第6回3000字小説バトル
Entry5
ある日突然、一人暮しの若い男の人の家に、セールスマンがやっ てきました。 「どうも、はじめまして。穴吹様でございますね? 私、セールス マンのウェスリー平井と申します。決して怪しい者ではございませ ん」 彼は玄関口で丁寧にお辞儀をして、名刺を手渡しました。 「そうですか。これはどうもご丁寧に」 穴吹様は名刺を受け取ると、疑うことを知らない真っ直ぐな目で セールスマンを見返しました。 「それで、今日はどのようなご用件ですか」 早速の穴吹様の問いです。セールスマンは慎重に答えました。 「実は、穴吹様に大変重要なお知らせがあるのです」 何やら深刻そうな顔で、セールスマンは続けます。 「落ちついて聞いてください。今から一週間後、あなたの家に隕石 が衝突することが判明しました」 「なんですって」 穴吹様は驚きのあまり、口からツバを飛ばしながら叫びました。 そのツバがセールスマンのメガネに少しかかりましたが、彼には 怒った様子もありませんでした。 なんとなく、紳士的で立派な人みたいです。 「信じられないかもしれませんが、本当です。今から一週間後に、 あなたの家に直径30センチの隕石が落ちてきます。そんなことにな ったら、人類の滅亡は免れません」 「ちょっと待ってください」 穴吹様は、それはおかしいと思って尋ねました。 「直径30センチの隕石なら、被害は大したことはないんじゃないで すか? そりゃ、ぼくの家ぐらいは壊れるかもしれませんけど」 「残念ながら」 セールスマンは、メガネを中指で押し上げながら冷静に言いまし た。 「隕石は、実に光の速さの半分というとてつもないスピードで地球 に激突するのです。そのような速度では、直径30センチの隕石とい えども大気圏で燃え尽きる暇もなく地表に落下し、巨大なクレータ ーを作り上げるのです(※)」 「そうだったんですか。知りませんでした」 穴吹様は、感心した様子で頷きました。 光速の半分の速さで移動する直径30センチの隕石をどうやって発 見するのか、なんてくだらない疑問は、もちろん彼には思いつきま せん。 人を信じることには、とても価値があるのです。 「そこで、穴吹様にお願いがあるのです」 セールスマンのメガネが、キラリと鋭い輝きを放ちました。 いよいよ本題に入ろうという構えです。 怪しい雰囲気がヒシヒシと伝わってくるかのようでしたが、残念 ながら穴吹様にはそれを感じ取ることはできませんでした。 「穴吹様のお宅の隕石落下予測地点に、激突を阻止するための措置 として、地球の裏側まで抜けるトンネルを掘るための許可をいただ きたいのです。トンネルを掘って、隕石に地球を潜り抜けさせてや り過ごそうというプランなのです」 セールスマンは、ムチャクチャなことを言い出しました。 信じ難いことに、目を見るとかなり本気のようです。 少なくとも、穴吹様には彼の真剣さは伝わったようでした。 「えっ、地球の裏側まで抜けるようなトンネルなんて、掘れるんで すか?」 穴吹様は、また驚いた様子で尋ねました。 「ご存知ないのも無理はありませんね。実は我が社の技術を持って すれば、地球の裏側まで貫通するトンネルを掘ることなど造作もな いことなのですが、このことが世に知れると困ったことになるので す。実は、この技術を使えば放射性高レベル廃棄物を安全に処分す ることができるのですが、それでは原発が危険だからといって原発 の撤退を決めた先進各国のメンツが立たなくなってしまうのです。 そこで我々としては仕方なくこの技術をひた隠しにしているという わけなのですよ(※)」 「なるほど。難しい事情があるんですね」 穴吹様は、腕組みをして難しそうな顔をして頷きました。 彼がどれだけ考えようとも、この会話が常軌を逸していることな どに、気がつきそうもありません。 「でも、それでわざわざトンネルを掘るのなんて大変なんじゃない ですか? ミサイルか何かで隕石を壊すとかできないんでしょうか」 正義感溢れる眼差しで、穴吹様が詰め寄ります。 しかしセールスマンは、慙愧に堪えぬといった表情で言いました。 「ミサイルなどは、とっくの昔に絶滅した兵器なのです。30年ほど 前に、アメリカは核戦争で滅んでますし。おかげで、世界的にミサ イルを廃止しようという動きが起こって今ではただの1本もミサイ ルなんて存在しませんよ(※)」 「えっ、アメリカって核戦争で滅んでたんですか? ぼく、カリフ ォルニアに旅行に行ったことがありますよ?」 「それはおそらく、熱海の海岸ではないでしょうか。飛行機のアメ リカ行きの便は、実は周回飛行して日本に戻ってきているだけなの です。生き残ったアメリカ人は世界各地に散って、あたかもまだア メリカが健在であるかのように見せかけているのです(※)」 「じゃあ、ハリウッド映画なんかはどこで作られているんですか?」 「映画のことはよくわかりませんけど、おそらく日本の映画村じゃ ないでしょうか。今ならだいぶCGでごまかせるようになりました し(※)」 「湾岸戦争はどうなんですか。アメリカは大活躍だったし、ミサイ ルもバンバン飛んでたように思うんですけど」 「あれこそハリウッド映画ですよ。テレビの報道で流れていたのは、 元々は映画の素材として作られた映像だったんですけど、脚本家が ゴネてボツ映像になったものを再利用しようとしたらああいうこと になったらしいですよ。実際は戦争なんて起こってません(※)」 「なるほど……世の中って、奥が深いんですね」 穴吹様は、心底感動した様子で深々と頷きました。 世の中の真実を垣間見て、目からウロコが落ちた思いのようです。 「どうでしょうか。トンネル工事の許可をいただけますか」 「もちろんです。協力しましょう」 男達は、腕に血管すら浮かび上がらせてガッチリと握手を交わし ました。 もはや、彼らを止めることは誰にもできません。 彼らは自分達の足で、どこまでも歩いていくことができるのです。 「それでは、この書類にお名前と印鑑をいただけるでしょうか」 「わかりました。ちょっと待っていてください」 穴吹様は、家の奥に勇ましく引っ込んでいきました。 彼はなぜか、なかなか戻ってきません。 ようやく戻ってきたときには、うっすらと目に涙を浮かべて青ざ めた表情になっていました。 「大変です。印鑑をなくしてしまいました」 「なんですって」 セールスマンは、驚きと怒りに満ちた声で怒鳴りました。 その形相は、悪鬼羅刹のように恐ろしいものでした。 「わかっているのですか。地球の運命は、あなたの印鑑にかかって いたのですよ。そのことをあなたは、わかっているのですか」 「申し訳ありません。申し訳ありません」 「謝って済むことではありません。死をもって償いなさい」 セールスマンは懐から拳銃を取り出すと、穴吹様の眉間に向かっ て、ためらいもなく引き金を引きました。 その後、彼は殺人罪で逮捕され、精神病院に収容されたというこ とです。 残念ながら、一週間経ってもどこにも隕石が落ちた様子はありま せんでした。 (※)注釈 デタラメです。絶対に信じないでください。