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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第37回バトル 作品

参加作品一覧

文字数
1
サヌキマオ
3000
2
小熊秀雄
3285

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コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

茅で満ちる
サヌキマオ

 久々に、といっても卒業式以来だから四ヶ月といったところなのだけれども、満茅は学校からの帰りにキリ子にばったり出くわした。中学時代にはずいぶん仲が良かった気もするが、それぞれ所属する高校が変わってしまうと縁遠くなる。ラインはあるがそうそう連絡しなくなる。三年間でクラスが一緒になることはなかったが、同じソフトボール部で満茅がファースト、キリ子がショート。ずいぶんとショートゴロからの送球を受けた間柄だ。
「え、なんでこの時間?」
「期末テスト。私立は早いんだよね。キリは?」
「ご覧の通り」
「わかんねぇし」
「サボりだよ。ちょうどよかった。よかったら飯食わね?」
「いいけど」
 キリ子も中学の頃からするとずいぶん髪の色が明るくなった。校則に触れるか触れないかのギリギリのラインなのだろう。日焼けはここ数日の炎天下で成したものなのか。ソフトボールをしていたときよりも浅黒い気がする。
「え、演劇部? あのゴドーマチが? やべえな!」
「あのってどこだよ! ここにいるよ!」
「ソフトボール、続ければ良かったんじゃん。まぁ私もやってないけど」
「うちの高校ソフトボール部ないし、そもそも限界だと思うよ。中学レベルで」
「あ、じゃあ、役者するんだ。あんたが?」
――で、『ちょうどよかった』って?
 駅ビルの七階は食堂街になっていて、キリ子に促されるままに安いイタリアンのお店に入っている。店はちょうど混みだした頃合いで、運良く二人席があったのに滑り込んだ。満茅は友達同士でこういう店に入るのが初めてだった。テーブルの上に立てかけてあるメニューを広げると心ならずもワクワクしてくる。
「そうだ。ちょっと聞いて欲しい話があって。モモギさん覚えてる?」
「うん。辞めた子でしょ、ソフト」
「ソフトというか、学校そのものをね」
「まぁ、公立中学は辞められないんだけど、来なくなったというか。で?」
「結婚するらしい」
「へぇ!?」
「デキ婚」
「できこん!」
 もうちょっと、詳しい話はないの?
「ほら、引き籠ったじゃん。いわば、秋口あたりから」
「うん。出てこなかった。いわば」
「それで、あそこの家も複雑だから。で、独りなんだよ。独りで引き籠ってた」
「どういうこと? お父さんも、お母さんも?」
「そりゃあ、詳しい事情は知らんけど、独りで暮らしてたの。アパートの部屋ひとつあてがわれて。で、稼いでたんだわ」
「うん?」
 話の流れが一気に飛んだように思う。
「ごめん、そこ、もう一回」
「ああ、これ、モモギさん本人から聞いた話よ?『お金を稼ぐには働かなきゃならないけど、そういうのも面倒だから、』」
「はぁ」
「お客さんの方から自分のところに来てもらうことにした」
「なるほど」
 ナニがなるほどだ。事情に感情が追いついてこない。
「ここまでいい? 大丈夫?」
「だいじょばない。つまり、どういうこと?」
「えーと、引き籠っているからネットを使ってお客さんを家に呼んで、稼いでいた。これを専門用語としてなんというかはわかんない」
「なるほど」
 そういえばなにも注文をしていないことに気がついた。二人で水だけ飲み干していた。
 お祝い、とキリ子は云っていた。お祝い。出産の、お祝い。一応ほら、チームメイトだったから。
 百木幸。シンメトリィであるようなないような名前で、レフトを守っていた。特筆するような活躍をする選手ではなかったけど、いつだったか「球を打つときの気迫がすごい」という褒められ方をされていたのを満茅は覚えている。満茅も高校に入ってようやくケータイを持たせてもらったから、百木さんの連絡先なんてわかろうはずがない。部屋に帰ると見計らっていたかのように通信があった。「一人二千円で十五人集めれば三万円になると思うんだけど』久々にキリ子からのラインだった。アイコンに目が留まる。キリ子と、百木さんのツーショットだ。
『え、百木さんと仲いいの?』
『え、普通にいいよ? 昨日も一緒にハマナルでご飯食べた』
 そういうのは早く云ってよ、と思う。云ってくたらもっと……もっと。なんだろう。
「ふーん」
 満茅の母は明らかに興味のない返事をする。
「いろんな人生があるね。で、二千円だっけ」
 手元にあった財布からすっと二千円出して、満茅に差し出した。
「お母さんは、なんとも思わない?」
「思わないこともないけど、百木さんのお母さん、ナナトクで働いてるよ」
「駅前の?」
「そう。……どんな人なんだろうね。百木さんの旦那さんって。あ、百木さんのお母さんの旦那さんじゃなくて。わかるかそのくらい」
 旦那さん、という響きがずいぶん遠いもののように思える。
「で、えーと、満茅。ちょっとまって。このお祝いは、何祝いなの?」
「え、しゅ、出産祝い?」
「莫迦ね、出産祝いというのは、ちゃんと子供が生まれてから準備するんでいいのよ」
「あ、じゃあなんだろう……結婚祝、なのかな?」
 そういえば、百木さんは、どんな人の子供をお腹に宿したんだろう。
「いやぁ、それがわっかんなくてさぁ」
 次の日曜日のことだ。満茅とキリ子は、結局目標に届かなった、二万二千円の入った(結婚祝いだと決めた)ご祝儀袋をもって、新居があるという六分寺の駅にたどり着く。改札にいたのはすっかり髪を金色に脱色した百木さんだった。キリ子のアイコンからさえも別人の感があるが、手渡したご祝儀袋を「すげーほげー」と受け取る様子は記憶に新しかった。この陽気さを通り越した感じと、眉間に広がるそばかすは、明らかに百木さんだ。
 ま、とにかく、と案内されたのは駅に隣接したファーストフード屋だった。「これ、使うね」と祝儀袋から早速千円札を引っ張り出している。
「で、わかんないって?」
 困惑の末にやっと口を開いた満茅を察したのか、キリ子は屈託なく笑ってみせる。
「父親が」
「お腹の子の?」
「そ。色んな人の可能性があるから、わかんない」
「それで、結婚するの?」
「そう。ひとり『誰の子でもいい』って人がいて。親も最終的には『じゃあ』って感じだった」
「『じゃあ』って。そんなこと、ある?」
「あるんだもの」
 百木さんの隣でキリ子がうんうんと頷いている。まるで異次元の世界の話だ。
「旦那も五十二歳でね。ずっと独りでいるつもりでいたんだけど、こういうことになったんだったら、こういう運命でもいいのかもしれない、って」
「ももぎさんは」
「ん?」
「百木さんは、それでいいの?」
「うーん」
 またその質問か、という表情をされたのだと思った。一拍、間をおくためにストローを咥えて、中のシェイクを一気に吸い上げられる。
「それでいいの、という質問をすることで、自分が安心したいわけね?」
 そうかもしれない。
「まぁ、いいんじゃない? いい、もしくはよくない、ということに決めないと、先に進まないもの」
「なんか、ごめん」
「ううん、いいんだよ。子供ができることでこうやってみんな会いに来てくれたり、気にかけたりしてくれるから」

「お母さん」
「へいよ」
「私の名前って、どうしてこの字なんだっけ」
「ああ、『茅で満ちる』。宗像のおじいちゃんの案。夏の野は茅で満ちる、そういう、力強さ……みたいな? 多分そういう」
 自分から聞いた割には「ふーん」以上の感想の出てこない理由だった。
『あ、演劇部に入ったんだ。そういうのって、金髪の妊婦が見に行っても大丈夫なもの?』
 大丈夫なものかどうか、明日一応顧問に聞いてみることにする。
茅で満ちる    サヌキマオ

塩を撒く
今月のゲスト:小熊秀雄

    (一)

 彼は木製玩具の様に、何事も考えずに帰途に着いた。
 地面は光っていて、馬糞が転げて凍みついていた。
 いくつか街角をまがり、広い道路に出たり、狭い道路に出たりしているうちに、彼の下宿豊明館の黒い低い塀が見えた。
 彼は不意にぎくりと咽喉を割かれたように感じた。
 ――ちぇっ、俺の部屋の置物の位置が、少しでも動かされていたら承知が出来ないぞ。
 彼は山犬のような感情がこみあげてきて、部屋の方にむかってワンワンと吠え、また後悔をした。
 彼の親友である水島と或る女とが恋仲となった。
 二人の恋仲は、まるで綱引のような態度で、長い間かかっても少しの進展もしなかった、声援をしたり、野次ったり見物したりしていた彼は、まったく退屈をしてしまったのだ。
 ――そんな馬鹿な恋愛があるかい学生同志じゃあるまいし、三十をすぎた、不良老年の癖に。
 水島が彼にむかって、彼女とは現在でも、肉的な交際がないと誇りらしい表情で、打ち開けたとき、彼は鳶に不意に頭骸骨を空にさらわれたかのような、気抜けな有様で、穴のあくほど水島の顔を、暫らくはじっと見ていた。
 ――でも君、女は若いんだし可哀そうだからな、それに家庭的な事情が僕達の前に横たわっている大きな難関なんだ、もし僕が女と関係をした後で、二人が結婚まで進まなかったらどうだろう、
 ――女を疵物にしては、良心に恥じるという意味だね。
 ――そうだよ、それに違いないよ、女の籍は絶対に抜けないらしいんだ僕の婿入りそんなことは僕の方の家庭の事情でできないことだしな。
 水島は、ほっと吐息をついた、第三者の立場にある彼は、水島の恋愛事件に対しては、彼が横合から水島の女を奪おうとしない限り永久に第三者の立場にあった、だから彼は、勝手なことを考え、勝手な助言を水島にした。彼はもう見物にあきがきたのであった。
 ――水島の女に、ちよっとちょっかいをかけてやろうかしら、あの女の手は美しい、そっと俺の手をのっけても、邪慳に振りはらうようなことはしないだろう。
 退屈さに彼はこんなことを考えたりした、横合から割込んだろう、水島はきっと友達甲斐がないことを憤り、狼のような血走った眼となり、長い間の交友関係も粉砕され、牙を鳴らして襲いかかって来るであろう。
 こうした策戦がまた案外効を奏して、お互に相離れまいと、この乱暴な侵入者を必死と拒み、女や水島の情熱はよみがえり、二人の恋愛は、その最後の土地まで、馬車を疾走させるのでないか、などと彼は友人の遅々とした遊びごとにいらいらと気を揉んでいた。

    (二)

 水島が毎日のように、彼の下宿に訪ねてきては、嘆息をした。
 その姿は耕作もせず、ぼんやり鍬に頬杖をしている農夫のようなものであった。
 ――収穫をどんなに夢想しても駄目だよ、君は鍬を動かしていないじゃないか。
 事実水島の態度は『雲の上の花園』をさまよう園丁のようなものであった。
 夢を見続けて、実行ということを侮蔑していた。
 ――恋愛というものは、君等のように、長い間楽しめるものじゃないんだ、時日を要するということが既にもう失敗だね。それに女などというものは、非常に敏感ですぐ冷静になりたがるものだ。だから何より女を絶えず興奮させておくということが大切なことだ。
 と――彼は煽動した。
 水島も、内心あまりに遊びすぎたことを後悔した。そして結局女から何物をも得ていないことを考え、寂しがった。殊に女をすっかり訓練してしまったことが、既に救いのないことだと観念した。
 ――随分愉快に楽しんだよ、このまま二人が別れたところで、僕としては充分に遊び尽したから悔いはないよ。
 水島は眼を伏せてこんなこともいった、しかし舞台の上の俳優がふっと消えてしまったのも、気づかずに、広い劇場の座席にたった一人坐っているような、馬鹿げた観客にはなりたくなかったので、彼はせっせと水島をけしかけた。
 或る日、水島は朗かな顔をして下宿を訪ねてきた。
 その顔は何事かに感謝をしているかのように。
 話題は、涯かな遠くの方から出発して、水島自身の恋愛事件に到達した。
 水島は前夜、活動常設館に女を誘って出かけたという、二人は活動写真館の三階に陣取った、この三階は屋根裏で、天井が低く暗かったので、人眼をはばかる二人にとって屈強な坐席であった。
 ――男は、女の膝を枕にして、仰向きに寝て足を長く伸ばした。(丁度酔ってでもいるように)
 暗い中では映像が、青い影をいりみだして明滅した。
 ちゃっぷりんが高い屋根から舗道の上に墜落したが、ゴムまりのように跳ねあがり、折柄通りかかった貨物自動車の屋根に顛落し、何処というあてもなく運び去られた。
 観客はどっと声をあげて笑った。女というものは、笑うときでも、泣くときでも、怒るときでも、体を大きくゆすぶるものである。

    (三)

 水島の恋人は、皆といっしよに声をあげて、笑い、大げさに体をゆすぶり、いかにもお可笑くてたまらないといった風に、体を前に屈めて、素早く、膝の上の水島の顔に接吻をしてしまったのであった。
 そして続けさまに、続けさまに速射砲のように、ちゃっぷりんが尻餅をついたといっては笑い、電車にはねとばされたといっては笑い、その度毎に彼女は水島に接吻の雨を降らした、喜劇は短かった次には長い長い悲劇物が映写された。
 彼女はしくしくと泣きながら、そして今度は沈着いてゆっくり水島に長い長い接吻を与えることができた。

 水島と彼女との恋愛は、活動常設館での出来事以来、活気づいてきた。そして素晴らしい奇蹟が、すぐ眼の前に待ちもうけているかのように、水島の眼はちかちかと忙しく光り、また隠れていた天才的なものが、いっぺんに顕われてきたかのように、彼は調子づいた奇術師に等しい活動館での接吻がなによりそれを物語っていた。
 そして悪い友人は、それに油をそそいだ。
 水島と女との奇蹟のために、彼は下宿の自分の六畳間を提供したのであった。
 もっとも親愛なる友人の恋の成功のために――。
 彼は昼、会社の事務机にもたれて、二人の恋人の深刻な遊びが、自分の下宿の六畳間で行われているであろうことを想像した。
 ――水島、煮えきらないぞ、君の愚にもない人道主義を蹴飛ばしてしまえ、戦闘的であれだ。と彼が水島の背をぽんとたたいたとき水島はにこにこ笑いながら、ちらりと決意を見せた。
 其日、彼は会社の仕事の忙しさに追われ、二人の恋の祝福のために自分の部屋を貸したことなどを、からりと忘れてしまっていたが、彼が小路をまがって、下宿の黒い塀を発見したとき、ふっと思い出したのであった。
 彼はあわてて靴を投げるように脱いで、玄関にかけあがった。
 ――お帰んなさい。
 遠くの方から、下宿の妻君の声が聞えた。
 ――水島がやって来たかい。
 ――参りましたよ。例のとね。
 下宿の妻君は、意味ありげに笑いながら、水島の恋人の、姿態をたくみに真似た道化た格好をし、仰山に手をひろげて、廊下に半身を現した。
 ――ちぇっ。
 彼は舌打をした、何処かに隠れていた敵意に似たものが、ふっと舞いあがったのである。
 そして自分の部屋の前に立ち、その襖をあけようか、開けまいかと、長い間思案をした。
 部屋を思い切ってあけて見た、しかし何の異状もなかった。
 室の中には、非常に寒い空気が充満していたきりで、彼が会社に出掛けた朝のまんまになっていた。
 机の上には、一日じゅうの埃が灰のように白くつもっていて、水島と彼女とが、きっと花弁のように寄りそって坐っていたことであろう、あたりの位置にも何事も起った様子がなかった。しかし彼は焦々として室中を見廻し
 ――眼に見えない、いりみだれた指紋で、室中めちゃめちゃにしてしまった。
 彼はこうぶつぶついって部屋を出た、そして泥棒猫のように、がさがさ下宿の戸棚を探していたがやがて一握りの塩を掴んでき、先ず一番神聖でなければならない机の上に、そして天井に壁に、四方八方に撒いた。
 お可笑さがこみあげてきたが、彼はどうしても笑うことができないので苦しんだ。