ペンギン村にはペンギンの着ぐるみを着る習慣があって、村人はみんなペンギンの格好で生活をしてる。
「あ、じゃあ寒いんだね。ペンギン村」
そうなるか、今の東京みたいだと夏場みんな死んじゃうから――そもそも「なぜペンギンの格好なのか」ということを考えると、明らかに生活の中にペンギンがいないと成り立たないか。
「あ、でも、ペンギンという伝説の存在の格好をしているのかもよ?」
ある日、海の方から見慣れない生き物がやってきて、それをどうにかこうにか御神体みたいにして祭り上げちゃう。それはそれで一本書けそうだけど、宗教わりとグレーなんで置いといて。とにかくね、ある日、ペンギンの衣が盗まれちゃうんだよ。
「誰の?」
誰がいい?
「決めてないの?」
誰でもいいんだよ。少なくとも私の中では。ペンギン村の村長のでもいいし、単なる村人でもいい。
「でも、盗まれる側の役の子は決まってるんだよね。例の、着ぐるみのお姉ちゃん」
そうそう、俵村。この前ウチに泊まってった。
「また来ないかな。泊まりに」
ちょっと厳しいかなぁ。この前は雨で特別みたいな話だから。やっぱり、先生のうちに生徒が泊まりに来るのは厳しいと思う。
「高校生じゃなくなったら?」
え?
「たわむらさんが高校を卒業したら、生徒じゃなくなるじゃん」
まあ、そうしたら――どうなんだろうな。
話はそのまま俵村のほうに流れていってしまった。まぁ、私が付き合うわけではないし、玄絵にもお姉さんのようなものがいていいだろうとは思う。しかし娘は俵村曲のことが好きだ。去年の大会の日、台風で俵村がうちに泊まって以来、娘は可能なかぎり演劇部の舞台を観に来るようになってしまった。かといって、ただの劇作家のように俵村にばかりいい役を与えるわけにはいかない。
ルー |
もういいんです。今となってはこのウサギの着ぐるみこそが私の身体、私の皮膚。
村長 |
馬鹿め! 愚かな娘だ。我々はペンギンの子孫としてこれからもこの土地を守り続けねばならぬのだ。
裁判長 |
ペンギンでないとすれば、謗りを免れられぬのはペンギンならざる者と通じたお前の母親なのだぞ!
父親 |
お待ち下さい! そもそも何故、誰が、何のために私の娘のペンギン衣を盗んだというのですか!
ヴェンゴ|
と思うじゃない奥さん? その辺のね、マーガ・ルーさんのペンギン衣なんですけど、スタッフが総力を上げて見つけてきましたよ!
父親 |
さすがヴェンゴ氏! 弁護士だけのことはある!
うわぁ。そっとブラウザを閉じる。
通販サイトでペンギンの着ぐるみを売っているが、安くても二千円はする。二千円の十人分。あきらかに部費が足りない。
「で、作れというわけですか」
その辺、結局宗教的なアレだからさ。もっと手作り感があっていいんじゃないかと思うんだけど。
翌日の部活終了後、森さんと冨増さんにちょっと残ってもらう。
森さんは役者よりも裏方がやりたくて演劇部に入ってきた異色の存在だ。冨増さんはそんな森さんに憧れて演劇部に入ってきた、裏方の弟子だ。どんな仕事も、観ている人は観ている。
「あの、二千円、お買い得だと思います」
冨増さんがおずおずと口を開いた。
お買い得、ったって金、ねえもん。
「そういうことではなくて。多分、私がおっしゃるようなものを作ったら、材料費だけでも一着二千円じゃ足りないと思います」
マジか。
「だったらこう……そうですね。百均でレインコートを買ってきて、目やくちばしをつけるのってどうですかね。それならばすぐ出来ると思います」
村長 |
愚かな! そんなことをして何になるというのだ!
どんなことをして、何になると思う?
「まだやってたの? それ」
娘に呆れられる。いつものことである。
なんとなくはじめたんだけど、結局「何故ルーの衣が盗まれたのか」については説明がつかないんだよ。
「もうそれ、変態でいいじゃん。ストーカーが盗みました、で」
あ、着ぐるみじゃなくなっちゃったんだよ。レインコートになった。予算がなくて。
「レインコートかぁ。恨みつらみとか、そういうのは駄目なんだよね?」
意外と気を使うんだよねぇ。あんまり部員を悪役にしちゃいけないみたいな。いろいろあって。
思わずいろいろあった方に視線を向ける。普段は風景の一部だが、たまに千穐楽記念の集合写真の一枚だけ、妙に浮いて見えることがある。
「そういうときは発想をギャクテンするんだよ」
どこの、何を?
「なんとなく云ってみたんだけど」
発想を、逆転。レインコートを隠したかったのではなく、うさぎの着ぐるみを着たルーが見たかった、みたいな?
そもそもマーガ・ルーはなんでうさぎの着ぐるみなんか持ってたんだろう。
「そんなのなんだっていいじゃん。普段からパジャマにしてますでも、このうさぎの頭をかぶらないと眠れません、でも」
それだ!
裁判長 |
そんなものを被ったまま寝て、首の筋をおかしくしたりせんのかね?
ルー |
なりませんなりません! 私、ずっと小さい頃からこの着ぐるみで寝てたんですから!
ルー |
ありますとも! この着ぐるみを着て横になれば、いつ何時だって眠りのふちから底へ一直線でさぁ!
とすると、だ。
時計屋 |
そう……私には安らぎが欲しかった! 生まれてきてこの方、家中からカチコチカチコチ云う音を聞いてきた私にとって、そのウサギは
いやまてまて、盗まれたのはペンギンの衣装の方だ。ウサギが盗まれた動機を考えてどうする。
裁判長 |
えー、本裁判は、いかに被害者マーガ・ルーのペンギン衣が盗まれたかと裁くものであり、この際ウサギの着ぐるみはどうでもよろしい。
時計屋 |
そう! 私はウサギの着ぐるみを着た彼女が観たかったのだ!
そうそう。
一角獣 |
それはおかしい。裁判長、先ほど被害者は「この着ぐるみはパジャマ代わりにしている」と発言しました。つまり、被害者の家族でもない時計屋氏が、このうら若き女性のパジャマ姿を見たかったなどとは、また別の立件をせねばならないかもしれませぬな?
ヴェンゴ|
(静かに挙手をして)裁判長、ところが違うのです。彼女は、被害者は、ミズ・マーガ・ルーが眠ってしまうのは必ずしもベッドの上だけではない。そうですな、お父さん!
父親 |
ええ、お恥ずかしながら、男手ひとつで育てましたもので、食べたいとなったら食べ、寝たいとなったら所構わず寝る――ライヨン君
父親 |
君の働いている郵便局、その郵便局の前の公園のベンチで眠っているウサギがいるだろう。あれが、あれが娘だ。この、ルーだ。
なんとか書き上がった。話はこのあといろいろあって、ペンギン衣を盗んだのは物語に一番関係なさそうなライヨンだというところで話が終わる。これもまた高校演劇にありがちな、どの役者(と家族)も嫌な思いをしないような展開にしなければならないところだが、そんなのはお手の物だ。
プリンタから刷りだした初稿を娘に見せると「ま、いいんじゃない」と云ってどこかに行ってしまった。