第6回3000字小説バトル
Entry2
僕の恋人は変だ。一言で言うと、僕の恋人(面倒くさいから、こ こではAとしておこう)Aは眠っている最中に妙な寝言を言う。一 人二役の寝言だ。僕は三日に一度位の割合でその寝言を耳にする。 本当のところは寝言のせいで目が覚めてしまってちょっと迷惑して いるのだけど、寝言が面白いので許すことにしている。 さてその肝心の寝言だが、大抵は会社にいる時のセリフのようだ。 (そう頻繁に会社の夢を見ているなんて、ほんと気の毒だけど……) 例えば、 会社員X(いらいらした様子で):「このバグ、先週中に直せっ て依頼があったのにまだ上がってないんだって? さっきクライア ントからクレームが入ったぞ。一体どうなってるんだ!」 会社員Y(幾分上ずった声で):「あ、すみませーん。先週は違 うクライアントから急ぎの仕事が入っちゃったんですぅ」 会社員X:「それならそれで、ちゃんと先方に連絡して了解取っ ておかなきゃ駄目じゃないか!」 会社員Y:「す、すみません。でも先週はすごくパニクってたか ら、つい忘れちゃって……」 会社員X:「言い訳はいい! 早くお詫びの電話入れろ!」 とまあ、こんな調子だ。どちらが実際のAなのか、僕にはよくわか らない(多分年齢的にも、上司らしいXなんじゃないかと思っては いるんだけど)。でも不穏な空気だけはよく伝わってくる。ほんと、 サラリーマンって大変だな。 ところで、ちゃんと声色まで変えているから、聞いている方にも XがしゃべっているのかYがしゃべっているのかはっきりとわかる。 この場合はY役の時に声が一オクターブ位高くなるから、Yは女の 子なのかもしれない。Aにその寝言のことを言っても、一向に信じ てはくれないんだけど。 それにしても、一体Aは演劇でもやっていたのだろうか。Aは現 在四十二才、サラリーマン歴は相当長いはずだ。外見だって、ちょ っと腹の出っ張ってきた普通の中年おやじって感じで、イメージ的 にも演劇とは全然結びつかない。さすがに一人三役っていうのは僕 も今まで聞いたことないけど、これはちょっとした特技だと思って いた。もっとも、当の本人は全然気づいてないんだけどね。 僕はいつも、この手の寝言が始まる度に眠い目をこすりながら、 でもある種の驚きと感慨をもって聞いていたんだ。面白かったから、 ただ聞いているだけで満足だった。あの日までは……。ほら、よく 言うだろう? 寝言を言っている人に話しかけちゃいけないって。 話しかけて、眠っている人がそれに応えてしまうと死んでしまうっ て…… もちろん僕はそんなこと信じちゃいなかった。だから、ほんと軽 い気持ちで、Aの反応を想像したりして思いっきり楽しみながらそ れをやったんだ。 あの日、Aは不機嫌そうな顔をして帰って来た。僕はその顔を見 て、きっと会社で何かとても嫌なことがあったに違いないと思った。 そしてそんな日は、決まって一戦交えるんだ。それもかなり情熱的 に。 事が終わると、Aはあっという間に眠ってしまった。僕もぐっす りだった。くたくたになっちゃったから。何度も言うようだけど、 よっぽど会社で嫌なことがあったんだなって思った。そして再び目 が覚めた。Aの寝言が始まったから……。 それは、ざっとこんな感じだった。 多分A(かなり渋い声で):「みゆきちゃん、今日も綺麗だね」 多分みゆき(わざとらしく甲高い声で)):「え? ほんと? わあ、お世辞でも嬉しいでっすぅ」 多分A:「お世辞なんかじゃないよ。どう? 今夜つき合わない?」 こいつ、キャバクラにでも行ってやがるのか? さっきヌイたば っかりだっていうのに、なんて奴! 僕はもちろんAに愛情なんて 抱いているわけじゃないけど、ちょっとムッとしていた。こんな寝 言は初めてだった。 みゆき:「え〜、Aさん、エッチ〜」 ついに正体を現しやがったな。 A(笑いながら):「ちょっと一杯やるだけだよ。ねえ、たまに はいいだろう? 今度何か買ってあげるからさ」 みゆき:「だってえ〜、一杯ならここでもできるじゃない?」 A:「プライベートでつき合って欲しいんだよ。み・ゆ・き・ち ゃ・ん・に」 ばっかじゃねえの、この親父。僕は段々むかむかしてきた。Aの 恋路を邪魔してやる。僕は声のトーンを思い切り低くして、わざと 凄みのある声を出した。 僕:「よせよ。みゆきは俺の女だ」 僕が言った途端、Aは固まってしまったようだった。僕はAを起 こしてしまったかと思う反面、何か面白いリアクションがあるので はとわくわくしていた。果たして、Aはまだ夢の中だった。 A(困惑した様子で):「え? みゆきちゃん、彼氏いたの?」 僕(思いきり不機嫌な声で):「あったりめぇだろ、このクソ親 父。俺の女に手を出してみろ。ただじゃあおかねぇからな」 そこまで言った時だ。Aは急にカッと目を見開いた。僕はさすが にしまったと思ってすぐに口をつぐんだんだけど、次の瞬間、Aの 様子がおかしいことに気づいてあっけに取られてしまった。Aは目 を大きく見開いたまま微動だにしなかった。 僕は初め、それはAの照れ隠しだと思った。Aにそんな小洒落た 真似ができるなんて思ってなかったから、内心見直したりもしてい たんだ。でも照れ隠しなんかじゃなかった。Aは息をしていなかっ た! 僕はパニックを起こしそうだった。まさか、こんな事になるなん て……。でも、とりあえず119番通報しなくちゃ、なんて僕にし ては常識的な事を考えながら、実際その通りにした。それに、救急 隊員の人に言われた通りに心臓マッサージと人工呼吸までやったん だ! でも、救急車がきてその役から開放されて一息つくと、途端に現 実が重くのしかかってきた。 ――死んでいるのだろうか? 死んでいるとしたら、死因は何だ ろう? 心臓発作? その時の状況をどう説明したらいいのだろう? 大体、本当の事を言っても信じてもらえないだろうし……。それに、 他人の僕がどうして一緒にいたかって事だよな、問題は。どうやっ てごまかせばいいんだろう……。まさか殺人犯にされたりして……。 まさかね。でも……。もしかして、本当に僕が殺したのか? 僕は救急車の中で、全くの放心状態だった。多分救急隊員の人に いろいろ聞かれたと思うんだけど、何を答えたのか全く覚えていな い。 解剖の結果、Aの死因はやっぱり心臓発作だった。僕はその時の 状況とか、もろもろの事とか、適当に嘘をついてうまくごまかした。 殺人犯になる事も免れた。 それはそれでめでたい話ではあるんだけど、Aが死んで、僕は職 を失ったも同然だった。こんな僕にも貯金ぐらい少しはあるけど、 そんなはした金なんかあっという間になくなっちゃうだろう。 僕は病院をこっそり抜け出して通りを歩きながら、途方に暮れて いた。 早く次の恋人を見つけなくちゃ。できれば今度は寝言を言わない 人がいいな。それはもちろん寝てみないとわからないんだけど……