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3000字小説バトル

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3000字小説バトルstage3
第45回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年 4月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
賀川豊彦
4067

結果発表

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へんなの
サヌキマオ

 浅野恋は帰るやいなや、玄関に置かれた小包に顔をひきつらせた。伝票を見なくとも送り主がわかる。じいちゃんが常備しているアイスコーヒーのダンボール箱だ。
 となると中身もわかる。ラバギザバテルのパイだ。ラバギザバテルというのはじいちゃんが実家の裏の山から刈ってくるなんだかわからないもので、おそらく植物らしい、という認識のもとに食されている、へんなものだ。これを何かしらの具材やクリームとともにパイにしたものを、幼い頃の恋は不思議と好んで食べていた。祖父たちにとって「幼い頃好きだった」という情報は一ミリたりともアップデートされることはなく、クール便という手段を覚えてからはここ東京のマンションに送られてくるようになった。今でもサバギザバテル、嫌いかといえばそんなことはないのだが、このパイの入る冷蔵庫はなく、分割して温めるのも正直面倒くさい。とはいえ今の陽気ではそうそう悪くもならないし、ひとまず放っておいて部屋に戻ることとする。家には誰もいないのだろうか。真司は部活だろうし、母は買い物だろうか。
(へんなの)
 最近はラバギザバテルを食べにくくなった。というのも、一躍健康食品として脚光を浴びてしまったからだ。健康を扱うTV番組などでは自然のもたらしたデトックスの化身などともてはやされ、市場に出回るようになると、まもなく「ややあやしい健康食品」として認知されるようになってしまった。あんなもん、ただの草である。あ、そういうと「草いうんとは違うんよねぇ」という祖父の声が脳裏に響く。なにかの植物の繊維には違いないのだけれど、しょせん、地元民が他に食べるものがなくて獲っていたようなものである。あのあたりは酒飲みも多いので平均寿命も短いと聞いたことがある。ああ、それなのにそれなのに。
「お、帰ったのか」
「なんでいるのよ」
「いや、どうも風邪っぽくて、引けてきた。いや、引けてよかったんだ。そこの荷物」
「父さんが取ったんだ」
「またアレだろ、お前の好きな」
「別に好きってほどでもないん」
「クール便だっていうけど、この気候だし、別にいいよな?」
「まぁ、よくないけど、いいんじゃない?」
「そうか、よくないか。じゃあ開けといて」
「ちょ」
 恋はちらと時計を見た。まだ夕方にはずいぶん時間があった。

「なんだ、今日は御飯食べないんだ」
「飲み会があって」
「飲み会? 誰と?」
「同窓会みたいなもんだよ。高校の時の。演劇部の」
「何人くらい集まるの?」
「えぇ? 東京にいないメンバー以外全員。あと顧問」
「顧問? あのオネエみたいなお兄ちゃんか」
「そうともいう」
 男っ気のないのに安心したのか「俺は飯まで寝るから」と父は二階の寝室に上がっていってしまった。
(へんなの)
 荷物の中にパイは見当たらなかった。干物が数枚と牡蠣醤油の味付け海苔。剥いた牡蠣の入ったポリ袋。
 これで放置しておいたら母に死ぬほどどやされるところだった。
 お礼の電話をかけたら祖母が出た。ラバギザバテルのパイは入れ忘れたという。

 恋の代の演劇部というのはやたら人数が多くて、中一の時点で九人も入部してきた。観背阿美、浦地奈穂、取洲和、辺里守、守野玻璃、国寺美嵐、網星しおん、中東麻兎、そして浅野恋。中二の時に村東あいるが入部してきて、高校に持ち上がって外部から江戸美織と五瓜葵衣が入ってくる。日本萬歳中高演劇部では、入部して一年は裏方をみっちりやる風習があるが、中学一年生が九人いても照明・音響ともにやることがない。しかもたまたま場面の切り替わりがない劇となると、ひとり一ボタン押さずにして全劇五十分の出番が終了してしまった。緊張感が生まれようはずもなかった。顧問にも五年間でそうとう怒られた。そもそも、顧問こそ、この九人を中学二年生の半ば、それこそ村東が入部してくる辺りまで、見分けがつかないでいたのだ。
 新宿の駅に緊張せずに降りるのは久しぶりだ。新宿には若い芸人志望が集まる小屋がいくつかあって、恋が新宿で降りるのは、主に小屋の舞台に出るためだからだ。「三食三色パン」というのがトリオの名前で、高三になって演劇部を引退したあと網星しおんと取洲和とで結成したのだ。当然受験や進路のことも考えねばならなかったが、演劇部の暮らしの続きのようなものが欲しかったのかもしれない。取洲の書いたネタが思いのほか好評で、大手の芸人事務所が主催した高校生若手お笑いコンテストの地方大会で決勝まで勝ち残った。優勝していれば十月に大阪で開かれる決勝大会への新幹線の切符とホテルのチケットが手に入るはずだったが、惜しくも叶わなかった。
 成績がよくも悪くもなかった恋、勉強よりもネタ作家として人生に目覚めた和は系列大学に推薦入学し、お笑いは好きだったけど勉強とソリの合わなかったしおんは浪人になった。浪人になったというよりも、進学する気がさほどなかったのだ。
 今日の「同窓会」の会場もしおんのバイト先の居酒屋だ。恋は自分のバイト先で同窓会をやろうというしおんの気がしれなかったが、本人がいいというのだからいいのだろう。厨房で仕込みだけ手伝ってから同窓会に参加する、ということは今は手が離せないから連絡を取らないほうがいいだろう、と思っているとニコゲから連絡があった。取洲和の和は和と書いてニコと読ませる。「和毛」という言葉があるのだというネタは中高付き合ってどれだけ聞いたことか。それで、三食三色パンでの芸名が「ニコゲ」になった。十四日、渋谷のゴーラウンドに出演られないかというメールである。代演のオファーだ。もう来週の日曜だ。
 同窓会にはイギリスにいる守野と大阪の大学にいる江戸以外の十人が集まった。店内をちょこまかと走り回っていたしおんが、いざ客の側に回ると急にいつものじっとりとした空気をまとい出すのはいつ見ても面白い。これは高校演劇の舞台でもよくあった光景だ。しおんは自分で作ったレモンハイを上唇でちゅうちゅう吸っている。
 伊武先生は相変わらず格好いい。これが同窓会だと判らなければ、渋谷あたりにいそうなB系の恰好の男一人を二十(だいたい)の女十人で囲んでいる絵面になる。
(へんなの)
 大阪の江戸とは電話が繋がり(部屋で独り飯をしていたそうな)、「大阪の江戸」というパワーワードでひとしきり盛り上がり、伊武先生からは今の部の主力が俵村の代だと聞かされて驚いた。恋の代が主力として「玻璃の彷徨」で中央大会まで行ったとき、あの着ぐるみの子は中学三年生だった。相変わらず、今度の公演でもクリオネの着ぐるみで出てくるらしい。
「レン」
 呼ばれた。ニコゲだ。
「私達も、ほら」
「ああ」
 あわてて来週のライブの話をする。来週の日曜日、十四日。渋谷のゴーラウンド。
「なにそれ、私、聞いてないんだけど」
 しおんが目を白黒させる。

 家に帰ってもまだふわふわしている。同窓会を一旦締めたあと、伊武先生は帰るというので、なんとなくちりぢりバラバラと解散になる。観背とか奈穂とか麻兎のグループはカラオケに行ったろうし(これは高校の時からだ)国寺さんや辺里さんもついていった(ような気がする)。
(へんなの)
 それ以上の感想が出てこなかった。しおんとニコゲとは「あとで連絡する」とだけ云って帰ったので、とりあえず風呂に入る。出る頃には今日みんなが撮った写真がいくつもあがっているだろうし、たぶんそれが全てだ。
へんなの サヌキマオ

焼餅泥棒
今月のゲスト:賀川豊彦

「こ奴が、泥棒しとりましてなァ……わしの店から焼餅を三つ鷲掴みにして逃げくさるよってに、後から追っかけて、掴まえて来たりましてん………ここから出たことを見とりましたよってにな、警察に出す前に、お宅へ連れて来たがよいと思うて、折檻してもらいにつれて来ました」
 こう続けざまに云うた男は、五十五六の年の寄ったお爺さんであった。縦縞の筒袖の単衣を着て如何にも貧相な態をしていた。
 お爺さんは、右手に、ぼろぼろの浴衣を二枚重ねて着ている三十近い自分より遥かに背の高い青年の肩の所を捕らえて、検事のような口振りで、この青年の罪を鳴らした。
「そら、たいした金目のものじゃ無いから、呉れと云えば、あげるのですけれどもが、あまりやり方が非道いから、私は後から追っかけて行って調べたのです。どうもこんな、悪い男は見たことがおまへんな」
 竹田はその爺さんも青年も知っている。彼は労働紹介所の主任であるから、毎日幾百人という浮浪者を取り扱っている関係上、色々の人に会うが、今三つの焼餅を泥棒したと云うて掴まえられて来た青年は、昨日「労働の口は無いか」と云うて訪ねて来た男である。彼は「今日は何にも無いから」と云うて帰したのであったが、妙な青年だと思うには思うていたのであった。
 爺さんは、神戸でも最も荷物の出入りの忙しい小野浜に下る、磯辺通りの角に屋台車に餅を乗せて売っている正直爺さんである。
 竹田の住んでいる労働紹介所からあまり遠くない所に店を出しているので、出入りをする男をもよく知ってみると見える。焼餅を盗んだ男がここから出た男だと云うところを見ると特別にこの男に注意したものと見える。竹田は別に騒ぎもしないで、
「君どうしたんか」と青年に尋ねた。
 爺さんは、
「店をあけておますさかい、ここで帰らして貰いますわ、別に警察に訴えるというようなことはしたいことおまへんけれどもな、あまりやり方が非道いから連れて来たのでおますさかい、どうか気を悪うしないようにしておくれやす……まァ、うんと叱ってやって下さい。こんなことが癖になると末には強盗もしかねないとも限りませんよってにな」
 そう云うて、彼は入口の開きになってい硝子戸を押して帰って行ってしまった。
 それはちょうど、午前九時半頃で、紹介所には竹田の外には誰一人も居らないで、竹田はその青年に椅子を勧めて、焼餅三つを盗んだ理由を尋ねてみた。
「君は、一文も金を持っておらないのか?」
「はい」
「君はなぜ、焼餅三つくらい盗むんだ」
「三日も飯を食わないもんですから、腹が減って仕方が無いのです」
「それじゃ、なぜ昨日そのことを私に云わなかったのだね」
「恥ずかしいものですからね」
「君、泥棒することが、乞うことより恥ずかしいことだと思わないかね」
「思いません」
「じゃ、泥棒してもよいと、君は思うのかね」
「そうです、少しぐらい泥棒するのは、悪いことだとは思いません」
 青年は、少しも恥ずかしいといったような素振りをしないで、伏し目がちでそう云うた。竹田が珍しいことを云う男だと驚いているうちに青年はなお続けて云うた。
「世の中には天下さえ泥棒する男があるのですから、焼餅三つぐらい泥棒したところで、別に悪いことであると思いません……私は何にもいらないものを泥棒するのではありません……生きて行くに必要なものだけ一寸失敬するのです」
「君は、長崎から四五日前に、神戸に来たのだと云うていたネ。その間無銭旅行をして来たと云うが、やはり少しづつは泥棒したのだね……それじゃ……」
「しかし必要で無いものは決して盗ったことはありませんから、私を悪人だと思わないで下さいよ?」
「じゃ、どんなものを君は盗るんだね」
「まァ、食い物くらいのものですな」
「それだけかね」
「いや、着物も一二枚失敬しました」
「家に入って盗ったのかね」
「いいえ、干してあったものを盗んだのです。自分の着ていた着物はみな質に入れて食うてしまったものですから、野宿するのにあまりさむいので子供の浴衣を二枚盗みました」
「今、着ているのがそれかね」
「そうです」
 昨日から竹田はおかしな着物を着ている男だと思うたが……裾が膝坊主までしか無く、手も二三寸短いもので、小さい着物を着ている男だなと思いはしたが、今聞いて初めて合点が行ったのであった。
「仕事は御座いませんかな、こんなに毎日遊んで居ると、また泥棒しなくちゃなりませんのでな、私もいやなのです」
「しかし君は、今の先、泥棒するのが権利だというようなことを云うていたじゃないか」
「勿論、食えない時には仕方が無いものですから、盗むのですが……そりゃ私は悪いとは思いません。世界に私一人くらいの食うものが沢山あるのに……無けりゃ仕方がありませんが……餓死することも出来ませんからなァ。世の中はとにかく不公平です。一方では遊んで居ても沢山金が集まってくるものもあるし、一方には私のように仕事がしたくても仕事が無いし……」
「君は、保証人になって貰う人は無いのかね」
「ありませんな」
「戸籍謄本は持っているかね」
「いいえ」
「じゃ、身分証明書は勿論持って居ないだろうね」
「ええ」
「それが無くちゃ、よい口が有っても行って貰うことが出来ないがね」
「そんなに、うるさいものですか、それじゃよろしうございます。そんなにまでして仕事を見つけたくはありませんから」
「じゃ、どうするのだね」
「やはり、盗んでも食っていきましょう」
「じゃ、君はやはり泥棒の方がよいと云うのかね」
「いいや、そうでもありませんがね、世の中には私の食うくらいのものはどっさり人が持っているのですから、私が生きて行かねばならぬものなら、私は少しくらい黙って貰ってもよいと思うのです」
「じゃ、君はもう職業は探していないのだね」
「いや、泥棒するより楽な仕事がありましたら、よろしくお願い致します」
「むつかしい注文だね、ま、そんな無茶なことを云わないで、正直に働き給え、その方が泥棒するより遥かによいよ」
 竹田はそれから各方面に電話をかけた。そして、その青年のために仕事の口を尋ねた。しかし戸籍謄本も身分証明書も無く、身元引受人も無くてもよいと云うようなところは、みな仕事の豪い苦しいところか、それで無ければ、すべて権蔵や鮟鱇の行くようなその日限りの仕事で、その青年に向くようなものではなかった。
 竹田は、その日の午後ようやく一つの口を見つけたので、そこにその青年を連れて行くことになった。彼は昼飯を食わせ、彼の単衣の着物を與えて元町通五丁目の樋口という薬屋へ配達夫として住み込ませるために、その青年を連れて行った。

 竹田は一生懸命に、柳口の支配人に、失業者の窮状を説いて、やっとのことで、身元引受人も無く、戸籍謄本も、身元証明書も無くして、その青年を配達夫に使って貰うことに成功した。
 それで、支配人は向き直って、その青年に尋ねた。
「あなたは、今日まで、何をして居たのですか?」
「私ですか? 私は泥棒しておりました」
 それを別に人を吃驚させてやろうといった態度も取らないで、平気で云うた。
 竹田は、あまり青年の態度が妙なものだから一人で噴き出してしまった。先から三十分もかかって、失業者の窮状を話して理解を求めたことが、何の役にも立たぬことになった。
 しかし竹田はなおも弁護するために云うた。
「この人が、泥棒しておりましたと申しますのも、決して、人の宅に忍び込んで、着物を泥棒したり、お金を泥棒したりするのではなくて、長崎から無銭旅行をしてくる間に、折々食物を泥棒したということなのですから、どうか悪く思わないで下さい」
 支配人は綺麗に髪をチックで別けた男で、青年の髪が肩まで延びているのを穢なそうに見て、苦い顔をしながら、また青年に尋ねた。
「君は、今日まで泥棒していたと云われたが、竹田さんの云われる通り家に忍び込んだことなどは無いのだね」
「いいえ、そんなことをしたことはありません」
「じゃ、何を泥棒したのだね」
「主として食物です」
「君は泥棒は悪い事だとは思わないかね」
「私が生きて行く位のものを失敬するぐらいのことは悪いことだとは思いません」
「君のような人ばかりが、世界に多くなったらどうするつもりかね」
「そんな遠いことは考えてはおりません。世の中には、遊んでいて食える人があるのに私のように仕事がしたくても、仕事が無いので食えなくて困るものですから泥棒するのです。 世の中には私一人ぐらいの生きて行くだけの食物はまだ充分ある筈です」
「私は、着物を盗んだことがあるかね?」
「盗んだことがあります」
「今着ているものは盗んだものかね。君の着るものとしては、少し良過ぎるじゃないか?」
「いや、竹田さんに貰いました」
 こう答えて、更に竹田を顧みて、青年は云うた。
「竹田さん、こんなうるさいことを云う処に、私はよう働きません。こんなところに働かなくても私の生きて行く位のことは泥棒しても、どうにか出来ますから、失敬して帰りましょう」
 こう云うて帰ることをせき立てた。番頭は、竹田に「ちょっと待って居てくれ給え――」と云うて二階へ上ってしまった。
 そして、十分も二人を待たして居るうちに、三ノ宮警察署から巡査がやって来た。
 竹田は何のことかと思っていると、その青年に同行を求めると云うて、警察署へ連れて行ってしまった。
 竹田は番頭の同情の無い仕打ちに苦笑しながら挨拶もそこそこにして、外に出た。

 竹田は青年の後からついて警察署まで行った。が、刑事が今日は帰っておってくれと云うたので帰って来た。
 翌朝、竹田は警察署に青年を貰いに行ったが、その時に司法課の巡査が彼にこんなことを云うた。
「あの男は存外正直者だね。泥棒らしい泥棒もして居らぬようであったから、一晩泊めて今朝早く出してやったよ。君のところへ帰って行かなかったかね」
「いいえ」
「君のところに厄介になると云うて出たがなァ」
 竹田はもしや行き違いになったのではないかと大急ぎに帰って来た。
 しかし紹介所には誰一人の影さえ見えなかった。