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第5回3000字小説バトル
Entry1

登校時間

作者 : 小鳥羽西宗 [ことば にしむね]
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文字数 : 2847
 私のお母さんは私のことをいつまでも子供扱いするの、そこが嫌。
 トーストが焦げてるの、いつもやめてっていってるのに、自分が
好きだからずっとやめない。多分再来年になってもヤメナイ。パン
の耳をこんがり焼いてバターを塗ったのは好きだけど、パン自体が
焦げているのは嫌。どうにかならない?
 でも、そんなことは多分重要じゃない。
 今の私に重要なのは、間違って運動靴なんて履いてきちゃったこ
と。
 運動部にいる所為かしら?
 急いで家を出たときは、必ず運動靴を履いちゃう……それじゃ駄
目。こんな可愛くない靴で告白なんて、なんだか女の子じゃない。
アイツ、きっと私のこと・女って見てないもの。だから可愛くしな
きゃいけないの。
 でも、もう戻る時間がない。アイツはいつもこの遅刻スレスレの
時間にのんびり学校に行ってるから、私も時間を合わせるので精一
杯。
 もし今日会えなかったら、明日はちゃんと可愛い靴を履いて頑張
ろう。
 会えない方がイイのかな? なんか複雑。
 でもこんなことで悩んでいる自分がちょっと幸せ。

 走っていて気付いたことは、今日はちょっと寒いということ。
 吐息が白くて、それを見ているだけで何となく楽しい。引っ越し
てきたばかりの時は、そんなこと気にも留めなかったのに。
 蒼い空に雲がないから、私は一生懸命白い息を吐く。走っていて
息が上がりそうだけど、一生懸命に空を飾る。
 蒼いだけの空は、なんか寂しい。
 蒼いだけの空は、なんか不安──いつ泣き出すのか分からないか
ら。
 神様は空が泣く時は教えてくれるって約束したけれど、だから蒼
い空のままだと不安な日々が余計に不安。
 私のために少しは曇って欲しい。私の不安を見逃さないで欲しい。
 だから私は白い吐息で空を飾って楽しんでいる。
 綺麗に笑っている空を飾って楽しんでいる。

 住宅に入り込んで、アイツは歩いている。
 近い道を辿れば近道、当然。でも、ここは遠回り。遅刻を気にし
ないの?
 アイツは気にしていないみたい。でも、私は急いでる。
 学校に行くことに? そうかもしれない。
 あの場所で告白することに? そうかもしれない。
 ひょっとしたら遅刻しないことに困っているのかな。だとしたら、
私ってちょっと軽薄。
 でも、こうして脇道に二人で逸れていくのも、少し楽しい。いつ
も見えなかった街並みが、いつも知らなかった時間の息吹が、また
私の前に現れる。
 誰かがここに連れてきてくれた。
 でも、やっぱり寄り道は駄目。ずっと進んでいた道をそれるのは、
私らしくないから。
 だから、とりあえずアイツの示す近道を、影を踏むように追って
いく。
 バイクで転んだらしいアイツは、ちょっと薄汚れた服だけどあえ
て気にしないでいる。
 だから私は押し笑いをする。それが少し楽しくて、嬉しい。

 冷たい橋を渡る。初めて通る道、初めて見る橋。アイツは平然と
前を行く。きっと私が知らない頃から知っていた。
 だから、橋にちょっと嫉妬する。鉄とコンクリートの塊に嫉妬す
る。
 でも、今日はとりあえず許してあげるわ。何故って、アイツと私
が一緒に通るためにあなたは役に立ってくれたから。よかったら、
今後も役に立って欲しい。
 急いでるから、今はそれだけしか言えない。また今度会いましょ
う。

 転んだ時に、足を擦り剥いた。張り詰めた空気のせいで、余計に
痛い。
 アイツは十二歩先で気付いて振り返る。
 私はしゃがみ込んで膝をさすっている。ちょっと血が滲んでる、
傷ついちゃった。
 足に怪我して告白するの? 余計に女の子っぽくなくて、心も少
し傷ついちゃった。
 アイツは軽い駆け足で戻ってきてくれる。
 私は心配ないって、本当は嬉しいくせに追い払おうとする。アイ
ツはちょっとむくれる。
 そんな顔しないで。ポーカーフェイス、一年以上続けて疲れてる
の。
 アイツはむくれたまま私を引っ張り起こしてくれる。むくれたま
ま、大丈夫かって小声で心配してくれる。
 こんなとき、胸が痛くなる。いつから好きになったのか忘れちゃ
ったけど、この切ない痛みが今の私の一番の楽しみ。一番の悩み。
一番の生きている理由。
 これから先ずっと、一番忘れたくて一番覚えていたいもの。
 こんなにも想っていられる心があることが、嬉しくてたまに誇り
のせいにして涙を隠してる。
 ねぇ、ホントは気付いているんじゃないの? 答えは無言。
 もしも気付いて無視しているなら、私あなたをひっぱたくから。
 もしも気付かず過ごしているなら、私あなたをひっぱたくから。
 気付いて欲しい。だけど訊かれるのは恥ずかしくて恐い。私、早
く楽になりたい。これ以上ないくらい、世界が普通じゃなくなって
いる。だから、早く気付いて欲しい。私がこんなにも苦しんでいる
ことに。
 でも、とりあえず、私は平然と立ち上がった。まだたどり着いて
いないから、先を急がなきゃ。

 途中はあぜ道。
 こんなところ通るなんて考えてもいなかったけれど、運動靴で出
てきちゃったことを今更正解だと思う。
 今日は調子がいい、このまま行けばうまくいきそう。でも、やっ
ぱり運動靴は少し嫌。
 優柔不断? それでもいいの、追いつける位置にいるためだから。
 私、走るのには自信があるけれど、アイツの足はもっと速い。だ
から、追いつける位置にいなきゃいけないの。
 いつかアイツは足が速いって私のことを見ていったけど、アイツ
の方がやっぱり早いと思う。私にわざわざスピード合わせて、声を
かけてくる。その余裕が羨ましい、私は走ることしか出来ない。
 でも、あと数分たったらその余裕を壊してあげるから、とりあえ
ずずっと一緒にい走っていて頂戴。

 あぜ道の遥か向こうに、登校するみんなの影が見える。ちょっと
恥ずかしい。でも、ふと気付いたら、そのあぜ道には福寿海が咲い
ていたから、私はそれでまた嬉しくなって走り続けるの。
 誰かに見られているかもしれないし、見られていないかもしれな
い。アイツもどうだかわからない。
 でも、できることなら花言葉通り、幸せになれると嬉しいと思う。
 花言葉なんて今まで覚えてすらいなかったのに、なんか変。福寿
海の花言葉も当然知らないけれど、多分幸せになれる言葉だと思う。
 そう願ってる。折角咲いていてくれたんだから。

 ガードレールを飛び越えたら、スカートがふわって浮いて、男の
子達が一瞬こっちを見たのに私は気付いた。女の子達も見たのに気
付いた。
 いいじゃない。今私、追いかけることで精一杯なの。
 それよりも、私たちより後を歩かないで。校門で二人、見られる
のは恥ずかしいから。
 そのかわりうまくいったら、その時は見て頂戴。
 私が誰と一緒にいて幸せになったかって事を。
 私がどうして幸せになったかって事を。

 でも、まだチャイムが鳴らないの。
 チャイムが鳴らないと、みんなのんびり歩いているの。
 だから、早くみんなを焦らせて?
 学校に私たちが入る前に、学校の時間が始まる前に。
 クラスの違う私には、今しかチャンスがない気がするの。
 だから、早くみんなを焦らせて。