おいら宇宙のファンタジー
アレシア・モード
夜は好い。湿った雨上がりの黒い路面。程よく吹いてくる冷えた夜風。私――アレシアは夜更けの県道をコンビニへと歩いて。サンダルの音だけヘタヘタと響く静寂の道、雲の狭間の白い星。綺麗だな。あ、また白い星。赤い星。青い星。ぐるぐる廻る星。あれ、増えていく……
何かイヤな展開の予感がして、私は空を見るのを止めて足を早めた。だが時すでに遅し、私の前には光の渦がキラキラ輝き、その奥から謎の人物が一人、すうーっと宙に浮いたまま近づいてくるのだった。外見は細身の若い女性――ロングの金髪、白のロングドレス、顔からはみ出さんばかりのロングまつげ、微妙に伸びた頭頂、貧相な胸、その全身は青白く光り、半ば透明だった。貧乳ロングは飛ばされた洗濯物のように私の周囲をくるくる巡ると目の前に止まった。
『私は……ペペロン星雲から来たエージェント……ポロペンです……』
「そうだ、ビールとかも買おうかなー」
これだから私の夜道は怖い。こんな手合いはスルーに限る。何も気づかなかった事にして歩こう。
『宇宙は……いま危機にさらされています』
「0時までにコンビニ行けるかなー」
『私たちペペロン人は……ピロパラシステムのエージェントとして……地球の皆さんに警告します』
「日付変わるまでに支払わないとまずいかなー」
『そう、支払わないと……大変な事になります』
「えっ?」
しまった。返事しちゃった。もっともこいつは私の脳内や脳外をくるくるつきまとうばかりらしく、コンビニに行くのを妨げるものではなさそうだ。
『再三の督促にもかかわらず……いまだ地球は……ピロパラシステムへの支払いを怠ったまま……これは宇宙の……重大な義務違反』
その鬱陶しい喋り方、どこで覚えたんですか。
「ピロピロ? そんなの聞いたこと無いし。聞いてないもの払うわけ無いし? 督促? 何それハガキとか来たの? 覚えてないよ。いつ来たんですか?」
『はい……今からちょうど65536千年前の今日……6月28日の23時45分……地球には大隕石を落としてお知らせしたはず……お忘れで』
まさか今日がそんな記念日だったとは。いや、そこに気を取られてはいけない。
「は? それって、いつの恐竜時代の話っすか。昔すぎて分かんないから前任者に聞いてよね。ティラノザウルス部長だっけ?」
『部長さんは絶滅されたようです……引き継ぎはありませんでしたか』
「はあ、なにぶん暴君でしたからねぇ。後先なんて考えませんよ。いやあ惜しい方を亡くしたって地球一同大喜びで。ハハッ」
足を止めてちらりと伺うと、ポロペンは無言のまま、斜め上から瞳のない目でじっと私を見下ろしているのだった。
(うわっ――全然ウケてはらへん)
気まずい空気の中で私は再び歩き始める。ポロペンも無音でついてくる。
「一応、いちおう聞くけどね。支払いっていくらなの」
『……1地球年あたり195千120パロム……去年は187千080パロムでしたが』
「値上げかよ。てゆーかパロムって何」
「パロムとは誠意と友愛のエネルギーを表わし……地球の単位に大雑把に換算すれば……およそ年間4096千ギガワット時でしょうか? ……お支払いいただけますか」
これはアメリカ全土の年間電力消費量に近い数字です。と、検索エージェントのググルさんがそっと耳打ちし、とにかく私には無縁な話と分かった。
「ばーかばーか。そんな電気代、私が払えるわけないでしょ、かーば」
『うっふふふ……もちろん……あなた一人だけの話ではありません。地球人みんなが力を合わせて納めるのです。アレシアさん……あなたには地球代表エージェントとして……世界の一人ひとりの心に訴えていただきたいのです……どうして皆さんは、宇宙の義務に目覚めないのですか、と』
いくら私でも、それはキツい。
「だから、どうして払わなきゃいけないの。払わないとどうなるの」
『おお、あなた方は……ぺぺロンのプラシュら、プロパレらくてろ、ポイと仰るのですか……』
「仰ってないよ。いったい何を言ってるのよ」
『いずれ地球人も……ぺぺロンとらん、パンでリンまれ子供のままでいるおつもりです』
「――肝心なとこだけ分からない」
『まったく地球人ときたら……幼稚で未熟な、原始種族……まさに銀河の二歳児よ』
「そんなとこだけ分からせなくていいよ!」
あのね、ポロペン。なんで夜道で宇宙漫才のツッコミなんかやらなきゃいけないんだ。もうさっさとコンビニ行って用が済んだら帰って寝るからね――という私の思念が伝わったのだろうか、若干エキサイト気味だったポロペンは最初の落ち着きを取り戻したようだった。
『お聞きなさい……私は……ペペロン星雲から来たエージェント、ポロペン……』
「聞きました」
『アレシアさん。これは……第四次元宇宙の公理。宇宙の維持に必要なエネルギー……もし地球が支払いを怠ったために……エントロピーを相殺できずに宇宙の熱死を早めたら……どうするおつもりです』
「あのお、宇宙って――アメリカの消費電力レベルの延滞で死ぬんですか?」
『うっふふふ……もちろん……これは地球だけの話ではありません。宇宙人みんなが力を合わせて納めなければ』
「はあ。納めてない宇宙人も多いんだね」
『え……』
ぴろぱらぱらん~ぱ、ぴろぱらぴん~
「ヤバくない? そのシステム自体が」
『ッピー! ピロパラぷろっぺン、パラポローれ済みませんよ!』
「い、いらっしゃいませ」
イケメン度72%ほどのコンビニ店員Mの顔に不安の色が覗えた。夜中にヤバい客来た俺のシフトにとか思われたか。私は会話を閉じ、通常の三倍に強化された陽気なスマイルを全開にした。大丈夫、怖くないからね。
「うっふふふ……こちらの支払いお願いします……ピロパれ」
「ピロパですね。公金支払いはピロポイントが付きませんが宜しいでしょうか」
72%なお兄さんは用紙をスキャンしながら確認する。
「はいはい」
「では、こちらにピロパをタッチお願いします」
そう、年金保険料支払いには普通はポイントつかない。アレシア残念! でもこのピロパラマートは保険料を電子マネーピロパで支払う事ができるのよ。えっ、でもアレシア。ピロパでもポイントつかないって72%なピロ兄さんもさっき言ってたわ。うん、実はね、私はこのピロパをピロパラカードでチャージしたの。ピロパラカードならピロパチャージでもピロポイントがつくのよ! えー、それってすんごいお得じゃない? で、このチャージしたピロパで支払えば、保険料の支払いでもピロポイントゲットできちゃうって仕組みなわけ。すごーいアレシア、私たちまるでネット広告のマンガみたいな勝ち組フレンズだね! でも面倒くさいよ私!
ぶっぶー!
「あ、すみません……エラーなんでもう一度タッチお願いします」
(そう……でもこの面倒なコンビニ払いでのポイント稼ぎも、今月限りなんだ♪)
だって保険料全額免除、審査が通っちゃったからね……
(はあ……)
「すっごいアレシア! 免除なんてさすがピロパね! ピーローパ! ピーローパ!」
「ピロパラ関係ないって。話を聞いてないの? もうピロパラピララいって言ってるの」
「何言ってるのか分からないよー!」
「あれ、ポロペンは? ポロペンらポこッ?」
「私は……ペペロン星雲から来たエージェント……ポロペン……」
「ポロペン居たー!」
ぶっぶー!
「……あ、あの、お客さん、もう一度タッチを……いやホント、ごめんなさい!」