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第1回3000字小説バトル
Entry2

壁のある街

作者 : ヒョン
Website : http://www.cc.utsunomiya-u.ac.jp/~k950141
文字数 : 2934
 どうしてこうなったのかは知らない。また、いつからこうしてい
るのかも、わからない。だが啓一は、今や迷路と化してしまったこ
の街を、二本の足でひたすら歩きつづけているのだった。
 無表情な壁に挟まれた道を歩いた末にたどりついたのは、またも
や三叉路だった。
 啓一の目の前で道が二手に、Yの字になってわかれていた。三つ
目信号と横断歩道、何度となく見てきたものと同様の交差点で、左
に行くのか右に行くのか、これまで飽きるほどくり返してきた選択
を、道は今度もせまろうとしていた。
 壁が視界を隔てているという点では、どちらの道を選ぼうと、結
果は同じようにも思えた。条件が同じなら、啓一としてもとくに選
びようがない。単純に勘だけで進んでゆくという手もあるにはある
が、しかしそういうことができるほど、啓一は自分を信頼している
わけではなかった。
 そうなるとやはり手段は一つしかない。啓一は背後の彼女に言っ
た。
「今度はどっち?」
「うーん、右じゃないかな」
「じゃないかなって。なんだか頼りないね」
「右。右です」
「はい。右ね」
 彼女の言う通り、啓一は右へと進んだ。
「それにしても。いったい、いつになったら抜け出せるんだ、これ
は」
 啓一が言うと、彼女は啓一の真後ろから言った。
「わかんないけど。でも、もう遠くはないと思うな」
「それも勘?」
「勘じゃないってば。能力よ、能力」
「はいはい」
 能力ね、と啓一は思った。
 あちこちに出現した壁。街は、啓一の背丈の三倍もあるこの不規
則な壁によって分断され、迷路となった。コンビニエンス・ストア
で一人立ち読みをしていた啓一は、外に出て初めてその事実に気が
つき、呆然とした。啓一が今背後にいる彼女に出会ったのはその時
であり、それ以来二人は離れず行動を共にしてきた。
「だけど、その能力っていうのは何なの? 超能力のこと?」
「超能力って言われればそうだけど、うーん、でもやっぱりちょっ
と違うかな」
「どう違うのさ」
「そう言われるとまた困ってしまうんだけど。選ぶのが得意なだけ
なのよね、要するに。超能力っていうのはさあ、てれぽーてーしょ
ん、とか、えっと、さいこきねしす、とか、なんかそういう感じじ
ゃない?」
「まあそうだね」
「でも私のはそうじゃないのよ。そういうのよりもっと地味なの。
たとえば、そうだなあ、学校でテストがあったとするじゃない」
「はい」
「私の能力っていうのはあ、そのテストのうちの、選択問題だけに
使えるものなの。書く問題はぜんぜんだめ。わかんない。でも、選
ぶ問題だったら全然だいじょうぶなのよね。何も勉強してなくても、
どうしてか私には正解がわかるの」
「それだけ?」
「それだけ」
「ふうん」
「ふうん、て」
「超能力から超が抜けただけあって、なんか地味だね」
「だから、そう言ってるじゃない」
「あ、そうだっけ」
 啓一はとぼけた。
 啓一が彼女と一緒になって歩いているのは、つまりこのためだっ
た。どこをどう行けばわかるから、私と一緒にいると得よ、と彼女
は啓一にそう言ったのだった。
「ほら、仕事だよ」
 と啓一は言った。二人の前に、角度こそ違うが、先ほどとまった
く同じような風景の三叉路が現れていた。
「今度はどっち?」
「今度は左だね」
「あいよ」
 二人は左に進んだ。
 彼女の指示を無視したことはないが、しかし、啓一は彼女の言う
「能力」を全面的に信じているわけでもなかった。ひょっとすると
ただの嘘つきなのかもしれない、と時には疑いたくなった。しかし、
三叉路は分かれる方向が一定ではないし、一本道にしてもまったく
の直線というわけではなかったから、啓一としては一人で無事ここ
から脱出できるとも思えない。結局指示に従うしかないだろうな、
と彼女の前を歩きながら啓一はそう思っていた。
「でもさあ」
「なに?」
「どうして俺は、君の顔を見ちゃいけないわけ?」
「それは前にも言ったでしょ」
「言ったけど、でもなんか納得できないんだよね」
「そうかなあ」
「うん」
「しょうがないなあ」
 なぜ自分が啓一に姿を見せないか、彼女はその理由をもう一度話
しはじめた。
 振り向いて自分の方を見ないこと。協力する代償として、それが
彼女が啓一に与えた唯一の条件だった。だからしばらく一緒に歩い
てきて、啓一は彼女がどんな顔をしていて、背はどれくらいなのか、
そのようなことをまったく知らないのであった。啓一が知っている
のは彼女の声だけだ。
「だからあ、私はね、能力、いや超能力? まあどっちでもいいん
だけど、そういうものをもっているってことを、人に知られるのが
いやなの。べつに全員が全員ていうわけでもないでしょうけど、で
も中には悪い人がいて、私を変なふうに利用しようとするかもしれ
ないじゃない」
「うん」
「だからそれをこうやって使っている時には、誰にも私の顔は見て
ほしくないの」
「君のことを知ったからって、俺は君を売りとばしたりなんかしな
いよ」
「私もそう思う」
「じゃあいいんじゃない?」
「でも、私はそんなに簡単に、人を信用する気分にはなれないな」
 その時彼女がどういう顔をしていたのか、それは啓一にはわから
なかったが、しかしそれでも楽しい顔はしていないにちがいなかっ
た。何も言わず、二人は歩いた。やがて新しい三叉路に出た。
「さて、どっちでしょう」
「そうねえ。今度も左かな」
「かな、って」
「左。左です」
 二人は左に進んだ。壁と三叉路の単調な風景に、彼らはしだいに
疲れていた。
「あのさあ」
 と啓一は歩きながら呼びかけた。
「なに?」
 と背後から彼女の声がした。
「君、名前はなんていうの?」
「それを言ったら意味ないでしょう」
「残念。じゃあ年は?」
「三十以下」
「職業は?」
「主婦以外」
「美人? それともそうじゃない方?」
「さて、どっちでしょう」
「性別は?」
「女!」
 彼女は笑った。それじゃ何もわかんないよ、と言い、啓一も笑っ
た。
「あ」と笑うのをやめ、二人は同時に言った。「駅だ」
 壁に挟まれ、まっすぐのびた道の向こう側に、ステーション・ビ
ルが構えていた。鉄道駅をみつけるということはすなわち、街の迷
路から二人が出られるということを意味していた。少なくとも、そ
の可能性はある。
「じゃあ、君の言っていた能力というのは、本当だったのか」
「当たり前でしょ。嘘だと思ってたの?」
「じつは」
「あのねえ。それはないんじゃない?」
「冗談、冗談」
 二人は歩きつづけた。
 駅前広場には一本の樹を囲むようにしてつくられたベンチがあり、
二人はようやく腰をおろし体を休めることができた。今までは、と
てもそうしたいとは思わなかった。啓一が片側にすわり、そのちょ
うど反対側に彼女がすわった。
「やっと終わったよ」
「そうですねえ」
「あのさあ」
 と体を樹に寄りかけ、啓一は言った。
「なんでしょう」
「今度一緒に、映画鑑賞など、どうなんでしょうか」
「いいけど。あなた、まだ私の顔も見てないじゃない」
「いいよ。べつに、そんなの」
「なんで」
「これからはあなたを信用しますよ」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
「ばかなんですね」
「ばかなんですよ」
「じゃあ、今度の日曜日にでも行きましょうか」
「いいですよ」
 二人は立ち上がった。遠くの方からやってくる電車の音が、彼ら
の耳にかすかにきこえた。