第6回3000字小説バトル
Entry1
老人は一辺が二メートルぐらいはありそうな巨大な立方体型の箱 に近付くと、近くにあった台座を足場にしてその内部を上から覗き 込んだ。見ると、中では山椒の実から、野球ボールくらいの大きさ の物まで、多種多様なサイズの色とりどりの球体が、不規則バラバ ラに雑然と浮遊している。目を凝らすと、それらの球体は僅かずつ ではあるが円周軌道に沿って移動していることが分かる。 老人はそこから一つ、ビー玉程の大きさをした青色の球体を取り 出した。球体は彼の手の中で鈍く光を反射している。彼はその球体 を極太の虫眼鏡を通して覗き込んだ。最初はしかめ面をしていた老 人だが、その球体の中に何かを発見すると、見る見るうちに晴れ晴 れしいものに変わっていった。 さて話は変わるが、この老人の風貌、いささか普通とは違ってい た。その衰えを感じさせない精力的な肉体には極臼の白い布だけが 申し訳程度に纏われており、顎には黄金色の髭が胸を覆い隠すほど 伸びている。仕種は鈍重なクセに妙に迫力があって、禿げ上がった 頭の上には何か正体不明の輪状の発光体らしきものが浮かんでいた。 体は常に薄く輝いており、それは老人の姿を非常に神々しくみせる。 何か目を合わせるだけでも恐れ多いような感じがする。 そう、その御姿はまさに―― 「父さん、父さん、ここに居るんですか!?」 背中に八枚の白い翼を生やした裸体の少年が、ドアを開けて入っ てきた。彼の頭の上にもやはり輪状の発光物質は浮かんでおり、お まけに局部には男性用と女性用の二つの性器が器用にも同時にくっ ついている。 老人は驚いて振り返ったが、その声の主の正体に気付くと、にこ りと微笑んでゆっくりと話しかけた。 「どうしたのじゃな、ミカエル? そんなに慌てて」 しかしミカエルと呼ばれた少年/少女はそれには応じず、 「父さん、また小宇宙(コスモ)なんか造っていたんですか?」 「ふむ、実は少し気になる事があっての……」 「気になること?」 ミカエルは思わず繰り返した。 「ふむ」 老人は先ほどの青い球体を差し出した。 「こいつは第百七小宇宙にある三十七番銀河の第八太陽を廻ってい る衛生の一つでな、名前……何と言ったかのう? 確か、ほれ、こ の前にも一度造ったではないか。ミカエル、おまえは覚えておらん か? あの小さくて青い星……」 「もしかして地球……ですか?」 「おお、そうじゃそうじゃ。そう言えばそんな名じゃったかの」 老人は大袈裟にうなずいた。 「で、その地球がどうかしたのですか?」 「実はな、そこに生息しているイリオモテオオヤマネコと言う動物 が観察してみたくなったんでな」 「いりおもて……何ですって?」 「イリオモテオオヤマネコ、この星が誕生してから四十六億年目ご ろに発生した胎生の生き物じゃよ。こいつがなかなか曲者での、放 って置いたら、あっというまにニンゲンによって絶滅させられてし まう」 「……はぁ」 あまり地球などに興味のないミカエルは、ただ曖昧に相槌を打っ た。それが老人の気にくわなかったらしい。老人は大人気もなくあ からさまに鼻白んだ顔をすると、つまらなさそうに話題を変えた。 「……で、それはそうとして、何の用じゃな? ずいぶん慌ててお ったようじゃが」 老人が言うと、ミカエルは思い出したように慌てて、 「そうでした、お父さん。そろそろ時間ですよ。今日はアフラ・マ ズダやシヴァ達と一緒にゴルフに出掛けるのはずだったでしょ?」 「おお、もうそんな時間か! 帝釈天のヤツめ、ほんの三億年も遅 刻したぐらいで、すぐに怒りよるからなあ」 ぶつぶつと呟きながらも、老人は急いで地球を元の箱の中に戻し た。そのまま一言ミカエルに、 「すまんが、その箱始末しておいてくれんか? もうイリオモテオ オヤマネコの観察も終了したしの。まあ、言う程凄いモノではなか ったよ」 と言い残して、駆け足で部屋を出ていった。 ミカエルは一つ溜め息を付くと、面倒臭そうに水道台からホース を引っ張り出した。そしてそのまま、その先端を箱の中に突っ込む と勢いよく水を放出する。みるみるうちに水は溜まっていき、すぐ に箱の中の水かさは限界にまで達した。 先程まで老人が足場にしていた台座に腰を下ろして、ミカエルは 呟く。 「それにしても今、地球に住んでいる奴等にはこの水はどう見える んだろうな。きっと凄い光景なんだろうなあ。それこそ世界の終わ りを告げる大洪水とか……」