第3回3000字小説バトル
Entry12
一体いつの頃からだろう。それはまるで幼い頃に見たマジックシ ョーのように、マコトは手に触れる物を何もなかったかのように消 す事ができた。 他人が聞くと「なんて便利な力なんだ」と、羨むかもしれない。 なにせどんな物でも消してしまうのだ、溜まったゴミや通行の邪魔 になる歩道の自転車、太陽の光を妨げる高層ビルに気に入らない人 間。邪魔な物は全部消してしまえばいいのだ。しかし、当のマコト はこの力を疎ましく思っていた。なぜなら、何が消えてしまうかは、 マコト自身まったく見当がつかなかったからだ。 確かにその力を完全に使いこなせれば、マコトには気に入らない 物など何もないという華々しい未来が待ち構えているのだ。産廃業 者にでもなれば、たちまち巨額の富を得る事ができるだろう。しか し、マコトはそれを制御するすべを知らなかった。 その力と長年共に過ごす事によって、ある程度は制御する事が可 能になったものの、まるで山の天気のように気まぐれなその力は、 ふとした時に突然発動するのだ。買ったばかりの漫画が読む前に消 える、飲んでいたジュースが中身ごと消える、勉強をしているとノ ートが消える、ただのわずらわしさだけがマコトに付きまとい、嫌 な記憶だけがマコトの頭に残っていった。 そんなある日、昼休みに親友のアキヒサとじゃれあっていると、 アキヒサの体が消えた。 まるで手品のような一瞬の出来事だった。 人が消えた事など今まで一度となかった。いくらなんでも人間は 消えないだろうとマコト自身も安心していたのに、アキヒサは消え てしまった。 周囲を一生懸命捜してみても、いくら名前を必死に叫んでも、そ の日以来マコトはアキヒサの姿を見る事は無かった。 中学三年、いちょうの葉が校庭に降りしきる晩秋の頃。 今でもはっきりと残っている消えない記憶。 次に消えるのは自分のこの力であって欲しいとマコトは強く思っ た。 「で、そのアキヒサって子はどうなったのですか?」 相変わらずのポーカーフェイスで淡々と話すマコトをまるでから かっているかのように、サチコが笑って問いかける。 二人で映画を見た後立ち寄ったファーストフード店の中、小さな テーブルの上にパンフレットを広げ話を楽しむ二人。傍から見れば ごく普通のカップルに見えるだろう。ただし、もう八月も半ばに差 し掛かろうというのにマコトが手袋をしている事を除けば。 くるくると不自然な髯を生やし、黒いシルクハットをかぶったマ ジシャンが常に着用しているような白く、のっぺりした手袋。これ をはめる事によって手に触れた物をむやみに消してしまうという事 を防ぐ事ができた。 まるで自分の体の一部のようにぴったりとフィットした消えない 手袋。 アキヒサを消した時にアキヒサの代わりにその場に落ちていた物 だった。 あの後、アキヒサが消えてしまったにもかかわらず、それに対す る周りの変化は皆無に等しかった。普段通りの生活が淡々と続く。 まるで存在自体が消えてしまったように月日は流れていった。 「部長って、手品で人を欺くのは上手いくせに、嘘つくのは下手な んですね」 くすりと笑って手に持ったハンバーガーを美味しそうに頬張るサ チコから視線を外し、残り少なくなったオレンジジュースをズズズ と吸い上げると、視線を窓の外へと映し、軽く溜め息を吐いた。 ちいさな物ならば新聞の競馬予想程度の確率で狙って消す事がで きるまで力を制御可能になったマコトは、現在高校で手品部の部長 を勤めている。とはいえ部員はサチコを含んで5人という廃部寸前 の弱小集団ではあるが、マコトの名前は学内に知れ渡っていた。た まに失敗はするものの、ハンカチで隠しもせずにコインやカードを 瞬時に消してしまうのだ。だれもがその種の全く分からないマコト のマジックに魅了された。 「部長ぉ、そんな嘘ばっかりついてないで早く私に部長の手品の種 を教えて下さいよぉ」 こそばゆい声が耳をくすぐる。 「誰にもばらしたりしませんからぁ。だから、ねっ、ねっ?」 甘えるようなサチコの訴えをマコトは笑顔でさらりと流した。 「部長、手……つないで歩きませんか?」 店を出た後、駅に向かって歩いていると、サチコが唐突にそんな 事を言った。自分の発言に照れているのか、サチコはうつむいたま まマコトと視線を合わそうとしない。 日曜の昼下がり、街中を男女が並んで歩いているからといって、 必ずしも恋人同士である訳ではない。だからといって互いに全く興 味がない訳でもない。 そんなサチコの華奢な手をマコトはそっとやさしく包み込む。し かし、その手はいとも簡単に振り払われた。 「こんな時くらい、手袋とってくださいよ……」 少し怒ったような、それでいて少し寂しそうな声でサチコは呟く。 アキヒサが消えて以来、マコトは手袋なしで人に触れた事はなか った。もちろん相手が必ず消えてしまうという訳ではない、しかし、 消えないという保証はどこにもない。消えて欲しくない大切な物ほ ど、その温度を感じる事ができないのだ。 触れられなくてもいい、大切な物がそこに存在しているなら。今 までもそうやって納得させてきたのだ。しかし…… 「部長?」 一体どれほどの間考え込んでいたのだろう、うつむき加減に立ち 止まっていたマコトの顔をサチコが心配そうに覗き込んでいた。と、 突然互いに至近距離で目が合ったせいか、急に照れくさくなったサ チコは頬を赤らめながらパッと体を反転させた。 「あ、あのですね……嫌ならいいんですよ。別にその、今まで通り ……」 言葉の語尾が街の喧騒にかき消される。すこしぽっちゃりとした サチコの背中がいつになく細く見えた。 「すみませんね、いきなり変な事言っちゃって!」 何かを吹っ切るかのように勢いよく振り向いて、手品同様へたく そな笑顔を投げかける。おかげでマコトの中でも何かが吹っ切れた。 手を洗う時と手品をする時以外は取る事のない手袋をおもむろに はがす。汗で少しじめじめとした手が大気にさらされ、開放感が体 全体に伝わる。 消してなるものか。 そう強く念じるとサチコにゆっくりと歩み寄り、その手をやさし く、そして少し荒々しく握り締めた。 突然の事にサチコは驚いた表情を見せたが「ありがとう」と小さ く呟いてその手を強く握り返した。サチコの温度が手のひらを通し てマコトの体中に駆け巡る。 もう二度と放したくない、絶対に消したりはしない。コインやカ ードとは違う大切な物だから…… マコトとサチコの唯一の接点からマコト自身がらとめどなく溢れ 出るような気がした。 数分後、マコトは通りの真ん中でただ一人立ち尽くしていた。 手を離した訳ではない、人込みに紛れた訳ではない。しかし、い くらあたりを見回してもサチコの姿は見当たらなかった。かわりに 真新しい白い手袋が足元に落ちていた。 大切な物ほど消えてしまう。嫌な記憶だけが再び残り、いくら頭 を抱え込んでも消える事は無かった。 その場に崩れ落ち、なりふり構わずひとしきり泣いた後、マコト はサチコのかわりに落ちていた手袋をその手にはめる。やはり自分 の手にぴったりとフィットしたその手袋はマコトをいつものマコト に戻した。手品師にはやはりポーカーフェイスが似合うのだ。 夏の日差しが照りつける中、半袖シャツに白手袋という奇妙な格 好のマジシャンは、ただ一人で駅へと真っ直ぐ伸びる大通りを歩い ていった。