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第1回3000字小説バトル
Entry6

ten-yu

作者 : zzz
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 私は北にある小さな田舎町で神父をしている。人口数千人にしか
満たないこの町は、日本古来の風習が現在だ根強く残っているにも
関わらず、西洋から来た髪の長い異人の像を拝み、十字架を冠した
やたらと高い屋根を持つこの建物に、毎週日曜日多くの人々が通っ
て来てくれている。それはひとえに、私の命の恩人である前神父の
人徳に拠る所であると私は確信している。
 もう十五年近く前になる。私は当時多額の借金があり、それを返
済する為に短絡的な行動に走ってしまった。強盗である。私は郵便
局に押し入り金を奪ったが、現場を去ろうと走りだした時に飛びか
かって来た男の客ともみ合いになり、私は手に持っていた包丁で彼
を刺してしまった。私は動転してすぐその場を去った。
 私は必死に車で逃走した。メディアの多くが私の起こした事件を
流していたが、幸い私が覆面をしていた為、身体的特徴は身長、服
装だけに留まった。
 それでも私は恐怖に駆られて逃走した。この恐怖は一生続くのか
と思い気が狂わんばかりであったが、自首する勇気も無かった。
 何日か走り続け、体力の限界はとうに越えていた。この恐怖を一
人で抱えるにはもう気力も尽きていた。その時、前方に白い建物が
見えた。建物の背負った十字架に私の視線は釘付けになった。私は
車を脇に止め、その建物の中に駆け込んだ。
 中には黒い衣装を身に纏った初老の紳士が立っていた。私を見て
優しく問い掛けた。
「どうかなさいましたか?」
 私はあの瞬間の彼の慈愛に満ちた笑顔を一生忘れられない。
 それ以来、私は彼に付いてここでいっしょに暮らす様になった。
彼は私が何処から来て、何故ここに来たのか、そして何故あの時私
が泣いていたのか一切問わなかった。私は心が痛んだ。
 しかし、五年前その命の恩人がこの世を去った。彼を慕っていた
町の多くの住人が嘆き悲しんだ。そして何故か、その日以来、私が
彼の後を継いでそれらの人々の悲しみ、迷いにうなずき、彼らに安
らぎと勇気を与える役目負っている。私自身の告白を誰にも聞いて
もらえないまま・・今日までずっと・・。

 私は暫く主の像を眺めていたが、ステンドグラスから射し込む黄
昏の陽光に気付いて席を立ち上がった。そのまま祭壇の側を通り過
ぎようとした時、左の視野に人影が入った。初老の男の人であった。
私は彼に近づいて尋ねた。
「どうかなさいましたか?」
彼はうなずいてから言った。
「実は、私には長年来の夢がありまして、どうしてもそれを叶えた
くてここでお願いをしていたのです。しかし、期限がもうすぐそこ
まで迫って来ていて、私としては何とかしてそれを実現したいので
すが・・」
男は言い終わらぬまま私の言葉を待った。
「それは、どんな夢なのですか?」
「はい、実は私、ここ十五年程ある人物を追掛けているんです。し
かし、こいつがしぶとい奴でして、郵便局を襲った奴なんですけど
ね。手掛かりが少ない上に行方もくらましちゃって。躍起になって
探しているんですけど、到頭今日が時効になってしまったという訳
でして・・」
彼は私が犯人だと知ってて喋っているのか?私は呼吸が出来ない程
身を固くした。その男に戦慄を覚えた。
「どうかなさいましたか?」
男はさも心配そうに尋ねてきた。
(この男は知っている)
私は感じた。その表情の奥に潜む余裕を見逃さなかった。
「わ、私・・」
声が上擦った。男は黙ったまま私を見つめていた。
 その時であった。男がいきなり胸を押さえ、前屈みになって苦し
み始めた。私はひざまづき、彼の肩に手を回した。
「大丈夫ですか?」
男は苦しみで返事を出来ないでいた。私は尋常で無い様子に直様電
話器のある自分の部屋に走って行き、救急車を呼んだ。約十分後、
救急車が到着し、その男と共に私は隣町の救急病院へ向かった。

 外はすっかり闇に包まれていた。男が集中治療室に運ばれてから
もう八時間が経過しようとしていた。その間に家族が到着し、私と
共に廊下の椅子に掛けて待っていた。その男、いや、その刑事は心
臓発作の持病持ちらしく、常時強心剤を携帯していたらしい。ただ、
仕事の忙しさにかまけてたまに忘れる事もあり、彼の奥さんは困惑
した表情で担当医と話をしていた。
(彼はこのまま死ぬのか)
そんな思いが頭をかすめた。私は少なくとも彼が助かる事を祈って
いるつもりでいた。しかし、それをどうやって自分自身に証明出来
よう。有ってはならない事ではあるが、否定するだけのはっきりと
した自信が無かった。だが、迷う時、いつもあの人が心の中に現わ
れては微笑んでくれた。
(きっと助かるに違いない。助かって欲しい)
理性から沸き起こった言葉ではない。恩人の優しい笑顔が私の心を
安心させ、その安心感が全ての柵を消してしまうのであった。
 集中治療室のドアが開いた。
「意識を回復されました。どうぞ中へ入って下さい」
看護婦が笑顔で家族に伝えた。彼らは部屋に駆け込んだ。
「どうぞ」
看護婦は私にも笑顔で声を掛けた。私はほんの少し躊躇しながらも
部屋に入った。
 その刑事は多少意識が朦朧としていたが、温かい家族に囲まれ笑
顔を見せていた。私は家族の後ろでその様子を暫く見守っていた。
奥さんの肩越しに彼と目が合った時であった。彼は思い出した様に
言った。
「すまんが、その人と二人っきりにさせてくれ」
振り向いた家族の視線を浴びた。奥さんは申し訳無さそうに御辞儀
をすると、向き直って夫に無理をしない様促し、子供達を連れて部
屋を出て行った。
 二人の間にしばしの沈黙が流れた。私が言った。
「私は・・あなたの」
「罰が、当たった様です」
彼がいきなり遮った。
「私はあなたのお察しの通り、刑事です。そして、この十五年もの
間あなたを追い掛けて来ました。手掛かりが殆ど無かったものです
から、かなり苦労しました。でも時効寸前でね、漸くあなたをあの
町で見つけたんです。十五年程前に、いきなりこの町にやって来た
神父さんがいるって聞いてね。当時のあなたの様子とか、あの町ま
で乗り付けた車とか色々調べました。それで私は確信したんです。
あなたが犯人だって。ただ、不思議だったんですよね。なぜ神父か
って事が。あなた、頗る評判がいいでしょ、誰に聞いても。私は思
ったんです。ばれない為に偽ってるんじゃないかって。それであな
たを試したんです。知らぬ振りをするかどうか。でも私の邪推でし
た。あなたは本物でした」
彼はゆっくりと、そして静かに語った。私は泣いていた。
「いいえ、私はあなたのおっしゃる通り偽者です。私は、私の罪を
早く償いたかった。にも関わらず私はその勇気が無かった。元々神
父の資格なんか無いんです。」
私は号泣した。心のタガが外れたとも言うべきだろうか。本当の自
分、もしくは、いつも閉じ込められていたもう一人の自分、そうい
う感じがした。
「あなたは充分罪を償った。そういう気がしますよ」
私はむせながら言った。
「でも、罪は罪です。償う覚悟は出来ています」
彼はそれを聞いて深呼吸をすると、一旦視線を布団に落とした。そ
して顔を上げて私に言った。
「残念ながら、したくてもできないんですよ。ほら、あなたの自供、
今日聞いちゃったから」
彼は、彼の正面にある壁掛け時計を顎で指した。0時を十分程過ぎ
ていた。
「神様は、きちんと見ていて下さるんですねぇ」
私はその言葉を聞いて涙がどっと溢れた。私はこの機会を与えてく
れた恩人と神に心の底から感謝した。
 ベッドで寝ている彼は、私を見守る様に微笑んでいた。