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3000字小説バトル

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3000字小説バトルstage3
第44回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年 3月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
小酒井不木
3352

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ペンギン村のレインコート
サヌキマオ

 ペンギン村にはペンギンの着ぐるみを着る習慣があって、村人はみんなペンギンの格好で生活をしてる。
「あ、じゃあ寒いんだね。ペンギン村」
 そうなるか、今の東京みたいだと夏場みんな死んじゃうから――そもそも「なぜペンギンの格好なのか」ということを考えると、明らかに生活の中にペンギンがいないと成り立たないか。
「あ、でも、ペンギンという伝説の存在の格好をしているのかもよ?」
 ある日、海の方から見慣れない生き物がやってきて、それをどうにかこうにか御神体みたいにして祭り上げちゃう。それはそれで一本書けそうだけど、宗教わりとグレーなんで置いといて。とにかくね、ある日、ペンギンの衣が盗まれちゃうんだよ。
「誰の?」
 誰がいい?
「決めてないの?」
 誰でもいいんだよ。少なくとも私の中では。ペンギン村の村長のでもいいし、単なる村人でもいい。
「でも、盗まれる側の役の子は決まってるんだよね。例の、着ぐるみのお姉ちゃん」
 そうそう、俵村。この前ウチに泊まってった。
「また来ないかな。泊まりに」
 ちょっと厳しいかなぁ。この前は雨で特別みたいな話だから。やっぱり、先生のうちに生徒が泊まりに来るのは厳しいと思う。
「高校生じゃなくなったら?」
 え?
「たわむらさんが高校を卒業したら、生徒じゃなくなるじゃん」
 まあ、そうしたら――どうなんだろうな。
 話はそのまま俵村のほうに流れていってしまった。まぁ、私が付き合うわけではないし、玄絵にもお姉さんのようなものがいていいだろうとは思う。しかし娘は俵村曲のことが好きだ。去年の大会の日、台風で俵村がうちに泊まって以来、娘は可能なかぎり演劇部の舞台を観に来るようになってしまった。かといって、ただの劇作家のように俵村にばかりいい役を与えるわけにはいかない。

ルー  |
 もういいんです。今となってはこのウサギの着ぐるみこそが私の身体、私の皮膚。
村長  |
 馬鹿め! 愚かな娘だ。我々はペンギンの子孫としてこれからもこの土地を守り続けねばならぬのだ。
裁判長 |
 ペンギンでないとすれば、謗りを免れられぬのはペンギンならざる者と通じたお前の母親なのだぞ!
父親  |
 お待ち下さい! そもそも何故、誰が、何のために私の娘のペンギン衣を盗んだというのですか!
ルー  |
 お父様!
ヴェンゴ|
 と思うじゃない奥さん? その辺のね、マーガ・ルーさんのペンギン衣なんですけど、スタッフが総力を上げて見つけてきましたよ!
父親  |
 さすがヴェンゴ氏! 弁護士だけのことはある!

 うわぁ。そっとブラウザを閉じる。
 通販サイトでペンギンの着ぐるみを売っているが、安くても二千円はする。二千円の十人分。あきらかに部費が足りない。
「で、作れというわけですか」
 その辺、結局宗教的なアレだからさ。もっと手作り感があっていいんじゃないかと思うんだけど。
 翌日の部活終了後、森さんと冨増さんにちょっと残ってもらう。
 森さんは役者よりも裏方がやりたくて演劇部に入ってきた異色の存在だ。冨増さんはそんな森さんに憧れて演劇部に入ってきた、裏方の弟子だ。どんな仕事も、観ている人は観ている。
「あの、二千円、お買い得だと思います」
 冨増さんがおずおずと口を開いた。
 お買い得、ったって金、ねえもん。
「そういうことではなくて。多分、私がおっしゃるようなものを作ったら、材料費だけでも一着二千円じゃ足りないと思います」
 マジか。
「だったらこう……そうですね。百均でレインコートを買ってきて、目やくちばしをつけるのってどうですかね。それならばすぐ出来ると思います」

村長 |
 愚かな! そんなことをして何になるというのだ!

 どんなことをして、何になると思う?
「まだやってたの? それ」
 娘に呆れられる。いつものことである。
 なんとなくはじめたんだけど、結局「何故ルーの衣が盗まれたのか」については説明がつかないんだよ。
「もうそれ、変態でいいじゃん。ストーカーが盗みました、で」
 あ、着ぐるみじゃなくなっちゃったんだよ。レインコートになった。予算がなくて。
「レインコートかぁ。恨みつらみとか、そういうのは駄目なんだよね?」
 意外と気を使うんだよねぇ。あんまり部員を悪役にしちゃいけないみたいな。いろいろあって。
 思わずいろいろあった方に視線を向ける。普段は風景の一部だが、たまに千穐楽記念の集合写真の一枚だけ、妙に浮いて見えることがある。
「そういうときは発想をギャクテンするんだよ」
 どこの、何を?
「なんとなく云ってみたんだけど」
 発想を、逆転。レインコートを隠したかったのではなく、うさぎの着ぐるみを着たルーが見たかった、みたいな?
 そもそもマーガ・ルーはなんでうさぎの着ぐるみなんか持ってたんだろう。
「そんなのなんだっていいじゃん。普段からパジャマにしてますでも、このうさぎの頭をかぶらないと眠れません、でも」
 それだ!

裁判長 |
 そんなものを被ったまま寝て、首の筋をおかしくしたりせんのかね?
ルー  |
 なりませんなりません! 私、ずっと小さい頃からこの着ぐるみで寝てたんですから!
父親  |
 こいつの母親の形見で……
一角獣 |
 寝苦しく、無いのかね?
ライヨン|
 んだ、んだ。
ルー  |
 恰好の寝床ですわ!
裁判長 |
 それには……証拠はあるのかね?
ライヨン|
 んだ、んだ。
ルー  |
 ありますとも! この着ぐるみを着て横になれば、いつ何時だって眠りのふちから底へ一直線でさぁ!

 とすると、だ。

時計屋 |
 そう……私には安らぎが欲しかった! 生まれてきてこの方、家中からカチコチカチコチ云う音を聞いてきた私にとって、そのウサギは

 いやまてまて、盗まれたのはペンギンの衣装の方だ。ウサギが盗まれた動機を考えてどうする。

裁判長 |
 えー、本裁判は、いかに被害者マーガ・ルーのペンギン衣が盗まれたかと裁くものであり、この際ウサギの着ぐるみはどうでもよろしい。
時計屋 |
 そう! 私はウサギの着ぐるみを着た彼女が観たかったのだ!

 そうそう。

一角獣 |
 それはおかしい。裁判長、先ほど被害者は「この着ぐるみはパジャマ代わりにしている」と発言しました。つまり、被害者の家族でもない時計屋氏が、このうら若き女性のパジャマ姿を見たかったなどとは、また別の立件をせねばならないかもしれませぬな?
ライヨン|
 んだ、んだ。
ヴェンゴ|
 (静かに挙手をして)裁判長、ところが違うのです。彼女は、被害者は、ミズ・マーガ・ルーが眠ってしまうのは必ずしもベッドの上だけではない。そうですな、お父さん!
父親  |
ええ、お恥ずかしながら、男手ひとつで育てましたもので、食べたいとなったら食べ、寝たいとなったら所構わず寝る――ライヨン君
ライヨン|
なんだ! なんだ?
父親  |
君の働いている郵便局、その郵便局の前の公園のベンチで眠っているウサギがいるだろう。あれが、あれが娘だ。この、ルーだ。

ライヨン|
あんれまぁ!

 なんとか書き上がった。話はこのあといろいろあって、ペンギン衣を盗んだのは物語に一番関係なさそうなライヨンだというところで話が終わる。これもまた高校演劇にありがちな、どの役者(と家族)も嫌な思いをしないような展開にしなければならないところだが、そんなのはお手の物だ。
 プリンタから刷りだした初稿を娘に見せると「ま、いいんじゃない」と云ってどこかに行ってしまった。
ペンギン村のレインコート サヌキマオ

遺伝
今月のゲスト:小酒井不木

「どういう動機で私が刑法学者になったかと仰るんですか」と、四十を越したばかりのK博士は言った。「そうですねえ、一口にいうと私のこの傷ですよ」
 K博士は、頸部の正面左側にある二寸ばかりの瘢痕を指した。
瘰癧るいれきでも手術なすった痕ですか」と私は何気なくたずねた。
「いいえ、お恥しい話ですが……手っ取り早くいうならば、無理心中をしかけられた痕なんです」
 あまりのことに私は暫く、物も言わずに博士の顔を見つめた。
「なあに、びっくりなさる程のことではないですよ。若い時には種々いろいろのことがあるものです。何しろ、好奇心の盛んな時代ですから、時として、その好奇心が禍いをもたらします。私のこの傷も、つまりは私の好奇心の形見なんです。
 私が初花はつはなという吉原の花魁と近づきになったのも、やはり好奇心のためでした。ところが段々馴染んで行くと、好奇心を通り越して、一種異状な状態に陥りました。それは、恋という言葉では言い表すことが出来ません。まあ、意地とでも言いますかね。彼女は「妖婦ようふ」と名づけても見たいような、一見物凄い感じのする美人でしたから、「こんな女を征服したなら」という、妙な心を起こしてしまったんです。ちょうどその時、彼女は十九歳、私はT大学の文科を出たばかりの二十五歳で、古風にいえば、二人とも厄年だったんです。
 はじめ彼女は、私なんか鼻の先であしらって居ましたが、運命は不思議なもので、とうとう私に、真剣な恋を感じたらしいです。で、ある晩、彼女は、それまで誰にも打ち明けなかったという身の上話をしました。それはまことに悲しい物語でしたが、私はそれを聞いて、同情の念を起こすよりもむしろ好奇心をそそられてしまったんです。それが、二人を危険に導く種となったんですが、あなたのようにお若い方は、やはり私同様の心持になられるだろうと思います。
 身の上話といっても、それは極めて簡単なものでした。なんでも彼女は山中の一軒家に年寄った母親と二人ぎりで暮らして来て、十二の時にその母親を失ったそうですが、その母親は臨終のときに苦しい息の中から、世にも恐しい秘密を告げたそうです――わしは実はお前の母ではない。お前の母はわしの娘だから、わしはお前の祖母ばばだ。お前のお父さんはお前がお母さんの腹に居るときに殺され、お前のお母さんは、お前を生んで百日過ぎに殺されたのだよ――と、こう言ったのだそうです。子供心にも彼女はぎくりとして、両親は誰に殺されたかときくと、祖母はただ唇を二三度動かしただけで、誰とも言わず、そのまま息を引き取ったそうです。
 その時から彼女は、両親を殺した犯人を捜し出して、復讐しようと決心したのだそうですが、自分の生まれた所さえ知らず本名さえも知らぬのですから、犯人の知れようはずはありません。そうなると、自然、世の中のありとあらゆる人が、仇敵かたきのように思われ、殊に祖母と別れてから数年間、世の荒浪にもまれて、散々苦労をしたので、ついには、世を呪う心が抑えきれぬようになったのだそうです。彼女が自ら選んで苦界へ身を沈めたのは、世の中の男子を手玉にとって、思う存分もてあそび復讐心を多少なりとも満足せしめ、もって両親の霊を慰めるためだったそうです。いや、全く妙な供養法もあったもんです。
 この身の上話をきいた私は、すぐさま、彼女の両親を殺した犯人を捜し出そうと決心しました。彼女がかわいそうだからというよりも、むしろ探偵的興味を感じた結果なんです。しかし、どんな名探偵でも、こういう事情のもとにある彼女の両親の仇を見出すことは困難ですが、私は彼女から伝えきいた祖母の臨終の言葉に、解決の緒を見出し得るように感じたので、「お前のお父さんはお前がお母さんの腹に居るときに殺され、お前のお母さんは、お前を生んで百日過ぎに殺されたのだよ」と口の中でつぶやきながら、私は寝食を忘れて、といってもよいくらい、ことに百日という言葉を一生懸命に幾日も考えたんです。
 彼女が姓名も出生地も知らぬということは、彼女たちが、事情あって、郷里を離れねばならなかったのだろうと考えることが出来ます。また、祖母が死ぬまで、両親の殺されたことを彼女に告げなかったのにも深い理由があったに違いありません。なおまた臨終の際に、彼女に問われて、犯人の名を答え得なかったのも、祖母が、答えることを欲しなかったと解釈出来ぬことはありません。これらのことを考え合わせた結果、私は、ある恐しい事情を推定し、早速図書館へ行って、旧刑法をしらべて見ました。
 すると私は、ある条文によって、私の推定のたしかなことを発見しました。すなわち、私は、彼女の父を殺した犯人と彼女の母を殺した犯人が何者であるかを知ったのです。が、それは、彼女に告げることの出来ぬほど恐しい事情だったのです。けれど、そうなると、かえって、彼女に、あっさり知らせてやりたいという気持がむらむらと起こって来ました。やはりこれも若い時の好奇心なのでしょう。で、種々、彼女に知らせる方法を考えましたが、どうも名案が浮かびません。とうとう、兎にも角にも彼女に逢った上のことにしようという気になってしまったんです。
 犯人の推定や図書館通いに、およそ二週間ばかり費し、ある晩ひょっこり彼女をたずねましたら、彼女は顔色をかえて、「身の上ばなしをしたから、それで厭気がさして来なかったのでしょう」と私を詰りました。で、私は「お前の両親を殺した犯人を捜していたんだ」というと、彼女は「嘘だ嘘だいい加減の出鱈目だ。あなたに捨てられたなら、私はもう生きていない」といって泣き叫びました。泣いて泣いて、どうにも手がつけられぬので、私はとうとう「その証拠に、犯人が知れたよ」と口を辷らしてしまったんです。
 それから彼女が、どんなに、犯人をきかせてくれと、私にせがんだかは御察しが出来ましょう。仕方がないので、私は、私の見つけ出した刑法の条文を、手帳の紙を破って、鉛筆で書いて、これを読めばわかるといって投げ出しました。
 彼女は、むさぼるようにして、それを読んで居ましたが、何思ったか、その紙片を、くしゃくしゃに丸めて、急ににこにこして、私の機嫌をとりました。私はすこぶる呆気ない思いをしました。
 床へはいってから、彼女は、「ねえ、あなた、わたしがどんな素性でも、決して見捨てはしないでしょう?」と幾度も幾度も念を押しましたので、私は、彼女が、両親を殺した犯人を察したのだなと思いました。そう思うと、急に愛着の念が増して来ました。妙なものです。私は、それまでかつて使ったことのないやさしい言葉をかけて、心から彼女をいたわってやりました。すると彼女は安心して眠り、私もまたぐっすり寝込んでしまいました。
 幾時間かの後、私は頸にはげしい痛みを感じて、がばと跳ね起きましたが、そのまま再び気が遠くなって、やっと、気がついて見ると、看護婦に附き添われて、白いベッドの上に横たわって居りました。
 あとで、事情をきいて見ると、その夜、彼女は剃刀で私の咽喉をきり、しかる後自分の頸動脈をきって自殺を遂げたそうです。その左の手には私が書いて与えた刑法の条文をかたく握っていたそうですが、最初彼女はそれを読めなかったので、私が寝ついてから、楼主に読んでもらって、はじめて条文の意味を知ったらしいのです。そして、それと同時に、両親を殺した犯人を、ほぼ察したらしく、それがわかると自分の身の上が恐しくなり、到底私に愛されることはむずかしいと思って無理心中をする気になったらしいのです」
 K博士はここで一息ついた。
「もう大抵おわかりになったでしょう。つまり、私はこう推定したんです。彼女の父は、妊娠中の妻すなわち彼女の母に殺され彼女の母は彼女を生んでから、絞刑吏に殺されたんだと……彼女のこの悲しい遺伝的運命が私をして、刑法学者たらしめる動機となりました。というのは……」
 K博士は傍らの机の抽斗から皺くちゃになった紙片を取り出した。
「これを御覧なさい。これが、彼女の手に握られていた、恐しい刑法の条文です」
 私は、手早く受け取って、消えかかった鉛筆の文字を読んだ。
「死刑ノ宣告ヲ受タル婦女懐胎ナルトキハソノ執行ヲトドメ分娩後一百日ヲ経ルニアラザレバ刑ヲ行ワズ」