第6回1000字小説バトル【Verde】


参加作品
01おとぎのはなし待子あかね1000
02(作者の希望により掲載を終了いたしました)  
03紫煙と硝煙の狭間でごんぱち1000
04long for ...村方祐治1000
05大阪SuzzannaOwlamp1000

■バトル結果発表
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01  おとぎのはなし
待子あかね

 すきなうたを歌おうよ、きみはいう。
 すきな空を歌おうよ、ミキはいう。

 ねえ、あなた。
 小さいころに、先生に言われなかった? 
「持ち物には名前を書きましょう。なくしてはいけないから、持ち物には名前を書きましょう」
 
 おはじきのひとつひとつに名前シールを貼りました。小さい字で「まつむら」「まつむら」と小さいシールにお父さんが書いてくれたのです。いくつもいくつも。夜なべして。それなのに、おいらはご機嫌斜めだったのさ。
「なんだよこれ! こんなの全然かっこよくないじゃない。名前なんて外してよ」
「ミキ、そんなこといわずにさあ。学校で聞いてきたんだろう? お父さん、がんばって書いたんだから」
「そんなの関係ないや! もう、いやだ! さらっぴんのおはじき買ってくれるまで、学校行かないから」
 おいらは、父ちゃんに「名前シールを貼っておいて」と頼んだことを覚えていました。それなのに、ものすごく怒ってしまったのです。まさか(頼んでおいて)本当に父ちゃんが、いちいちやってくれるなんて期待していなかったの。それだから、ものすごく父ちゃんのやさしさに苛立ってしまいました。

「持ち物には名前を書きましょう。なくしてはいけないから、持ち物には自分の名前を書きましょう」
 なんていわれたものだから、大人になっておいらは、付き合っている人(リカちゃん、リエちゃん、エリちゃん)に名前を印しました。左の耳たぶにそれぞれ、自分の名前(=ミキ)と書きました。
 いつからか、ミキという判に気付いたものから、ひとりまたひとりと、おいらの元を去っていきました。何にも言わずに、何の痕跡も残さずに。
何の悲しみも持たずにひとりまたひとりと、減っていくと同時においらは、また、ひとりまたひとりと、増やしていって、性懲りもなく左の耳たぶに「ミキミキミキ」「ミキミキミキ」と耳たぶいっぱいに、油性マジックで書きつめていきました。

 これで、おいらの元を離れられなくなる。おいらの元を離れるなんて許さないんだから。気付いていなかったようだったんだ。気付きたくない。おいら自身、おとぎの国から抜け出せなかったということを。図体だけが大きい、ただのこどもでしか。
 そう、それでも……
 リカが見た空を覚えてる? 
 リエが聞いたあのメロディを覚えてる? 
 エリが知っているあのお話しを覚えている?

 すきなうたを歌おうよ、きみはいう。
 すきな空を歌おうよ、ミキは。



03  紫煙と硝煙の狭間で
ごんぱち

 飛び交う銃弾の中、前を走っていた兵士は崩れ落ちるように膝をつく。
「増田!」
 後から走っていた兵士が、駆け寄る。
「……ば、馬鹿野郎、突撃命令中……だぞ、三好」
「見捨てて行けるかっ! 傷は浅いぞ、しっかりしろ!」
「ああ、浅いから……大丈夫だ、後から、行く」
 言いつつも、増田はうつ伏せになって、荒い息を繰り返す。
 近くで石に当たって跳ねる。三好は身を低くしていたお陰で、辛うじて当たってはいない。
 突撃の悲鳴にも似た絶叫と、銃剣のぶつかり合う音が聞こえ始める。
「早く、行け。軍律に、逆らっては、ダメ、だ」
 増田の腹から流れ出る血は、赤茶けた土に染みこんでいく。眩しい程に赤い血は、弾丸が内臓を破り動脈に達した事を意味する。
「待ってろ増田、今治療をする、治療を!」
 三好は背嚢から応急処置用の包帯を出そうとする。
「止めろ」
 増田は小さく首を振る。
「止めろと、言っている。さもないと」
 小銃の引き金に指をかける。
「い、行か、行かないと、お前を……撃つ」
 構える事も、狙う事も出来ていない。
「増田……行く、分かった……だが、一つで良い、何でも良い、何か、頼んでくれ。して欲しい事を言ってくれ、頼む」
「……なら、煙草を、一本」
「ああ! 分かった、ああ!」
 三好は支給品の煙草を自分でくわえ、震える手でマッチを擦る。マッチは二本折れ、三本目は消えてしまい、四本目でやっと煙草に火が点く。
「ほら、吸え!」
 火の点いた煙草を、増田にくわえさせる。
「ああ……ありが、とう」
 増田は煙草をくわえ、弱々しく笑う。
 その時、轟音が辺りに鳴り響いた。
 衝撃波が三好達の骨を揺らす。
「や、やった、武器庫の破壊に成功した」
 敵の陣地から、真っ黒い煙が上がり始めている。
「やったぞ、増田、制圧したぞ、これで勝ったも同じ……だ」
 三好が振り向くと。
 増田は既に息絶え、ただくわえた煙草の火だけが音も立てずに燃えていた。

「――たばこ税の税収が減りましたね、訃管首相」
「減りましたね、待邑官房長官」
「由々しき事態だよ」
「どうしましょう」
「そうだ、戦争帰りって、よく煙草吸ってたね、戦争しましょうか」
「でも人命は地球より重いって、誰だかが言ってませんでしたか?」
「なんですそれ。地球はともかく、税収には代えられないでしょう。税収がなければ、生きるべき価値のある人間が人間らしい最低限度の生活も出来なくなってしまうんですから」
「そーですねー」



04  long for ...
村方祐治

私は幼いころ砂場によく行った。そのときは泥団子を作った。単純な作業であるために、むしろはまっていってしまう。大人ならまだしも、子供はもう泥団子に恭順するしかない。
しかし、同じくらいの年なのにその魅力を知らない子がいて、その子は私の作った泥団子を潰したがっていた。私はその子が潰すための泥団子をつくっているんじゃあないか。そう思うと、泥団子がかわいそうで仕方がない。
だから私は、泥団子を作ることをやめた。泥団子を潰したがっていた子は、私が泥団子を作らないせいか、とてもつまらなさそうだ。ぶらぶらしていたが、やがて砂場から去って行った。それから私は、砂山を作るようになった。これも私に泥団子と同様の効果をもたらしたとみえて、すっかり私は虜だった。
いつも、ひとりぼっちでつくるのだ。母は心配だったろう。咎められた記憶はないけれど。しかし、公園の広いほうで子供たちが興じる「だるまさんがころんだ」を横目に見遣っては、嘆息していた……気がする。
そうしてひとりで砂山作りに没頭していたとき、またあの泥団子を潰したがっていた子が私のほうへやってきた。私はただこわかった。かつてその子が私の泥団子を潰したがっていたように、私の砂山を崩したがっているんじゃないかという考えが、私の全身を満たした。
その子は私の顔を覗き込んだ。私は、きっと今にも泣き出しそうな顔をしていた。その子は確か少し怒ったような顔をしていた。しかし、その子の瞳は不思議な光を宿し、きらきらしていた。私の涙のせいではないはずだ。
その子は私の隣にどんと座って、その手で砂山を固め、大きくし始めた。私がやっていたのと同じように。私はびっくりして、でもすぐに砂山作りを再開した。はっきりとは見なかったけれど、母は目を細めていたように思う。少なくとも、嘆息は聞こえなかった。
結局最後まで無言のまま、私とその子は砂山を作り続けた。時がたって、私は帰らなければならなかった。母が「ようちゃん、帰ろうか」と私の手をとって、「遊んでくれてありがとねぇ」とその子に言った。
その子は首を少しだけ縦に振ったけれども、怒ったような顔ときらきらした瞳は変わらなかった。
その子は私から遠ざかる方向に駆け出して、それ以来、私はその子とは会っていない。

いま、私は娘と砂場にいる。娘は同じくらいの女の子と泥団子でままごとをしている。
そして女の子の瞳は、どこか懐かしくきらきらしている。



05  大阪
SuzzannaOwlamp

 夜の大阪。下町は、寝屋川町。軒並みならぶ一軒家の灯りが、ところどころでぽつりぽつりと見え隠れする。銭湯帰りのおじいちゃんや、自転車に乗るおばちゃんたちが、ちらほらといるだけである。寂れた街には、都会とはかけ離れた雰囲気が漂う。
「シュッシュッポッポ言わしたるわ」
いいのに、そんな下ネタ。だけど、これも一種の愛情なのかなとか思ったりもする。
「言いたくない事は、言わなくていいんだよ」
私がそう言うと、あいつは、とても乱雑な言葉を吐いた。
「言いだしっぺがそんなことでどないすんねん」
言いだしっぺって。いつも企画を出すのは、あいつの役目。なのに、いつも私のせいにされてしまう。
 もっと言えば、「お帰り」の一言ぐらいあって当然なのに。
 名古屋から大阪に帰り、一人暮らしを覚えた私の口から、よっぽどのことがない限り、「ただいま」の一言は出てこない。「行ってきます」の時には、とても元気だった。
「お〜い、起きてるかぁ?」
「うん。大丈夫、大丈夫」
私は、蛻の殻のように、生返事をした。
「俺もそうなんやけど、珠に変な言い回しが出てくるときがあるなあ」
「たとえば?」
「う〜ん、例えば、そうやなあ。気持ち悪いっていう表現があるとするやろ」
「うん」
「気持ち悪いって、どこまでが気持ち悪くてどこからが気持ちええんか、わからんやろ?」
「境目ってことよね?」
「日本語って、奥が深いと思わへんか?」
その時、私の思考回路は停止した。
「じゃあ、朝の九時って、一体誰が決めたんや。時間の感覚がバラバラやったら、時刻の感覚もバラバラでええんとちゃうんか」
「時刻って、人が定めたものだからね」
「人って誰やねん。数学国の王子様かいな」
「ふるっ!」
「名古屋弁伝らんかったんやな」
今、初めて気づいたかのように。
「今度、大阪に天神祭りがあんねん。あの時のメール、今でも忘れられへん」
「忘れちゃった。どんなんだっけ?」
「メールに『7』をつけたら、迷惑メールがたくさん来るってやつ」
「あっ、そんな馬鹿いってた時期もあったね。あたしの方が、よく勉強できたのに」
「あのころに戻れるなら、どんなに幸せかって、まあ時々は思うようにしてるわ」
「なんだか、暑くない?」
「どっちかって言うと寒いかな。せやけど、俺らも年取ったなあ」
遠い目をして、思い出話に耽るあいつの横顔は、ゴールデンレトリバーに似ている。
 そうして、あいつと手を繋ぎ、私は大阪にもう一度、別れを告げた。