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第4回3000字小説バトル
Entry11

その恋、買います!

作者 : 百内亜津治
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/1516/
文字数 : 2996
 ぼくは今日から23歳で、大学を卒業するまであと6ヶ月くらいし
かない。そんな中途半端な年齢や立場にいるからかどうかはわから
ないけれど、先輩に言われた「おまえもまともな恋くらいしたらど
うだ」という言葉がなぜか心の隅から突然這い上がってきて、今の
生活が本当に物足りないつまらないものに思えてきてしまった。ろ
くな恋だって一度もしたことのないぼくは、ちょっと先輩から勧め
られた店にでも行ってみようか、と思ってなんとなく家を出たのだ
った。

 ぼくがその店に入ったのはだいたい6時くらいだった。そのころ
になるともう西の空は赤くきれいに染まっていて、ああ今日も充実
した一日だったななんて会社帰りのおじさんたちが歩きながら大き
く背伸びをする、というような変な光景も見られたりするものだ。
そんなことはどうでもいいとして、ぼくは駅前のネオンがぎらぎら
光る繁華街の中でもわりと地味な格好のその店に、一人でこっそり
と入っていったのだ。

 店内には40歳くらいの女性の店員さんが一人正面に立っていて、
さわやかな笑顔でぼくを迎えてくれた。どうやら客はぼく一人のよ
うだ。「あ、あのう」とぼくは本当に恥ずかしそうな顔をしながら
「サービスのカタログを見せてもらえませんか」と小さな声で言っ
た。店員さんはぼくに椅子に座るように勧め、分厚いカタログを目
の前に差し出してきた。

 カタログの1ページ目は次のような見出しだった。失楽園的心中
恋―津軽海峡冬景色編。灰色の空の下で絶壁にたたずむ一組の男女
のシルエットの写真があり、やけにリアルだなあと思う。ぼくの斜
め前に腰掛けた例の店員さんが言うには「近頃これが一番売れてお
ります」。うーん。ぼくはうなった。最近あの辺りでずいぶん心中
事件が多いようだけど、今その直接的な原因が判ってしまったから
だ。だけど別に死にたくはないんだよ、ぼくは。2ページ目のは、
花を召しませ召しませ花を―東京花売り娘純愛編―――というのだ
ったが、これはちょっと時代遅れじゃないかなあ、と思うのだ、ぼ
くは。でも店員が言うには「比較的高齢の方には好評なようです」。
だから金額が異常に高いのか。これだけ払えるのは会社で勤めあげ
た年配の元サラリーマンぐらいしかいないもんね。でもね、やや間
の抜けた感じだもんね、これは。

 「燃える若さと恋の華・京都五重塔をのぞみながら満開の桜の木
の下で超美人の舞妓さんとアツアツの酒を飲む」 というのが8ペー
ジにあった。ぼくは、「あのう、これってお酒を一緒に飲むだけで
すか」と訊いた。「いいえ、話しもします」と店員さん。どうりで
5千円のはずだ。 ぼくのややけげんな表情を察してか、彼女は「続
くページをご覧下さい」 と言うので開いてみる。「女子高生8人囲
って、はないちもんめ」。「楽しいですよ」と店員さん。

 13ページでは「風たちぬ―軽井沢高原病床激情恋愛コース3ヶ月」
というのがあった。「看病でもするんですか」と訊くと、「そうで
す」と店員さん。それじゃあこっちが看護料でお金をもらうのが筋
なんじゃないかと思ったが、 ぼくは何も言わなかった。 15ページ
の大見出しは「父激怒―勘当―駆け落ち―永遠の愛…特別ドラマチ
ックスペシャルコース」。「若い方にはこれが一番の人気で、只今
たいへん申し訳ありませんが品切れとなっております」とぼくがな
んにも言わないうちに店員さんが慌てて釈明する。やっぱり今の若
者たちはテレビドラマなんかに影響されてしまって、こういう訳が
わからないがちょっとスリルがありそうだわ、っていうのに魅せら
れてしまうのだろう。あいにくぼくはこれには少しも惹かれること
がなかったので黙ったままでいた。

 "国際総合恋愛開発発展株式会社日本支局所沢出張所"というのが
この店の正式名称らしい。ぼくの座っているところよりずっと奥の
壁にそう書かれた看板が掛かっている。その下にはホワイトボード
があって、そこに、"先週の来客者リスト"という紙が磁石で貼り付
けられている。ああ、きっとここの社員の誰かが貼ったまま忘れて
しまっているんだろうな、と思いながらそれを眺めていると、知っ
ている名前があった。奥村正。大学の先輩でぼくにこの店を勧めた
人だ。彼の名の横にp19と書いてある。ちょうどぼくが今カタログ
で開いているページだ。「二人きりの露天風呂――ねえ、あなた、
あっ、こんなところで、見られてるかもしれないわ、あ、あっ――
山奥にはしんしんと音も立てずに降りつづける雪と熱く激しく強く
そして美しく燃える二筋の恋があるのだった」と、ここまで読んで
顔を上げると、例の店員さんと目が合った。「お気に入りいただけ
ましたか?」「いいえ」とぼくはすぐに答えた。それにしても先輩
は偉そうなことをぼくに言っておきながらあんまり趣味が良くない
ようだ。困ったものである。

 カタログのこのあとのページにも、けっこうすごいというか恐ろ
しいというか恥ずかしいというかなんだかとにかくすごい、サービ
スの数々が載せられていた。「男同士の恋―――二人で語り合い確
かめ合う奥飛騨(おくひだ)の秋」。これはすごいというよりは怖い
と思う。想像するだけでも寒気がする。だって…気持ち悪いったら
ありゃしないじゃないか、わざわざそんなところまで行って……と
思ってしまうわけなのだ。  「75歳老婆とのぎこちなくそしてせつ
ない恋」っていうのもひどく怖い。これはもしかしたらずっと高齢
の人のためにあるサービスかもしれないけれど、でも…やっぱりい
やだと思う。どう考えてもいやだ。仮に百万円積まれたとしても考
えてしまうだろう。ところが、これは、ちょうど百万円だった。も
ちろん、もらうほうじゃなくて払うほうのだけど。

 「東京ディズニーランド――シンデレラの城にて燃え盛る一夜の
恋の夢」は前に取り上げたのに比べたらずっと良いけれど、ぼくは
この"一夜"というのがどうも引っかかった。それというのも、この
"一夜"というのはそもそも恋とか愛とか言える代物じゃあないと思
うのだ。ぼくはだんだんいらいらしてきた。この女の店員さんも、
ぼくを茶化しているんじゃないかと思えるほど変に丁寧だったりす
るし、この店だって事務所みたいにきたなくてしかもまともに恋を
しようと思っているぼくなんかにとっては、とんでもないと思える
ようなサービスばかり紹介してくるじゃないか。ぼくはついに立ち
あがって彼女に言った。「ぼくはこんな訳のわからない恋を買いに
来たんじゃないぞ、人を馬鹿にするのもいいかげんにしろ」。

 その時、店員さんも立ちあがった。そして深く頭をぼくに下げて
言った。「たいへん申し訳ございませんでした。しかし、まだご紹
介しておりませんでしたが、お客様にはきっと気に入って頂けると
思いますサービスがございます」。そして彼女はカタログの最後の
ページを開いた。「宿命の処女と結ばれる――いたわりあいながら
強くそしてたくましく二人でいつまでも生き抜いていく、"忍ぶ川"
的純真純愛編」。

 ぼくは確信した。これこそぼくに必要なもの。これこそぼくが求
めていたもの。そして永遠に変わらない愛を二人で大事に大事に守
り育てていくこと……それが本物の、そしてほかの誰でもないぼく
自身が追い求めていくべき真実の愛の姿である、ということを。そ
れからぼくは自分でもびっくりするくらい大きな声で叫んだ。「そ
の恋、買います!」。