第1回3000字小説バトル
Entry7
ぎっくり腰で出歩けなくなった父の代わりに、親戚への年始の挨 拶まわりに出向いた帰途にあった私は、ふと思いついて、この近所 に住む友人の家へ出向くことにした。この友人は名を占地浦と言い、 勘の鋭いことにおいては私の出会った人々の中でピカ一である。誰 もが彼の勘の鋭さに驚き、ある者は声をなくし、ある者は彼を気味 悪がるのであった。私はそのどちらでもなく、彼の勘の鋭さには何 か裏があるのではないか、そう思い、彼の心の作用を知ろうと躍起 になっていた。 彼とは大学で知り合った。法学の時間、一番後ろの席を二人して 陣取って一心不乱に経済学のレポートを仕上げたときからのつき合 いである。それ以来、卒業してからも何とはなしに細々とつき合い が続いていた。腐れ縁である。 その彼に、私は打ち明けてみようと思ったのである。高校時代に 体験した、不思議な出来事を。彼なら何らかの解決を、その勘の鋭 さでもって導き出してくれるのではないか、そう期待したのである。 「で? その体験ってのを話してみろよ」 彼は正月だというのにいつもと変わらぬヨレヨレのトレーナーに、 古びた半纏を羽織っていた。私は彼がついだビールを一口あおって から、ここへ来るまでに思い出し、まとめた、セピア色の不思議な 体験をぽつりぽつり話しだした。 私は高校時代、部活に入るでもなく、ぼんやりとした時間を過ご すことが多かった。そんな私が好んだ場所は、皆があくせくと何処 へやら出ていってしまってガランとなった教室であった。特に、高 校2年生の頃の4Fの教室の窓際の席は格別であった。そこから夕 日に灼けた校庭を見下ろすと、野球部であろうとサッカー部であろ うと皆一様に朱色に染まり、美しかった。 このように述べていると、私が孤独を好む性質であるように思わ れるかもしれないが、私は人付き合いは良い方である。友人も結構 いた。中には占地浦とはまたひと味違う「妙」なヤツもいた。クラ スメートや担任のモノマネをしてみせ、失笑をかうようなヤツもい れば(モノマネ自体はとてもよく似ていた)、昼休憩になると机を 寄せ集めて高座をつくり、落語をしてみせるヤツ(これもかなり達 者であった)など、いちいちあげるとキリがなかった。そもそも、 「妙」なところが一つもないヤツなど世の中にはいないのではない だろうか。もし全てにおいて「普通」である人間がいるならば、そ の「普通であること」をもってして「妙」だと定義できるのではな いだろうか。 いや、話がそれてしまった。占地浦は聞いているのか聞いていな いのか、相変わらずビールを呑みながら細君の作ったおせちをつつ いていた。 さて、そんな「人気のない教室」を好む私が、いつものように窓 際の席からそろそろ夕日が沈んで辺りを闇に包むという時間に校庭 を見下ろしていると、背後から声がかかった。 「よぉ、関。そんなトコで何してんだ?」 振り返らずとも私にはその声の主が誰であるかわかった。級友の 守口である。私は名前を「関口」というのだが、この守口一人だけ は私のことを約めて「関」と呼ぶ。それにその独特の甲高いような 声は、一声聞けば彼であると誰にでも確信がもてるものである。 私は、夕日が沈む瞬間を見逃したくはなかったので、校庭を見下 ろしたまま振り返ることをせず守口に返事をした。 「校庭を見てるんだ。夕日に灼けて、キレイだぜ」 彼は納得したのかしなかったのか、一言、ふぅん、とつぶやいて から「じゃぁ、電灯はこのまま消しというた方がいいな?」と確認 してきた。私は相変わらず校庭を見下ろしたまま、おぅ、と返事を した。電灯はいつも点けない。電灯が点いていると、室内の様子が 窓硝子に反射して校庭が見えにくくなるからである。 彼と私は、暫く無言のまま佇んでいたが、そのうち彼は飽きたの か「じゃぁ」とだけ言って教室を出ていった。 そのすぐ後である。校庭を見下ろす私の目に不思議な光景が飛び 込んできたのは。 つい先ほど「じゃぁ」と言って教室を出た彼が、すでに校庭に出 ているのである。時間にして、1秒も経っていない。ココは最上階 の4階であるから、どんなに急いだところでそんなに早く校庭に下 りられるハズがない。しかも、校庭に出た彼は何を思ったのか、急 に50cmはあろうかという鉄の棒を持って、次々と窓硝子を割り 始めたのである。 先ほどまで一緒にあれほど静かに夕日を眺めていた彼が、突然鉄 の棒を持って窓硝子を割るということをしでかしたのだ。驚かずに はいられない。いや、それより何より、彼はどうやってこの教室か ら校庭まで瞬間的に移動できたのか。飛び降りると言ってもここか らでは相当な高さがある。無事でいられるはずはない。私は混乱し、 窓硝子の割れる音を遠くに聞いていた。 その後、彼は1週間の停学をくらった。彼自身、ムシャクシャす ることがあって、衝動的にああいう行動に出てしまったのだという。 それから私の記憶の中には小さなわだかまりが残った。 話が終わると占地浦はいかにも退屈そうに半纏についたゴミを取 り出した。その行為はまるでサルがノミをとっているようであった。 私は半ば呆れ、半ば怒りながら占地浦に意見をきいてみた。する と彼はキョトンとした顔をして「何?」と言ってきた。 「だから、この不思議な出来事についてどう思う? って聞いてる んだよ」 彼は相変わらず鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして「どこが不 思議なの?」と反対に尋ねかえしてきた。 「お前はこの不思議な出来事を、不思議でないって言うのか? 何 故?」 「何故って、そりゃぁお前が全部真相を明かしてくれているってい うのに、ちっとも不思議じゃないよ」 私は驚いて彼の顔を見返した。どうやらウソをついている様子は ない。私は「それじゃぁ、君には彼が瞬間的に移動したことを論理 的に説明できるというのかい?」とカマをかけてみた。 あぁ、できるさ。そう言って彼は事の真相を解き明かした。 なるほど、きいてみると何と簡単な事であったのか。私はまたも 彼の勘の鋭さによって救われたのである。 その真相とは――。 「だからさ、お前は大きな思い違いをしてるワケ。まぁ、いいから、 俺の話をきけって。な? いいか? お前は4Fにいた。そこから 校庭まで、まぁ1Fに下りるまでにかかる時間はどう少なく見積も っても30秒以上はかかるだろう。そこでだ。物理的に不可能なこ とは初めから存在しなかったと考えるのが妥当だ。そこで4Fでお 前に声をかけてきたヤツと、校庭で窓硝子を割ったヤツは同一人物 じゃない、と考えるワケ。すると、どちらかが本物の守口で、どち らかが贋物の守口なワケよ。で、窓硝子を割った守口は後で先生か ら罰をくらって1週間の停学になっちゃったんだろ? だったら、 教室で声をかけてきた守口が贋物なワケ。そこで、だ。お前、さっ き話が脱線したとき言ってたよな。クラスメートや担任のモノマネ がうまいヤツがいるって。そいつが、お前が教室で一人佇んでいる のを見てからかったんじゃないのか?――」