減少に繋がる可能性があります」
「利用減少に繋がろうが、食中毒が発生した時には一気にマイナスに振れるんだから、多少の利用減少には目をつぶり、正しいルールを伝える努力が必要じゃないか?」
「万人に物事を正しく伝えるのは困難です。内容の意味が分からない、こんな説明は不快だ、といったクレームになれば時間を取られ、それ自体も損害です」
「結局、説明もせず、リスクを放置して、イザとなった時にオロオロするだけの思考停止ではないか!」
「やかましい、ただのリーマン風情が、自営業者のヒリヒリするリスクを理解出来るか!」
「やるかこの!」
「上等だ! トングクラッシュ!」
「名刺ガードからの、名刺入れカッター!」
「なんの、七輪クラッシュ!」
「給料袋ガード!」
「肉切り包丁スラッシュ! 割れた皿アッパー、割れたグラス目つぶし!」
「電卓ガード!」
「冷凍肉殴打から、証拠隠滅調理!」
「腕時計、アリバイ崩し!」
「ぜぇぜぇ、なんて丈夫さだ。それだけの出血で揺らがないとは、流石ジャパニーズ・サラリーマン」
「フッ、あんたも、命を刈り取る良い攻撃だったぜ。流石、日々命を削る自営業者だ」
「負けたよおっさん。肉は、あんたの好きに焼きな。そこまで覚悟が決まっているなら、言葉を覆す事もないだろう」

「……その話、どの辺から嘘だ、四谷?」
「『タン塩でご』ぐらいでいなくなった」
「人手絞るから忙しかろうな」
「今晩行くか? 蒲田」
「居酒屋の方が、色々あって良いな」
焼肉屋 ごんぱち

永遠の黄金週間
アレシア・モード

 連休最後の日である。午後も三時を過ぎる頃、私――アレシアは、ベッドに転がりながら無為な時間を費やしていた。明日から仕事かよと思うたび、低迷した精神はなお一段とポテンシャルを沈めた。
「ああ、連休が永遠に続けばいいのに」
『然り』
 突然目の前に黒い渦が現れた。その中心から姿を現したのは、山羊の角と長い尻尾を持つ伝統的な悪魔だった。
『ハロー、私は悪魔デビロス、この尖った耳は貴女の願いを聞きましたぞ』
「え、マジ、悪魔?」
 酒が入ってるにも関わらず、こんな幻覚が見えるとは。ひょっとして現実だろうか。そんな時はベッドを三回、踵で打つ。どんどんどん。あっ……「デビロス?」しまった。私、デビロス様を消してしまった! いま気付いたが、デビルをロスしてデビロス? 初手から消えるネーミングかよさすが悪魔汚い! ノックの音がした。
「アレシア? どうかしたの……」
「汚いよデビロス!」
「あ……そう、そうね」マリが腐りかけの仔猫に向けるような目でベッドの私を見おろす。いやお前さん、何故ウチに居る。明日は仕事だろ。帰れや。
「連休も今日で終わりだし~ゴロゴロさせてよ、マリ」
「今日はもう……11日だけど」
「……」
「居眠りしたのね……五日間」
「はて!」私は枕元のカレンダーを指した。「ハハ、今日はまだ六日これが証拠だ」マリは無言で「日めくりの紙をペリペリ「むしり始めた!」何をするだ! 悪魔! 山羊!」それは私がやるの! 今日はまだ連休最後の日!
「――自分と地の文が交錯してるわ……あまり私には侵食しないでね」
「謀ったな、マリ。どうやって私をタイムワープさせた」
「寝てただけでしょ」
「元のゴールデンウィーク世界に戻せ」
「悪いけど……人類は過去へはワープできない。相対性理論にもそう書いてある……現実を受け入れなさい」
「終わらんよ! 心を忘れた科学には絶対負けない! 来たれ今日もデビロス、エコエコアザラク!」
「えっと……『ストゼロ』0.35L投与」
 いやあ話が分かるね君。私は渡された酒を飲み干した。最近、味が変わった気がする。
「ところでマリさん、今年はパリ五輪ピックですなあ」
「……去年よ」
 あれ、そうだったか。どうも記憶が曖昧だ。え、欧州大戦? 大正時代じゃねーよ。ああマリ、またそんな病人を見るような目を。さては私を入院させる気か。なんちゃって。
「ここは病院よ……アレシア」
 朦朧と明るむ光の中で、マリの横顔が目を伏せた。
永遠の黄金週間 アレシア・モード

苦しい時の散歩
今月のゲスト:奥野他見男

「ねえワイフ、君はおつを一番喜ばすことは何であるか、知ってるかい?」
「そんな事くらい知ってますわ」
「何だい?」
「愛することだわ」
「わァー助けてくれ、今更愛なんてどうでもいいよ。新婚当時みたいな事を云っている」
「じゃ子供を可愛がることだわ」
「子供は二人の共有物だから当然のことだよ。良人を喜ばす方法の最上のものをと訊いているのに」
「さァ――」
「解らない様じゃ困るなァ――、云おうか。料理に巧みになることだよ。君ほどいい頭脳あたまを持っていながら料理の拙手へたな者も世の中に少ないねえ」
左様そうかしら、昨日あんな旨味おいしいビフテキを拵えてあげたのに。貴方だって黙ってみんな召し上がった癖に!」
「家庭に風波あらしめない様にと無理にろしたんだ。良人の苦心の存ずる所だよ」
「良人良人と貴方はすぐ自分で良人よ。あたし良人ッてそんなえらいものだとっとも思うていませんわ。貴方ッたら随分勝手よ。始終外へ出て何でも旨味しい物ばかり喰べていらっしゃれば、うちの物が旨味しくないのは当然あたりまえよ。皆料理人を置いて商売に旨味しい物を作っているんですもの。少し旨味しい物を続け様に作ってあげれば、すぐ(君は家庭的に出来ていないなァ――)とこうよ。まるで私を小言の捨て所のように思うていらっしゃるんですもの。昔は泣いてばかりいましたけど、近頃は敗けていませんよ。負けて居ればいい気になってだんだん私をいじめなさるんですもの。女だって女としての云い分はいくらでもありますわ。そんなに旨味しい物を喰べたかったら、私も一緒に毎日あちこちとお供さして下さいよ。近頃の世の中は見学流行はやりですからねえ。それに良人ばかりいい目に遭って、妻はうちにと云う法則が無いんですからねえ」
「君は雄弁家になったねえ」
「正しいことの前に、誰だって雄弁ですわ」
「チトお手柔らかに」
「貴方こそだわ。貴方はまァ黙って一日だけうちにいて御覧なさいナ、いかに妻と云う者の仕事が多いものかと云うことがお解りになりますわ」
「だんだん僕の旗色の悪いことを云う」
左様そうじゃないけど、貴方は今時の人に似合わぬ少し妻というものに同情が無さ過ぎるのよ。私でなくちゃならぬと云ってお貰いになった癖に、少しは理解下すったっていいわ。妻を愛すると云うことは御機嫌とって欲しいと云うことじゃないんですよ。妻と云う者に、妻と云う義務を果さしめることが一番の愛よ」
「だから完成させようと、料理のまずいことを……」
「それは希望として仰ることです。仮にも(無理にろした)なんて侮辱的の言葉は止して下さい。解りましたか」
「解りました。オイ散歩に出かけるよ!」
苦しい時の散歩 奥野他見男

嵐の日
今月のゲスト:志賀直哉

 山の上で、
 嵐が息をきって馳け廻る時、
 木は苦し気に叫ぶ。

「ウオ――ゥ  ウ―― ウ――
 ウ―― ァ――ゥ ワァ――ゥ ウ――
 ウ―― ウ――
 ワァウ ワァ――ゥ アァウ ウ――
 嵐! 貴様はどうして俺を
 こんなに苦しめるのだ」

 息が切れて
 嵐は口が利けなかった。
 而して木は尚叫ぶ。

「アウアウ ワウ ワァ――
 ウ―― ウ――
 葉がち切れて飛んで行くぞ
 飛ばされまいとしがみつくぞ
 しがみつけ、一生懸命にしがみつけ
 アウ ワァ――ゥ ワウ―― ウ――
 オウ―― ウオ――
 嵐! 嵐! なぜそんなにあばれるのだ」

 嵐は漸くきれぎれに答える。
「待て待て俺も苦しいわい」

(大正四年八月嵐の日。赤城山にて)