第5回3000字小説バトル
Entry18
盛りを過ぎて下り坂だった女優の遺伝子が販売されたのは、クロ
ーン技術の規制が緩和されてすぐのことでした。
彼女のクローンが欲しい。注文を出すと業者から書類が届きます。
それにはこれから届く子供を自分の子供として
親権を認める事、その子に関しての育成、教育の義務は全て自分が
負い、明らかに業者のミスと思われる身体の異常
以外に業者は何の責任を負わないこと。この二点を認める署名をし
て送り返すとクローンの製造が始まります。
そうして11ヶ月後、客の所に赤ん坊が送られてくるわけです。
女優のクローンは100体ほど売れたそうで、私はその51番目
です。
彼、戸籍の上では私の父親になっている男性は彼女の熱狂的なフ
ァンで、販売されるとすぐに遺伝子権を買って私
を育て始めました。
彼と二人きりの生活で楽しかった想い出は殆どありません。元々
の目的が私を育てることより、彼女への叶わぬ愛
情が基になっているのですから、だいたい想像はつくでしょう。
彼には厳しく育てられました。ゲラゲラ笑うな、髪は勝手に切る
な、勝手に食うな。初めは赤ん坊の私がウンチを
するのも嫌だったそうです。
彼は「変な知恵がつく」と、私が外出するのをあまり好まずテレ
ビも見せてくれなかったので、私はいつも家の中
にいました。いつも絵本ばかり買ってきては私に与えました。自分
がクローンだなんて夢にも思っていない私は、そ
れはそれで苦痛とも思っていませんでしたが、彼にしてみれば、男
性とのスキャンダルで人気を失った女優に、私を
重ねて清純な女にしたかったのでしょう。
しかし彼も私をいつまでも家の奥に隠しておくわけにはいきませ
んでした。日本国民の私に教育を施す義務がある
からでした。
人付き合いを知らない私は小学校に入っても上手く友達を作れな
かった。食事制限と運動不足で体は弱く、いつも
教室の隅で本を読む少女でした。
私はまさに引っ込み思案で夢見がちな、彼の望むような美少女に
育っていました。
中学校に入って私の体が女になってくると、待ってましたとばか
りに彼の悪戯が始まりました。彼はこれだけのた
めに十年以上も私を育てたのだから当然と思っていたでしょうけれ
ど、私から見れば父親の彼に受けた仕打ちは苦痛
でしかありませんでした。
父親に犯される。しかも彼はそれが当然の権利だと思っている。
中学から高校にかけての六年間が一番辛い時期で
した。
それなりに反抗期を迎えた私が彼に逆らうようになると、彼は冷
たい顔をして「お前はそんな女じゃない」と言う
ようになりました。私はその言葉の意味を父の下手な愛情表現なの
だと間違って解釈していました。
しかし私はやっと自分がクローンである事に気付きました。ある
日、突然に私の前に雑誌の記者という人が現れ
て、私の取材をしたいと申し込みました。私がその理由を聞くと、
その記者はバツの悪い顔をして私がどういう人間
なのかを話してくれました。
父親が異常であることに薄々気がついていた私は記者の言葉で全
て理解しました。
みなさんにはその時に感じた驚きや悲しさ、憤りは理解できない
と思います。本当に私という存在全てを疑わざる
をえなかったのです。
私は猛然と彼に反抗するようになりました。彼に育ててもらった
という恩はありましたが、それその物が純粋でな
く欲望の満足という不純な動機に裏打ちされていたのです。
私にだって自分の意思があります。私は私、国籍だって人権だっ
てちゃんと認められている一人の人間だ。私が言
うと彼は興醒めした顔でまた言うのです「彼女はそんなこと言わな
い」。
かわいさ余って憎さ百倍。という言葉があります。彼はどんな命
令にも従わなくなった私を次第に憎むようになり
ました。それからの毎日はまさに地獄でした。
ついに私は高校を卒業すると彼から逃げました。このままでは体
以上に心が危ないと思ったからです。
彼はどこまでも追ってきました。どこに行っても必ず現れて私を
連れ戻そうとしました。
あなたは親じゃない。もう私に関わらないで欲しい。そう叫んだ
私に彼はこう言いました。「そうはいかない。私
はお前の父親だ。父親が娘の心配をするのは当然だ」と。
私は体験した事のないほどの怒りを覚え、彼の顔に唾を吐いて逃
げました。それから彼は私の前に現れることはあ
りませんでした。
私は一人で生活を始め、アパートにこもって働きもせず、食べる
のにも困る生活を送っていました。鏡に映る顔を
見る度に整形手術をして醜く作り変えたいと思いましたが、臆病な
私は決断出来ませんでしたし、お金もありません
でした。
私を救ったのは、町で偶然に見かけたもう一人の私でした。私は
もう夢中で彼女に話しかけました。
もう一人の私はとても美しい女性でした。目立つのが苦手で地味
な格好をしている私と違って、オシャレで化粧も
うまい人でした。
もう一人の私も突然現れた私に驚いていましたが、一緒にお茶を
飲もうと誘ってくれました。
並んで歩く私達。まるっきりの双子です。周りの人達はオシャレ
な姉に地味な妹、といった目で私達を見ました。
「せっかく貰った美貌だもの、利用しなきゃ損よ」
もう一人の私は明るく言いました。彼女は幼い頃から自分がクロ
ーンだと知っていて、悩んだ事もあったが、父親
を恨んではいないと言いました。
色々と悪戯されなかった?そう聞いた私に「そりゃあされたけど、
彼は私がきれいになるのを約束してくれた人だ
から、あれぐらいはお礼だと思っているわ」と軽く言うのです。
彼女は逞しい人でした。何人もの男性に貢がせて生活しているそ
うです。考え方が私とはまるで反対で、この人は
私と同じ遺伝子を持っているのだろうかと疑うほどでした。
「遺伝子は同じでも、育った環境が全然違うからね、まったくの別
人に決まってるじゃない。私はあなたの知らない
事をたくさん知ってるし、あなたもそうでしょ」
彼女は芸能人になるのが夢だそうです。私は童話作家になれたらい
いな。と思っていましたから、彼女には書きため
た童話を見せてもいいような気がして、彼女にたくさん読ませまし
た。
「どうかな、つまらないかな」
「面白いじゃない!」
彼女は叫ぶと驚くほどの行動力で童話を本にして売り出しました。
クローン姉妹が作った本
彼女は私達がクローンである事を隠そうともせず、それをウリにし
て本を販売してベストセラーになりました。
私は人前に出るのが苦手なので、広報は彼女に任せてずっと部屋
で童話を書いています。私はそれで幸せなので、
彼女が女優としてテレビに出ても何とも思いません。
私は何人もの同じ遺伝子を持つ女性達と会いました。誰一人とし
て同じ人はいませんでした。体の器は同じでも、
心の水はみんな違った色をしていました。
私も、女優になった彼女も結婚して平和な家庭を持っています。
父親は二人の孫を今度は本当の愛情をもって接し
てくれます。
スクリーンに出ている女優や男優の肌を感じてみたい。そう思う
のは当然でしょう。私もそれがいけないことだと
は思いません。けれど欲望を満たすための遊具に生命を使うのは悪
いことだと思います。
私達はこれまで満足することばかり考えてきたような気がします。
自分にない物に抱く憧憬を美しい物とは思えな
いのでしょうか?
もしもそうだとしたら、人は悲しいですね。