第6回3000字小説バトル
Entry13
街には棺屋が一軒ありました。そして加東山さんの職業は棺屋で した。棺職人の加東山さんに子供は無く、おくさんと二人で丘の中 腹の仕事場を兼ねた一軒家に暮らしておりました。 その街の棺は少し変わっておりました。普通の棺桶より薄く、漆 黒の棺は、正しく人の形をしており、表面には細かな彫刻が施され ておりました。理由は定かではありませんが、その街の棺は昔から その形でした。従ってその街では、棺は全て特注品でした。表面に 天女や草花を型どった棺を綺麗に作り上げるには、たいへんな作業 を要しました。しかし、残された御家族は翌日か翌々日には、御遺 体を棺に納めたいと願うので、訃報を受けると加東山さんはすぐに 棺の作成に取り掛かり、眠る間の無い作業を強いられるのでした。 もうひとつ、苦労させられることは寸法取りでした。死を悼む御 家族のもとに駆けつけて、御遺体をメジャーで計ることは、御家族 にとっても加東山さんにとっても、そして多分、御遺体にとっても 楽しいことではなく、場合によっては、御家族は御遺体に指一本触 れることも許してくれませんでした。 腰のくびれや頭の丸みといった人体の特徴を正確に反映させるた めには、寸法取りは欠かせない作業でしたが、大切な人を失ったば かりの御家族の気持ちも十分理解できました。ですから、そんな時 には長年の感を働かせ、遠くから眺めて感じを掴み、こころもち大 きめに仕上げました。「たとえピッタリしていなくても御遺体は絶 対に棺に格納されなければならない」加東山さんはそう考えました。 そんな事態を重ねるうちに加東山さんには街の人々を目測してし まう癖がつきました。八百屋の御隠居や薬屋の先代の体つきをつい つい目で追ってしまうようになったのです。 「もうすぐだから」と晴れた日曜日にわざわざ寸法を測って貰いに 来る棟梁のような剛胆な人もおりましたが、普通の人は加東山さん にそんな目で見られることを毛嫌いしました。そんな街の人の気持 ちを知り、歩いているだけでもなんとなく避けられているような気 がして、加東山さんはだんだんと人づきあいが出来なくなっていき ました。 季節は春でした。その日、人影のない夕方の公園のベンチで煙草 をつかっていた加東山さんに話しかけるものがおりました。煙草屋 の娘でした。十六か七くらいの娘は赤いカーディガン姿で近づいて きました。散歩の途中だったのでしょう。 「父は棺屋さんにはあまり近付くなと言いました」街の皆さんがあ まり加東山さんに知られたくないようなことを娘さんは平気で告げ ました。 「近所の子供たちは『スンポーとられる!!』って怖がってますよ。 まるでお化け扱いですね」このことは加東山さんも知っておりまし た。 「でも、私は……」と表情を輝かせ、娘さんは辺りが少し暗くなる ころまで、色々な話を聞かせてくれました。 それから十日もたたないうちに煙草屋の娘さんは、悪い病気が原 因で亡くなりました。煙草屋さんの御一家はもう大分以前からお医 者さんにそうと聞かされていたのですが、いざ愛娘に逝かれてみる と、その悲しみは尋常のものではありませんでした。 「とっとと出て行っとくれ!」涙も乾かぬうちの加東山さんの訪問 に煙草屋のお父さんが怒鳴った気持ちも加東山さんは良く理解出来 たのです。しかし、「娘の棺の寸法はこの前、夕方の公園で計っち まったんだろ!」と追い討ちを掛けられたとき、さすがの加東山さ んもうちひしがれました。煙草屋の娘さんの棺はこころもち大きく、 細工は、止まらなかった加東山さんの涙のために少し歪んでしまい ました。 徹夜で仕上げた棺を納めると逃げるように煙草屋を出て、娘さん が火葬場の煙になって、煙が空の星に変わってしまうまで、加東山 さんは遠くから眺めるだけでした。そんな事件があった後、加東山 さんは、滅多に外に出なくなり、夏が来ました。 真夜中の玄関でコトンと音がしました。気になった加東山さんが 見に行くと、下駄箱の上に黒い回覧板が置かれておりました。 「やおやのいんきよ」薄い墨でのたくったような字は「八百屋の隠 居」と読めました。何のことだかわからずに置き去りにした回覧板 は朝には消えておりました。 三日とたたずに八百屋の隠居が逝きました。持病の悪化が原因で した。徹夜で棺に鉋をかけながら、加東山さんは不思議な心持ちで した。 「とうりよう」と書かれた回覧板の音に目を覚ましたのは、それか ら四日の後でした。加東山さんは少し準備が出来たので棟梁の棺作 りは徹夜をせずにすみました。それからというもの人が死ぬ二、三 日前にはその名を記した回覧版が必ず廻って参りました。 黒い回覧板のおかげで準備作業が計画的に出来るようになり、加 東山さんもあまり徹夜をしなくて済むようになりました。加東山さ んはこのことを誰にも話しませんでした。コトンと音がするたびに 街の誰かが正確に息を引き取っていくことは、不思議で恐ろしいこ とでしたが、人は死ぬ運命にあり、そのことを少し早く知ることで、 御遺体が昇天されるお手伝いが滞りなく出来るのだと加東山さんは 自分を納得させておりました。加東山さんは静かな気分で夏の星座 を眺めることが出来ました。 コトンコトンと人は死に、木の葉が枯れて秋になり、やがて冬が 来ました。加東山さんは相変わらず家に引き篭っておりました。 「ひつぎやのおくさん」その夜の回覧板には、そう記されておりま した。驚いた加東山さんの震える手から落下した回覧板は大きな音 をたてて、おくさんを起こしてしまい、寝室から声がしました。 「いや、なんでもない」と答えた加東山さんの目には涙が溢れてお りました。昨日往診に来てもらったお医者さんは「ただの風邪」だ と診断し、本人も時々ひどく咳込んではいたものの「少し寝ていれ ば良くなりますから、大丈夫ですよ」と言って、わりと元気そうだ ったのに。加東山さんの頭の中はひどく混乱し、熱くなりました。 落下したはずの足元の黒い回覧板はもう消え失せておりました。 暗い寝室で天井を見詰め、眠れぬままに冬の夜が過ぎていきまし た。「ばちが当たったのだ」「他人の死期をあらかじめ解っていな がら、それを御家族に告げようともせず、自分の商売にだけ役立て ていたので、きっと、ばちが当たったのだ」加東山さんは自分を責 めました。「しかし、御家族の死をその二、三日前に知らされたか らといって、いったい何が出来るというのだ」「第一、黒い回覧版 の話なんて誰が信じるというのだ」翌日は一日中、窓外の木枯らし を見つめて、寝室の咳と寝息を気にしながら過ごしました。 次の朝、お粥をお盆に載せて寝室に運ぶと、おくさんは目を覚ま しておりました。朝食を枕元に置いて二、三言葉をかけ、部屋を出 ようとした瞬間、おくさんは布団の中で握り締めていたメジャーを 取り出し微笑みました。悪戯を見咎められた子供のように微笑みま した。 朝食後、全ての寸法を取り終わるまで二人は終始無言のままでし た。おくさんは加東山さんが計測しやすいようにベットの上で身体 を右や左へずらそうとしましたが、加東山さんはその度に優しく体 をさすってやり、器用に計測をこなしたのでした。 加東山さんは棺を作り始めました。おくさんの病状は悪化し、棺 が完成する直前に、死にました。加東山さんは小さな葬儀を催し、 火葬場の煙が空に昇って、またひとつの星になってしまうまで眺め ました。