第3回3000字小説バトル
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西暦2020年度・特別医務局発行『特医局の歴史:その発足と 歩み』より抜粋。 『……計画立案と法令の施行より3年を経て、ようやく需要に対す る供給をまかなえるようになったのである。それも、すべては厚生 省から独立して計画を推進することのできる、我々『特別医務局・ 第731研究室』の働きによることが大きいのである』 西暦2017年4月1日付東京NEWSの見出しと記事より抜粋。 『日本人を救う希望の法令 本日施行!』 『先の異例の国民投票の結果可決された、通称「生命の泉法案」は 本日より「臓器移植の必要供給に関する第731法令」として施行 されることになり、日本国中の多くの臓器移植を希望する患者たち を喜ばせている。 この法令は西暦2000年より、日本国を悩ませていた先天的、 及び後天的内臓疾患者数の激増に対処するべく立案され、この法令 の施行により、臓器移植を待つ多くの患者に臓器を供給することが 期待される。しかし厚生省の見通しによれば、今後3〜5年は需要 と供給のバランスをとることに費やされるだろうとしている。 法令施行に伴い、計画の立案から法案の起草、研究の推進を行な うために設けられた特別医務局は公的機関として正式に設立し、中 でも、研究に大きな貢献をなした“第731研究室”には、独立研 究を続行する特別措置が与えられる。 日本の国情を理解しない欧米各国からは、今回の法令施行に激し い批難が浴びせられているが、一部の諸外国からは研究に関する提 携の打診を受けているという……』 西暦2015年11月5日。NHK6時のニュースのインタビュ ーより。 インタビュアー:今日は、先頃設立の運びとなりました「特別医務 局」から、第731研究室々長の石井秀樹さんに起こしいただきま した。 石井:どうも、こんばんは。 インタビュアー:お若いんですね、ちょっと驚きました。 石井:こういった研究には年齢というのは余り関係ありませんよ。 作家や芸術家といったクリエイティヴな仕事と一緒ですから(笑) インタビュアー:さて、さっそくですが、このたび国会に提出され た「生命の泉法案」のきっかけをお作りになったのが石井さんだと、 うかがっていますが…… 石井:ええ、まぁ。西暦2000年あたりから、日本には内臓疾患 者の数が激増したわけですが。原因は色々と言われてますよね、パ ソコンや携帯電話等の電磁波の影響とか、あるいは自滅遺伝子の発 現とか、これがノストラダムスのいう“恐怖の大王”だとか。 原因はどうあれ、現状をどうにかできないか……いつも考えてい たんです。そこでひらめいたのが、今回の「生命の泉計画」なんで す。 インタビュアー:そのひらめきのきっかけは? 石井:本当の偶然なんですよ。たまたま、ネット上で古いBBSデ ータの集積を見つけましてね。そこで目にしたのが【幼児回収業者】 という言葉だったんです…… 西暦2020年4月1日施行。臓器移植の必要供給に関する第7 31法令より抜粋。 『この法令は臓器のみでなく、角膜、皮膚、骨髄等の「移植技術」 の確立したすべての部位に適用するものとする』 『……肉体的に健康であり、かつ内臓器に関する各種の検査を受け 「適合」とされた被告人のうち、極刑、あるいは無期懲役の判決が 下されたものは、本法令に基づき身柄を特別医務局へ送致され、基 本的人権の一切を一時剥奪するものとする。 また、適合判定を受けた被告人のうち、極刑・無期懲役に及ばぬ ものは、一部臓器の自発的提供により受刑を免れるものとする。一 部臓器とは「腎臓の片方」「肝臓の半分」「骨髄」「角膜」「一部 の皮膚組織」の5点を指すものとする』 『特別医務局内に【提供者受付窓口】を設置。自発的臓器提供者を 受け入れるものとする。自己申告による提供臓器の健康の度合に基 づき、規定の報酬を支払うものとする。また、自我確立前の乳幼児 に関しては、保護者の判断により【全部位提供】を受付けるものと する』 『この法令の施行に伴い「堕胎」は重犯罪とし、これを犯すものは、 所定の検査の後に「適合」の判定を受け次第、自動的に“極刑”判 決が下るものとする』 『ただし『望まぬ妊娠』『事故による妊娠』など、当事者が出産を 望まぬ状況においては、所定の登録手続き後、特別医務局の判断に よって【全部位提供】を受けるものとする。提供を受ける時期につ いては「胎児段階」と「出産後」の2点とし、特別医務局が判断す る。なお「出産後」の【全部位提供】の却下は認められない』 『【全部位提供】を受けた乳幼児・胎児は、即座に第731研究室 に送致され、【臓器牧場】にて成長しつつ、臓器提供の時期を図ら れ、かつ今後の研究にて使用されるものとする。【臓器牧場】に入 るものは、手術に耐えうる年齢になり次第、大脳より海馬や言語中 枢を除去し、一切の人間性を抹消するものとする』 『ただし、遺伝子的に優良と認められた乳幼児は、男女共に健康な 子孫を残すために使用するものとする』 『【臓器牧場】はクラス100以下のクリーンルームであり…… 西暦2016年4月10日。「生命の泉法案」をめぐる異例の国 民投票実施。 投票率75%。開票率40%の時点で賛成多数。 西暦2016年4月11日。東京NEWS見出しより。 『空前の投票率! 賛成80%で法案可決!』 西暦2020年12月――特医局よりの告知。 『乳幼児の全部位提供を連絡1本で! 面倒な手続きは入りません。 局員が【提供部位】を回収しに参ります!』 ピンポーン。 古臭いチャイムの音色が響いた。 奈美絵は待ち構えていたように、そばで泣きじゃくっていた子供 の襟首をひっつかみ、玄関へと向かった。 腰のあたりが重く、苦しい。 ――今度は肝臓がおかしいのかしら? 早めに検査して移植待ちの 登録しなくちゃ。 そんなことを考えながら、インターホンに口を寄せる。 「どなたですかぁ?」 「遅くなってすいません、特医局のものです。提供部位の回収に上 がりました」 ドアを開けると、にこやかな顔の青年が立っていた。肩のあたり に雪が積もっている。 「雪の中、ごめんなさいねぇ」 「いいえ、仕事ですから」 言いながら、カバンの中から出したガーゼに薬品を染み込ませ、 泣き喚く子供の口と鼻をふさいでやる。子供は不意に泣き止んだか と思うと、気を失ったように寝入ってしまう。 「いつもいつも、貴重な資源を提供してくださってありがとうござ います。近頃はまた、先天的に疾患を持って生まれてくる子が多く て……あ、こちらにサインをお願いします」 奈美絵は書類を受け取りながら、彼が好みの顔立ちをしているこ とに気づいた。 軽くくちびるを湿すが、舌なめずりしたようにも見える。 「時間、大丈夫でしょう?」書類を渡しながら、肩の雪を払ってや る。 「少し温まって行きません? コーヒーを入れるわ」 局員は笑顔のまま、彼女の手を取った。 「コーヒーだけですか?」 「……いいわよ、提供部位を増やしたいなら」 彼女は手を引いて、青年を室内へと招じ入れた。 西暦2020年。 人類の黄昏――。