第2回3000字小説バトル
Entry3
「アームチェアディテクティブって知ってる?」 ──ほうら、また始まった── 私は、恭子の言葉にそう思ったが、口に出しては言わなかった。 恭子とは見合い結婚をした。見合いの席で、お互いの趣味や生活 心情を聞くのは当たり前の話で、相手の印象が良ければ多少話をあ わせるくらいのことは誰だってやるだろう。 「恭子さん御趣味は?」 「はい、読書を」 「どんなものをお読みになるんですか」 「はい、ミステリーを」 「ほう、なかなか良い御趣味ですね」 「どんな家庭を望んでいられますか?」 「そうですねえ、長く一緒にいても疲れない、お互い空気のような 存在になれれば」 「そうですね。お互いが疲れないというのが良いですね」 私は、恭子をはじめて見た時からその容姿を気に入った。自慢の 様に聞こえるかもしれないが、はっきり言って彼女はとても美人だ。 スタイルも抜群である。水着でも着て砂浜を歩けば大多数の男が振 り返るに違いない。そんな魅力的な女性が、なんで私なんかと見合 いをしたのか不思議だった。取り立ててアピールできるほどのもの は何も無い。仕事も三流会社の総務部で日々机に向かって事務をし ているだけ。もちろん給料にしたって特別多いわけでもない。じゃ あ見た目に長身でかっこいいとか、男前かというと決してそんなこ とはない。彼女のように人に自慢できるほどの趣味があるわけでも ない。普通だったら、写真と経歴書を見ただけで 「何?この人。断ってよ」 と、言われるのが落ちでまさか見合いをしようとは思わないだろう。 ましてや、結婚なんて。でも、何をどう思ったか知らないが彼女は 私からのプロポーズをすんなり受け入れてくれたのだ。 結婚が決まると彼女の両親は家をプレゼントしてくれた。3LD Kの一軒家だ。こりゃあ、子供でも期待されているのかなと思って いたらそうではなかった。3LDKのうちの2Lは彼女の部屋にな ったのだ。 何故って、彼女の唯一の趣味の為である。その数、5千数百冊の 推理小説の山が、新居への引っ越しの時に運び込まれたのだ。新婚 生活数週間で、彼女がこれまで一人でいたわけがわかった。本の虫 だったのだ。明けても暮れても推理小説。話すことは小説のことか 作家のこと。見合いの席で「良い趣味だ」なんて言ってしまった以 上、文句も言えない。その上、「空気のような存在」にも同意して しまっている。家事はまったくやらないわけではないから始末が悪 い。もし、家事をやらないで本ばかり読んでいるのなら文句も言え るが。 数ヶ月の後、私はそんな女房が物足りなくなり、つい浮気をして しまった。相手は飲み屋のねえちゃんだ。ほんの遊びのつもりだっ たのだが、ついつい深みに嵌まってしまった。そしてある日、会社 から帰った私に女房は、読みかけの推理小説を片手に 「アームチェアディテクティブって知ってる?」 と聞いたのだ。 「ああ、知ってるよ」 と答えた私に彼女は言い始めた。 「じゃあ、私の質問に答えてくれる?」 「ああ、いいよ」 「先週の出張ねえ、あれ変でしょ」 「なんで?」 「総務部に出張なんてあるかしら。支店でもあれば別だけど」 「それから、昨日。貴方ガムを噛みながら帰って来たけど、ポケッ トにもどこにも、包み紙すらなかった。それにスーツが少しにんに く臭かった。貴方、お昼は日本そば食べたって言ってたじゃない」 「だ、だから?」 「まだあるの。今朝でかける時に、貴方かばんに靴下一足入れてた でしょ」 「何を言いたいんだ?」 「別に、ただそれだけ」 「それだけって?」 「いいわ、弁明させてあげる」 「弁明って?」 「今私の言ったことに合理的な説明をしてみせてって言ってるの」 「合理的もなにも、どう言ったら良いんだよ」 「合理的は合理的よ。別の意味なんて無いわ」 「俺に何を言わせたい?」 「真実をよ」 「どう言えば良いんだ」 「わかったわ、じゃあ聞いていてね。私の推理を話すから」 「あ、ああ」 女房の推理はことごとく当たっていた。出張と称して浮気相手と 一泊温泉旅行に行ったことも、彼女と焼肉屋に行ったことも、そし て、ホテルに行く前に会社で靴下を取り替えたことも。 「どう、合理的な推理でしょ。間違っていたら言ってちょうだい」 「そ、そりゃあ、お前、なんだ、そういう解釈もできると言うこと で」 「じゃあ、別の解釈もできるということなのね。どうぞ、聞いてあ げるわ」 本ばかり読んでいて私のことなどには関心が無いのではないかと 思っていた。私が、何をしようと何時に帰ってこようと彼女は推理 小説さえ読めればそれで良いのかと思っていた。しかし、それはど うやら間違っていたようだ。私の変化に気が付き、女の匂いを嗅ぎ 取っていたのだ。 この際、へたな言い訳をするより、全てを認めて謝罪したほうが 良いのではないかと思った。だが、こうなったのも女房が本ばかり 読んでいて、私には物足りなかったからなのだ。女房にもその責任 の一端はあるはずだ。 謝る言葉と責める言葉を半分ずつ考えながらも、ここは一つ、事 を荒立てない為にも下手に出て、女房に謝った方が良いと結論を出 し素直に 「すまなかった」 と言った。だが、女房は 「何が?」 と聞いてきた。どうやら私の口からきちんと言わせたいらしい。私 は半分開き直って全てを告白する事にした。 「だから、おまえの言う通り、俺は浮気をしていた」 「やっぱりね。ほら、私の推理が当たってたでしょ」 「お前の言う通りだ。弁解の余地も無い」 「弁解って」 「いあや、だから」 「合理的な弁解なら聞いてあげるけど」 「弁解に合理的も何も……」 「じゃあ、大正解だったわけね。よかった」 「えっ。よ、よかった?」 「だって、私の推理当たってたんでしょ」 「そりゃあそうだが」 「だから、よかったって言ったのよ。私もアームチェアディテクテ ィブとしては合格ね」 女房はそれだけ言うと、手に持った読みかけの小説に目を落とし 「やったね。当たってたんだ」 と独り言を言いながら、また本に没頭しはじめた。 翌日以降、女房は私の浮気のことについて何も責めたり、問い詰 めたりしなかった。男にとってこういう手段に出られると、かえっ て不気味である。不気味であるが、私の口から話をぶり返す気はし なかった。 「もしもし、お母さん。私、恭子。聞いて聞いて。この間ねえ。彼 の浮気を推理したら、ばっちり当たってたの。大正解だったのよ。 私、彼と結婚してよかったわ。ああいうなにが楽しみで生きてるん だかわからない人って、色々推理のし甲斐があるのよ。毎日が楽し みよ。うん、大丈夫。旨くやっていけるわ」 私には、彼女がなんで私なんかと結婚をしたのか不思議だった。 取り立ててアピールできるほどのものは何も無い。仕事も三流会社 の総務部で日々机に向かって事務をしているだけ。もちろん給料に したって特別多いわけでもない。じゃあ見た目に長身でかっこいい とか、男前かというと決してそんなことはない。彼女のように人に 自慢できるほどの趣味があるわけでもないし……