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第5回3000字小説バトル
Entry6

決闘

作者 : akoh [アコウ]
Website : http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/8896/
文字数 : 2995
 昔、天下いまだ定まらぬ頃、その地には、ともに天下一と評され
る二人の剣豪がいた。一人は細身の長剣を携えた突きの達人、松の
精霊松雪平。もう一方は軽量の大刀を隼のごとき速さでふるう、笹
の精霊笹春之丞。二天並び立たず。二人の決闘は、彼らが決して望
まずとも、必定起こらねばならない出来事であった。

 悠久の流れを湛えるその大河をかき分けるかのようにして、由緒
正しきその決闘場は鎮座していた。決闘場といえども、無論、なに
があるわけでもない。恒久の砂浜、松の並木、遠く切り立つ岩の崖
には一羽の猛禽が優雅に飛翔し――そこは、ただ漠然と存在してい
る島であった。その単なる島が決闘場である由縁、それは誰も知ら
ない。だが、誰もが知っている。気高き決闘には、静かにたたずむ
孤島がよく似合う、と。

 凪。霧は降らず。

 その日、先に島に降り立ったのは松であった。約束の刻限のちょ
うど半刻前、日がようようと上がり始めたばかりのころである。
 己の小舟を漂わせ、松は、砂浜はおろか松並木さえをも割って進
んだ。ただせば、そこには大地を割くようにして走る川があった。
そうして松は松並木の向こう、砂浜からでは視界の届かぬところに
小舟を着けたのである。それをするために、わざわざ半刻前に来た
のであった。
 松は、その小舟を見られたくなかった。
 策略ではない。
 すべては見栄の仕業である。松は、笹の小舟を知っていた。それ
は、きれいに形作られた笹舟で、松のものとは比べ物にならないほ
ど美しく凛々しかったのである。松の舟は、ずんぐりとした、果た
して小舟と呼べるのかすらあやしい、かさの開いたまつぼっくりだ
った。
 半刻の努力は、彼の自尊心を守るに足りた。
 笹が、例の笹舟に乗って姿を現したとき、松は何食わぬ顔をして
威風堂々、すっくと立っていた。
 日の光に照らされてちらはらと輝く砂浜に笹は舟を着けた。松は
その砂浜に立っていた。笹には、松が日を背負っているように見え
た。いつのまにか、日は松並木の高さすら追い越して島全体を照ら
していたのである。
 それでも、島は静寂に包まれていた。波は打ち、松は擦れ合って、
猛禽は時折声高に鳴く、そんな静寂である。
 決闘の場所は、無言のうちにその場に決まった。
 少し間合いをとりながら、見上げるかたちで、笹が口を開いた。
「そなたが松雪平か」
 松は静かにうなずいた。
「笹春之丞とお見受けした。そなたに恨みはないが、名誉のためだ、
死んでいただく」
「そなたこそ、覚悟はいいのだろうな」
 刹那、笹は消えた。
「隼が飛んだか」
 真上から落ちてくる笹とその大刀を、松は慌てることもなく、ひ
らりとかわした。そしてそのまま流れるように、笹の大刀の横腹め
がけて細身の長剣を雷光の速さもて一突き。それはあっけなく突き
破れた。
「自慢の大刀も、壊れては使い物になるまい」
 松は悠然と言った。もはや勝負が決したかのように。
 それから一転、笹に猛然と迫りかかる。
 切っ先が、笹の頭めがけて突き出される。笹はそれを、破れた大
刀でなんとかしのぐ。大刀の破れが一つ多くなる。
 だがそれだけで、松の攻撃がやむわけは無論ない。身体の要めが
けて、次々と突きが繰り出されるのである。突かれるたびにその数
を増していた大刀の破れは、やがてつながり大きくなり、無惨、な
んとか輪郭を保つまでに弄ばれる。それはもはや、剣ではなかった。
「そろそろ観念したらどうだ」
 松は威圧するようにして言った。そこに、わずかな隙が生まれた。
 輪郭だけの大刀が、松めがけて飛びかかる。笹が投げつけたので
ある。だが松は、それをいともたやすくかわした。
「無駄な足掻きだ」
 そう言ってハッとする。ほんの刹那目を離した隙に、笹の姿が消
えていたのである。
 慌てて見渡せば、笹は己の笹舟へと飛び移っていた。
「逃げる気か、卑怯なり!」
「勘違いされては困る」
 そう言った笹の手には、はや壊れたはずの大刀が握られていた。
松は呆然、なにが起こったのかまったく理解できずにいた。
「驚くことはない。大刀を組み立てて笹舟へと仕立て上げたまでの
ことだ」
「うぬ……」
 解せないところがあった。しかし、それが厳然たる事実として立
ちはだかっている以上、信じないわけにはいかない。刀が舟の流線
型を形作れるほど柔軟であるとは考えられないが、現実として成立
しているのであるから。
 それにしても不自然すぎる。
 松は、ふと思い立った。すなわち、これは陽動作戦なのではある
まいか、と。彼は純粋に技と技の勝負を望んでいたのであって、決
して心理戦などを望んでいたわけではなかったのだが、それがすで
に仕掛けられたというならば、黙ってかわす気などはなかった。
「これは真剣勝負なるぞ。一つの刀で勝負するが掟ではないか」
「そのような掟などない。なに、案ずるな、心理戦などする気はな
い。刀の一つや二つ、見逃してくれぬか」
 松は信じた。笹の言葉には、信じるに足る重みがあった。思えば、
そもそも真剣勝負に余計な詮索は無用ではないか。
「よし。ならば仕切りなおそうではないか。我こそは天下一の剣士、
『雷光』松雪平である」
「我こそ天下一の剣士、『隼』笹春之丞である」
 微笑。
「世に天下一は二人といらぬ。よってそなたには死んでもらわねば
ならぬ」
「面白い。この大刀一振りで返り討ちにしてくれよう」
「では」「いざ」『勝負!』
 笹は再び飛び立った。舟の上からであったのに、その飛翔には一
分のくるいも生じなかった。
 そして再び、松は笹の大刀を交わした。
「そのような大振りでは、何度やろうともこの私は斬れ……」
 
「受けたか」
 文字通り、返す刀で振り上げられた大刀を、松はこれまた文字通
り間一髪、首筋すんでのところでなんとか受けとめたのである。
 松の額を冷汗が伝った。
 なんとか大刀を食い止める長剣をおさえながら、松はしかし一歩
も退かなかった。むしろ、押し戻し始めていた。
「どあぁぁ!」
 咆哮。
 大刀は乾いた砂地へと打ちつけられた。大刀の重みに弾かれた無
数の砂粒が空へと舞い上がる。
 まさにその一瞬、松の視界から笹の姿は消えていた。
 策であるということに気づいたときにはもう遅かった。笹の態勢
はその一瞬のうちに整えられ、大刀は、猛然松の肩口へと向けて振
り下ろされていたのである。
 もはや不可避と松は悟った。大刀を払ったまま腰より下に構えた
剣では今更振り上げても間に合わぬこと必定であったし、かといっ
て交わすだけの有余がないのも明らかだったのである。
 松に残された道はただ一つ――相討ちであった。
 彼の剣は長剣である。笹の大刀と比べても射程においてひけをと
らない。となれば、一振りして笹の横腹を捉えることも不可能では
ない。剣の重みをわずかにでも受けぬようにできるだけ水平にふれ
ば速さの上でも――できる、と、確信した。
 笹の大刀は松へと迫り、松の長剣は笹へと迫る。勢い、寸分違わ
ずに。
「あ」
 それが松の断末魔というのは忍びない。だが、最期の言葉であっ
たには違いない。
 松の長剣も、確かに笹を捉えていた。
 だが、斬れなかった。
 彼は忘れていた。斬りつけるということにおいて、絶望的に肝心
なことを。
 彼の長剣は元来、斬れなかったのである。突き貫きのみに特化し
た剣だったのである。
 松の体は真っ二つになっていた。
 勝者は血を払うと、おもむろ、大河の彼方めがけ漕ぎ出でた。
 それだけである。