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第6回3000字小説バトル
Entry7

夏の日

作者 : きたやま ゆたか [キタヤマ ユタカ]
Website : http://www.yk.rim.or.jp/~kitalee
文字数 : 2990
「ねえ純、出会ったころのこと憶えてる? 何でなのかな?最近よ
くあのころのこと思い出すんだよね」
 玲は、左手に見える、朝の太陽で照らされた海を眺めながらいっ
た。まだ登ったばかりだと言うのに、真夏の太陽はクーラーの効い
た車内の冷気さえも、生ぬるくする勢いで照らしはじめた。僕は太
陽ですっかり温くなった缶コーヒーを一口口に含んだ。
「懐かしいね! まだ僕たち学生だったんだな。あのころは真夜中
でも平気で玲の寮に迎えにいってさ、朝までいろいろ語り合ったよ
ね。門限いつも破ってたし、管理人のおばちゃんにいつも嘘の電話
入れて泊まってたじゃん」
「純なんか、朝そのまま一限の授業に出て熟睡いてたじゃない」
「そう、けっこういびきかいて、ひんしゅくかってた。でもそのあ
とは夜ちゃんとバイトしてたんだぜ」

 もうあれから5年経っていた。僕らは大学時にバイト先で知り合
い恋に落ちた。お互いに地方から上京した田舎もの同士だったのか
もしれない。大学は違っていたし、好きな音楽や映画も違っていた
けど、なにか共通する何かがあったような気がした。お互い人見知
りするタイプだったし、そんなに口もうまくない僕が、あの時周り
の仲間の目も気にせずに、何故だか気軽に彼女に話しかけることが
できた。電話番号を聞き、すぐにその日の夜に彼女に電話した。電
話の向こうの玲は速攻な電話に躊躇しながらも、和やかに話してく
れた。アルバイトは同じだったけど、玲と一緒に働いたのは数回で
仕事上のことしか会話がなかったけど、電話の会話は自然と話がは
ずんだ。大学で起こったささいな事件や今日食べた夕飯のこととか
どうでもいいような事ばかりだった気がする。
 その日、玲をデートに誘った。玲はためらいもなくOKをくれた。
そう、あの日から僕と玲はともに時間を過ごしてきた。はじめての
デートから僕らが唇をかさねあうまでに、それほど時間は必要じゃ
なかった。夏の暑さが残暑に変わりコートを羽織る季節になるころ
僕らはひとつになった。冷たい部屋の小さな布団のなかで、玲の柔
らかい体を抱きしめて、優しく髪をなでると、玲は僕の胸に頬をこ
すりつけてきた。そのとき僕の胸に感じた冷たく流れでるものの意
味が何なのか、あの時の僕には理解できなかった。

 半島の先端にある小さな島に僕らは向かっていた。二人がつき合
うきっかけの場所。島のはずれの公衆トイレの前、小さな駐車場の
縁石に腰掛けて、お互いについて語り合った思いでの場所。
 半島の海岸線を南に向かうこの海岸道路はすでに車の流れが悪く
なり始めていた。浮き輪をもった家族連れが道を横断するために車
の途切れるのをまっている。もうすでに夏は始まっていた。僕は少
しだけ取り残された気分だった。大学を卒業し就職してから毎日が
むしゃらだった。コンクリートのオフィスでは季節を感じる余裕も
なく、まるで春夏秋冬が早送りされてるみたいに、あっという間に
過ぎていった気がする。
 玲とは何度も別れ話が持ち上がったりしたけれど、あの時あの場
所から、一緒に時をここまで過ごしてきたんだ。あれから5度目の
夏。早送りでモノクロの僕の人生に玲は鮮やかな色を施してくれる。
仕事が早めに終わった時は、なんとなく玲に電話して食事に誘った。
玲を待っている僕の時間はモノクロから徐々に鮮やかな色に染まっ
てゆくのが自分でもよくわかる。一緒に過ごしてた時間は、体験し
たことのない優しさに包まれて流れていった。

「私、学生に戻りたいな。でも純と出会う前には戻りたくない。こ
れってわがままかな? 」
 玲は助手席の窓を開けながら僕に尋ねた。玲の長い髪が窓から吹
き込んだ潮風にさらわれた。
「おれもたまに、ふっとあのころ思い出すんだよね。でも俺今が一
番好きだな! 玲と過ごしてきた大切な思いでとかいっぱいあるし、
いろいろ経験して大人になった自分があるし、俺といっしょに歩ん
できた玲といれる、この今っていう瞬間が大好き。なんかこう生き
てるって感じするんだ」
「俺さあ、仕事してるときとかって生きてるって感じしないんだよ
ね。昼飯はまだかあとか、あと何時間で帰れるとか、玲は今なにし
てるんだろうって、ぼけっとしてるから。」
「純ってそいうタイプだよね。なんかこう仕事より自分とか家庭を
大切にするでしょう。そういう純に惚れちゃったのかもね」
「玲、  あ、あのさあ、城ヶ島着いたら玲に渡したいものがある
んだ。楽しみにしててね! 」
「渡したいものって? 何に? 何によーもったいぶらないでよ」
「いいからいいから。着いてからのお楽しみだってば」
「なによ、それっていいもの? 」
「ん〜 そうね、きっといいものだよ! 」

 海に近い駐車場はもう車で埋まりそうだった。空いてる場所に車
を止め、海辺へと急いだ。太陽はすでに、僕達の真上で激しく燃え
ていた。僕がビーチベットを二つ並べると、玲は部屋でもう水着に
着替えてきたようでTシャツと短パンを脱いで水着になっていた。
 ブルーのビキニ姿の玲はとてもセクシーだった。何度も愛し合っ
て知り尽くしていた玲の体は水着を付けると、いつもの玲の体とは
違って見えた。
「純、日焼けオイル塗ってよ! 」
「いいよ、はい、横になって」
 玲はビーチベットにうつ伏せになると、僕はたっぷりとオイルを
絞り出し玲の体に塗りたくった。

 太陽はますます輝いていた。僕らは太陽の光を十分に浴び肌が真っ
赤になる前に海からあがった。トランクの前で帰り支度している
僕の頬に玲が冷えた缶ビールを押しつけた。オレンジのワンピース
に着替えた玲の肌はかすかに赤く焼けていた。焼けた肌に長い髪が
よく似合っている。
「そうだ! 純、私に渡したい物ってなに? 」
「んー なんだろうなあ」
 そういいながら、トランクの奥に隠していた真っ赤なバラの花束
を玲に手渡した。玲は一瞬きょとんとしながらも白い歯を見せて笑
ってくれた。
「純、これわざわざ私のために買っていたの? 」
「うん、そう。でもこれだけじゃないんだ。手を出して! 」
 白い小さな箱を開け、僕は玲の左手の薬指のリングをはめた。
「よかった! サイズぴったりで。」
 玲は左手にはめたリングを見つめていた。
「玲、僕達結婚しよう。今まで、もう何年も玲と一緒にいたけど、
これからもずっと一緒にいたいんだ。二人がじじいとばばあになる
までさ」
玲は笑顔で僕の瞳をじっと見つめた。
「これってプロポーズ!!!」
「純、恋愛ドラマ見過ぎだよ! バラは昨日から買ってあったの?」
「そう、昨日買いに行った。暑かったんでしおれちゃうかと思って
心配したよ」
「でもうれしかった。ありがとう」
玲は目を潤ませ、涙声で言った。僕は玲を思わず抱きしめた。玲
の頬を涙が伝った。握っていた缶ビールが手から転げ落ちアスファ
ルトを濡らした。
「玲、今度はここ、子どもと来ようぜ。きっと俺にいたかわいい子
どもが生まれるよ、絶対!!。玲、俺の子ども産んでくれるだろう」
「うん、もちろん。純、愛してる。絶対、幸せになろうね! 」

道はすでに渋滞していた。いつのまにか玲は助手席で眠っていた。
うす赤く焼けた玲の寝顔は、はじめて玲を抱いたあの時と同じだった。
「でも、若干老けたかな。それはお互い様か」
僕はつぶやいた。さっき流したの玲の涙は、はじめて玲を抱いた
ときに僕の胸を伝った涙と同じ涙なのかな、きっと。僕は玲の手を
そっと握りしめた。