インディーズバトルマガジン QBOOKS

第5回3000字小説バトル
Entry13

今世紀最大の作戦

作者 : 羽那沖権八 [わなおきごんぱち]
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/4587/
文字数 : 3000
 夜も深まり切った太平洋は、闇よりも尚暗い。
 ずさあああああっ。
 海面が黒く盛り上がり、一隻の潜水艦が姿を現した。
 防音加工してある船体の内側から、僅かに喧噪が洩れ、それに呼
応するかのように、ミサイル発射管が開いた。
 そして。
 ばしゅっ――ごがががががががががが!
 光の筋を曳きながらミサイルが一つ、星のない空へ飛んで行った。

「トライデントが発射された!?」
 大統領は受話器に怒鳴る。
『はい。システムエラーがあった模様です』
 電話の向こうで、国防長官は冷静に応える。
「私が許可を出してもいないのに、何故発射できる!?」
 怒鳴る大統領に、秘書が無言でコーヒーを差し出した。
『お忘れですか? 艦載核は、有事の際の報復用です。独自の判断
で発射可能なシステムになっています』
「標的はどこだ? 迎撃はできないのか!」
『標的は東京、命中までおおよそ三時間です。現在基地並びに艦船
にスクランブルを掛けています』

「以上だ、何か質問は」
 空母のブリーフィングルームで、説明を終えたホフマンは隊員た
ちを見渡す。
「隊長」
 古株のパイロットが片手を挙げる。
「なんだ、ラッセル。手短に頼む」
「あんたは、マッハ三で飛ぶ小っちぇえ巡航ミサイルを、本当に迎
撃できると思ってるのか。銃弾で銃弾を撃ち落とすようなもんだぜ」
「……いいか、ラッセル」
 ホフマンは自分のヘルメットに手を突く。
「現在、ヤツは宇宙に昇って地球を半周している。こいつを今迎撃
する方法は、衛星レーザーくらいしかない」
「ならそいつを使えよ」
「使った。だが、三発外した時点で、オーバーヒートを起こしたそ
うだ」
「一基じゃねえだろ。衛星兵器は」
「使用可能なのは領空内だけだ。それ以外は外交問題になる。元々
無断配備だからな」
「ハ! 外交問題? 日本に核ミサイルをぶち込むのは問題じゃね
えのかね」
「政府間じゃ話が付いてるらしいが、まあどっちにせよ」
 彼は白版に貼り付けてあるミサイルの写真を指さした。
「こいつを撃ち落とさないと、ウェルダンになった空母に着艦する
羽目になるって事だ」

 港に停泊中の空母の滑走路は、駆け回る整備士たちでいっぱいだ
った。
「サイドワインダーで巡航ミサイルをねぇ」
 ラッセルは自分の戦闘機の翼にぶら下がっているミサイルを眺め
る。
「使い方を考えろよ。戦闘機相手とはわけが違うんだ」
 隣りにホフマンが立つ。
「その戦闘機相手だって、湾岸以来してねえじゃねえか」
「まあな」
 ホフマンは頷いて、遠くの街明かりに目を向ける。
「もうすっかり日も沈んだな」
 基地の街として栄えるそこは、ネオンの明かりが眩しいほどだっ
た。
「夜間飛行がどうのって、また文句言われるんだろうな」
「オレたちの苦労も知らねえで呑気なもんだぜ」
「この作戦がすんだらイヤでも知る事になるさ」
 ホフマンは自分の機体に乗り込み、キャノピーを閉めた。
「成功しても、失敗してもな」

 ばすっ!
「ぬぐっ」
 カタパルトの射出による加速に耐えた後、ホフマンは操縦棹を操
り始めた。
「目標ポイントまで四分。そこで三分以内に標的は現れる。覚悟し
とけ」
『了解』
『はいっ』
『あいよっ』
 通信機から隊員たちの声が聞こえる。
「狙って当てようなんて思うなよ。見えたら全弾ぶっぱなせ。敵は
速い」
 すさまじいエンジン音と振動が、ホフマンの身体を揺する。その
まま一気に雲の上に出て音速を抜けると、周囲がいくらか静かにな
った。
 くの字形の編隊を保ち進む。
 眼下には、星と月の僅かな明かりに照らされた雲海が広がってい
た。
「迎撃ポイントに到着した」
『了解。現在標的は距離二〇〇。予定進路を直進中。三十秒後に迎
撃ミサイルを発射する、決して作戦領域を逸脱するな』
「了解」
 空母との通信を終え、ホフマンはレーダーのレンジを広域に切り
替える。
 衛星から送られたデータに従い、ミサイルの軌跡が描かれて行く。
「速いな」
 ホフマンが呟いた時。
 レーダーに、ミサイルとは別の点が映った。その識別信号は。
『隊長、こいつは!』
 緊張気味のラッセルの声がする。
「今、確認した!」
 ホフマンは空母に通信を繋ぐ。
「何で作戦空域に民間機が紛れ込んでいる! このままじゃ、射線
上に入るぞ」
『避難勧告が間に合わなかっただけだ。あの民間機は射程圏外にい
る、安全だ。任務を続行せよ』
「弾が射程圏を出たら全体止まれで落ちて行くのか!」
『仮に撃墜してしまったにしても、被害者数は核が落ちた時の比に
ならない少なさだ』
 無言でホフマンは空母との通信を切った。
 レーダーを確認する。
 ミサイルとの距離は、もう先ほどの半分にまで縮んでいる。
「後、二分あるかないか」
 彼はぐっと操縦棹を倒した。
 斜めになった機体が、急速に進路を横に曲げていく。
『隊長?』
「射線を最大限ずらす! 三時の方向から回り込め」
『ミサイルを横から狙う事になるぜ』
「そこを当てるのがプロってもんだろ! 民間機を墜としたきゃ来
るな」
『ふふっ、ちげえねえ』
 全ての隊員はホフマンに従い、編隊を保ったまま予定の迎撃位置
から数十キロずれて行く。
 急速旋回の重力が、ホフマンの身体をシートに叩き付ける。
 程なく、レーダーに映るミサイルの光点が左回りにゆっくり動き、
民間機の光点は射線から外れて行った。
「よし、ここまで来れば!」
 ホフマンは安全装置を外しトリガーに指を掛けた。
 近距離レーダーで、ミサイルとの距離が細かく表示される。もう
二十秒と掛からない。
「……来い、来い、来い」
 高鳴る鼓動が身体中を揺さぶる。
 交差するのは一瞬。真正面から当たる時のような余裕は一切ない。
 この暗さ、見えたら、いや感じたら射つ。
 はぁ、はぁ、はぁ――。
 予定時間まで、十、九、八、七、……。
 その時、目に眩しい光が入った。
「!」
 隊員の機体の一つが、機関砲を発砲していた。明らかに早過ぎる。
 機関砲弾に混じった曳航弾の僅かな光は、暗闇に慣れたホフマン
たちの目には眩し過ぎた。
「くっ!」
 ホフマンはロックオンしていないミサイルと機銃を乱射した。
 虚空に吸い込まれていく砲弾と、命中せずに自爆したミサイルの
明かりは、一瞬通り過ぎていく何かを照らしたように見えた。
「急速旋回、追撃する!」
『落ち着け隊長!』
 ラッセルの怒鳴り声がする。
『もう弾もねえだろ、あったとしても追い付けねえ』
 彼の言葉通り、ホフマンの戦闘機にもう弾は残っていなかった。
「しかし、このまま! 弾の残ってる奴はいないか!」
『冷静になってくれ、追えばオレたちまで核爆発に巻き込まれるん
だぜ』
「くそおっ!」
 ホフマンは計器を殴った。
「……着弾まで後何分ある」
『ああ、えーと、あれ?』
「どうした」
『もう、命中してる時間なんだ』
「え?」
 命中予定地点の方角の雲海は、何事もなかったかのように穏やか
だった。

「不発か」
 大統領は椅子に深く腰を掛けたまま呟く。
「冷戦時の弾頭だったせいか、プルトニウムが劣化して臨界量に達
しなかった様です」
 資料の一つを、秘書が差し出す。
「誤射の原因の方は、新型OSのバグでした。ま、不発だったのが
不幸中の幸いです」
「なにを言ってるんだ、君は」
 大統領は秘書を睨む。
「は?」
「我が国の最大の兵器が不発だった、これ以上の不幸があるか」
 彼は海軍直通の受話器を取った。
「あー、国防長官? マスコミにばれんようにもう一発射て。今度
はきちんと爆発するヤツをな! 迎撃は許さんぞ」