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第3回3000字小説バトル
Entry5

最後のひと

作者 : おーぎや
Website : http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/2883
文字数 : 2976
「今、おまえが目にしている現実って奴は、おまえだけの現実なん
だ。例え俺がいなくなっても、なんの不都合もなく日常的に過ぎて
いくだろう。悲しいとか寂しいとかなんて、おまえだけの都合でし
かないんだ。あいつが死んだときにかわいそうだと思っただろう?
 残された幼子を見たときに心が痛んだだろう? おまえは、死ん
だのが自分じゃなかったことに喜び、心を痛めた自分に酔っている
んだ。嘘だと思うかい? 自分は違うと思うかい? でもな、所詮
この世界はおまえだけの世界なんだ。おまえが望み、おまえの世界
に反映される。おまえが思い描いた通りの世界が構築されているん
だ。もちろん、俺には俺の世界がある。いままで、俺の世界とおま
えの世界は交わっていた。でも、これが最後。終わりなんだ。おま
えの世界の中から、俺は完全に抹消される。ただ、おまえの手元に
は目覚し時計が残るだろう。ぷっつりと切れてしまうはずの世界の
中で、ほんとに唯一の接点だ。そろそろおまえも目を覚ますだろう。
それが最後になる。いいか、必ず説明書を読むんだ。俺の言いたい
ことがわかるはずだ。絶対に次……」

 カオルは目を覚ました。枕元の時計は7時03分。
 夢の中でリョータがなんか言ってたなあ。まあ、おかげで寝坊し
ないで済んだんだけど。
 あふぁあふぁとあくびをして、ぼさぼさの髪に手櫛を通してから
「さて」と立ちあがる。
 そういやあ、鳴らなかったなあ。せっかく立ちあがったからしゃ
がむのがだるくて、鈍く真鍮色に光る時計を右足の親指でつっつい
てみた。確かにベルはないんだけど、アラーム時刻を合わせるハリ
と、スイッチのON・OFFがある。てっきり目覚し時計かと思っ
たんだけど。
 リョータの声が耳にわずかに残ってる。
 説明書がどうたらこうたら言ってたなあ。でも、目覚し時計なん
て、わざわざ説明書読むまでもないじゃん。いまどき説明書読まな
きゃ使えないモンなんて……。あふぁふぁ。

 シャワーを浴びる。ゆっくりシャワーを浴びてる時間なんてない。
一限は語学だし、出席取られちゃうから遅刻はまずい。
 錆色がかった髪をさささっとドライヤで乾かす。化粧もロクにし
ない。口紅くらいは塗っとくか。
 脱ぎ散らかしたジーパンを拾い上げて脚を通し、乾いたTシャツ
を着る。首の後ろに手を回して、背中まである髪の毛を持ち上げる
ようにしてTシャツの外にだす。
 ルーズリーフとテキストをバッグに突っ込んで、はたと手を止め
た。説明書。授業中にでも読んでみようかな。

 思い通りの急行に乗り、乗り継ぎも順調だったから、一限に間に
合った。夢にでてきた話をしてあげようと思って、いつも早く来て
るはずのリョータを探したんだけど、今日はまだ来てないみたい。
まあ、いいや。一番後ろの廊下側の席に座った。あてられる確率は
低いし、リョータが教室に入ってくればすぐに気付くはず。
 教授は、来るなり出席票を配る。リョータは来なかった。どうし
たんだろう。途中退室できないように最後に出席票を回収するから、
しかたなく退屈な授業に90分を費やさなければならない。それで
も、今日はヒマつぶしがあるから、いくらかマシなほうかな。

 これは目覚し時計です。未完成ですが、新しく開発した機能を搭
載しています。個体別波長同調機能と個体別波長同調解除機能のふ
たつの機能です。
 使用者がスイッチを入れたときに、個体別波長同調機能が働いて
使用者と同調し、視床下部に直接働きかけて視覚的に起きることを
意識付けすることができます。設定した時間になったときに、使用
者が睡眠状態にある場合には、直接脳に働きかけて睡眠状態を解除
します。使用者が睡眠状態ではない場合には、動作しません。また、
使用をやめる際には、スイッチを切ることで個体別波長同調解除機
能が働いて、使用者との同調が解除され、それまでの使用者の睡眠
状態にかかわらず、次にスイッチをいれるまで動作しません。使用
者の時分割波長を縦方向の波長エネルギーに変換し、波長池に蓄え、
それを動力源として時計機能が働いています。長期間使用しない場
合、時計機能が止まってしまうことになります。再びスイッチをい
れたときに、個体別波長同調機能が働いて、使用者の体内時計の時
刻から自動的に目覚まし時計の時刻を補正します。

 書いてあることがさっぱりわかんないや。なんだこりゃ。
 なんだか渋い色だったし、リョータにしてはなかなかしゃれたも
ん持ってんなあって思って、「これちょーだい」って言っちゃった
んだよなあ。
 ページをめくると、波長同調の理論について書いてある。読んで
もわからない。主語と述語の関係さえもつかみにくい。これ読むく
らいなら、まじめに英語の授業聞いてた方がマシなんじゃないかな。
なんだかバカバカしくなってきて、説明書をぱらぱらとめくってみ
た。
 走り書きがしてある。説明文が終わって、最後の4ページほど、
何も書かれてない白いはずのページに、走り書きがしてある。

 旧友である隅谷博士から、試しに使ってみるかと言われて、持ち
かえった。翌朝、実際に起きることができて、すばらしい目覚し時
計であることを実感する。夢の中で、博士が何か訴えていたが、こ
れが視覚的に目を覚まさせるという画期的な理論なのだと理解した。
 この感動を伝えようと、博士を訪れたところ、博士は不在だった。
 翌朝、同じ夢で目が覚めた。博士は全く同じに訴えている。どう
も様子がおかしい。目覚し時計のスイッチを切ることにする。
 ところが、翌朝も同じ夢で目が覚めた。どうしたのだろうか。個
体別波長同調解除機能が働いていないのではないだろうか。
 もう夢を見たくない。だから、設定時刻より前には起きているよ
うにした。最初に設定した時刻から変更することができない。これ
では毎朝同じ時間に起きなければならない。油断をすると必ず全く
同じ博士の夢を見る。
 つらい。

 友達にもらったと言って、弟がくれた。なかなかしゃれてるから、
喜んで使ってみたんだけど、知らない奴が夢に出てきて、たたき起
こされる。なんだかいやな目覚し時計だなと思って、説明書を読ん
でたら、ここにメモが残ってた。書き加えることにする。
 もしかしたら大変なものを使っちゃってるのかもしれない。

 試しに使ってみてと言われて、お姉ちゃんに返してもらったんだ。
翌朝、お姉ちゃんに起こされたんだけど、お姉ちゃんはいなくなっ
てた。あれは夢だったんだ。
 僕は怖くなって、近所のお兄ちゃんにあげることにした。

 しげるくんにもらった時計がこんなに恐ろしいとは思わなかった。
 しげるくんは、いなくなった。いや、俺の頭の中にいる。毎朝、
いる。毎朝いるのにもかかわらず、同じことしか言わない。ビデオ
を再生しているみたいだ。
 俺が推測するに、おそらく個体別波長同調解除機能は、個体別波
長削除機能として働いているのだろう。
 しげるくんをこれ以上見るのはつらい。でも、なにか方法がある
のかもしれない。どうすれば良いのか、よく考えなければ。おそら
く波長同調理論の中にヒントが隠されているはずだ。
 いままでいったいどれだけの人が、この時限のハザマをさまよっ
ているのか。
 助けたい。しげるくんも、目覚し時計を創った博士も。
 もしこのまま飲み込まれてしまうにしても、もっとも愛するカオ
ルの中で存在し続けたい。