第3回3000字小説バトル
Entry3
ある寒い朝、全校集会の行われた体育館の片隅で僕は貧血を起こ して倒れた。この冬一番の寒さで低血圧の僕の体は必至に眠気と寒 気に耐えようとしていたのだが、そんな事はお構いなしに僕の体は 寒く静かな体育館に大きな音を響かせ床に倒れた。遠のく意識の中 聞こえてきた校長先生の話はこうだった。 『私の左手には沢山のしわがある。それらには頭脳線、生命線、感 情線などと名前が付いていて、それを見れば一目でどういう人間か、 どういう生き方をしてきて今後どういう人生をたどるかが解るのだ。 私のしわはそれはたいそう立派なものでそれは私がどれだけ素晴ら しい人間かを表わす。諸君達もぜひ見習って私のような素晴らしい 手相を手に入れていただきたい』 難しい事を話していたが、僕なりに解釈した所、このような事を話 していた。 僕は床に寝転がり生徒の隙間から見上げる校長先生はとても不細 工だと思った。 「片桐また倒れたね」 「最近いつもじゃん」 長い全校集会が終わりじっとしている事に耐え兼ねていた生徒達は 冷えた足先をかばいながら足早に教室に向かった。沙織は寒さで軽 い頭痛を感じていた。 「そう言えば片桐って保険室の城崎とできてるらしいよ」 「嘘。それほんとー」 「やっぱ家庭とか複雑だといろいろとヒズミができるんじゃない?」 「片桐の家、再婚したとかいって。」 「しかもお母さんが旦那さんにべたべたらしいよ、しかも旦那さん すごい金持ちらしいし。」 「奪われた母の愛を求めて、そしてたどり着いたところが城崎?」 「複雑だね」 「難しいね」 沙織はガラスに張った水蒸気の隙間から見える外の景色を見ていた 太陽が水蒸気に乱反射し上手く外を見る事はできないが暖まってき た生命達は徐々に解けて水浸しになっていた。 「沙織、どうしたの?」 「そうだよ、さっきから黙って」 友達の美紀と由紀が心配そうに顔を覗き込んだ。 「頭が痛い」 沙織はさっきから二人の話し声があまりにも大きく頭に響くので少 しいらいらしていた。 「保健室いってくる」 沙織は熱い目の裏を押さえた。ここにあの水蒸気の付いたガラスを 当てたら気持ちいいだろうと思った。 保健室に入ると中はとても熱く私は急速に具合が悪くなるのが解 った。白いカーテンで遮られたベットが一つあり、そこに片桐は寝 ているのだと解った。沙織は片桐と同じクラスだったが話した事が ない。いつも静かで、色が恐ろしく白く体の線が細いのでよく貧血 で倒れるというのも解る気がするのだった。 「どうしたの」 城崎は机から紅い顔を上げたずねた。 「風邪をひいたらしいです、頭痛がするんです」 「そう」 城崎はにこりと笑い。ベットを用意した。 「一応、熱計ってみる?あまりひどいようだったら先生に言って帰 ってもいいけど」 「少し休めばよくなると思います。今動くのはつらいです」 城崎はそれではどうぞと片桐の隣のベットを薦めた。私は靴を脱ぎ 白いシーツと布団の間に体を滑り込ませた。布団の中が冷たくて思 わずどきっとした。 「ゆっくり休みなさい」 「先生、暖房少し弱めてもらえませんか?」 「ごめんなさい、熱かったわよね」 城崎は慌てて暖房のスイッチを動かすと片桐のいると思われるカー テンを指差し「そこに寝てる子がすごく寒がりなのよ。」といった。 最近頭が重い。 それは眠気にも似ていて、なのに目蓋を閉じても決してどこかに 消えるものではなく。徹夜した眠気を通りすごした感じである。頭 は冴えてるのにのに一つの事がじっくり考えられない。何も頭に浮 かんでこない。 僕は目が覚めた。見慣れた保健室の白い天井が目に入る。どのく らい寝ていたんだろう。また倒れたらしい。 カーテンを開けると先生が気分はどうかと聞いてきた。先生はよ ほど暑いのか頬が真っ赤だ。この部屋の温度は僕に合わせてあるせ いだろう。 「片桐君、中間テスト白紙でだしたんだって?どうしてかしらね。 解らないワケないわよね」 先生は僕の肩に両手を乗せ小声で話した。 「だって出る問題知ってたじゃない」 先生は意地悪そうに笑った。 「先生、あれ手に入れるの大変だったのに。どうして解ってくれな いのかしら」 その時隣のベットから同じクラスの佐山沙織がでてきた。 「どう、調子は」 「だいぶ良くなりました。今日はもう帰ります」 「そう。担任の先生には言っておくわ」 「ありがとうございました」 佐山は居心地が悪そうに素早く部屋を出た。 「聴かれたかしら?」 それでも先生は意地の悪い笑顔を止めない。 「僕、心配なんでついていきます」 とりあえずここを出たかった僕は適当な理由をつけて部屋を出た。 保健室で沙織は眠る事ができなかった。部屋が暑すぎたのだ。し ばらくすると話し声が聞こえた。片桐と城崎の声だった。小声で良 く聞き取れなかったが、要するに城崎は片桐にテストの問題を見せ たのだ。それ以上聴くのが恐くて思わず飛び出してしまったが失敗 だったなと思った。保健室を出ると片桐が追いかけてきた。校門ま で送ってくれるのかと思ったら、門を出ると片桐は毛糸の帽子とマ フラーと手袋をはめた。 「寒がりだね」 「なんで?」 「だってそんなに着込んで。保健室だって城崎が片桐が寒がるから ってあんな暑さにしてあったんだよ」 沙織は少し意地悪な事をいったと思った。片桐は何も言わず私の右 を少し離れて歩いた。外の寒さは尋常ではなかったが保健室でほて った頭を冷やすには丁度良かった。 「ちょっと待って」 片桐は道をそれて煉瓦の塀の奥を覗き込んだ。そこには三匹の黒い 子猫がいた。 「かわいいね」 沙織はしゃがんで一匹の喉をなでた。 「一週間ぐらい前に見つけてえさをあげたんだ」 「お母さんはいないの?」 「知らない」 片桐は一匹を取り上げ「おまえのお母さんはどこだ」と話し掛けた。 「片桐君、動物好きなの?」 「べつに好きじゃないよ。でもこんなかわいい小猫を嫌いだなんて いう奴いないんじゃない?」 片桐は三匹を交互に取り上げすべての猫にキスをした。その動作が とても人間味があっていつもクラスで息を潜めている片桐とは思え なかった、沙織は面白くて小猫ではなく片桐に目を取られた。 「さっきの話聞いてた?」 沙織はあまり急だったので嘘がつけなかった。 「どうしたっていいよ。ずるい事をしたんだからそれ相当の罰があ っても仕方ないよ。嘘をつく気はないよ」 「でも片桐が欲しがった訳じゃないんでしょ?」 「鞄に入ってたんだ。すぐに城崎先生だって解ったよ。先生ここん とこ変なんだ」 「城崎とつきあってんの?」 「付き合ってないよ。先生は僕の事好きみたいだけど」 「みんな噂してるよ」 「人生の九割はくだらない事でできていて噂もそのうちの一つだよ。 僕はそんな事は気にしない」 ただ、現実に起こってしまった事はどんなにくだらなくても無視で きないけどね。と片桐は笑った。 片桐とは駅まで歩いき、その間にいろんな事を聞いた。中学の時 いじめられた事。お父さんが病気で死んで母が再婚をした事。再婚 相手は決して金持ちでもなく普通の男だと言う事。大きくなったら 猫を飼うという事。沙織が人生の後の一割は何ナノ?と聞くと「小 猫のかわいさかな」と答えた。 沙織はこの事は誰にも言わないだろうと思った。片桐がかわいそ うに見えたのかも知れない。でもこの気持ちも片桐の言う事のくだ らない事に当てはまるならばそれは少し寂しいと思った。