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3000字小説バトル

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3000字小説バトルstage3
第6回バトル 作品

参加作品一覧

(2016年 1月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
緋川コナツ
3000
3
海野十三
3215

結果発表

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冬の月
サヌキマオ

 書いてあった通り、家の郵便受けの下に紙切れが落ちていた。紙切れは新聞の折込チラシの切れ端で「23:45に陸橋の上で」と読めた。
 文藝マーケット。マーケットと呼ぶにはあまりにも商売の匂いのしない文藝同人誌の即売会だが、件の咒いの本はここで仕入れた。どういった名前のサークルであったか、「死なない程度の占い咒いの本」というタイトルに縋る気持ちだったのを覚えている。死なない程度の毒ならば、使ってもいいんじゃないか、って。
「悪魔とは交渉せねばならない」本にはそう書いてある。「契約するには交渉が必要である。自分の願いを叶えることが悪魔にとってどんなメリットがあるのか。それを直接話すことで契約せねばならない。方法は記す。交渉の成立は貴方次第」
 自分の願いを書いたメモは鴉に運ばせる。「鴉が楽々運べる大きさのものでないと、鴉は運ばない」至極最もだ。ここに鴉が喜びそうなものをくっつけて駄賃とする。普段自分は食べもしないさきいかがすぐに見つかった。用意をしてみて指の臭いを嗅ぐと、腹がくーと鳴った。供物とメモをもって玄関に出て、最寄りに見える鴉に向かって見せる。見せたあとはその場において去る。戸の裏でしばらく待っているとわさわさわさと羽音がして、またすぐに飛んでいった。

 高一の時、少なくとも私にとっての演劇部は自分の家よりも居心地の良い空間だった。善悪で云えば悪い人はいなかったし、稽古ともなればみんな真剣になるところが好きだった。部活の時間自体は夕方六時に終わってしまうが、もっとずっと居てもいい気がしていた。夜遅く家に帰ったら寝るだけ、みたいな日々を送ってみたかった。二年後には卒業しなければならないという事実も死ぬほど厭だった。
「花戸は舞台上で特に変わったことをしなくとも絵になるのがいい。すごくいい。舞台上で意識的に面白いことを出来る役者よりも、こういう、いるだけで演技になる役者の方が大事だと俺は思うんだよね。中学生はむしろ、こういう高校生の先輩を手本にしてほしい」
 私はどんな顔をして伊武先生を見ていたろうか。伊武先生はいつもとかわらぬ表情で、通し稽古後の細かいダメ出しを一人ひとりに出している。別にいつもと変わらぬダメ出し風景である。でも今、私は褒められたのだろうか。
「あ、なに、花戸社長! ちょっと一杯ひっかけていきますか」
 学校からの帰り道、同学年の俵村曲が後から追いついてきた。クラスはA組とE組で随分離れている。
「ちょっと一杯、ってマクドでも寄るの?」
「いや、冗談です。ちょっと云ってみただけ」
「じゃあ駅までひっかけますか」
「ありがとうございます。貴女のタワムラでございます、ええ、お供いたします」
 俵村曲は演劇部の新入部員ガイダンスの時に、視聴覚室を開けて最初に目に入った子だ。毛量の少ないところをシャギーに切っているので、ずいぶん野性的に見える。
 野性的に見えるのは普段の演技の影響もあるのかもしれない。なににつけ感情移入して役柄に「なりきる」タイプで、とりわけ動物の着ぐるみを着た時の豹変ぶりは尋常ならざるものを感じる。個人的かつ直感的な話だが「演じる」とはきっと彼女のことだと思う。
「曲にこういうことを相談するのもどうかと思うんだけど」
「なに?」
「今日私、褒められてた?」
「なんか云われてたっけ」
(覚えてないのか)
「<舞台で何もしなくとも絵になるのがいい>って」
「……あ、わかる。聖ちゃんはありがたい」
「ありがたい、というと?」
「なんて云ったらいいかなぁ。じっと存在しているだけで存在感があるってすごいって思う。そこは伊武先生に賛成する」
「……それって、本当に褒めてると思う?」
(だって私、何もしてないじゃない)
 やや幇間のような調子だった曲は(この女はそういうところがある)不意に真顔に戻るとしばらく考えて
「わがんねえ」と言った。

 舞台に立ってなにかすれば演技、というのは顧問がよく言う言葉だ。
「シェイクスピアがウケたのだって昔のイギリスだよ? 昔のイギリスじゃあるまいし、それなのに今の、二十一世紀の日本で『おお、ロミオ!』なんて演るから、ゲキブって莫迦にされるんじゃん。普通の言葉で喋っているのに、ちゃんと会場全体、観客全員にセリフが聞こえているのが理想。役者として手に入れるべき技術だよ」
 陸橋までの道すがら、思い起こせば起こすほど不愉快になる言葉を、ずっと頭のなかで反復していた。そんなこと言ったって、舞台の上には主役があって脇役があって、幼稚園じゃあるまいし、誰もがシンデレラや桃太郎を出来るわけじゃないし。
(曲も、「そこは」って何だ!)
 鴉が持っていったメモは誰が読んだものか、持ってきた紙切れは誰が書いたものか、見上げた陸橋の上には誰も居ないようだった。いや、誰も居ないようだ、というのは雰囲気だけの話で、線路傍の道、見上げた頭上では街灯が煌々としていて、そんなことはわからない。登ってみるしかない。陸橋というのは電車の線路を南北にまたいだ、いわゆる跨線橋で、コンクリートの頑丈な作りをしている。橋の両側は金網に覆われていて、橋の上はシースルーのトンネルといった風情だ。いつ何者が階段の上から飛び出してくるかわからないな、という緊張が目を見開かせる。雲一つない夜空を睨みながら石段を登り切ると、橋の上には誰もいなかった。足元の線路を照らす照明が複数の方向から光を差し出していて、四方八方に影を重ねていた。
 内心ホッとした感じは、宝くじを買って抽選日にスマホを繰る感じによく似ている。悪魔なんていないのだった。ただ、冬の満月が金網の隙間からはみ出しそうに光っている。私はしばらく橋の上から、照明に映しだされるおびただしい線路と車両基地を眺めていた。車両基地の窓ガラスも光に満ちている。一日の運搬から帰ってきた電車の整備でこれからが忙しくなるみたいだ。
 ふいに気配を感じて橋の端に振り向くと、仕事帰りなのかコート姿にブリーフケースの男性がおそるおそるこっちに向かってきていた。考えてみれば人気のないはずのところに何者かがしゃがみこんでいたら、向こうだっておっかないだろう。私はすっと立ち上がると、何でもないふうを装ってもと来た方へゆっくりと歩き始めた。失礼しました。怪しいものではありません。もう家に帰って寝ます。明日は七時に起きます。

 そうしてあくる日、私は部長になったのだった。別に部長は立候補してなるものではなくて、稽古の後のミーティングで伊武先生に「部長なんだけど、花戸、お願いできるかな」と訊かれたのだ。私はじっと先生の目を見て「承りました」と答えた。誰も笑わなかった。それで、淡々と解散した。――今考えてみると、昨日の、いや、ここ数日の私は何を悪魔に願おうとしていたのだろう。よくわからなくなってしまった。いや、わかっているけど、私の中に確かにあった感情が、呆気無くバラバラになってしまった。
 一月も半ばを過ぎると、六時を過ぎても空の赤が遺っている。禍時、コートを着るのに手間取った分だけみんなから遅れて後を追う。先を行く同じ学年の部員連中の、俵村曲の華奢な背が見えて、ああ、もうこの背中を絶望しながら、無力感に苛まれながら追いかけなくていいんだなぁ、と思うと、急に涙腺のあたりが重くなった。
 帰り道の先には、少しだけ欠けた冬の月が上ってくるところだった。
冬の月 サヌキマオ

ピ ア ノ
緋川コナツ

 雨だれの音は哀しい旋律に似ている。
 子どもの頃、遠い昔に聴いた懐かしい曲。でもそれが何の曲だったのか、今となっては思い出すことができない。私は頭の中で旋律を音譜に置き換えながら、ソファーにもたれてひとり微睡む。
 心地いい静寂を切り裂くように玄関のベルが鳴った。私は立ち上がり、ゆっくりとインターホンを手に取る。
「はい」
「葉山ピアノ調律センターです。ご依頼いただきました、ピアノの調律に伺いました」
 インターホン越しに、車がアスファルトの水を跳ねる音が聞こえた。私は薄暗い廊下を魚のように泳ぎながら、ゆらゆらと玄関へと向かう。
「あ、どうも。こんにちは」
 ドアを開けると、気だるい雨の午後には不釣合いな溌剌とした笑顔があった。
「……どうぞ」
「はい。それでは、失礼します」
 ダークグレイのスーツを着た若い男は、水の記憶を引き連れて部屋の中に入ってきた。外はよほど強い雨が降っているのだろう。スーツの肩から二の腕あたりが濡れて、大きな黒い染みができている。
 男の名前は柴崎裕也といい、知り合いに紹介された老舗のピアノ調律専門店の調律師だった。歳は三十歳、私よりも十以上も年下だ。
 私はピアノの調律に訪れた柴崎を見て、すぐに心を奪われた。
 芸術に対する造詣の深さ、職人的な腕の確かさ、若く瑞々しい感性。しゃんと伸びた背筋、艶のある肌、清潔な息遣い、そして調律師にしておくにはもったいないくらいの端正な横顔。
 それらすべてに、私は強く惹かれた。そして二度目の調律のとき、私は自ら柴崎を誘惑した。
 柴崎は部屋に入ると濡れた上着を脱ぎ、挨拶もそこそこにピアノの調律をはじめた。ハンガーにかけるために手渡されたスーツはずっしりと重く、甘い雨の匂いがした。
「あれからピアノの調子はいかがですか?」
 私のほうには目もくれず、一心にピアノと向き合っている。着やせするタイプなのだろうか。鎧のようなスーツを脱いだ獣のしなやかな肢体を思い出して、私は深いため息をついた。
「調子……さすがね、とてもいいわ」
 二十年前、やっとの思いで音大を卒業した私は音楽関係の仕事には就かなかった。いや、就けなかった。私は卒業と同時に、友人の紹介で知り合った年上の男性と結婚した。ピアノ漬けの生活から、逃れるために。
 実際のところ音大を卒業してもプロの演奏家になれるのは、ごくわずかの人だけだ。ほとんどの卒業生は小学校や中学校の音楽の先生になったり、自宅でピアノ教室を開いたりする。友人の中には、バーや結婚式場などでピアノ演奏のアルバイトをしている人も多かった。
 私は、ピアノが嫌いだった。
 ピアニストになりたかった母の希望で、物心ついた頃からピアノを習わされてきた。けれども本当は内心、嫌で嫌でたまらなかった。
 私は母の期待に応えるために、遊ぶ時間を削って必死に練習を重ねてきた。けれども後から習いはじめた子にどんどん先を越されていき、コンクールに出場してもいつも入賞止まりだった。
 母はそのたびに私を強くなじった。どうして優勝できないの。どうしてもっと上手く弾けないの。どうしてお母さんをガッカリさせることばかりするの。どうして。どうして。
 少しずつ、ピアノと向き合うのが苦痛になっていった。
 ピアノは私から、さまざまなものを奪っていった。勉強、友達、恋愛、部活動、睡眠時間、そして将来の夢。気がついたとき、私は空っぽの抜け殻になっていた。
 父が亡くなり、離婚した私が実家に戻るのを待っていたかのように母が倒れた。母は入院し、私は古くなったピアノと共に膨大な時間を持て余している。
「ピアノは何年も弾いてなかったようですので、しばらくは半年に一度くらい定期的に調律を続けたほうがいいと思いますよ」
「そうね、そうするわ」
 大きなグランドピアノは、結婚するとき勝手に処分してしまった。けれどもピアノを始めたときに買ってもらった古いアップライトピアノは手放せずに、防音室の片隅にぽつんと取り残されている。
「前回、調律をしたばかりなので、今日は整音のほうを重点的にやっておきますね」
「ええ、お願いします」
 何気ない会話の中に、淫靡なシグナルが見え隠れする。たとえ目線を交わさなくても伝わる、二人だけの秘密の暗号。 
「ちょっと待っていて下さいね。これが終わったら、ちゃんと調律しますから……彩音さんの体もね」
 調律師の男はそう言って、無表情のまま私の目を覗き込んだ。
 広さが八畳間ほどある防音室は、分厚い防音パネルが結界となって外界と遮断されている。雨天のせいか部屋の中はわずかに蒸し暑く、息苦しかった。私は、小さな水槽に閉じ込められて窒息寸前の金魚みたいだ。首筋に、しっとりと汗が滲む。
「はい、終わりました。ちょっと弾いてみますか?」
 私は頷くと、軽く深呼吸をして椅子に座った。そして柴崎が見守る中、ショパンの「幻想即興曲」を弾いた。
 黒いアップライトピアノの上パネル部分に、腕を組みながら演奏にじっと耳を傾ける柴崎の影が映っている。全てを見透かされてしまいそうな鋭い視線に、うなじが熱くなる。体の奥底に燻っていた熾火に再び火がついた。
「それじゃあそろそろ、こちらの調律もはじめましょうか」
 曲を弾き終えて肩で大きく息をすると、それが合図だったかのように柴崎が私の肩に手を置いた。熱気と湿り気を帯びた、若い男の手だ。私は立ち上がり振り向きざまに柴崎の体に手を回し、待ちきれずに唇を重ねた。
「調律って……まるで私もピアノみたい」
 私の言葉に柴崎が悪戯っぽく笑う。柴崎の指先は職人特有の正確さで、巧みに私の体の感度を確認しながら調整してゆく。
「女性の体はピアノと同じですよ。繊細で優雅で、定期的に調律しないと音が崩れてしまう」 
 その場に崩れ落ちた私に、柴崎が冷静に言葉を浴びせる。肩のあたりまで足を高く掲げられた私のシルエットがピアノの下パネルに映る。
 整音を済ませたばかりのピアノを自ら汚している。そんなサディスティックな感情が私をさらに燃え上がらせる。防音室の中で柴崎に突かれながら、このままピアノと心中してしまいたい衝動に駆られた。
 頭の中に、また途切れ途切れの懐かしいメロディラインが溢れ出した。
 もう少し。あと少しで、全部思い出せそうだ。
 この音階。
 このリズム。
 あと少しで、思い出の曲と再会できるはずだ。
 私は期待に身を捩らせながら、魚のように喘いだ。そして大きな声で叫びながら、助けを求める遭難者のように右手を高く掲げて宙を掴んだ。

 雨の音が再び訪れた静寂の中に溶ける。私は紅茶を淹れながら、キッチンの窓越しに聞こえる雨の旋律にそっと耳を澄ませた。
 私は自分を貶めることで、ピアノに復讐をしているのかもしれない。長年、私を苦しめてきた憎らしくも愛おしい楽器に。
 曲名を思い出せなかったことを、心のどこかで安堵している自分がいた。もし思い出してしまったら、私はこの先、二度とピアノに触れることはないだろう。体の一部だったピアノとの永遠の別離になる。そんな気がした。
「ええと、次の調律はいつにしましょうか?」
 紅茶をリビングのテーブルに運ぶと、柴崎が乾いたスーツの袖に腕を通しながら私に訊いた。
「また、こちらから連絡するわ」
 私はソファーに腰かけて、濃い目に淹れた熱いダージリンティーを口に運びながら言った。
 雨は一向に止む気配がなかった。
ピ ア ノ 緋川コナツ

予報省告示
今月のゲスト:海野十三

人暦10946年13月9日
 本日を以て地球は原子爆弾を惹起し、大爆発は二十三時間に亘って継続した後、地球は完全にガス状と化す。
 尚、このガス状地球が、果して新星雲にまで発展し得るや、それとも宇宙塵として低迷するに過ぎざるや、目下のところ予報資料不足のため推定しがたい。

人暦10800年
 地球は今や第五氷河期の惨禍より脱するに至った。
 気候は殆んど正常に復した。
 氷は北緯五十度まで、及び南緯五十度まで、蔽うに過ぎない。
 植物は、第五氷河期襲来前の〇・五パーセントしか存在せず、而も衰弱の徴が著しく、漸次衰滅するものと思われる。
 地球は今や金属の世界である。彼ら金属の智能と意志によって、絢爛たる新地球が建設されようとしている。地球は大工事によって形状を修整された上、公転の絆を断ち切って自由軌道を採用することになろう。
 これらの大工事や自力運行のため、原子エネルギーの活用は幾何級数的に増大される。が、そこに或る種の危機を孕んでいるようである。

人暦9111年
 遂に第五氷河期が襲来!
 月は遂に海水に触れ崩壊する。その破片と塵土は地球全面を蔽い、空は暗黒と化し、続いて気温降下が始まり、それは急激に降下して行き、地表は迅速に氷河期的景観に変わる。
 植物の凍死するもの数知れず、世界の交通は杜絶し、秩序はもはや保たれなくなる。さしもの世界支配族たりし可動植物たちも、その生物的弱点により生存を脅されるに至り、殊に彼らの無反省な本能主義は、このような天災に対する用意を欠いていたので、第五氷河期の襲来は彼らにとって致命的打撃である。
 尚、当時残存した約三千名の地球人類は行方不明となる。彼らの多くは、地底定住の努力半ばに於て、坑道内で死滅。

人暦8194年
 支配当局の厳重なる取締と警戒にも拘らず、地球外に脱飛せる地球人類の総数は、この年に於て最大記録に達し、この一年間だけで九十五万五千余名と推定される。そして脱飛に成功せず、離陸以前に於て植物のため取押えられ処刑された者は、約四千四百万名に達する。
 彼ら脱飛者たちの多くが目指すところは、龍骨座密集星図に属するスバル太陽系の七個の惑星であるが、彼らがこの宇宙移住に成功するためには最短路をとるとして約一千光年の距離を翔飛せねばならず、実際に目的地へ到達し得る者は全体の一パーセント程度であろう。
 しかし地球人類としては、植物より受ける過酷なる圧迫による絶望と、第五氷河期襲来の予測とにより、危険を承知で、この最後の賭博に参加する外ない。

人暦6550年
 世界の混乱は極度に達する。
 混乱を生ずる因子は、何といっても内憂外患の激化にある。すなわち地球外の他の惑星からの侵入者は四千万に達し、これを防衛する地球植物と地球人類とは実力に於て常に不利なる立場にあり、而も地球植物、殊に可動植物は地球人類を服従乃至無力化せんとして到る所に於て暴行を事とし、史上最高の暗黒時代である。
 この混乱の究極に於て、智能の点で地球生物より段違いにすぐれている他の惑星よりの侵入者が勝利を占めそうに思われる時機があったが、何故か彼らは突然撤退を開始したので、宇宙の侵入者による禍は急に解消するに至る。

世界暦2200年
 人類は地球の支配権を遂に植物に譲らなければならなくなる。
 人類は最早到底、その量と力の上に於て、可動植物群に対抗し得るものではない。彼ら植物群の本能イズムとそのエネルギーは、人類が従来積上げたあらゆる文化力や防衛力を笑殺し、無慈悲に蹂躙し、そして無残に破壊して行く。人類の運命は明らかに傾いたといえる。

世界暦2105年
 第四氷河期は終熄を告げた。
 地球の上に再び春が訪れた。だが、深刻なる地底耐乏生活百年を経て、地上に匍い出した人達は、氷河期以前の約百分の一に過ぎない。しかしこの率は、予想外の好成績である。
 地球上に、春は訪れ、夏は来った。百花開き、樹海は拡がり、黴類は恐ろしく生成し、地球全体は緑で蔽われ人々はたらふく野菜や果実をとって悦ぶ。だが人々は、蠅取苔が人間に噛みつくようになったり、歩行する植物に出会ったりするので、少し気味が悪くなる。

世界暦2055年
 第四氷河期が襲来!
 北太平洋と南太平洋とに於て、激烈なる火山活動が始まり、その噴出物は天空に舞上って太陽の光を遮断するに至る。かくして氷河期となる。
 火山学界はこれをほぼ予報し得たのであるが、その程度についての的中を欠き、ために世界国家の用意は十分ではなく、惨禍を前にして呆然自失の態たらく。蓋し氷河期の災禍は世界の有する工業力とは桁ちがいに激甚なのである。
 尚、不幸中の幸ともいうべきは、地球外よりの侵寇がこの天災のために終熄したことだ。

世界暦2001年13月13日
 宇宙戦争が勃発する。
 オウピアン星の惑星キリキズの軍事主義民族軍団千二百万人が襲来する。侵寇の目的は、地球をその資源庫の一つとするにあり、殊に人類の家畜化という穢い欲望を有している。地球防衛軍は大苦戦に陥る。
 日本国民は文化外交の面に於いて大いに活躍し、相当の収穫あり。尚、宇宙戦争の勃発により、第三次世界戦争は休戦となり、急転直下して世界同盟成る。

世界暦2000年1月19日
 大西洋横断の旅客機と貨物機が二ヶ月前より頻々として行方不明となっていたが、その事件を調査の結果本日一大発見成る。それによれば、大西洋の赤道附近の海中に怪賊団あり、従来行方不明なりし人々は海底の船艙の如きものの中に幽閉せられて居ることが明かとなった。
 当時、世界戦争中ではあったが、その戦争中の不便不利を忍んで、これらの俘囚の奪還が試みられた。しかし相手は巨大なる反撃力を有し、而もわれらの知識に全然なき武器を有して居て、奪還は不成功に終った。そして知り得たのは、怪賊団が地球人類ではなく、他の惑星の生物群の組織する遠征隊乃至探検隊らしいということだけであった。九月九日、彼らは忽然として、大西洋海中を退去し、この種の事件は跡を絶った。

世界暦1999年4月1日
 第三世界戦争が勃発する。但し四月馬鹿ではない。

世界暦1990年
 人間の寿命は無限となし得ることに成功する。その方法は、手術法と機械代用法とで、前者は後者に比し一千倍高価である。
 この成功は、世界中を歓喜せしめ、世界祭が三ヶ月連続に行われる。人類は幸福の絶頂にある。

世界暦1980年
 火星探検は不成功に終る。火星上陸は絶対に不可能と決定される。蓋し、火星上空にある宇宙塵の妨害によるものと思われる。
 なお、火星には生物はなく、植物は繁茂しているが、下等のものばかりで、火星は一路衰滅に直進せることが判明し、永い間のお伽噺が御破産となる。

世界暦1960年8月8日
 月世界探検に成功する。つづいて世界漫遊飛行会社設立し、旅行申込者が殺到する。

世界暦1955年
 地球一周が十二時間で出来るようになる。原子エンジンの完成を見たためである。
 宇宙飛行の企業が盛んになる。

世界暦1949年10月
 日本の食糧欠乏問題が解決する。
 米を始め、食糧はすべて自由販売となる。

世界暦1947年
 飢餓のため日本人死するもの続出。

〔註〕右の予報省告示は、省員が精神もうろう状態に予測したものであって、多分このような暗いことだらけの予報は全然的中しないであろうと思料せられるが、腹の減ったる人間というものはどんな妄想を抱くに至るかという医学的資料として参考になるかと思われるので、敢えて掲載する次第なり。


【コメント】
1:大学生
 この予報省告示は、そんなに暗くないよ。人類はやがて、スバル太陽系の惑星へ宇宙移住し、かの地で繁栄するのだから、明るいじゃないか。

2:子沢山の父親
 まだ二年経たないと、食糧事情は好転しないのですか。私はあと一年で回復するよう祈っていますのに。

3:婦人代議士候補者
 これが本当なら、至急に、世界は協力して、氷河期対策調査事業を起すべきだと考えます。

4:懲々生
 また戦争だなどと、そんな不吉なことをいうなよ。