第5回3000字小説バトル
Entry21
「書留めです」 日曜の朝十時、おれはよれよれのパジャマのままドアを開けた。 「印鑑お願いします」 郵便局員は、ピンクの封筒を持って立っていた。簡易書留だ。おれ は目を丸くして、郵便局員を怒鳴りつけた。 「こんなもん受け取れねえよ!」 「あの、印鑑を……お願いしますっ」 めまいと頭痛がいっぺんに襲ってきたが、もう仕方のないことなの だ。 「わかった押すよ。ここで受け取らなくても、どうせ逃げらんないも んな」 ピンクの手紙は、むかし役所が保険証などに使ってた事務的な紙の ものだ。しかし今この色の書類は一切使われていない。死刑執行人通 知書、以外には。 今から七年くらい前から、世界中に爆発的な勢いで死刑廃止運動が 巻き起こった。だが日本はアメリカへの遠慮から刑を廃止できず、か わりに『行うなら痛みとともに』と、執行人を国民から抽選で選ぶこ とにしたのだ。 はじめのうちはメディアもこぞってこの制度をとりあげたが、しか し七年もたった今では、まったく話題にならない。今は死刑は月に十 件は行われており、執行人に選ばれるのはありふれた悲劇なのだ。 「死刑囚との面談および執行……なんだ二日も休みがいるのか」 おれは大きなため息をついた。 「休みの理由はこれです」 課長は書類に目を通すと、一瞬だがひどく嫌そうな顔をした。無理 もない。執行した人間がノイローゼになるのはよくある話だ。影響の ない奴の方がめずらしい。おれは営業成績がいいのを楯に、上司との 飲みニケーションをさぼってきたのを後悔した。ヤバくなったら即リ ストラかもしれない。 「あまり深刻に考えない方がいいぞ」 まさしく人ごととして、課長はそういった。 「この男が、ですか?」 ガラス越しに死刑囚の姿を見たとき、おれは信じられずにいた。 刈谷浩史。まだ二十代前半の色の白い美形。ものものしく着せられ ている拘束衣が妙になまめかしい。 この男が別室で見せられた調書の写真のように、崖の上からキャン プ中の二家族にガソリンをまき、火をつけて焼き殺したとはとても信 じられない。皮のずる剥けた幼児の死体とその男の姿はどうしても結 びつかなかった。 「面談は五分だ」 看守は質問にこたえなかったが、出て行くとき耳元でそっと囁い た。 「注意しろ。悪魔より始末が悪いぞ」 おれは眉をよせてガラスの正面に座った。刈谷は何もいわない。こ っちにも話すことなどない。一分、二分と、腕時計を見つめて苛立つ ような、でもどこかほっとする沈黙の時が流れていく。四分。このま ま終わるかとため息をついたとたん、刈谷は突然口を開いた。 「おまえも、おれと同類だな」 「え?」 「おまえも、何の関係もない人間を平気で殺すんだろ。おれと同類だ よ」 「な、なんだとっ!」 脳髄をひっかくような、甲高い刈谷の笑い声が部屋中に響きわたっ た。おれは完全にキレてしまい、刈谷の顔のあたりのガラス板を思い 切り蹴った。 1発、2発、3発。だが刈谷は、瞬き一つせずに平然と座ってい る。 「ひ・と・ご・ろ・し」 刈谷は無言で大きく口を動かした。おれは頭を抱えて床に崩れ落ち た。 「おい、時間だぞ」 看守はしゃがみこんでいるおれを、そのままの部屋の外へ引きずっ ていった。 どこをどう帰ったのか覚えていない。気がつくと電気もつけずに自 分の部屋にぽつんと座りこんでいた。暗がりの中、田舎へ電話した。 「昭雄」 おふくろが出た。気力のなかったので事の次第を淡々と話して聞か せた。 「そんなおまえ、どうしてそんなかわいそうな目に。おとうさん、昭 雄が」 おふくろが泣きながらおやじに説明しているのが聞こえる。鳴咽す るおふくろのうしろから「ばかやろう、泣くなっ」という親父の怒鳴 り声も聞こえた。電話を変わったおやじはすこし黙っていた。とても 寂しい沈黙だった。 「昭雄、おまえは悪い人間を懲らすんだ。大事な仕事を任せられたん だから、堂々と立派に果たしてこい」 「ああ、わかった」 別に何もわかってはないが他に返事のしようがない。虚ろな気分で 電話を切る。部屋はしんしんと底冷えがした。おれはそのまま他のダ イヤルを押した。 「ああ美帆、元気? え、おれ? ほらあの、ピンクの手紙ってのが きちゃって。いやあ、さすがにちょっとまいって。ははは、じゃあま た」 どっと冷汗をかいていた。「ピンクの手紙」といったとたん、受話 器ごしの美帆の気配が急変したのだ。美帆とはなんとなくもう五ヶ月 も連絡してない。放りっぱなしの女に、こんなときだけ甘える自分も 情けなかった、 「これでおれたちの仲も完全に消滅か」 しばらくぼーっとしていたら、不意に玄関のチャイムが鳴った。お れは這いつくばってテーブルの下へかくれた。体の震えがおさまらな い。再びのチャイムにあわてたおれは、テーブルに強く頭を打ちつけ た。 「昭雄いる? 気になってしょうがないから、タクシーとばして来ち ゃった」 駆け寄ってドアを開けると、美帆が微笑んで立っていた。 猫の鳴くような細い声がする。おれは美帆の足首をにぎりしめ、彼 女の三度目の痙攣を楽しんでいた。やがてぐったりとなった美帆の上 でおれも果てた。 汗で額にはりついた美帆の髪をかきあげ、死んだように目を閉じた 顔をのぞくと、もしかしたら死刑の執行も案外楽しいかもと、思って しまう。 その晩、夢の中ではおれが殺人者で刈谷が執行人だった。刈谷がボ タンを押すと、おれは電気椅子の上で強烈な快感に襲われ絶命する。 そして気がつくと赤ん坊になって、美帆の腕の中で歓喜に体を震わせ て泣き叫んでいた。 執行室に入ると、刈谷はもうガラスの向こうで電気椅子にバンドで 固定されていた。ガーゼの目隠しと緘口具をつけられていて、顔はわ からない。おれは懸命に調書の写真を思った。あんなヤツは死刑で当 然だ。おれは正しいのだ。 一度大きく呼吸をすると、マシンについた赤くて大きなボタンを押 した。 とたんにバンドで固定された刈谷の体が激しく揺れた。白い目隠し に黒い涙が滲んでいった。いやあれは涙じゃない。急にひどく悲しく なり、何度も刈谷の名を呼んだ。死なないでと願った。そう願わずに はいられなかった。だが刈谷の体は痙攣を止め、部屋には刑の終了を 告げるブザーが鳴り響いた。 おれは力がぬけてその場にひざをついた。刈谷は首を横に傾け死ん でいた。 「あれはおれの死体だ」 自分でもよくわからないが、実感だった。おれは今死んだのだ。そ うしてあの死体は確かに刈谷のものだが、同時におれの屍でもあるの だ。