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第5回3000字小説バトル
Entry3

光と虚影症

作者 : 皐秀莓 [こうしゅうめい]
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文字数 : 2694
 彼女の母親から電話がかかってきたのは11時を回っていた。
僕は彼女の母親から、彼女がまだ自宅に戻っていないこと、
行くあてを探したが見つからないことなどを知らされた。
僕は外出の準備をした。
空は気持ち悪い程透き通った黒だ。
しんとした影があらゆるものの足もとをとらえていて、
僕のそれは地を踊って走った。
彼女の家の前には何人かのクラスメートが集まっていた。
僕もそれに向かった。
その中に彼女と付き合っている僕の友達もいた。
彼女の行きそうな家の友達はほとんどいた。
彼女は明るかったし、顔も可愛かったし、
おとなしく見えたが、いつも笑っていた。
彼女の両親は、クラスメート達に礼を言い、
朝になっても戻ってこなかったら警察に連絡するから
と言った。
僕は静かに入っていく二人の背を誰よりもゆっくりと
見送ってから歩き出した。
彼女が行くところなんて全然思い浮かばなかった。
ただ、遠くではないような気がしていた。
彼女とは幼なじみだ。
彼女はいつもおままごとではお姉さんかお母さんで、
僕はいつも犬だった。
猫の時もあった。
僕は眼鏡を小さいときからかけていたので、
きっと動物に見えたんだと思う。
でもおままごと以外の時は僕はいつも彼女を
守ろうと努力していた。
彼女はそうしてやらないと消えてしまうような気がした。
でもそんな時間は長くは続いたりしなかった。
どこにもネバーランドなんて無い。
僕はそのうち彼女が大人になってしまうことに気付いていた。
そして気付いたら彼女は大人だった。
そのうえ僕の足下にはネバーランドの太陽が映し出す、
薄っぺらい影ができていた。
僕の影は、久しぶりに夜のアスファルトを味わって
光とチェイスしていた。
暗いところにいれば解らない僕の形は、くっきりと、
ほんの一瞬の光を「影」という形でとらえてしまう。
僕の足はふらふらと家から離れていった。
住宅地の林の中を行く、飢えたアリみたいに僕は歩いた。
いたずらっぽい彼女の笑顔が、いつだったか友達のものに
なってしまったときも、僕はこんなふうに歩いた気がする。
それから、ほんの10分の距離に住んでいる彼女は、
僕の中で凍りついた。
彼のものである以上、彼女は凍る必要があった。
懐中電灯で照らすと、凍った彼女の影をにごったうすい影が包んだ。
そして僕はその部屋のドアをしめ、やりきれない気持ちになるのだ。
きっと彼も彼女を探している。
あるいは全然探していないのかもしれない。
僕は急な坂を登りだした。
犬が2,3回吠えるのが聞こえて、人気は全く失せていた。
靴底が熱かった。坂の上には線路がある。
僕は立ち止まった。
鈴虫の声のような耳鳴りが、心臓の鼓動にあわせて震えていた。
そして、コンクリートを砕いた線路脇の砂利を踏みしめる音を
ひとつ、ふたつ、みっつ…と確認していった。足音だ。
僕はその足音に向かって忍び寄るように歩いた。
殺した足音が、体中に響いているように思えた。
しかしふと、僕は追いかけていた足音を急に失った。
そして同時にうずくまる二つの影を見つけた。
彼女だ、と僕は思った。
 「久しぶりだなぁ」と声が言った。彼女は黙っている。
「男は探しに来ないのか」彼女の横には真っ黒いものがいた。
声は男のものだったがその体は少し華奢なように見えた。
「あんたを初めて見つけたときはほんとビビったわよ。
ピアノ習ってて、お菓子作るのが好きで、おとなしいめで、
でも体育は得意で。自分を好きか嫌いかと初めて迷ったときだった。
あたしの足下にクズみたいなあんたが張り付いていたなんてね」
「非道い言い様だな」
声は笑った。
「あんたがこうやって表れてあたしを病気のようにとらえるとき、
いつも死にものぐるいで抵抗した」
「男が出来たとき、あんときが一番ピークだったな」
僕は息をするのさえ忘れていた。ただ唾液をのみ、いつもと違う
彼女の粗い言葉を聞いていた。
「あんたが俺を呼んでるんだぜ、いつも。
独りじゃ自分と会話が出来ない、あんたが俺を呼ぶんだ」
「クズはあたしか…」
線路脇で短い草の中にうずくまった二人は、
とっくに通り過ぎた終電を待っているみたいな格好だった。
「一番病んでいるのは影とさえ会話の出来ない人間だ。
あんたの男みたいなやつだ。彼女が夜中に行方不明でも
部屋で寝ているような男だからな」
声は笑った。声は影だった。
「何が良くなかったっていうのよ」
彼女は声を急にゆがめた。
僕はあの時玄関の前で明かりに照らされた、
彼の心配そうな顔を思い出した。
バタフライで、冷たい風は線路を横切った。
彼女の肩が震えた。
「うまくいかないの。内面的なことがなにひとつ
うまくいっていないのよ」
「あんただ。外に自分を出すのを怖がっているし、
いろんな事が成ってない。
そしてあんな男と付き合っている。
このままでいいのかって思いながら、
そういう自分を肯定してやれないんだ」
僕は違う、とつぶやいた。
でも影は彼女から生まれた闇だ。
影に彼女を癒やす事なんて最初から望めない。
「生まれ変わっても…いいかな」
彼女は頭を上げた。髪がうしろへうしろへ、まっすぐ落ちた。
「次はどんな形になればいい? 」
影は立ち上がって線路の焦点に消えようとしていた。
「優しくしないで…」
僕は回れ右をして、独りで坂を下り、家へと向かった。
光は多くの人を背後から正常に照らす。
明るければ明るいほど、その闇は視界に黒く、
沈黙した影は下りエスカレーターに乗った僕の後ろで
僕の目に触れることなく色を失っていくのだ。
ネバーランドなんてどこにもない。
明日彼女にあったら僕らの子供の頃の話をしよう。
彼も、影もいなかったあの頃の話だ。
私はお母さんで、あなたは犬なの、と彼女は笑うだろう。
それが罪であったとしても。
やれやれ。
僕は正論をふりかざし、彼女に恋をしている。
そして病んでいる。病んでいる。