第3回3000字小説バトル
Entry13
前を行くは棒をくわえた典雅なトンビ、後ろを追うは醜いヒステ リーカラス。 はたから見れば、まずはそんな感じだろうか。 けれども、俺は断じてカラスなどではないのである。崖のある海 岸を優雅に空中旋回しながら、「ピーヒョロロ」と唄っているのが お似合いの臆病なトンビである。 なぜカラスになってしまったかというと、結論を言ってしまえば、 棒を取られたからである。前を行くトンビがくわえている棒である。 当然の話であるが、『鳥(とり)』から一本棒を取れば『烏(から す)』になるわけである。トンビだって鳥だ。つまりは、俺はその 大切な棒を、前を行く盗人トンビに盗まれたために、トンビから一 瞬にしてカラスになってしまったというわけである。 しかしながら、盗人トンビめなかなか速い。カラスになってもそ の日の日暮れまでに棒を呑み込めば元に戻れると聞いているが、そ ろそろ日も傾きかけているのである。悠長に追いかけっこなどして いる暇はないのだ。だが、今は不慣れなこの体、その上羽根はほん の優雅さも持ち合わせていないと来てやがる。ただ飛べればいいと いう劣悪な妥協の元に存在する翼などでは、到底追いつけるわけが ないではないか。盗人め、それを察してか余裕で振り向きほくそえ みやがる。その目、黄金色の目、見下すようにぎょろつかせやがっ て、同類を見る目じゃない。畜生! 俺はこのまま一生カラスか! あの輝く目は俺の誇りだった。鋭角の嘴も、青い空に映える、灰 色の羽根も。けれども、今の俺には何もない。ただの真っ黒いカラ スだ。……惨めだ。そう思うと、力も入らない。 「太郎!」「次郎!」「助太刀いたす!」 俺の左右を、二羽のカラスがするりと抜けた。どうやら俺は、単 独でトンビに向かう勇敢なカラスとみなされたらしい。 「やめてくれ! 違うんだ。俺はあんたらの仲間じゃない。俺はカ ラスじゃないんだ」 もちろん、鼻で笑われた。そりゃそうだ。この姿のどこがカラス でないものか。 「ご遠慮なさるな。トンビは我らの共通の敵」 奴ら、トンビとみると見境なく殺意剥き出しでかかってくる。鷲 や鷹にはへつらっているというのに。相手の力量を見て戦う。何た る醜悪な精神! けれど、俺はそういう精神の持ち主に助けられよ うとしている。それだけで、恥辱である。 太郎は早くも盗人トンビの前に出ていた。盗人慌てて身を翻す。 だが、後ろからは次郎である。この挟み撃ち作戦は、カラスの常套 手段である。ひるんだところを、後ろから太郎がのしかかる。急な 重みに、トンビはうろたえ、ただむやみに羽根をばたつかせるばか りであった。そこを、今度は前から次郎が攻撃。 「もういいんだ。やめてくれ」 「トンビに対して情けは無用!」 「そのとおり!」 二羽のカラスは、俺にただ絶望感を与えるばかりだった。かの 「ゲーゲーゲーゲー」いうだみ声が、今はしっかりと解読できるの である。カラスの声など、ちょっと前までは単なる野蛮な響きでし かなかったのに! ばかりか、その二羽の区別さえはっきりとつい てしまう。ああ、俺はカラスなのである。 「もうやめろ!」 この声は、この俺の声は、野蛮か! 自棄を起こして、俺はトンビの横っ腹に精一杯のスピードで突っ 込んだ。トンビは小さなうめき声を上げて、棒を落とした。もとよ りその棒が目的だった俺は、自分がトンビの爪の射程内にいること も忘れて棒の行方を追った。 「危ない!」 次郎が俺の盾となり、トンビの爪を代わりに受けた。それから、 すぐに俺のほうを振り返り微笑。トンビの爪はそんな生易しいもの じゃない。だのに、他人を気にかけるのか! 「この野郎、よくもやりやがったな」 太郎が目を突つく。これで勝負あった。トンビは、元来の弱気の 虫が騒ぎ出し、一目散に逃げ出したのである。太郎と次郎は、逃が すまいと追いかける。日の光に照らされて、黒い羽根から光沢が浮 き出る。なんたることか! 俺はそのかすかな光沢に、孔雀の面影 すら見てしまったのである。 「もういい! 追いかけなくてもいい!」 俺の剣幕に気おされしたか、二羽とも渋々追うのをやめた。俺は 方向を転換し、棒の落ちた辺りを目指した。 「どうなさった。見かけぬ顔だが?」 俺のよそよそしい態度に不信感を抱いたらしい。太郎が、さっと 俺の横まで来て聞いた。 「なにかお困りであれば、何なりとおっしゃってください」 反対からは次郎である。 「なんでもありません。ちょっと落し物をしただけです。一人で探 しますから、放っておいてください」 本音であった。これ以上カラスに同情されては惨めすぎる。俺は、 トンビである。けれど、ああ、こう叫ばなければ、俺は自分がトン ビであるという自信を失いかけている。 「そう申されるな。我らは同志ではござらんか」 「同志?」 「そうです。ともにトンビを打ち倒せば、それだけで同志です」 ゾッとした。『同志』と呼ばれたことにではない。俺は、そう呼 ばれてまんざらでもなかったのである。恐ろしい感情の変化が、俺 の中で起こっていた。 「分かりました。実は、この下の沼地に棒を落としてしまったので す。憶えていますか。さっきのトンビがくわえていた棒です」 『猫の手も借りたい』と言えばごまかしもきくのだろうか。しか し、カラスになる前の俺が、いかな窮地に立ったとてカラスに助け など求めたろうか。 「ああ、確かに妙な棒をくわえておりました。しかし、今日はお疲 れでしょう。また明日、改めて探しましょう」 「駄目です! 今日、日の暮れるまでに探し出さなければ意味がな いのです」明日では無駄である。 「それはなかなか難しい話ですね」 「無理ですか?」 太郎は、しばらく考えてから言った。 「次郎に同志を呼んできてもらいましょう。数十羽からのグループ ですから、総出で探せばなんとかなるかもしれません」 「お願いします」 もう考えるのはよす。今は危急存亡のときゆえ、なりふり構わず カラスなどにも頭を下げているのだ、そういうことに決めた。 「では、我々は先に沼に降りて探し始めましょう」 次郎を見送ってから、太郎と沼に降りる。思った以上にぬかるん でいてなかなか見つかりそうにない。しかし、探さなければならな い。 気がつけば、沼の中にも、辺りの山の木々にも、無数のカラスが 集まっていた。沈みかけた日に空が赤く染まって、なんてことだ、 今初めて知った。 静かな世界の到来を告げる一瞬の華やかさの中で、泰然と闇を先 導するカラス。その美しさ! 虚勢をはることなど、もう駄目である。できそうにない。 「あった!」 棒が見つかり、喚声が上がる。感じたままを言う。今まで聞いた ことのないほど素晴らしい喚声である。 その興奮の中、俺に棒が手渡される。これを呑めば、俺はトンビ に戻れる……。 辺りを見回した。すべてのカラスが、まるで自分のことのように 喜んでいた。 いっそこのまま、という思いも脳裏をかすめた。しかし、やはり 俺はトンビである。自信を持って言う。「カラスは美しい」と思っ たときに悟った。結局俺は、カラスを終始客観視していたではない か。それだけで、十分カラスではない証拠だ。戻ろう。戻って、ま た海の上をくるくる回ろう。そう決めた。 太陽は、もう沈む。 感慨深く、俺は棒を呑み込んだ。 辺りでは、とても逃げ切れたものではない量のカラスが、ただた だ奇妙な歓喜に揺れていた。