Entry1
続厭庵
サヌキマオ
庵を燃やされた乞食坊主の怨みを買って自分の厭庵を燃やされた某兵衛であったが、右乳山から臍池を過ぎるまで、某兵衛は雲に乗った坊主に杖でどつき回されながら逃げ回っていた。雲は鬱富雲という宝具で、国道2号を三秒で走破するというすぐれものである。
「もう勘弁して下さい。このままだと死んでしまう」
「うむそうか、死んでしまうのはよろしくない。ではじじいよ、ここでどつき回されて死ぬか、おれの弟子になってこき使われて死ぬかどちらか選べ」
「なりますなります」
某兵衛の脳裏では「いずれ反撃の機会はあるだろう」という心づもりであったが、弟子になって仙境に入るには仙人になる必要があるという。坊主の杖にぶら下がって刹那、うっそうとした森に秘めたる泉についた。これは泉というよりも滝壺に近く、滝の裏側にはじっとりと濡れた洞窟があった。
「そこに肉色のきのこが生えているであろう」
「真っ暗で何も見えませんが」
坊主はものも言わず某兵衛の後頭をどやしつける。目からどっと火花が出て明るくなる。
「これで明るくなったろう」
「ありましたありました」
肉色の、強いていえばきくらげのようなびらびらしたものをよく噛みもせずに飲み込むと、急に肩から腰、腰から足と重くなって落魄する。魂魄のうち精神が魂、肉体が魄で、魂だけになると雲にも乗れる。理屈である。急にこころが軽くなった。
坊主はこれを見て良しとし、洞窟を出ると某兵衛に雲を与え、阿片影と名を授けた。さていよいよ仙境に行くぞ、と坊主が背中を向けた途端、某兵衛は傍にあった大きめの石で坊主の後頭部をしたたかに殴りつけた。坊主の目から火花がざーっと噴き出る。散った火花は辺りの枯れ葉に生木にと燃え広がった。炎は気流を生み、ふたりの身体を空に巻き上げる。お互いの顔をむちゃくちゃにつかみ合いながら錐揉み錐揉みしていたが、やがて雲らが追いつくと今度は中空からの落とし合い、これは体格のあった某兵衛に分があり、絞め落として気が朦朧となったところを坊主を下にして地面に激突した。
かくして某兵衛は雲の上にあたらしく厭庵を結んだ。人ではなくなったが、雲の上から絶景を眺めて風流な暮らしをすることができる。あたらしい庵の出来にすっかり満足した某兵衛であったが、ふと下界に目をやると右乳山、左乳山、臍池に焼け野原になった滝壺と見え、「エロっ」と驚いた途端に乗っていた雲が掻き消え落下して無事死亡した。