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第1回3000字小説バトル
Entry12

三毛でアメショなペルシャ猫

作者 : HCE [エッチシーイー]
Website : http://www.asahi-net.or.jp/~nv5y-mngs/
文字数 : 2994
 ベルリネッタが来た。
 今、この家にはこいつと俺しかいない。ベル、おいで。ミルクを
あげようか。
 実は俺が自分でミルクをやる事は、ほとんどと言っていい程、な
い。
 いつもはベルリネッタへの食事も含め、家事の一切は妻に任せっ
きりだし、その妻が入院中の今はハウスキーパーが家事を仕切って
いる。ずぼらで面倒臭がりの俺を懸念して、妻が何処からか連れて
きたのだ。別段家にいても大抵の資料は揃うので、仕事で家を離れ
る事はさほどないが、俺としては楽な事に超した事はないので、こ
れからの小遣いは少し減るがそれに同意した。出産に備え病院暮し
をしている妻は俺が見舞に行く度にベルリネッタとハウスキーパー
の働き具合の事ばかり聞いてくる。実際見舞に来てる俺の事などは
どうでもいいのか。
 でもさすがに病院に猫は連れて来れないしなぁ。

 ベルリネッタはもちろん雑種。俺は車好きで特に昔のアンティー
クな車には恋慕の情がある。妻の反対を押し退け俺が命名した。確
かに始めは仰々しすぎて名前負けすかも知れないし、呼びづらいん
じゃないかとも思ったのだが、三年も飼っているとそんな事もない
し、実際その名前と並べてもくすむ事のない、素晴しい猫でもある。
 なんでこんな素晴しい猫を、俺のような奴が手に入れられたのか。

それは十年近く前か流行っているCCのおかげだ。これは「カクテ
ルクローン」の略で、本来は医療や畜産、酪農を目的とした遺伝子
操作により、効率の良い交配をさせる為に蛋白質の中にある遺伝子
を組み合わせてクローンを産み出す技術の延長線上にあるものだ。
いま口にしている肉や魚やなんかは、全てこの技術の恩恵って訳だ
な。
 基本的に全てのペットは去勢されているから、万一逃げたりなん
かしても繁殖のしようがないし、CCによる遺伝子操作のとき、そ
のDNA情報は役所へ提出され、登録されてないペットは処分する。
もう野良猫なんか一匹もいないし、ペットが飼ったら買うしかない
し、純潔なんて売ってない。
 去勢されてない動物を個人が飼うのは面倒だ。許可を申請しなきゃ
ならないし、ペットブリーダーの資格も必要。それに資格持ってい
たとしても申請する段階で審査がある。年収、敷地面積、ペットの
飼育の経験、社会的地位や家柄まで見られるらしい。だから審査に
通るのなんて一部のホワイトカラーだけ。こんなのは金持ちの道楽
に過ぎないし。第一純血が一番高いのだ。
 当然だがこういう道楽の金持ちたちはステイタスの為にだけ純潔
を飼うのだが、ステイタスと言っても家に年代物の高価な壷がある
という程度で、よほど酔狂な奴しかそんな事はしないし、産まれた
純血のDNAをサンプルとして国に提供すると云う手間も掛る。ま
あ、俺みたいな三文作家の僻もあるがね。
 逆に言えば、いまは自分が欲しいと思ったペットしか手に入らない
ようになっている、とも言える。
 ある程度であれば性格も遺伝子操作によって影響を与える事が出来
るが、もともと性格というのは家庭環境や経験といった遺伝子外情報
に左右されるところが大きく、いかに現在の遺伝子工学でも決定まで
はさせられないらしい。
 そこが不便といえば不便なのだが。

 産まれた赤ん坊は女の子にした。妻と話し合って決めた。俺とし
ては男の子が良かったのだが、妻が「男しかいないむさくるしい家
庭は嫌だ」「もし将来自分が倒れたときに誰が家の事をするのか」
「ほんとは私ハウスキーパーを雇うのにも反対だったし」「とにか
く私は年頃になった娘と一緒に買い物に行って姉妹に間違えられて
みたい」と好き勝手な事
をまくしたてた。まぁ昔から「一姫二太
郎」とも思いそうしたのである。人間をCCするのには両親共のI
Dで国に申請する必要がある。双方の親権を守るためだ。
 そう、去年から人間にもCCを適応しても良い事になったのだ。

 当然だが初めはCCにも疑問の声が大きかったが、世間で容認さ
れていく雰囲気が定着し始めると、途端に反対意見は聞かれなくなっ
た。
 それにCC出産の場合、遺伝子を完璧にチェックするから畸形が
産まれる事がない。俺は彼かが畸形だからといって差別する事はし
ないが、ハンディキャップなんか無くて済むなら無い方が良いのだ。
俺には軽い癲癇の気がある。これで差別をされた事はないが子供の
頃は病院へ行くのとか、薬とかが大嫌いだったし、疎ましく思って
はいた。昔の文豪などには癲癇が多かったというが、俺が作家にな
れたのは自分の努力の賜物と思っているから、そう言った事は考え
ないようにしているのだが。

 勿論CCになんの問題もない訳じゃない。
 DNAの掛け合わせに際し体外受精になるし、法規上、夫婦揃っ
て病院へ来させられる機会が面倒だ。それに費用も普通に比べると
べらぼうに高い。体外受精そのものの費用もそうだが、受精時だけ
でも母体の検査の為に一週間近く、それと出産予定日の一ヵ月前か
ら強要される入院の費用は馬鹿にならないのだ。まだパイロット・
ケースである事は否めず、仕方のない事かも知れない。産後もすぐ
に家に帰れる訳ではなく一ヵ月近くは病院生活を強いられる。
 そう云った経済的なものや面倒くさいのを除いても、やはり一番
問題にされたのはDNAを掛け合わせた時点での畸形、つまり失敗
についてである。

 確かに全ての可能性はゼロではない。多くの反対意見も多く揚げ
られた。
 掛け合わせの段階での失敗が在るのなら、それに気付かず受精さ
せてしまう可能性もあるという事ではないのか、とか、いくら失敗
したからといって精子と卵子が結合したものはもはや一つの生命で
あり、それを処分するのは殺人ではないか。そのまま受精させれば
産まれれてくる確率が低く、例えハンディキャップを背負っていて
もまかりなきにも一つの生命が産まれて来るのに、とか。
 そんな事を云ったって掛け合わせの失敗に対してのチェックは完
璧で、その他を含め受精段階におけるミスはまず在り得ないという
データもまとめられているし、世間的には堕胎などもまかり通って
いるので、余り問題にされなかった。それに個人の権利も保証され
ている。今セックスすれば子供が出来るからといって、親がコンドー
ムをつける権利を剥奪される事がないのと同じだ。

 血液型は皆RHプラスにする。もしもの時の為だ。特に女の子で
マイナスの場合、妊娠に関し第二子以降にな強力な溶血反応が出る
という将来的な影響も出てくる。勿論俺の子もプラスだ。因みにB
型。
 しかし、性格とか顔とかの特徴はCCする事が出来なくなってい
る。
 やっぱり親と子供で顔なんかがまったく違うのも確かに問題なの
だろうが、整形手術なんかはもう当り前なのになあ。
スポーツ、音楽の素養、体格、伝染病やその他疾患性に対する免疫。
そして何より性別が選べるというのは、家族計画にせよ産後の用意
にせよ便利この上ないし、しかも基本的に全ての子供は「望まれて
産まれた子」なのだが。

 まだ名前の決まっていない俺たちの子は保護カプセルの中で、こ
れから出会うであろう人生の喜びを一身に予感しているかのように、
まだ、眠っている。保護カプセルから出るのは一週間後。それから
更に病院生活で、短い面会時間中しか俺は妻と子に会わせて貰えな
い。
 その間もハウスキーパーはベルリネッタの世話をする。

 たぶん俺がこの産まれてきた子にミルクをあげる事は、ほとんど
ないのだろう。