第2回3000字小説バトル
Entry14
「ダメダメ、『とーたーん』じゃなくて『トゥタウン』。しかも音 程がずれてる」とトナカイは俺の間違いを容赦なく指摘する。 「いいじゃないか、ちょっとぐらい」と俺はうんざりして返す。 「ダメです! 去年約束したでしょ。ちゃんと歌えるようになるっ て」 「そうだっけ?」 「そうです。さあ、もう一回」 「えー、もういいよ。もう二十回も練習したし、一応雰囲気は出て るんだから、そんな細かいこともういいじゃないか」 「ダメです! 正確に歌えなくて恥ずかしくないんですか、さあも う一度」 「しゃーないなあ、♪ユベラオチャ…… わあっ! なんだよ、急に急降下すんなよ」 「急に降下するから急降下なんです。日本語も上手くなって下さ い。さあ仕事ですよ。南町三丁目、滝川晴子(8)光太郎(6)の 父、政義(36)があそこにいます。ほら、もうすぐおもちゃ屋の 前を通りますよ。さあレッツゴー!」 「なにがレッツゴーだよ。歌、練習するんじゃないのかよ」 「ごちゃごちゃいってないで早くしてください!」 「わかったよ、あれね、あのちょっとひょろっとして頭が薄くなり かけてる人」 「そう! シナリオNo.9『おもちゃ屋で思い出す』ですよ。わかっ てますか?」 「わかってるよ。さっき、ちゃんと確認したじゃないか、だから… …」 「ほら早く行かないと!」 「へいへい」 俺は、そのひょろっとした帰宅途中のサラリーマン滝川氏と同じ ような格好のサラリーマンに変身して、彼の背後にそっと降り立っ た。そして、急ぎ足で彼を追い抜き、おもちゃ屋のショーウインド ウの前で、ハッと驚いた顔をして立ち止まる。 「お、そう言えば、もうそろそろクリスマスだな。息子になんか 買ってやらんとな」 と彼に聞こえるように俺は言う。 横目で滝川氏をちらりと見る。彼も立ち止まり「あ、クリスマス か、しまった忘れてた。思い出してよかったあ。ホッ」というよう な顔をしてショーウインドウを見ている。 よしよし。 そこに絶妙なタイミングで若い女の子の二人連れが通りかかり、 ひとりがショーウインドウの中を指差す。指差した先には、大きな 赤い鼻のトナカイが得意げにポーズを取っている。バカかあいつ は。 「あ、ほらほら、あのトナカイ見て」と指差した女の子が言う。 「え? ああ、きゃはは、なんか赤い鼻大きくて間抜けー」ともう 一人。 「ねえー、なんかバカだよねー」 キャハハハと笑いながら二人は去っていく。 俺も吹き出しそうになる。 女の子から目を離して、もう一度滝川氏を見ると、彼と目が合っ てしまう。あわててショーウンインドウに目を移す。 やばいやばい。 しかし、彼も女の子のセリフが気になっている様子。 二人の女の子はこちらのシナリオにはないとんだハプニングだっ たが、おかげでトナカイさんは滝川氏の心をがっちり掴んだよう だ。 俺はすかさずおもちゃ屋に入り、そのトナカイのぬいぐるみを滝 川氏の目の前でさっと持ち上げて、レジに持っていく。 おもちゃ屋の店主の爺さんは俺たちの仲間なので、シナリオ通り 何も言わずにトナカイにリボンをかけてくれる。 俺がトナカイを小脇に抱えて店を出ると、入店してくる滝川氏と すれ違う。これからは爺さんの仕事だ。 「あ、あのトナカイを……」 滝川氏が爺さんに話し掛けるのを背中で聞きながら、俺は路地裏 に隠れ、トナカイのリボンを解いてやる。 「ふう、上手くいったな」 俺はトナカイに声をかける。 「あの女の子たち。いったいなんなのよ! 間抜けとかバカとかっ て私に向かってなんてことを! あんたも笑ったでしょう」 「いやいや、笑ってなんていないよ」 「いいや。笑ってた」 「笑ってないって」 「今、笑ってるじゃない」 「まあまあ、悪気があったわけじゃないし。可愛いってことだよ」 「ふん」 よし。トナカイの機嫌を沈めるには、お世辞攻撃に限る。効果て きめんだ。 「ほら、おもちゃ屋見てみろよ。爺さん、滝川氏に説教している ぜ。『クリスマスにプレゼントするのは、おもちゃではないのでー す。なんだと思いますか。あーいでーす。愛する気持ちをプレゼン トするのでーす』とかなんとか言ってるぜ、きっと」 「はいはい、じゃあ次の仕事ね」 「なんだよ、ひと休みさせてくれよ」 「何言ってんの。ほんとになまけものなんだから。二十四日まで日 がないんだから急がないと。はい、行きますよ。今度は南町二丁目 山口和哉(7)の母、藍子(43)。場所はここから一キロ離れた 団地のスーパーです」 「シナリオは?」 「No.53『スーパーで歌を歌う』です」 「はあ、いよいよ歌ね。おれ、音痴なんだけどなあ」 「ちゃんと練習しないからです。冬以外は寝てばっかりなんだか ら」 「バカ言え、ちゃんと働いてるぞ。シナリオおぼえたり……」 「おぼえたり……なんですか。他に何かしたんですか」 「いやっ、まあ、ねっ♡」 「ねっ♡、じゃないでしょう。制服をクリーニングに出したり、ス ケジュール組んだり、橇のメンテナスしたり、全部、私がやったん じゃないですか。そんなことトナカイにやらせますか、ふつー。し かも、土壇場になって橇壊しちゃうし」 「いや、あれは……壊したんじゃなくて、勝手に壊れたんだよ」 「とにかく、ずっと怠けて来たんだから、今ぐらいちゃんと働いて ください」 「いや、だから働いてるだろ。……ああ、わかったよわかったよ。 そんなに睨むなよ。はいはい、歌ね。歌うあほうに見るあほう、同 じあほなら歌わなにや損損、てか、イテッ。鼻で叩くなよ、鼻で… …」 サンタクロースが子供たちに直接プレゼントを渡すのをやめ、間 接的にプレゼントするようになってからずいぶんと経つ。サンタク ロースが必ず所属しなければならない世界聖者連合会が決めたこと なので従っているが、俺には良くわからない。人間社会の急速な変 化に対応するため、また深刻なサンタの人材難、および財政難に対 応するためだというが、余計に仕事がややこしくなっているだけ じゃないかという気がする。まあ、入るべき煙突もないし、深夜に 忍び込むと警察やらアコムやらに捕まりかねないこの日本じゃあ、 こういう方法はそれなりに意味があるのだろうが。 ま、なんにしろ、とにかく子供が喜んで、大人が喜んで、みんな がハッピーになってくれれば言うことはない。 それが俺の喜びだし、トナカイの喜びなのだ。 「じゃあ、行くか」 俺はサラリーマンから、赤い制服へ変身し、トナカイに飛び乗 る。移動中は制服姿でなくてはならないと規則で決められている し、橇は壊れてしまったので、トナカイにまたがっている。かなり 間抜けだが、しかたがない。 景気でもつけるために、へたくそな歌でも歌うか。 「そうれ、♪まっかな、おっ鼻の-、トナカイさんわあ……」 「スーパーで歌うのはその歌じゃありません。そういう歌だけはす ぐにおぼえるんだから、まったく……」 「また、そんなこと言って。いっしょに歌わないの?」 「え? もちろん歌いますよ。当然でしょ」 「そうこなくちゃ、いくぞ」 せーの! ♪まっかな、おっ鼻の-、トナカイさんわあ いつもみんなーのー、わあらーいもの!? 「ん?」 「え?」 「いま、音、はずしただろ」 「そんなことありません! 絶対にありません!」 「顔まで赤くすんなよ。赤いのは鼻だけで充分だぞ」 クリスマスまで、あと少し。 仕事が終わるまでには、トナカイのやつにもプレゼント、用意し とかないとな。