第5回1000字小説バトル【Verde】


参加作品
0117teen弥生1000
02ないたしゃちょうごんぱち1000
03紅き虎飼わん越冬こあら1000

■バトル結果発表
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01  17teen
弥生

「表現には、必ず余白があると思いませんか」
 そう言ってその人はオレンジ色のチョークの粉がついた手をパンパンと叩いた。柔らかな日差しがカーテン越しに差し込む教室で、彼の言葉をはっきりと記憶したのは多分私だけ。「6時間目の現文」は受験勉強に追われる私たちにとって貴重な睡眠時間で、先生もそれを知っているから、テキトーに板書をしながら独り言みたいに自分の好きな話をしている。私はその「どうでもいい話」を真剣に聞きながら「テキトーな板書」を必死にノートに書き写す、ふりをしている。そうしていた方がウケがいいと思ったから。少なくとも初めて授業を受けた日には。
 その頃の私は、もう以前の私には戻れないような気さえしていた。授業中にノートをとっている時も、家に帰る途中の街灯の下でも、寝る直前のベットの中でも、同じような考えがむくむくと生まれてきて、そしてその考えは私の体から一歩も出ない代わりに、どんどん膨らんで、私の内臓を、皮膚を、内側から圧迫する。
 たまらなく苦しくなっていた私は、その考えを口に出す代わりに全然違った対象に、他の言葉を乱用していた。その言葉を発すると、相手は決まって私の身体に触れて、私の目を見て確認した後、また身体に触れて、それから私の中に入ってくる。そうすることを最初から望んでいた訳ではないけれど、したあとの私は自分でもびっくりするほど心が軽くなっていた。

「もっと神経質なんだと思ってた」

 朦朧とした意識の中で相手にそう言われると、「私もそう思ってた」としか答えが思い浮かばなかった。彼は、苦笑する。気の利いた言葉を返せないくせに、私のほてった両腕はいつまでも彼に巻きついていた。


 「文学作品だけじゃなく、日本人は会話にも余白を持たせたがりますね」
 
 先生の声は、寝息しか聞こえない教室でよく響いていた。私は先生と直接会話をしているような気がして落着かない気持ちを隠すように必死でノートをとった。

「ある言葉を言うという事はある言葉を言わないという事と同値ですからね」

 そう言ったあと、眉間に皺を寄せながら眼鏡を指であげる。その仕草を目で追っていたら、左手薬指の指輪がきらっと光った。殆ど同時に窓から吹き込んできた風が使い込んだ教科書をパラパラと捲って、私は少しだけうろたえながら、その指輪からつかみ所の無い先生の生活を想像した。

 全部、17の頃の話だ。私は今もそれほど変わっていない。



02  ないたしゃちょう
ごんぱち

 あるところに、会社がありました。
 その会社は、とても働き者の社員ばかりの素晴らしい会社でした。一日中しっかりみっちり働き続けて、病気をしようと怪我をしようと親兄弟や妻子が死のうと休んで会社に迷惑をかけるような不出来な社員は一人もいませんでした。
 でも、一生懸命なのは良いのですが、社員はプライベートでストレスを抱えているみたいでした。よく原因不明の突然死をしたり、鬱病になって自殺したりしていました。
「ああ、理由は分からないけれど、みんな、可哀想に。可哀想になぁ」
 その様子を見て、赤ら顔の社長は大層心を痛めていました。
「労働と死との間に因果関係は一切ないけれど、たまには休ませて、リフレッシュさせてあげよう」
 社長は、掲示板を立てました。
『やさしい社長の会社。残業を禁止します。有給休暇あります』
 けれど、社員たちは信じません。
 残業を廃止したというのに、自主的に働き続けるのです。有給休暇を使わないどころか、自主的に休日に会社に来て、無給で勝手に働いてしまいます。むしろ、掲示板を立てる前よりも働いて、業績が上がっています。
「ああ、一体どうすれば良いんだろう? ぼくは業績なんかより、社員の方が大事なのに、社員の方が勝手に働いてしまうなんて」
 社員達のためにやさしい社長は心を痛め続けました。
 そんな時、とてもとても仲良しで、喧嘩をするような事の一切ない青ざめた顔の社員が見かねて言いました。
「それなら社長、こういうのはどうでしょう」

 青ざめた社員は、労働基準監督署に内部告発をしました。
 労働基準監督署の役人達は、業務改善命令を出し、社員の休む時間が十時間になりました。週に一回必ず休みの日を入れるように言いました。
 これを見て、初めは半信半疑だった社員達も、ようやく休むようになりました。
 プライベートな悩みも同じ時期に解決したらしく、死んだり鬱病になったりする社員もいなくなりました。
 社長は、青ざめた社員にお礼を言おうとしました。
 けれど、青ざめた社員の姿はなく、書き置きが一つだけ。
『内部告発をするような、和を乱すぼくが会社にいてはみんなが怖がります。ですから、ぼくは姿を消します』

 社長は泣きました。
 この手紙を、朝礼でみんなに読んで聞かせて泣きました。
 筆跡がどうとか、本当に涙が出ていたかとか、そういうのは全然分かりませんが、とにかく泣いているように見えなくもありませんでした。



03  紅き虎飼わん
越冬こあら

 十五日なので、千文字小説を書かなければならない。先生曰く「私小説以外の小説はフィクションなの」だそうなので「絵空事を書けば良い」らしい。そこで、夢の話を書くことにする。

 都内のアパート暮らしなので、ペットは飼えない。犬は、あの実直そのままの行動と「正直者の眼」が好きになれないので、別段構わないが、猫が飼えないのは、甚だ困窮する。従って、この現実世界の制約による欲求の抑制を緩和し、精神的均等を図る為、夢の中で猫を飼うことにする。どうせ夢なのだから、虎にする。その上、白虎(ホワイトタイガー)にする。「白い猫でも黒い猫でも……」とか言って、中華的にも縁起が良さそうだ。しかし、虎は希少動物なので、ワシントン条約が黙っていない気もする。NGOとかが、西洋人的パワーをもって、夢の中にも侵略して来る、ような気がする。
 精神的均等を図らんが為の夢世界創造と小説創作が、海外からの思わぬ障害に阻まれそうになったとき、
「窮鼠猫を噛む」
 の諺を凌がんが如きの妙案が浮かんだ。白ではなく、赤い虎を飼えば良いのだ。赤い虎は空想動物なので、ワシントンは手を出すまい。この辺りまで考えて、安心していると、向うから、縁日の屋台がやって来た。

 テキヤの兄貴が赤い虎を抱いている。
「兄ちゃん、虎飼わんか。良く懐いて、ええペットになるよ。紅い虎、買わんか。いいや、『赤』やないねん『紅』やねん。食紅使てるさかいな。そんかし、舐めても安心や。虎買いんさい」

 アパートの部屋の隅に紅い虎がうずくまっている。紅地に黒縞。獅子頭の体だ。

「アタシはね、アナタと生活したいの。同棲っていうのは、そういうものでしょう。いつ襲ってくるかわからない危険な猛獣と不安な日々を送るのは、基本的に間違っているんじゃない」
 夢の中だからと思って、気を許していた理想の恋人が、早速モンクを並べた。黙って聴いていたら、見かねた虎が彼女をひと呑みにしてしまった。お腹を壊さないだろうか。

 目が覚めて、仕事に行って、帰って、床に着く。

 虎が居ない。アパートの壁に紅い虎の体の形の大穴が開いている。急いで近所を探し回ったら、空き地の土管の中に寝ていた。紅い虎は、俺を喰う夢を見てやがったので、急いで揺り起こした。寝起きの悪い虎は、俺の右手に噛みついた。
「よせ」
 と出した左手も噛まれた。右腕、左腕、両肩、胸、胴体、足。順々に喰われて、最後に残った頭も、
「カプリ」