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3000字小説バトル

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3000字小説バトルstage3
第34回バトル 作品

参加作品一覧

(2018年 5月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
アレシア・モード
3000
3
辻潤
2706

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七回忌風景
サヌキマオ

 フェリーと陸をつなぐ橋の下に燕が巣を造っている。あの位置だとうっかり巣から落ちようものならば、文字通り海の藻屑と消えてしまう。
 島で九時半からある法事に間に合うように朝早く車四台で出かけたが、海上が靄っていて船が出せないという。瀬戸内の波は静かだが、朝になって急に気温が上がると、水蒸気が視界をすっかり奪ってしまうのだ。遠くにオレンジ色の柱が立っていて、あれがくっきり見えないことには船が出ないと聞いた。もっと気温が上がって風が出くれば靄はどこかに行ってしまう。それがいつかというと…まぁまもなく、としか云えないのである。いずれ日和が来る。
 車の四台、というのはこの日のために日本中からかき集められた親戚縁者一同で、義母の兄弟六人の内、四人が島の外に出ていて、そのうち都合のつくもの、帰省する暇と気力のあるものが十七人。この中には私のように、結婚して娘婿となったゆえにこの地に立っているようなものも二、三人含まれている。
 何の気なしにフェリー乗り場の券売所から、お土産物屋、軽食の取れるラウンジなどをうろうろしていたが、考えてみればもうかれこれ一時間半もうろうろしているので、くたびれてきているのだった。お土産類にめぼしいものはなく、瀬戸内土産特有のはっさく、オリーブ、海産物の御三家を除くとだいたい日本全国で似たり寄ったりだ。「白い恋人」という札幌近辺のお土産があるが、クッキー生地にクリームを挟んだもの、という観点からするとわりと全国どこにでもある。パイ生地になんらかあんこを挟んだお菓子や、特殊なクリームの入ったまんじゅうというのもそれに当たるだろう。「ミルクはっさく」なる箱から視線を外すと、レジのところで喪服の母子がソフトクリームを買っているところだった。あれは多分、妻の従兄の奥さんとその娘だ。日曜の午前中から喪服を着てフェリー乗り場でうろうろしているのは我々の関係者と見て間違いないだろう。食べている暇なんかあるのかしらん、と思うが、フロアの端で島を出た義大叔母という、御年九十二歳のおばあさんが何故か両手に別の色のソフトクリームを持って交互にしゃぶっている。あのおばあさんがそうであるならば、ちょっとくらいフェリーは待ってくれるだろう。そろそろ足腰が疲れてきたのでどこかに座りたかったが、ちょうど義父に手を引かれた息子が土産物屋の正面入口の自動ドアから入ってくるところだった。息子は三歳だ。この年頃のこどもの性なのか自動ドアが好きで、半ばお百度参りのように自動ドアを通過している。義父ことじいじは孫が大好きなので喜々として付き合っている。本人たちが楽しそうなので一向構わないといえば構わないのであるが、そろそろお守りを替わろうか、と思ったところで「間もなく十分後に出港します」とアナウンスがある。
 七回忌のある祖母の家には九時四〇分に着いて、前日から前乗りしていた和歌山の義小母、義小母の旦那さんと娘三人に義伯父が出迎えてくれる。義伯父というのはずっと独身で、何をしている人かはわからないが、なにしろ独眼竜政宗のような眼帯を左目にしている。そのへんの謂れを誰かに聞いたら面白いのだろうが、なにかとんでもない事件が出てくると面倒臭そうなので聞いたことがない。それよりもなによりも、明らかに毛色の違う近所の人らしき人もいくらか群に混じっていて、それぞれ地味ながら普段着で座ってお茶などを飲んでいる。遠くから来た親族の方がちゃんと黒の上下を着ているところが面白いと思う。
 今回の主役(と呼んでいいだろう)である祖父は輸送船の船長をしていて、瀬戸内の島に点在する工場から福岡に向けて製品を運ぶ仕事をずっとしていたらしい。名残として、家は大勢の船乗りが酒盛りをしることを前提としたような家の作りをしている。現在仏間になっているのは二十畳はあろうあかという大広間で、ここから玄関に通じる廊下を挟んですぐに台所がある。台所はコンロが三台に流しが豪勢に大きい。往時は大量の肴を作っていたことだろう。
 玄関の方から陽気な胴間声が響いてくる。やってきた和尚はこの島に二つある幼稚園を両方とも経営していて、義母もここの園の卒業生だと聞いた。言わば島の住民はこの和尚の元から卒業していくわけで、今日は「幼稚園の運動会の挨拶をしてからこっちにやってきた」という。「こんなんここいらの子は――」もうすでに飽きたのか、うちの子を始めとして五人の子供はそれぞれてんでんばらばらにうろつきまわっている。「精児さん亡うなってからの子ぢゃ。精児さん亡うなって七回忌。一周忌は涙、涙の法事。三回忌は悔やみの法事、ほぃで七回忌は笑顔の法事と云いますけえ」読経の間にも鴨居にかかった額縁を観ると、島の町長からの感謝状やら、囲碁のシニア県大会の賞状やらがかかっている。あの義伯父、例の独身の伯父は耐火レンガの特許を取っているようだ。会社名と、数人の連名の特許状が飾ってある。こういうのを賞状と呼ぶのかどうか知らないが、関連する仕事をしているというのはわかる。
 台所に向かう襖の向こうからこどもの泣き声がする。うちの子である。仕方なく立ち上がって見に行ってみるとやはり息子である。元来戸と開け締めが大好きで、放っておくと蝶番が壊れるまで(実例がある)開け締めしているのだが、さすがに義祖母に止められて憤っているのだったが、小袋に入ったルマンドを渡されておとなしくなっている。台所のタイルの上に竈馬が一匹、長い触覚をゆらゆらさせて佇んでいる。成虫であればもっと大きいはずだし、これだけ人がいるのだから誰かしらは気づいているだろう。それとも、私だけだろうか。
 法要が済んで墓参りにでかける。出かけるといっても島の中心にある山の中腹までが隘路なので、軽自動車一台に詰めるだけしか行けないという。息子は義祖母が使っているのであろう歩行マシンに尻を乗せて滑って遊んでいる。
 残って法要から食事会の会場にするというので手伝う。気がつけば男手がいない。テーブルは銘木を切り出したものに脚をつけて、銘木の重さそのもので固定しようという代物だ。こちらも娘婿という立場上、多少はいいところを見せねばという気でいる。しかし重い。こういうのも、昔は船乗りの男衆があっという間に片付けていたのだろうなぁと思う。
 ケータリングの寿司やオードブルが運ばれてくると、法要のときにいなかった近所の人がじわじわと増えていく。みんな手に乾き物や酒瓶を持ってくる。店で唯一の食料品がフェリー乗り場の前に一軒あるだけなので、それぞれが同じ日本酒のパックを持ってくる。墓参りに行った面々が帰ってくると、だんだんと宴会の様相を呈してくる。四十人も集まっただろうか。親族が半分、近所の人(と思しき人)が次々にやってきて、集まった人はてんでに飲み食いをしている。プラスチックの寿司桶についていた蓋をびよんびよんすると幼児にウケる。義従弟の娘、義大叔母の孫、透明なプラスチックの蓋が上下に揺れ動くのを観てゲラゲラ笑っている。
 自分が運転しないからといってずいぶんと飲んでしまった。ここいらの人たちはさほど酒を飲まないのか、独りだけで飲んでいる気さえする。
 帰りのフェリーのほうが人がいる気がする。テレビの前には中高年を中心に人が集っていて、熱心にカープとタイガースの試合を観ている。
七回忌風景 サヌキマオ

猫の裁判
アレシア・モード

『さて、』と猫が言った。
 スーツを着た猫は、一段高い正面の席から、右の片方が塞がって閉じた黄色い眼で、私――アレシアの顔を、じっと見る。猫の頭はその骨格から歪んでいて、口の端は猫としても大きめに裂けて捲れ上がり、牙が覗いていた。耳は捻じくれている。顔の毛は半ば黒く半ば白く、一部だけ長かったり剥げていたりで、一口に言えば醜い顔であった。だが、それは猫の世界における基準ではない。
 まして彼は、猫の内でも地位の高い「最高裁判官」なのだった。その前は検察官と名乗っていたし、最初に見た時には刑事だとも言っていた。どの時点においても共通して彼は私に対して威圧的で、そして多くの暴力的な部下を従えていた。これまでに幾つの修羅場を抜けて来たのだろうか。
『被告、自称アレシア・モード。年齢、自称エターナル十四歳。住所、オール・ディメンジョン。職業、シックス・センス・ヴォイジャー』
 猫は何の感慨もなさげな口ぶりで、私が「自供」したプロフィールを読み上げた。
『……ふん、間違いないな?』
「はい」
 猫は資料を読み上げ続ける。
『被告は〇〇年の朝、東京と神奈川の県境付近、川崎産業道路の多摩川を渡るところの鉄橋の歩道を、通勤のため自転車にて走行していた際、その中間点付近にて一匹の仔猫の、おそらくは事故に遭うて、半死半生に倒れ伏しているところを発見、これを保護した』
「はい」
 大型車の行き交う道路の路肩で、仔猫は殆ど死体となって転がっていた。何の奇縁か、わざわざ自転車を停めて指で猫を突っつき、まだ息がある事を確かめてしまった私は、それを前カゴに放り込むと、そのまま勤務先まで連れて行ってしまった。
 当時の私は、すでに同僚の間でも変った奴として一目置かれる存在ではあったが、半ば死んだ猫を持ち込むのは憚られた。とりあえず仔猫は上から新聞紙をかけて駐輪場に残した。暫くしてタオルを敷いた段ボール箱を用意すると、猫を箱に収めてフタを軽く閉じ、誰も触らぬよう「打開箱子的者将会死亡」等と書いた札を貼っておいた。さらにそこから発生した事案については割愛したい。
『その後の介抱と獣医の治療の結果、仔猫は千切れかけていた尻尾を喪いつつも体力を回復、お尻が丸出しになった以外は普通の女の仔として、生を取り戻した』
 猫の検察官兼裁判長はここで資料から顔を上げ、私の方をちろりと見た。
『……美談だな』
「はい」
『何がはい、だ。まるで美談などではないわ』
 猫は自分から言いだした癖に全てを否定した。『それからの貴様の所業を確認しようか』
「はい」

 強まった雨音のうねりが、幾度も窓の外を通り過ぎる。

『その後、被告は暫く自室で猫を育てていたが、当時住んでいた社員寮の部屋では限界があった。被告はその年のゴールデンウィークに帰省した際、猫を実家に連れ帰った。そして、そのまま庇護を放棄し、置き去りにして逃げ戻った』
「……はい」
 大筋は事実である。実家に持ち込んだ猫は、まさに借りてきた猫となって居間の棚の上で小さく縮こまっていたが、私以外の家人にも少しずつ慣れていき、本来の活発な仔猫の姿を取り戻していった。一方、私の気持ちは晴れなかった。寮では動物の飼育を禁じていたし、住人の中には猫嫌いも居たのだ。このまま田舎の環境に残した方が幸せではないかとも思われた。
『……猫は見知らぬ環境で、健気に成長していったという。しかし、幸せの日々は突然打ち崩される事となる』
 当時の私は仕事に忙殺され、猫の事を思い返すどころか、実家や両親の存在も意識に上げない日々であった。その年の夏には帰省する事もなく、電話で近況を尋ねるわけでもなく、結局暮れにも帰らないまま、再び春を迎えた頃だった。
『猫は被告の知らぬ内に、近所の猫と結ばれ母親となっていた。だがある日、彼女は生んだ仔猫とともに、捨てられた。飼いきれぬと判断されたからだ』
「……はい」
 猫たちを捨てに行ったのは私の父親である。仔猫のうち二匹だけを残し、残りと母猫を揃って遠く離れた畑の方に置き去りにしたらしい。彼は別に猫を憎むような人間でもなかったので、酷い仕打ちというよりは、自分ひとりで業を負わねばならぬという意思と使命感でそれを遂行したのだろう。そういう人だ。
 捨てられた猫たちは戻らなかった。あの猫が、仔猫を連れて、突然に家を追い出され、長く生きたとは考えにくかったが、私の母親は『猫だから大丈夫』と、本気なのか慰めなのか、根拠のない結論をもってそれ以上の考えを止めていた。
 残された二匹は愛らしい顔だった。一匹は母猫に似た白色で、何かを引き継いだかのように尻尾の先が折れていた。もう一匹は艷やかな長毛を持つ茶色の猫だった。この二匹は、選ばれた。選ばれなかった猫には選ばれない理由があって、それが最も顕著だった白黒の仔猫は、目が片方塞がっていて、耳は捻じれ、毛が抜け、頭はその骨格から歪んだ悪魔じみた容貌だったという。
 こうした話は、みな後になって母親が、猫の背を撫でながら語っていた。父親には詳しい状況を聞く気にはなれなかったし、当人も話したくもなかっただろう。数年後にはその父親も死んでしまったが、これは猫とは関係ない。元々肝臓が壊れていたのだ。
『さて父親に責を問うかね。いや、全ての元凶は被告の身勝手にある。後先なく猫を押し付けて逃げ去ったのは、そもそも被告である』
「……」
 父親が死ぬと、広い実家は母親と猫だけになった。独り残された母親の、心の慰めは二匹の猫であった。猫は、その生い立ちを覚えているのか、いないのか、ただ私の母親には常に甘えて見せていた。
『これを美談というのだ。被告の冷酷な仕打ちにも拘らず、健気にも猫達は育てられた恩を越える献身をもって、被告がこれまた放り出した哀れな母親を慰め続けたのだ。被告の代りにな』
「……はい」
 もう反駁する気にならない。今なお親を放置し続けているのも事実だった。
『以上、被告の罪は明白である。仔猫庇護責任の放棄、妊娠猫の支援義務放棄、捨て猫を阻止する義務の放棄、あまつさえ自身の母親の面倒まで猫に押し付けるとは、まさに外道と申す以外に言葉を知らぬ所業である。よって被告には極刑を申しつけるが妥当と思われる』
 ここで裁判長は言葉を切ると、席を立ち、身を揺らしながら私の方へ降りて来た。
『しかし……猫は寛容で慈悲深い生き物である。よって被告に対しては最低限の処罰に留めてやるものとする。すなわち今後、被告には猫を飼いたいといった浅薄な気持が起きる度、冷たい雨に遭うとともに、本日の裁判および私の顔を思い出させるものとする……』
 雨音の中で、裁判長の破壊的な顔が大きく眼前に迫った。
『……加えて被告には、猫に対してこのような劇的な出逢い、巡り合わせといった過ちが二度と起こらないように、我々から運命を強制づけるものとする。よいか。人が猫を選ぶのではない、猫が人を選ぶのだ。今後一切、被告は、猫から選ばれる事はない』

 そうなのだ。私はもう、猫に選ばれない人間なのだ。それが猫たちの私に下した判決だった。

 雨音が少し遠ざかる。
 私は、もう幾度聞かされたとも知れぬ裁判長のガラついた声を、心の内に繰り返しつつ、雨の中でずぶ濡れになっていた汚い仔猫の身体をタオルで包んでやる。その鼻先に小指を寄せながら、さて、いったいこいつはどういう過ちなんだろうかと訝しんだ。
猫の裁判 アレシア・モード

刹那
今月のゲスト:辻潤

 刹那が生物だと云うことが俺に解った。刹那はみんな一個の人格を持って居る。みんな一個の情調を持っている。刹那はみんなその背後に一個の永遠を持っている。――隠密な永遠、隠密な運命を。かれ等は宿命の聖杯であり、強度の望遠鏡であり、過去の卜星術である。かれ等は永劫に無意識の心より高翔して、意識ある心のエーテルに昇り、無名の虚空に消え失せる。かれ等は狼煙の如く空中に突進し、碎けては情調の火花となって散乱する。情調が霊魂の諸相である如く、刹那は時劫の諸相である。過ぎ行く刹那は過去の朝庭から来る帝王であり、或は恐らく一個の道化であり、或は又地獄見物の招待であるかも知れない。
 俺の刹那は悉く異端だ。みんな各自に他の奴を否定し、各自が背教者の役割を演じている。かれ等はあらゆるドクマを無にする。或奴は無限の両極に住んでいた。他の奴は時劫の赤道に住んでいた。暗澹たる永遠の砂漠を越えた向うにある輝やく緑地と罌子粟の花にまかれた葫蘆! 脆い、不朽の浮游! 形体の身悶えする囚人! 乱暴、凶悪な刹那! 大理石の如き、幻覚的刹那! 今夜はワルプリュギスの夜だ、おまえ達はてんでに俺に謎を解いて見せるがいい!
 そして刹那がみんなてんでに口をきき初めた。

刹那巡礼
 私は永遠の刹那巡礼です。私は手に蝋燭をもって、神様を探しながら、あなたの古い肉体の廊下をスッカリ忍び足をして歩きまわりました。

刹那永遠
 私はどんな吹息がかかっても曇らない鏡だ。私は情調の火花の背後に満月の如く輝やいて居る。私は蓋い隠されることがあるかも知れないが、消滅せしめられるようなことはない。私は変化を眺める永遠の傍観者だ。

刹那凍氷
 わしは理性だ。――情緒の冬だ。わしは代数の方程式で織られている。そして三段論法で調整されている。わしは人間に対して力がない、何故ならわしには霊魂と云うものがないから。

刹那淫猥
 あたしはおまえさんが若い時におまえさんの処へ来た覆面のアバズレ者さ、あたしの身体は御祭騒ぎよ。あたしの心はみだらな紅色よ。心臓ときたら地獄の御亭主が支配するモンストランスなのよ。あたしはリリス。

刹那黒色
 俺は倦怠アンニユイだ。過激な近代的智力の源泉だ、時間の殿堂を完成する恐るべきガーゴイルだ、世界の創造者で同時に真黒な雪片なのだ。

刹那荒廃
 俺は火天エンピリアンの蝿だった事がある。そして俺は宇宙の天井を蝿の様に歩いて、時々黄金の都会を眺めていた。だから俺は刹那の蝿のニオベなのだ。

刹那厚顔
 俺は好奇心だ、暗黒の刺客だ。アークチュラスの殺人的火炎に対抗する深碧の旅行者だ。そして最後の空間の末端に到達することを夢みている。俺は自分の生命が刹那よりも永いことを欲しはしない。

刹那偽善
 私は勝利を宣言する宇宙迷妄の大天使である。私の旅宿は理想である。私は永遠に虚言を吐く論理学者である。私は迷妄であり、あらゆる理論と事実の牢獄である。

刹那僧帽
 フューリィ女神様の饗宴では人間の心が反抗の断片で御座ります。私は世界に溢れる涙であります。私は太古に於ける悲哀の化身であり、暦で御座ります。

刹那超越
 自分は忘れた思想である。死は自分を拒むことが出来る。何故なら、私の霊魂の中に、私は密かな忘却オブリビヨンを携えているから。自分は把持して、失錯する。私は永久の „ to be “であり、無限の転成であり、不滅のタンタラス-プロテウスである。自分は永遠の空間に流れ込む忘れ川を包む生命の薄いヹールである。

刹那双児
 私は美と死である。絶対によって投げられた片身がわりのひかりかげだ。ルシファが暗黒に墜落した時に、彼の脳髄が一個の太陽になった。そして火炎が全体の光輝の中に黒くされた私はその光から生れた双児である。

刹那麻酔
 私は不眠希望の血走った眼である。過去の剽窃者である。あらゆる苦痛を癒し、真理を麻酔させる刹那である。

刹那哲理
 予は産前のあらゆる精力を尽して努力したる後、汝の意識に攀じ登った刹那である。蒼白く、思想に包まれ、耳朶を刺され、渾沌の中心に在って正しく、未だ生まれざる思想の呼応を聴き、太古の雲霧に閃めく光の峠の如くヘラクライトス及びニイツェの頭脳より発する燐光を見た。

刹那灰色
 俺は疲労だ。俺は無限のおもてに欠伸する鷲だ。碧空は色を塗った天幕だ。俺はくたびれて飛べなくなった。嘗て俺は天界の叛逆者だった。今、俺の頭は死の柔かい枕を求めている。

刹那分光
 僕は禁断の闥を股いだ。君は僕を見ることは出来ない。君は僕を知ってはならない。僕は官能の閉された戸のうしろで、君の意識の闥を越えて君に囁くことを知らない。君は僕を見ることが出来ない。君は僕を知ってはならない。

刹那譏誚
 俺は基督の頭の中に住んでいた最後の刹那だ。そして俺の秘密はこれだ。『ユダが俺に接吻するまで俺には智慧がなかった』そしてその男はほほえんで死んだ。

刹那無弧
 自分はあらゆる円周の中心になることを欲する。自分は不動を求める意志だ。生くるものの全てと、夢見るものの全てが突き進む不動の磁石。星雲の如き実体を以て簇がる無限の包括。自分はそれにならなければならない!

刹那殺人
 俺は山賊嘲笑だ、古代の胡峰だ、真面目な道化だ、健全の煽動者だ。

刹那神秘
 私は潜水者だ。そして私は知られざる多くの海に沈んだ大船を掠奪して歩いた。私は又守宮やもりである、そして一刹那続いた永遠の為めに空間の壁にヂット動かずにいた。私はスエデンボルグやブレイクの頭の中に住んでいた。

刹那無名
 頭脳は思想の蛆が一杯湧いて居るムクロである。無数の廃滅したクリストと腐れかけているトルケマダとが埋められている芽の出そうな墓場だ。星雲のような無数のサディの記憶の最後の凝結だ。俺を見よ! 俺は神秘な厭人者だ、モマスの天才が咲いた刹那だ。

刹那叛逆
 俺はコーカサスの花崗岩の壁の上にブラ下がっている。そしてタイタンの口から咒詛のろいとして舞い上り、ゼウス神の頭脳に這入った。俺はプロメシウスの荘厳な霊魂たましいだった。

刹那情熱
 官能のエーテルが千年の思想のまわりを吹き荒んだ。千年の思想は黙って立っていた、そして比較にもならない尊大な態度でブツブツ物を云った。そしてそれから、アッチへ! アッチへ! まるで荒れ狂ったワルキリエのように、滅亡したワルハラの方へ疾駆した。俺はニイツェの頭の中の冠絶した刹那だった。

刹那エーテル
 そして一匹の蛍が一刹那の頂上に現われた。そして電光のように闇を刺した。かと思ったら、もういなくなった。無限の空間が前のように、盲目に沈黙していた。自分はスペジア湾の中の颶風に捕まった刹那だった。

 それから刹那がみんな黙ってしまった。そして俺は永遠のアララットである時劫の神秘を夢みた。