| # | 題名 | 作者 | 文字数 |
|---|---|---|---|
| 1 | ノア | ヒカリ@75号 | 2250 |
| 2 | 僕の憂鬱 | Kei | 2806 |
| 3 | 消えた指輪 | のぼりん | 2695 |
| 4 | ひねくれ者のプレゼント | 子如烏一月 | 2853 |
| 5 | メテオ貫通トンネル | 機械科ボイラーズ | 2970 |
| 6 | 夏の残り香 | 伊勢 湊 | 2999 |
| 7 | 夏の日 | きたやま ゆたか | 2990 |
| 8 | ショップまつば東京matta//station短距離旅人旅行用スーツとリュック | 岡野貴司 | 3000 |
| 9 | 天使の薬は | 厚篠孝介 | 2999 |
| 10 | ネクタイ | 埜間晶谷 | 2993 |
| 11 | 水の杜に、龍は眠る | 川辻晶美 | 3000 |
| 12 | ハートブレイク | 羽那沖権八 | 3000 |
| 13 | 黒い回覧版 ★ | 越冬こあら | 3000 |
| 14 | 炎のがらめ ★ | 鮭二 | 3000 |
| 15 | お年ごろ | 一之江 | 3000 |
| 16 | 孤独な夜空に | Default | 3000 |
| 17 | 本能寺炎上 | 紅緋蒼紫 | 2992 |
| 18 | 嘘 | ワダナオユキ | 2999 |
老人は一辺が二メートルぐらいはありそうな巨大な立方体型の箱 に近付くと、近くにあった台座を足場にしてその内部を上から覗き 込んだ。見ると、中では山椒の実から、野球ボールくらいの大きさ の物まで、多種多様なサイズの色とりどりの球体が、不規則バラバ ラに雑然と浮遊している。目を凝らすと、それらの球体は僅かずつ ではあるが円周軌道に沿って移動していることが分かる。 老人はそこから一つ、ビー玉程の大きさをした青色の球体を取り 出した。球体は彼の手の中で鈍く光を反射している。彼はその球体 を極太の虫眼鏡を通して覗き込んだ。最初はしかめ面をしていた老 人だが、その球体の中に何かを発見すると、見る見るうちに晴れ晴 れしいものに変わっていった。 さて話は変わるが、この老人の風貌、いささか普通とは違ってい た。その衰えを感じさせない精力的な肉体には極臼の白い布だけが 申し訳程度に纏われており、顎には黄金色の髭が胸を覆い隠すほど 伸びている。仕種は鈍重なクセに妙に迫力があって、禿げ上がった 頭の上には何か正体不明の輪状の発光体らしきものが浮かんでいた。 体は常に薄く輝いており、それは老人の姿を非常に神々しくみせる。 何か目を合わせるだけでも恐れ多いような感じがする。 そう、その御姿はまさに―― 「父さん、父さん、ここに居るんですか!?」 背中に八枚の白い翼を生やした裸体の少年が、ドアを開けて入っ てきた。彼の頭の上にもやはり輪状の発光物質は浮かんでおり、お まけに局部には男性用と女性用の二つの性器が器用にも同時にくっ ついている。 老人は驚いて振り返ったが、その声の主の正体に気付くと、にこ りと微笑んでゆっくりと話しかけた。 「どうしたのじゃな、ミカエル? そんなに慌てて」 しかしミカエルと呼ばれた少年/少女はそれには応じず、 「父さん、また小宇宙(コスモ)なんか造っていたんですか?」 「ふむ、実は少し気になる事があっての……」 「気になること?」 ミカエルは思わず繰り返した。 「ふむ」 老人は先ほどの青い球体を差し出した。 「こいつは第百七小宇宙にある三十七番銀河の第八太陽を廻ってい る衛生の一つでな、名前……何と言ったかのう? 確か、ほれ、こ の前にも一度造ったではないか。ミカエル、おまえは覚えておらん か? あの小さくて青い星……」 「もしかして地球……ですか?」 「おお、そうじゃそうじゃ。そう言えばそんな名じゃったかの」 老人は大袈裟にうなずいた。 「で、その地球がどうかしたのですか?」 「実はな、そこに生息しているイリオモテオオヤマネコと言う動物 が観察してみたくなったんでな」 「いりおもて……何ですって?」 「イリオモテオオヤマネコ、この星が誕生してから四十六億年目ご ろに発生した胎生の生き物じゃよ。こいつがなかなか曲者での、放 って置いたら、あっというまにニンゲンによって絶滅させられてし まう」 「……はぁ」 あまり地球などに興味のないミカエルは、ただ曖昧に相槌を打っ た。それが老人の気にくわなかったらしい。老人は大人気もなくあ からさまに鼻白んだ顔をすると、つまらなさそうに話題を変えた。 「……で、それはそうとして、何の用じゃな? ずいぶん慌ててお ったようじゃが」 老人が言うと、ミカエルは思い出したように慌てて、 「そうでした、お父さん。そろそろ時間ですよ。今日はアフラ・マ ズダやシヴァ達と一緒にゴルフに出掛けるのはずだったでしょ?」 「おお、もうそんな時間か! 帝釈天のヤツめ、ほんの三億年も遅 刻したぐらいで、すぐに怒りよるからなあ」 ぶつぶつと呟きながらも、老人は急いで地球を元の箱の中に戻し た。そのまま一言ミカエルに、 「すまんが、その箱始末しておいてくれんか? もうイリオモテオ オヤマネコの観察も終了したしの。まあ、言う程凄いモノではなか ったよ」 と言い残して、駆け足で部屋を出ていった。 ミカエルは一つ溜め息を付くと、面倒臭そうに水道台からホース を引っ張り出した。そしてそのまま、その先端を箱の中に突っ込む と勢いよく水を放出する。みるみるうちに水は溜まっていき、すぐ に箱の中の水かさは限界にまで達した。 先程まで老人が足場にしていた台座に腰を下ろして、ミカエルは 呟く。 「それにしても今、地球に住んでいる奴等にはこの水はどう見える んだろうな。きっと凄い光景なんだろうなあ。それこそ世界の終わ りを告げる大洪水とか……」
僕の恋人は変だ。一言で言うと、僕の恋人(面倒くさいから、こ こではAとしておこう)Aは眠っている最中に妙な寝言を言う。一 人二役の寝言だ。僕は三日に一度位の割合でその寝言を耳にする。 本当のところは寝言のせいで目が覚めてしまってちょっと迷惑して いるのだけど、寝言が面白いので許すことにしている。 さてその肝心の寝言だが、大抵は会社にいる時のセリフのようだ。 (そう頻繁に会社の夢を見ているなんて、ほんと気の毒だけど……) 例えば、 会社員X(いらいらした様子で):「このバグ、先週中に直せっ て依頼があったのにまだ上がってないんだって? さっきクライア ントからクレームが入ったぞ。一体どうなってるんだ!」 会社員Y(幾分上ずった声で):「あ、すみませーん。先週は違 うクライアントから急ぎの仕事が入っちゃったんですぅ」 会社員X:「それならそれで、ちゃんと先方に連絡して了解取っ ておかなきゃ駄目じゃないか!」 会社員Y:「す、すみません。でも先週はすごくパニクってたか ら、つい忘れちゃって……」 会社員X:「言い訳はいい! 早くお詫びの電話入れろ!」 とまあ、こんな調子だ。どちらが実際のAなのか、僕にはよくわか らない(多分年齢的にも、上司らしいXなんじゃないかと思っては いるんだけど)。でも不穏な空気だけはよく伝わってくる。ほんと、 サラリーマンって大変だな。 ところで、ちゃんと声色まで変えているから、聞いている方にも XがしゃべっているのかYがしゃべっているのかはっきりとわかる。 この場合はY役の時に声が一オクターブ位高くなるから、Yは女の 子なのかもしれない。Aにその寝言のことを言っても、一向に信じ てはくれないんだけど。 それにしても、一体Aは演劇でもやっていたのだろうか。Aは現 在四十二才、サラリーマン歴は相当長いはずだ。外見だって、ちょ っと腹の出っ張ってきた普通の中年おやじって感じで、イメージ的 にも演劇とは全然結びつかない。さすがに一人三役っていうのは僕 も今まで聞いたことないけど、これはちょっとした特技だと思って いた。もっとも、当の本人は全然気づいてないんだけどね。 僕はいつも、この手の寝言が始まる度に眠い目をこすりながら、 でもある種の驚きと感慨をもって聞いていたんだ。面白かったから、 ただ聞いているだけで満足だった。あの日までは……。ほら、よく 言うだろう? 寝言を言っている人に話しかけちゃいけないって。 話しかけて、眠っている人がそれに応えてしまうと死んでしまうっ て…… もちろん僕はそんなこと信じちゃいなかった。だから、ほんと軽 い気持ちで、Aの反応を想像したりして思いっきり楽しみながらそ れをやったんだ。 あの日、Aは不機嫌そうな顔をして帰って来た。僕はその顔を見 て、きっと会社で何かとても嫌なことがあったに違いないと思った。 そしてそんな日は、決まって一戦交えるんだ。それもかなり情熱的 に。 事が終わると、Aはあっという間に眠ってしまった。僕もぐっす りだった。くたくたになっちゃったから。何度も言うようだけど、 よっぽど会社で嫌なことがあったんだなって思った。そして再び目 が覚めた。Aの寝言が始まったから……。 それは、ざっとこんな感じだった。 多分A(かなり渋い声で):「みゆきちゃん、今日も綺麗だね」 多分みゆき(わざとらしく甲高い声で)):「え? ほんと? わあ、お世辞でも嬉しいでっすぅ」 多分A:「お世辞なんかじゃないよ。どう? 今夜つき合わない?」 こいつ、キャバクラにでも行ってやがるのか? さっきヌイたば っかりだっていうのに、なんて奴! 僕はもちろんAに愛情なんて 抱いているわけじゃないけど、ちょっとムッとしていた。こんな寝 言は初めてだった。 みゆき:「え〜、Aさん、エッチ〜」 ついに正体を現しやがったな。 A(笑いながら):「ちょっと一杯やるだけだよ。ねえ、たまに はいいだろう? 今度何か買ってあげるからさ」 みゆき:「だってえ〜、一杯ならここでもできるじゃない?」 A:「プライベートでつき合って欲しいんだよ。み・ゆ・き・ち ゃ・ん・に」 ばっかじゃねえの、この親父。僕は段々むかむかしてきた。Aの 恋路を邪魔してやる。僕は声のトーンを思い切り低くして、わざと 凄みのある声を出した。 僕:「よせよ。みゆきは俺の女だ」 僕が言った途端、Aは固まってしまったようだった。僕はAを起 こしてしまったかと思う反面、何か面白いリアクションがあるので はとわくわくしていた。果たして、Aはまだ夢の中だった。 A(困惑した様子で):「え? みゆきちゃん、彼氏いたの?」 僕(思いきり不機嫌な声で):「あったりめぇだろ、このクソ親 父。俺の女に手を出してみろ。ただじゃあおかねぇからな」 そこまで言った時だ。Aは急にカッと目を見開いた。僕はさすが にしまったと思ってすぐに口をつぐんだんだけど、次の瞬間、Aの 様子がおかしいことに気づいてあっけに取られてしまった。Aは目 を大きく見開いたまま微動だにしなかった。 僕は初め、それはAの照れ隠しだと思った。Aにそんな小洒落た 真似ができるなんて思ってなかったから、内心見直したりもしてい たんだ。でも照れ隠しなんかじゃなかった。Aは息をしていなかっ た! 僕はパニックを起こしそうだった。まさか、こんな事になるなん て……。でも、とりあえず119番通報しなくちゃ、なんて僕にし ては常識的な事を考えながら、実際その通りにした。それに、救急 隊員の人に言われた通りに心臓マッサージと人工呼吸までやったん だ! でも、救急車がきてその役から開放されて一息つくと、途端に現 実が重くのしかかってきた。 ――死んでいるのだろうか? 死んでいるとしたら、死因は何だ ろう? 心臓発作? その時の状況をどう説明したらいいのだろう? 大体、本当の事を言っても信じてもらえないだろうし……。それに、 他人の僕がどうして一緒にいたかって事だよな、問題は。どうやっ てごまかせばいいんだろう……。まさか殺人犯にされたりして……。 まさかね。でも……。もしかして、本当に僕が殺したのか? 僕は救急車の中で、全くの放心状態だった。多分救急隊員の人に いろいろ聞かれたと思うんだけど、何を答えたのか全く覚えていな い。 解剖の結果、Aの死因はやっぱり心臓発作だった。僕はその時の 状況とか、もろもろの事とか、適当に嘘をついてうまくごまかした。 殺人犯になる事も免れた。 それはそれでめでたい話ではあるんだけど、Aが死んで、僕は職 を失ったも同然だった。こんな僕にも貯金ぐらい少しはあるけど、 そんなはした金なんかあっという間になくなっちゃうだろう。 僕は病院をこっそり抜け出して通りを歩きながら、途方に暮れて いた。 早く次の恋人を見つけなくちゃ。できれば今度は寝言を言わない 人がいいな。それはもちろん寝てみないとわからないんだけど……
その日は、朝から何重にも雲が重なって、今にも雨が降りそうに 陰鬱な空模様だった。 僕はしぶる多田野小五郎を無理やり外へ誘い出し、歩きながら、 今朝我が家に起こった大変な災難について順を追って説明した。 きっと多田野なら簡単に答えを探し出してくれるに違いない。例 によって僕は漠然と確信していた。まだ中学生のクセに、推理小説 の読書量を比べても、この町で彼の右に出る者はいないだろう。多 田野は誰もが認める並外れた推理小説マニアなのである。 「そのこそ泥にとっても、やはり災難には違いなかったろうね」 「問題はそこで解決したわけじゃない。それからの方が大きな災難 だ」 今日は僕の家族は、朝から皆出払っていて、家は空っぽになって いた。そこに、あの忌まわしいこそ泥が忍び込んだというわけだ。 ところが、そのこそ泥が一通りの仕事をして、さて玄関から堂々と トンズラしようとしている時に、運悪く家に立ち寄った僕のオヤジ と鉢合わせをしてしまった。 その時は一瞬、互いが顔をつき合せて、言葉を失ったという。が 次の瞬間には、おやじはこそ泥にみごとな背負い投げを決めていた。 状況の理解よりも前に、オヤジの日ごろの反射神経の方が働いたよ うある。 こそ泥はオヤジの足元で、腰をさすりながら唸っている。と、今 度はそこに、さらに兄貴が帰ってきた。この兄貴も空手の有段者で ある。どうあがいても、こそ泥は逃げようがなかったろう。 「そりゃ、ホントに災難だ。なにしろ、君のオヤジさんは柔道の師 範、兄上は空手の達人で、武道一家だからな。まるで、虎穴に投 げ込まれたうさぎのようなもんだ。で、盗まれたものは全部返って きて、一件落着というわけだろう」 「それからだよ、問題は。さすがプロの仕事とでも言うべきか、家 中の現金をかき集めていたようだったが、それらはその場ですべ て回収できた。皆一安心して、こそ泥の身柄を警察に預けたすぐそ の後のことだ。遅れて家に帰って来たおふくろがすぐに異変に気づ いて、大騒ぎを始めた。宝石箱に入れていた指輪が三つもなくなっ ているというんだ」 「捕まったこそ泥の仕事だというわけだな」 「さっそく、警察に電話して、担当の捜査官に話をつなげた。ちょ うど取り調べの最中だったそうだが、よっぽとオヤジに投げられ たことが腹に据えかねていたのか、『知らないよ、知ってたって言 うもんか』とうそぶくだけだという事だった。もちろん、身体検査の結 果でも彼の身の回りからは何も見つからなかった」 「ふん、そのこそ泥が盗んだことに間違いはないのかな」 「そうとしか考えられないね。朝出かける前におふくろがちゃんと 確認しているし、帰ってからすぐにないことに気がついたそうだか ら。その間、おふくろの部屋に入った人間は、あのこそ泥以外には ひとりも考えられないんだ」 そういっている間に家に着いた。玄関ではおふくろと警察官のふ たりが、狭い玄関を窮屈そうに四つんばいになって、宝石を探して いる最中だった。 「お帰り」おふくろが、顔だけをこちらへ向けて声を出した。 「あら、多田野君も一緒なの」 「ああ、探すの手伝ってくれるって」 「ごめんなさいね。大切な指輪もあるからね。なにしろ、お父さん のたった一つの贈り物なんだから」 「ははは、そりゃ大事だったな。おふくろ」 僕が答えると、多田は目だけで笑っている。 「ないですなあ。」と、人のよさそうな警官が申し訳なさそうに立 ちあがった。 「これだけ探して見つからないんだから、ここにはないのかもしれ ないなあ」 「でも、あのこそ泥が宝石を隠したとしたら、ここしかないですよ ね。だって、オヤジと出会ったのは予期せぬ出来事だったんだから。 その後、彼はすぐに身柄を拘束されてしまったわけだし」 自問自答するように僕はいった。…それにしても、このうちの玄 関、どこの家にもある普通の玄関である。四人の人間がここにこう して立っているだけで息苦しいほど狭い空間に過ぎない。 「ところで、お父さんはどこにいるんだ」と、ふいに多田野が僕に 尋ねた。 「ああ、警察で事情聴取を受けている。車で行ったからもう帰って くると思うけど」 「車で…。ふーん。お兄さんは聴取受けてないのか?」 「すぐ空手道場に練習に行ったよ。試合前だから今日は休めないっ て」 「ひょっとして、歩いて?」 「ああ、駅前の道場だからね。いつも20分ぐらいかけて歩いてい くよ」 「ああそうか、そういうことか。なら、大変だ。すぐ兄さんのとこ ろへ行こう。ぐずぐずできないぞ。とり返しのつかないことになる かもしれない」 「え」 どうもガテンがいかない。「何を慌てているんだ、多田野」 「何をって…空を見てみろ。今にも雨が降りそうじゃないか」 後の三人はただ訳がわからずに、ぼんやりしているだけである。 ぽろぽろ雨の雫が落ちてきた。 「やばいぞこりゃあ…」多田野は足を速めた。 まさか、兄が指輪を盗んだって事はないだろう?僕は、訳がわか らなくなって、ただ、多田野の後に続いた。 前からいかつい体をゆさぶりながら、兄がやって来ている。ちょ うど練習が終わって帰路の途中のはずだった。 「よかった。間に合った。」 「おうい、兄貴ーっ。」 「おお、どうしたんだ。」 雨脚が急に速くなってきた。多田野が叫んだ。 「いけない。その傘を開いては。その中に指輪があるはずなんだ。」 兄は驚いて、片手にぶら下げた傘を覗いた。その間に僕たちは彼 のそばに駆け寄った。 「ここしか考えられない。玄関から持ち出したものがあるといった ら傘しかないからね。お兄さん、急に開いたらどこに転がっていく かわからない。下に向けて、ゆっくり開いて…。ああ、あった。思 ったとおりだ。」 ちゃんと三つの指輪が入っている。兄は怪訝な顔をしているだけ である。考えてみれば、事件の後彼はすぐに家を出ていったから、 指輪探しの顛末などなんにも知らないのだ。 「玄関の傘立てにあった傘は全部閉じてバンドをしてあった。き っとこの傘だけはきっちりたたんでいなかったのだろう。こそ泥は、 あわててこの中に指輪を落としたんだ。」 それだけいうと、多田野はつまらなそうに僕を振り返った。 「簡単な消去法さ。それにしても君の持ってくる問題は、いつも事 件らしい事件とはいえないね。」 「そうか。じゃあ今度はもっと難しい問題を持ってくることにする よ。」 素直にありがとうと言えばよかったんだが、少しばかり癪にさわ っている。もっともこの後すぐに僕らは別の事件に出くわすことに なる。今度は殺人事件に首をつっこむことになるのだが、それはま た別の機会にお話することにしよう。
都会とは程遠い、小さな小さな田舎の町。この町にはこの町で生 まれ育った、同い年の仲のいい5人の子供たちがいた。5人はとて も仲が良かったが、みんなのアイドルであったサリーが両親の都合 で町から出て行ってしまうことになった。そこでみんなは相談して、 サリーが町から出て行ってしまう前に記念のプレゼントをあげるこ とにした。4人はプレゼントを買うために休日にケンの家に集まっ た。 「よし、みんな集まったみたいだから、お店に買い物にいくよ」 まず1件目のお店。エルはサリーに洋服をプレゼントしたいと洋 服屋さんに行くことにした。洋服屋さんには、色とりどりの様々な 洋服が売っていた。サリーとエルは、よく一緒にこの洋服屋さんに 買い物に来ていた。 「サリーってとってもお洒落だから、きっとこのきれいな洋服をプ レゼントしたら喜ぶわ」 エルはそういうと胸元に花の模様の入った白いワンピースを選んだ。 ケンとビルは、「これならサリーにぴったりだ」と喜んでいたが、 ジョニーは「サリーには似合わないよ」とそっけなく答えた。 2件目のお店。ビルはサリーにアッと驚くものをプレゼントした いと玩具屋さんに行くことにした。ビルは新しい玩具が大好きで、 新しい玩具を買ってはサリーによく見せていた。 「サリーは、びっくりするものが好きだから、この玩具をプレゼン トしよう」 ビルはそういうとピエロが飛び出してくるビックリ箱を選んだ。ト ムとエルは「これならサリーは驚くよ」と喜んでいたが、ジョニー は「サリーはそれじゃあ驚かないよ」とそっけなく答えた。 3件目のお店。ケンはサリーが欲しがっていたものをプレゼント したいと時計屋さんに行くことにした。ケンがお父さんからもらっ た腕時計を、サリーはよく羨ましそうに見ていた。 「サリーは時間にうるさいからな。前から欲しがっていたこの腕時 計をプレゼントしよう」 ケンはそういうときれいなピンク色の腕時計を選んだ。ビルとエル は「これならサリーはきっと嬉しがるよ」と喜んでいたが、ジョニー は「サリーは嬉しいと思わないよ」とそっけなく答えた。 4件目のお店。ジョニーは3人に理由を言わず写真屋に行くと言 った。ケンは「カメラをプレゼントするのか?」と聞いたがジョニー は何も答えなかった。ビルは「サリーはカメラなんか欲しがってな かったぞ」と言ったがジョニーは何も答えなかった。エルは「カメ ラより絶対洋服の方がサリーにピッタリよ」と言ったがジョニーは 何も答えなかった。ジョニーは店主に何かを話していたが、話し終 わったところで、 「もう、僕の用事は済んだから帰ろうよ」 と言った。3人は「何も買わなくていいの?」と聞いたがジョニー はもう買っておいたよと言うだけだった。 サリーが町を出て行ってしまう前の日。4人はお別れ会をするた めにサリーの家にきた。サリーは、みんなと別れることがとてもさ びしいと泣きながら話した。4人とも胸がいっぱいで涙があふれだ した。今日がサリーと遊べる最後の日になるので、みんなは外で元 気いっぱいに、いつも以上に楽しく遊ぶことにした。陽が暮れてみ んなが家に帰らなくてはいけない時間が近づいてきてから、ケンと ビルとエルの3人はサリーのために買ったプレゼントを渡すことに した。 まず最初にエルがサリーにプレゼントの白いワンピースを渡した。 「この前一緒に洋服屋さんに行ったよね。そのときサリーがこのお 洋服とっても気にいってたじゃない。だから、この洋服をサリーに 着て欲しいんだ」 エルがそういうとサリーは、 「ありがとうエル、これからこのお洋服は私のお気に入りのお洋服 になるわね」 と優しく笑った。 次にビルがサリーにプレゼントのピエロが飛び出すビックリ箱を 渡した。 「サリー、この箱の中にプレゼントが入ってるんだ。空けてみて よ?」 ビルの言葉にサリーが四角い箱を開けると中から、ピエロの人形が 飛び出した。サリーは「キャッ」と驚いた後、少しすると「フフフ」 と笑い出した。 「ありがとうビル。このプレゼントはビルらしいわね。新しい町で お友達ができたら、今度は私がそのお友達を驚かすわ」 とビルににっこり微笑んだ。 3番目にケンがサリーにプレゼントの腕時計を渡した。 「サリー、僕の腕時計を羨ましがってたよね。僕のじゃないけど、 このピンクの腕時計を君にあげるよ。きっとサリーなら似合うよ」 ケンは喋りながらサリーの腕に時計をはめさせてあげた。 「ありがとうケン。ケンがお父さんからもらった腕時計を大切にし てるように、私もこれからこの腕時計を大切にするわ。それに私、 ピンクって大好きだもん」 腕時計を眺めながら、サリーは嬉しそうにいった。 3人からプレゼントを受け取ったサリーは、とても嬉しそうに喜 んだ。ジョニーだけプレゼントを渡さなかったのだが、サリーは『今 日めいいっぱい遊べたのが私の一番のプレゼントなのよ』といった ような表情でジョニーに優しく微笑んだ。 翌日、サリー一家の荷物がまとめられ、いよいよサリーとお別れ をする時間が近づいた。サリーとお別れするために4人は集まる予 定だったのだが、ジョニーの姿だけなかった。 今日のサリーは、前日に3人からもらったプレゼントを身につけ ていた。エルは白いワンピースを着たサリーを見てとても嬉しそう に、 「うん! とってもお似合いよサリー!」 と言った。 しばらくするとサリーが町を出て行く時間になった。ジョニー以 外の3人は、みんな瞳に涙をいっぱい浮かべて、サリーとお別れの 最後の握手をした。サリーはお別れの挨拶を3人と交わすと車に乗 り込んだ。すると大急ぎで走ってくるジョニーの姿がサリーの目に 入ってきた。 「サリー!! ごめん、昨日プレゼントを渡せなくて。はい、これ がプレゼント!!」 ジョニーは車に乗っているサリーに近づくとサリーの腕を取り、手 のひらに数枚の写真を置いた。その写真には楽しそうに遊ぶサリー やみんなの姿が写っていた。 「写真屋さんの人に、昨日、内緒で撮っておいてもらったんだ」 ジョニーはそういうと優しくサリーに笑いかけた。ケン、ビル、ア ンの3人はそのときになってやっと写真屋に行った意味に気がつい た。3人は、ジョニーが自分たちのプレゼントをそっけなく否定し てた意味が分かったような気がして、何となく恥ずかしくなった。 「もういい、サリー?」サリーのお母さんがサリーに話しかけると サリーは小さく頷いた。サリーのお母さんは4人に「今までありが とうね。さようなら」というと車の運転手さんに「出してください」 といった。少しずつスピードをあげて遠ざかる車の窓からサリーは、 4人に向かって大きな声で叫んだ。 「みんなとの思い出が私にとって一番のプレゼントよ!!」 4人は車が見えなくなるまで、大きく手を振りつづけた。手を振る 4人の顔からは涙がボロボロと流れていた。 車が見えなくなってから、ビルとエルは涙を拭きながら「ジョニー にやられたね」とそっと、ケンに話した。するとケンはこう言った。 「あれは本当のひねくれ者しかできないプレゼントだよ」
ある日突然、一人暮しの若い男の人の家に、セールスマンがやっ てきました。 「どうも、はじめまして。穴吹様でございますね? 私、セールス マンのウェスリー平井と申します。決して怪しい者ではございませ ん」 彼は玄関口で丁寧にお辞儀をして、名刺を手渡しました。 「そうですか。これはどうもご丁寧に」 穴吹様は名刺を受け取ると、疑うことを知らない真っ直ぐな目で セールスマンを見返しました。 「それで、今日はどのようなご用件ですか」 早速の穴吹様の問いです。セールスマンは慎重に答えました。 「実は、穴吹様に大変重要なお知らせがあるのです」 何やら深刻そうな顔で、セールスマンは続けます。 「落ちついて聞いてください。今から一週間後、あなたの家に隕石 が衝突することが判明しました」 「なんですって」 穴吹様は驚きのあまり、口からツバを飛ばしながら叫びました。 そのツバがセールスマンのメガネに少しかかりましたが、彼には 怒った様子もありませんでした。 なんとなく、紳士的で立派な人みたいです。 「信じられないかもしれませんが、本当です。今から一週間後に、 あなたの家に直径30センチの隕石が落ちてきます。そんなことにな ったら、人類の滅亡は免れません」 「ちょっと待ってください」 穴吹様は、それはおかしいと思って尋ねました。 「直径30センチの隕石なら、被害は大したことはないんじゃないで すか? そりゃ、ぼくの家ぐらいは壊れるかもしれませんけど」 「残念ながら」 セールスマンは、メガネを中指で押し上げながら冷静に言いまし た。 「隕石は、実に光の速さの半分というとてつもないスピードで地球 に激突するのです。そのような速度では、直径30センチの隕石とい えども大気圏で燃え尽きる暇もなく地表に落下し、巨大なクレータ ーを作り上げるのです(※)」 「そうだったんですか。知りませんでした」 穴吹様は、感心した様子で頷きました。 光速の半分の速さで移動する直径30センチの隕石をどうやって発 見するのか、なんてくだらない疑問は、もちろん彼には思いつきま せん。 人を信じることには、とても価値があるのです。 「そこで、穴吹様にお願いがあるのです」 セールスマンのメガネが、キラリと鋭い輝きを放ちました。 いよいよ本題に入ろうという構えです。 怪しい雰囲気がヒシヒシと伝わってくるかのようでしたが、残念 ながら穴吹様にはそれを感じ取ることはできませんでした。 「穴吹様のお宅の隕石落下予測地点に、激突を阻止するための措置 として、地球の裏側まで抜けるトンネルを掘るための許可をいただ きたいのです。トンネルを掘って、隕石に地球を潜り抜けさせてや り過ごそうというプランなのです」 セールスマンは、ムチャクチャなことを言い出しました。 信じ難いことに、目を見るとかなり本気のようです。 少なくとも、穴吹様には彼の真剣さは伝わったようでした。 「えっ、地球の裏側まで抜けるようなトンネルなんて、掘れるんで すか?」 穴吹様は、また驚いた様子で尋ねました。 「ご存知ないのも無理はありませんね。実は我が社の技術を持って すれば、地球の裏側まで貫通するトンネルを掘ることなど造作もな いことなのですが、このことが世に知れると困ったことになるので す。実は、この技術を使えば放射性高レベル廃棄物を安全に処分す ることができるのですが、それでは原発が危険だからといって原発 の撤退を決めた先進各国のメンツが立たなくなってしまうのです。 そこで我々としては仕方なくこの技術をひた隠しにしているという わけなのですよ(※)」 「なるほど。難しい事情があるんですね」 穴吹様は、腕組みをして難しそうな顔をして頷きました。 彼がどれだけ考えようとも、この会話が常軌を逸していることな どに、気がつきそうもありません。 「でも、それでわざわざトンネルを掘るのなんて大変なんじゃない ですか? ミサイルか何かで隕石を壊すとかできないんでしょうか」 正義感溢れる眼差しで、穴吹様が詰め寄ります。 しかしセールスマンは、慙愧に堪えぬといった表情で言いました。 「ミサイルなどは、とっくの昔に絶滅した兵器なのです。30年ほど 前に、アメリカは核戦争で滅んでますし。おかげで、世界的にミサ イルを廃止しようという動きが起こって今ではただの1本もミサイ ルなんて存在しませんよ(※)」 「えっ、アメリカって核戦争で滅んでたんですか? ぼく、カリフ ォルニアに旅行に行ったことがありますよ?」 「それはおそらく、熱海の海岸ではないでしょうか。飛行機のアメ リカ行きの便は、実は周回飛行して日本に戻ってきているだけなの です。生き残ったアメリカ人は世界各地に散って、あたかもまだア メリカが健在であるかのように見せかけているのです(※)」 「じゃあ、ハリウッド映画なんかはどこで作られているんですか?」 「映画のことはよくわかりませんけど、おそらく日本の映画村じゃ ないでしょうか。今ならだいぶCGでごまかせるようになりました し(※)」 「湾岸戦争はどうなんですか。アメリカは大活躍だったし、ミサイ ルもバンバン飛んでたように思うんですけど」 「あれこそハリウッド映画ですよ。テレビの報道で流れていたのは、 元々は映画の素材として作られた映像だったんですけど、脚本家が ゴネてボツ映像になったものを再利用しようとしたらああいうこと になったらしいですよ。実際は戦争なんて起こってません(※)」 「なるほど……世の中って、奥が深いんですね」 穴吹様は、心底感動した様子で深々と頷きました。 世の中の真実を垣間見て、目からウロコが落ちた思いのようです。 「どうでしょうか。トンネル工事の許可をいただけますか」 「もちろんです。協力しましょう」 男達は、腕に血管すら浮かび上がらせてガッチリと握手を交わし ました。 もはや、彼らを止めることは誰にもできません。 彼らは自分達の足で、どこまでも歩いていくことができるのです。 「それでは、この書類にお名前と印鑑をいただけるでしょうか」 「わかりました。ちょっと待っていてください」 穴吹様は、家の奥に勇ましく引っ込んでいきました。 彼はなぜか、なかなか戻ってきません。 ようやく戻ってきたときには、うっすらと目に涙を浮かべて青ざ めた表情になっていました。 「大変です。印鑑をなくしてしまいました」 「なんですって」 セールスマンは、驚きと怒りに満ちた声で怒鳴りました。 その形相は、悪鬼羅刹のように恐ろしいものでした。 「わかっているのですか。地球の運命は、あなたの印鑑にかかって いたのですよ。そのことをあなたは、わかっているのですか」 「申し訳ありません。申し訳ありません」 「謝って済むことではありません。死をもって償いなさい」 セールスマンは懐から拳銃を取り出すと、穴吹様の眉間に向かっ て、ためらいもなく引き金を引きました。 その後、彼は殺人罪で逮捕され、精神病院に収容されたというこ とです。 残念ながら、一週間経ってもどこにも隕石が落ちた様子はありま せんでした。 (※)注釈 デタラメです。絶対に信じないでください。
八月もあと一週間足らずで終わり、それと同時に夏も終わる。働 き始めてもう十年になるがその感覚は今でも変わらない。小学校に 入学してから高校を出るまではいつも八月三十一日、夏休みの終わ りが夏の終わりだった。その癖が今でも抜けない。もう今では夏休 みなんて関係なくて季節感のない空調の効いたオフィスで働いてい るのに、なぜか、今でも、この季節は焦りを感じる。なにに対して かは今でも分からない。そしてときどき夏をもう少し遠くまで追い 掛けることが出来なかったあの日のことを思い出す。たぶんあの日 から僕の夏は季節に縛り付けられてしまった気がする。 高校二年の夏に家出をした。別にひどく学校の成績が悪かった訳 でもなければ、いじめられていた訳でもない。ただ学校は楽しくな かったし、学校に行かなくちゃいけない意味も見出せなかった。そ の頃の僕の心の奥底が本当は何を欲して僕を家出に駆り立てたのか はまだ分からない。でもとりあえずそういうのを理由にして僕は家 を出た。八月一週目の週末のことだった。 アルバイトでためたお金をポケットに詰め込みリュック片手に鈍 行を乗り継ぎ東京へ向かった。一日半かけてやっと東京に辿り着い た。しかし東京は素性の分からない十七歳の少年に何も与えてはく れなかった。具体的には居場所とそれを維持するための仕事。 僕は新宿の街の灯りの中を何を探しているか自分でも分からない まま彷徨い歩いた。ハンバーガーショップやファミレスに入っても コーヒー一杯で都会育ちの人たちのように上手く時間を潰せなくて、 熱いのを冷す振りをしながら少しでもゆっくり飲むけれど、それで も三十分もいられなかった。夜中におばさんに声をかけられた。補 導員だった。「あなた、もしかして家出とかじゃないの?」といき なり言われ次を聞く前に全力で走り去った。悔しかった。自分で稼 いだお金でここにいるのに家出と言われたのが妙に悔しかった。結 局その夜は神社に隠れて眠ることも出来なかった。見回りの警官が 近くを通るとトイレに隠れた。 次の朝も早くから街を彷徨い歩いた。まだ静かな街のウィンドウ に「超特価九千八百円」と書かれたテントがあった。財布の中身を 確認してから店が開くまではその店の周りを延々と散歩し続けた。 テントと同じく超特価のブランケットも買って、行き先不安にな る軽い財布を握りしめ電車に乗った。とりあえず海を目指して。も う、街の中には僕の居場所はないように思えた。 海岸での生活は気が楽だった。海水浴客の多い浜辺からは少し遠 い岩場に近い所にテントを張った。拾ってきた釣り竿で釣りをした り海藻をとってきたりした。他のキャンパー達に声をかけられても 「大学の夏休みで遊びに来てて」と簡単に答えられるようになった。 彼等は何かを探ろうとしている訳ではなく単純に話がしたいだけな のだ。やがて一緒に御飯を食べたり酒を飲んだりするようにさえな った。 御盆に差し掛かった頃に奇妙な同居人ができた。彼女は自分をア キと名乗り、釣りをしている僕の側に腰を下ろし「大学の休みで旅 をしてるんだけど今晩泊まるところがないの」と言ってきた。もう ちょっと歳をとっていたらナンパか何かとしか思わなかったかもし れない。でもそのときには、なぜだろう、僕は彼女が大学生なんか じゃなくて家出してきたのだと分かったし、たぶん彼女も僕が大学 生なんかじゃないことを分かって声をかけて来たのだということも 分かった。今では失ってしまった僕の中にあった何かが僕にそれを 教えてくれた。そうして僕は残りの夏を狭いテントでアキと二人肌 を摺り合わせて暮らすこととなった。 次の日から僕らは仕事を探して浜辺を歩いた。海の家に入っては 旅好きのカップルの振りをして「大学の休みの間に旅してるんです けど、お金なくなりそうで」と言って回った。仕事は街とは違って 呆気ないほど簡単に見付かった。その日から僕は暑い中で焼そばや カレーを作り、アキはそれらをビールと一緒にお客に持っていった。 「なんかこういうの楽しい」アキと僕は砂浜に小さなシートを広げ 二人で星を眺めていた。照れくさくて、でも嬉しくて、あんまり言 葉は出て来なかった。右手に持ったビールの缶が汗をかいて雫が指 を伝い砂の上へ落ちて行く。 「私ね、こういう生活が夢だったのかもしれないって、最近思う」 「うん」小さく頷く。顔に笑みが浮かぶ。でもそんな僕の顔を今ま でと微妙に違う秋の風が吹き抜けた気がした。アキはたぶん気がつ かなかったのだろう。微笑んでいた。 「たくさんじゃないけど自分達で働いてお金稼いで、広くないけど、 ってテントだけど、それでも自分達の家があって、時間もたくさん あって…」アキが僕の手を握る。「なんか生きてるって感じがしな い?」 「そうだね」きっとそれは僕が求めていたものでもある。なのにま た、秋の乾いた風が僕の皮膚を撫でていった気がした。 「生きてるよっ!」僕は振払うように大きな声でいうと彼女を抱き かかえて海へ走った。 「きゃっ、ちょっと、冷たい」 「なっ、ほら、生きてる証拠ってやつ?」 僕はそのまま彼女にキスをした。そしてその夜に初めてアキを抱 いた。海の中で、テントの中で。何度も。 認めたくはなかったことだけど夏の終わりはやってきた。それも 唐突に。 「この店も今年は明日の三十日で終わりだな、日曜だし。三十一日 には嘘のように人は来ねえだろうからな」店の旦那さんが言った。 「おめえらはいつまで休みなんだい?」とも。 一瞬。ほんの一瞬だけど僕らは黙り込んでしまった。もしかした ら、とも思ったけどルールを破る訳にはいかなかった。 「僕もそろそろ帰らなくちゃって思ってたんですよ。レポート一つ 残ってて」ちらりとアキを見た。 「私もそろそろ。私たち大学違うから本当は休みの間はずっと一緒 にいたいけど」と言ってアキはクスッと笑った。 僕らは本当に戻るつもりだったのだろうか?もう、思い出せない。 いずれにせよ夏が終わったあとまでも海岸のテントで生活する訳に はいかなかった。秋の風に背中を押された。 次の日、僕らは鈍行を乗り継いで西へ向かった。言葉少なく、た まに思い出したようにこの夏の思い出を話した。一度広島を過ぎた 辺りで僕はトイレに行こうと席を立った。混んでたから席へ戻ろう とした。そのとき連結部分の窓からアキが僕の財布を開けているの を見た。僕はドアを開けずに待った。アキは、まだ、帰りたくない のだ。それは、僕も同じかもしれない。だから行かせてあげたいと も思った。持っていけばいいとも。心の奥底ではアキに僕の分まで 行ってもらって自分は帰ることを受け入れている卑怯さを恥じた。 でも、やっぱり僕はドアを開けられなかった。アキは結局そのまま 僕の財布を戻した。 乗り換えの駅で僕は下りた。そこから僕は家まで北上する。一時 間くらいで着く距離だ。もう辺りは暗かったけど明日の学校の準備 くらいはできるだろう。 「本当に、いっちゃうんだね」 「うん」 アキも電車を下りなかった。 うまく言葉が出なくて、そのまま閉まるドアが二人を分けた。夏 が行ってしまった。夏の記憶はもう秋の風に時折混じって鼻先を掠 める微かな夏の風がだけになってしまった。 残り香だけを残して行ってしまった夏の行方を僕はもう見ること が出来ない。あのときドアを開けていたら、夏はまだ続いたであろ うか?いまでは、もう、分からない。
「ねえ純、出会ったころのこと憶えてる? 何でなのかな?最近よ くあのころのこと思い出すんだよね」 玲は、左手に見える、朝の太陽で照らされた海を眺めながらいっ た。まだ登ったばかりだと言うのに、真夏の太陽はクーラーの効い た車内の冷気さえも、生ぬるくする勢いで照らしはじめた。僕は太 陽ですっかり温くなった缶コーヒーを一口口に含んだ。 「懐かしいね! まだ僕たち学生だったんだな。あのころは真夜中 でも平気で玲の寮に迎えにいってさ、朝までいろいろ語り合ったよ ね。門限いつも破ってたし、管理人のおばちゃんにいつも嘘の電話 入れて泊まってたじゃん」 「純なんか、朝そのまま一限の授業に出て熟睡いてたじゃない」 「そう、けっこういびきかいて、ひんしゅくかってた。でもそのあ とは夜ちゃんとバイトしてたんだぜ」 もうあれから5年経っていた。僕らは大学時にバイト先で知り合 い恋に落ちた。お互いに地方から上京した田舎もの同士だったのか もしれない。大学は違っていたし、好きな音楽や映画も違っていた けど、なにか共通する何かがあったような気がした。お互い人見知 りするタイプだったし、そんなに口もうまくない僕が、あの時周り の仲間の目も気にせずに、何故だか気軽に彼女に話しかけることが できた。電話番号を聞き、すぐにその日の夜に彼女に電話した。電 話の向こうの玲は速攻な電話に躊躇しながらも、和やかに話してく れた。アルバイトは同じだったけど、玲と一緒に働いたのは数回で 仕事上のことしか会話がなかったけど、電話の会話は自然と話がは ずんだ。大学で起こったささいな事件や今日食べた夕飯のこととか どうでもいいような事ばかりだった気がする。 その日、玲をデートに誘った。玲はためらいもなくOKをくれた。 そう、あの日から僕と玲はともに時間を過ごしてきた。はじめての デートから僕らが唇をかさねあうまでに、それほど時間は必要じゃ なかった。夏の暑さが残暑に変わりコートを羽織る季節になるころ 僕らはひとつになった。冷たい部屋の小さな布団のなかで、玲の柔 らかい体を抱きしめて、優しく髪をなでると、玲は僕の胸に頬をこ すりつけてきた。そのとき僕の胸に感じた冷たく流れでるものの意 味が何なのか、あの時の僕には理解できなかった。 半島の先端にある小さな島に僕らは向かっていた。二人がつき合 うきっかけの場所。島のはずれの公衆トイレの前、小さな駐車場の 縁石に腰掛けて、お互いについて語り合った思いでの場所。 半島の海岸線を南に向かうこの海岸道路はすでに車の流れが悪く なり始めていた。浮き輪をもった家族連れが道を横断するために車 の途切れるのをまっている。もうすでに夏は始まっていた。僕は少 しだけ取り残された気分だった。大学を卒業し就職してから毎日が むしゃらだった。コンクリートのオフィスでは季節を感じる余裕も なく、まるで春夏秋冬が早送りされてるみたいに、あっという間に 過ぎていった気がする。 玲とは何度も別れ話が持ち上がったりしたけれど、あの時あの場 所から、一緒に時をここまで過ごしてきたんだ。あれから5度目の 夏。早送りでモノクロの僕の人生に玲は鮮やかな色を施してくれる。 仕事が早めに終わった時は、なんとなく玲に電話して食事に誘った。 玲を待っている僕の時間はモノクロから徐々に鮮やかな色に染まっ てゆくのが自分でもよくわかる。一緒に過ごしてた時間は、体験し たことのない優しさに包まれて流れていった。 「私、学生に戻りたいな。でも純と出会う前には戻りたくない。こ れってわがままかな? 」 玲は助手席の窓を開けながら僕に尋ねた。玲の長い髪が窓から吹 き込んだ潮風にさらわれた。 「おれもたまに、ふっとあのころ思い出すんだよね。でも俺今が一 番好きだな! 玲と過ごしてきた大切な思いでとかいっぱいあるし、 いろいろ経験して大人になった自分があるし、俺といっしょに歩ん できた玲といれる、この今っていう瞬間が大好き。なんかこう生き てるって感じするんだ」 「俺さあ、仕事してるときとかって生きてるって感じしないんだよ ね。昼飯はまだかあとか、あと何時間で帰れるとか、玲は今なにし てるんだろうって、ぼけっとしてるから。」 「純ってそいうタイプだよね。なんかこう仕事より自分とか家庭を 大切にするでしょう。そういう純に惚れちゃったのかもね」 「玲、 あ、あのさあ、城ヶ島着いたら玲に渡したいものがある んだ。楽しみにしててね! 」 「渡したいものって? 何に? 何によーもったいぶらないでよ」 「いいからいいから。着いてからのお楽しみだってば」 「なによ、それっていいもの? 」 「ん〜 そうね、きっといいものだよ! 」 海に近い駐車場はもう車で埋まりそうだった。空いてる場所に車 を止め、海辺へと急いだ。太陽はすでに、僕達の真上で激しく燃え ていた。僕がビーチベットを二つ並べると、玲は部屋でもう水着に 着替えてきたようでTシャツと短パンを脱いで水着になっていた。 ブルーのビキニ姿の玲はとてもセクシーだった。何度も愛し合っ て知り尽くしていた玲の体は水着を付けると、いつもの玲の体とは 違って見えた。 「純、日焼けオイル塗ってよ! 」 「いいよ、はい、横になって」 玲はビーチベットにうつ伏せになると、僕はたっぷりとオイルを 絞り出し玲の体に塗りたくった。 太陽はますます輝いていた。僕らは太陽の光を十分に浴び肌が真っ 赤になる前に海からあがった。トランクの前で帰り支度している 僕の頬に玲が冷えた缶ビールを押しつけた。オレンジのワンピース に着替えた玲の肌はかすかに赤く焼けていた。焼けた肌に長い髪が よく似合っている。 「そうだ! 純、私に渡したい物ってなに? 」 「んー なんだろうなあ」 そういいながら、トランクの奥に隠していた真っ赤なバラの花束 を玲に手渡した。玲は一瞬きょとんとしながらも白い歯を見せて笑 ってくれた。 「純、これわざわざ私のために買っていたの? 」 「うん、そう。でもこれだけじゃないんだ。手を出して! 」 白い小さな箱を開け、僕は玲の左手の薬指のリングをはめた。 「よかった! サイズぴったりで。」 玲は左手にはめたリングを見つめていた。 「玲、僕達結婚しよう。今まで、もう何年も玲と一緒にいたけど、 これからもずっと一緒にいたいんだ。二人がじじいとばばあになる までさ」 玲は笑顔で僕の瞳をじっと見つめた。 「これってプロポーズ!!!」 「純、恋愛ドラマ見過ぎだよ! バラは昨日から買ってあったの?」 「そう、昨日買いに行った。暑かったんでしおれちゃうかと思って 心配したよ」 「でもうれしかった。ありがとう」 玲は目を潤ませ、涙声で言った。僕は玲を思わず抱きしめた。玲 の頬を涙が伝った。握っていた缶ビールが手から転げ落ちアスファ ルトを濡らした。 「玲、今度はここ、子どもと来ようぜ。きっと俺にいたかわいい子 どもが生まれるよ、絶対!!。玲、俺の子ども産んでくれるだろう」 「うん、もちろん。純、愛してる。絶対、幸せになろうね! 」 道はすでに渋滞していた。いつのまにか玲は助手席で眠っていた。 うす赤く焼けた玲の寝顔は、はじめて玲を抱いたあの時と同じだった。 「でも、若干老けたかな。それはお互い様か」 僕はつぶやいた。さっき流したの玲の涙は、はじめて玲を抱いた ときに僕の胸を伝った涙と同じ涙なのかな、きっと。僕は玲の手を そっと握りしめた。
○●森の m a p ○● >かわった路進んでく。地下鉄が地下の新宿国際空港のターミナルま で近付いてく。でもそこを通り過ぎる。わたしは、学校にタドリ着 くまでに。ユメを幾つもみた。色彩のあるユメ、触感があるユメ。 >地下鉄は地上に出て森の中へ入った・ ○●森の m a p 2 >Continue2 >電車は地上に出た。>わたしは、森の中の木々が、イミテーシヨン だという事を知っている。今日は、ライトオフの日だろうから、動 物たちは何も見えないなぁ。>窓の外を眺めるわたしを、楽しませ てくれるのは、遠くに高く飛び出した旅貨機用のタワー。>毎日、 通学通勤客のためのアドサイン広告が見れる様になっている。わた しは、遠くから、そのサインをいつも眺めてる。>++ガタンゴトン ガタンゴトン++ガタンゴトンガタンゴトン++ >通学時間40分。 季節は、夏から秋へ向かって・・・秋物の心を、準備しなくちゃい けない。 ○●森の m a p 3 >森 Continue3 反対方向からの電車が擦れ違って、ガラスがバタッ!!ってなった。 わたしは、目をコスッテ腕時計を見る。時計の液晶に、Electricメ ール画像が出た。+今スレチガッタヨ!今朝家デトッタLEVETISSE のムービーオクッタヨ!松葉ノコトミツケタヨ電車デネルナヨ+ >あっ可愛いブルDogだ!亭瑠とあそんでる。亭瑠、学校退めちゃっ たからな。わたし寝てたのか! >もうすぐBaybridge。海を越 えるよ・・ ○●森の m a p 4 >Continue4 >松葉の隣に呼び鈴の女の子が二人。松葉は席を譲って窓ドアに、 もたれて立った。朝の海が光ってるエメラルドグリーン。 透明なプラスティックで海中で浮いている立体橋の海上passを、 電車は緩いカーブを描いて東へ東へ向かう。 松葉は朝陽に今反射したばかりの波をぼーと見つめながら、波とは 全く関係のない事を考えていた。私今日、補習放課後はむりだな、 部活も休もう・‥ >電車は、新東京matta駅にあと少しで到着する。 さっき通り抜けたBayBridgeが かげろうみたいに切れかかった島に なって、電車のこっち側から小さく向こうに逃げて行った。 ○●空の m a p* >Mix1 空 ・僕は地図を開いた・ >今日は待ちに待った少年マガジンの発売日。開いた地図には、まだ 始まったばかリの、地球儀サービスのショップ一覧が、載っている。 >僕は、ターミナルの入口 にいる。 >まちぼうけ >僕は・テイル=帝 瑠・と、モーニングコーヒーを飲む約束をしている。>僕の名前はブ ー・。テイルは僕をブーと呼ぶ。 >今日は、さっき開いた地図の地球 儀サービスのショップへ、ペンを買いに行く。 ○●空の m a p2 >Mix2 空 ・僕は地図を閉じた・ >空港ターミナルの喫茶店で、僕は、テイルが着くまでにマガジンを 読む。読む。今週の、マトリックマティス。主人公のマティスが*ペ ン*を、何度に支えるのか。それによって、僕の買うペンの値段が、 変わってしまうから・。 >旅貨物便が飛んだ・ >アナウンスがナガレ タ >地下空港の中には空がないので、都営新宿線の列車の音と、貨物 行機 のジェットの爆音が高い天井に跳ね返って、アナウンスがまっ たく聞こえない。 >ペンが、はやく欲しいよ。 ○●空の m a p3 >Mix3 空 ≪+++Tail ・電車は、秋葉原を出た。・ ドアから出た旅行用スーツケース。短距離旅行客のリュック。 窓がはだけて・・ >秋の葉原をずっと、僕は上から見下ろした。 >向かいの、通学・二人の制服・通勤のシャツ・シューズ・・ ラッシュは、また窓の外を見えなくした・ >+++ガタンゴトンガタ ンゴトン++ 。 >森を過ぎて・僕は腕時計の液晶に今朝のLEVETISSEをUPして・電 車の >窓は森の風景を映す・木々の上にアドタワーが何度か、出る・ 消える ・・出る・ 消える ・・ ・ ・空港まであと少し >・朝の斜陽が・ ・・ガラス窓に・・ ・僕の半分を映した・ ◆compass1 >through!↑↓ 水 ・トタンの屋根の音楽が鳴りだした >・書き駈けの、マガジンに執筆するエッセイ「十七月から十八月へ と・・」のタイトル、にピッタリのシュチエーションだ。 >雨音は、少し激しさを増して、私のお気に入り の、ラナーイナバーザインのハイハットを聞こえなくした。 >【・いつも私は季節の外に居るのに・歩いて・外側まで知らせに来 てくれるんだね・季節!】雨のリズムが、私の体の中を流れてるOIL とWATERを揺らす、調節機能をOFFに!リセットされる瞬間! 私 の半分の肉質、生きてるよね?一度死んでる`OilType’だから・ ◆◆compass2 >through!水 >『今、何時?いくら僕がPET”PaPa”だからって!こんな仕打ちヒ ドイよ!、それより御飯は?』PET”PaPa”は、私の気紛れに、反応 した。冗談が通じなかった。又は私が、ふざけ過ぎたのだ。 > >『い つか、買い替えてやるわ』クレーム処理!”OilType”は、一様に、 ロボットとの共存所有での、ストレスが問題にされてきている。また 1体のPET”PaPa”が、商品価値を失う事になりそうだ。私は、マガ ジン宛の執筆を運びながら、 >どうしようもない悲しみに襲われた。 十八月の夜。 >私はひとりぼっちだった。 >そして、”PaPa”も‥ ◆◆◆compass3 >through 水 >雨が物凄い音を立てて、 >部屋中の音はもう、雨粒だらけになった。 >ピピプポポパププププププププププ >電話だ!電話を取ろう!「はい、もしもし」・…‥‥・・・ >雨粒の音で散乱した、部屋の中に、着信音がかろうじて、鳴り響い て、私のまわりだけ、音の雨粒をはじき飛ばした。 >エッセイを書き上げるまでは、少しだけ音に敏感になる。 私の中の、Oil と Water が 少しだけ…‥。 >明日は、このエッセイ をマガジンへ運ぶ。 >十八月も皆に受け入れられる様になってくるだろう。 >明日彼につ いて 1日考える様 ‥ ◆◆◆◆compass4 >through 4 ↓↑水 >誰かとツナガッテいたい。私はそう思った。 書き上げた「・十八月へと・・」の原稿を持って、 >編集社を待つ小 さな喫茶店の時間の中にフルートの旋律がナガレル・・ ガラス窓からもう1枚の外側に。半透明の雨が、>私と路行く人々と の間を・・・離していく。>雨は、透明なインクの切れたペンシルの 様に直線を、描いている。>たくさんの傘がかろうじてコノ世界のカ ラフルを保っているかの様に、過ぎていくのを私はずっと見てる・ >喫茶店の音楽はうたのない・楽器の音色だけを使って・私の時間を 描き続けていた・‥
2481年5月1日
この度「エンジェルの製造禁止を求める会」の設立に当たって、
会報を発行することになり、不遜ながら私が筆を執る事になった。
勿論、読者諸君が「エンジェル」の存在を知らないはずが無いが、
ここでは改めて「エンジェル」が開発された経緯とそれがもたらし
た弊害について、確認の意味を含めて述べたいと思う。エンジェル
の製造を続けるべきだと思う方も、これを読んでいただき、我々が
置かれた厳しい現実を見つめて頂きたいと思う。
体の複雑な構造、進化する病原菌、医学という概念が生れて以来、
人類はこれらと戦い続けてきた。どんな病気をも治療する薬を作る
こと。それは人類にとって積年の願いであり、夢でもあった。
けれど飛行、高速移動、遠隔会話、あらゆる夢を叶えてきた人類
が、これを夢とのままで終わらせるはずが無かった。
あらゆる病気を治癒する万能の薬ができたのは21世紀も終わる
頃のことである。
南米の北部、ベネズエラにギアナ高地という人跡を寄せつけない
高原があるが、ここで茶の一種と見られる薬草が発見された。
この薬草を発見した科学者はこの植物の葉を食べる昆虫が、10
年以上生きることに着目し、この薬草に長寿の秘密があるのではな
いかと考え研究に乗り出した。この薬草を鼠に食べさせた結果、鼠
は8年以上生きた。これによりこの薬草には自然治癒と免疫力を高
める効果があることがわかった。彼は人間から病の苦しみを取り除
こうと、研究に没頭した。
「エンジェル」という万能の薬が作られたのはそれから間もない
ことである。
この薬により、人間の寿命は大幅に長くなった。人ばかりでなく、
犬や猫、おおよそ全ての動物に効果がある。
ただ、この薬を持ってしても、治せないものが3つある。一つは
先天的な遺伝子の異常による病気、栄養失調や高齢による衰弱、そ
して自殺。この三種類以外は「エンジェル」をもってしても治せな
い。しかし逆を言えば、この三種類を除けば、どの人間も寿命をま
っとうできるようになったのである。
この薬は爆発的に普及し、人間の平均寿命は実に30歳以上伸び、
100歳をゆうに越えた。医学研究は精神医学と遺伝子治療に力が
注がれ、これを起因とする病気もしばらくして駆逐された。
今まで莫大な資金が投じられてきた医学研究費は主に経済成長に
使われるようになり、23世紀の半ばには地球上に貧困国というの
は無くなった。誰もが充分な栄養を摂取し、高度な医療を受けて長
寿を手にした。
しかし、人類が幸せな時間を享受できたのは、ほんの短い時間で
しか無かった。
この薬が作られた当初から、あることを危惧する学者は多かった。
各国政府もこれに答え、「エンジェル」の製造を規制した。
その危惧とは人口爆発である。死ぬ人間は減ったが、生れる人間
はほとんど減らなかった。
その頃の人々は生命の原則を忘れていた。人が繁殖するのには快
楽が伴う。性交による肉体的な悦び、恋愛という一種の娯楽、もし
も繁殖活動が苦痛のみであったら、だれも子を産みたいとは思わず、
少なくとも人間は絶滅したに違いない。死には「恐怖」と「痛み」
が伴う。それが無かったら人は些細なことで自殺してしまう。やは
り人間は絶滅しただろう。
一方的に「死」という恐怖を遠ざけた結果、この原則が狂った。
前述したように各国政府はエンジェルの製造を規制した。一国に
つき年間製造限度量を五万錠までとしたのだ。
しかし、この政策は5年ともたなかった。
例えば貴方が「エンジェル」以外に治癒できない病にかかったと
する。癌や脳卒中、細菌感染、一年間のうちで病気になる人間はど
れくらいだろうか?とてもまかないきれる人数ではない。するとど
んな事が起きるか?同じ病気で寝ている隣の患者はエンジェルを得
られ、貴方は得られない。という不公平が起きたのである。
薬を得られなかった貴方の脳裏に「病死」というものが現実味を
帯びて迫ってくる。貴方は必ず叫ぶだろう「エンジェルをくれ」と、
事実そうであった。
人間が長い時間をかけて作り上げた憲法にはこんな素晴らしい一
文がある。
すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する
一方がエンジェルを投与されて健康な身体を得たのに、貴方はエン
ジェルが手に入らないばかりに死を待つ。これは明らかな憲法違反
であった。あちこちでエンジェルの製造自由化を求める運動が起き
た。このままでは人口爆発が進んで大変なことになる。もちろんそ
れは分かっている。しかし回避可能な「死」を直前にして、そんな
ことが言えるのだろうか。
化学の進歩が倫理や法を追い越し、浸食した瞬間だった。
各国政府は全面的なエンジェル製造禁止に踏み切った。しかしこ
れも無為に終わった。「知らない方が幸せなこと」がこの世には存
在する。一度知ってしまった物を忘れるのは難しい。エンジェルの
密造が相次いだのだ。かつて我々の子孫が氷河期を乗り切ったよう
に、人の「生きたい」欲望はあらゆる困難をもろともしない。
人口爆発は続いた。食糧難が進み、再び飢餓に苦しむ時代がやっ
てきた。激しい経済活動は環境破壊を進め、さらに食糧難が進む。
まったくの悪循環だった。
八方ふさがり、とはまさにこの事だった。ついにあの憲法に新し
い一文が添えられた。
すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
しかし、それが地球規模の破壊につながるような場合は、この限り
ではない。
もしもこの文を20世紀の人々が見たら「なんて嫌な文だ」と不快
を露にしただろう。
しかし人類はこの一文を認めざるを得ないほど追い詰められてい
た。
ではこの一文を書き加えた事によって政府がしたこととは何だろ
うか。恐らく人類史上最悪の法律であろう「国際人工淘汰法」の施
行である。
自然にまかせた人口統制が困難である以上、人為的に人口を抑制
するより他に無かった。
まず、250億にまで増えた人口を半分の125億にまで減らす
ために、コンピュータによって無作為に選ばれた人間を、安楽死と
いう方法によって減らした。言わば虐殺したのである。選ばれた人
間に拒否権は無く、この法案を提起した政治家も選ばれ「これは世
界のための喜べき死だ」と言った事は有名である。「大淘汰年」と
呼ばれるこの年もすでに百年以上前の出来事で、この年を体験した
人間はほとんどいないが、一年のうちに友人知人、親兄弟の二人に
一人が消えてしまうことを想像して欲しい。例えば貴方と恋人、こ
のうちのどちらかは消える。父親と母親、これのどちらかが消える。
その時の人類はどれほどの恐怖を味わったのか。
そしてこの法律は今でも生きている。年間五十万に及ぶ人間が
「自然を守る」という理由で公然と淘汰されている。いつの間にか、
私達は友人が突然消えてしまうことに何の悲しみも疑いも感じなく
なってしまった。
確かに私達の世界は平穏だ。何の前触れも無く、明日届くかもし
れない通知を恐れながら見かけの平穏に満足している。
私はエンジェルの開発者が悪いとは言わない。結局、人間の欲望
を叶えることばかりを求めすぎた人間が悪かったのだ。
我々は苦慮の末にやっと画期的な方法を思いつく事が出来た。こ
の方法は確かに手荒い。反対が起こることも分かっている。けれど、
私達は耐えねばならない。
これが触れる必要のないものに触れてしまった罰だと思って…
誰かが一本締めをして、その音は終業時間をとうに過ぎた微妙な静 けさの中でよく響いた。 残業中の企画部第二課の面々が顔をあげると正味のゆでだこ色に顔 中を染めた山梨夏子が物凄い勢いで歩き去っていくところだった。 その姿がドアの向こうに消えて(それでもドアはそっと閉められた) ぼんやりと眺めていた皆はようやく踝を返して音のした方を見やっ た。 片山課長代理が身じろぎもせず腕を組んでじっと座り込んでいる。 その頬のくっきりとした赤い跡に皆は一本締めの相手を悟った。 下手に動くと磁場を乱しそうに気まずい空気が流れて、どこかの机 の電話が鳴った。(誰かとれよ!)誰もが思い、コール音は記録的 回数を数えた。 すわセクハラか! とはいうものの、近くの席に居た三好課長にはこの二人のボソボソ した挨拶程度の二言三言が聞こえていただけで、それらしい雰囲気 は感じとれなかった。 ぎごちないながらも仕事を始めた物音の中で、片山課長代理はさり げなく立ち上がり部屋を出た。三好課長は周りに目配せして、その 後を追った。 廊下に出ると、片山課長代理は壁にもたれて煙草を吸っていた。 三好課長が近づくと、振り向いて頬を少し押さえまた正面を向いた。 不味そうに煙を吐き出して、 「どうも、見苦しいところを」ぼそぼそ呟いた。 「何があったんや一体」 片山課長代理は三好課長より5歳年下になる。新入社員の頃から知 っている後輩も、四十の声を聞いて疲れた老けが見えはじめている。 以前、若い女子社員が片山さんの咥え煙草姿っていいですよね、と 言ったことがあった。 「彼女とは、付き合ってたんです。随分前に。」 「……」 「別れてから5年になります。僕も子供小さかったし、嫁はんにも 気付かれそうやったし」 「そうやったんか。けど、なんで今頃。何か蒸し返すようなこと、 君ら言ったんか」 「いや別に。…彼女がもう帰る言うて、それだけですわ」 三好課長は不得要領顔に眉をひそめた。 「僕、仕事にも戻りにくいし今日はもう帰ります。ちょっとヤボ用 もありますんで」 「そうか」 片山課長代理が居なくなった壁に同じようにもたれて、三好課長も また不味そうに煙草を吸った。 席に戻ると部下の石田が待ち受けていたように近づいてきた。 「なんですって?」 「いや、なんやようわからんわ。君、なんか知らんか」 「うーん。僕、聞くとも無しに会話聞こえてましたけど、険悪な感 じなかったですよ。山梨さん、片山課長代理の服装かなんか、褒め てたりして」 「ふーん?」… 「ええ、ホンマにもう別れてるから、それはいいんです」 酔ったり焦ったりすると冗談のように赤面する顔が、今は青白い程 に落ち着き払っている。 次の日山梨夏子は普通に出勤した。三好課長が朝一番にコーヒーで も飲もうか、と誘うのを気負いもためらいもせず付いてきた。 「別れたいうて、君らが険悪な仲にも見えんかったがなア」 「そうですね。特に関わりもないし、仕事は仕事ですし」 「昨日も君、帰りしなに彼の服、褒めてたりしてたんやろ」 「服」 「そうや。普段も普通に話してるやろ。君としてはふっきれてるの と違うのか」 「違います」 「やっぱり、あきらめられんのか」 「違います、服を褒めたんと違うんです」 「え」 「課長」 「昨日の片山課長代理のネクタイ、覚えてはります?」 三好課長の脳裏に鮮やかなアイスブルーの小粋なネクタイが浮かん だ。 「ん? あー、そういうたらいつもに似合わずブランドもんみたいや ったなあ」 「あのネクタイしてきはったの初めて見ました。素敵ですね、って 言ったらなんや知らん箪笥の奥から出てきたって」 「はは、呑気なこと言うとるわ。あいつちゃらんぽらんやからなあ」 夏子はぽつりと言った。 「片山課長代理、昨日はきっとデートだったんですね」 三好課長は口元まで持っていったコーヒーカップをソーサーに戻し た。やぼ用がある、とそそくさと帰った片山課長代理の背中を思い 出した。 「あいつ今、別の女と付き合うとるんか」 「ええ、そうらしいですよ。最近のことみたいです」 「そうか。だから君、殴ったんか。あいつが他の女とデートするの んが腹立って」 (でもそりゃ突飛やないか?) 「まさか」果たして夏子は即答した。 すくめた首筋までが真っ赤になっていた。 「あのネクタイ、5年前のバレンタインデーにわたしが贈ったんで す」 僕の行きつけの店です、と案内された居酒屋はオフィスに程近い商 店街からふと階段を下りた所にあった。 薄暗い店内で片山課長代理は目顔で店主と挨拶し、奥の席に腰を落 ち着けた。 「男女間のことや、僕が口出すことやないが…」 言いよどむ三好課長の表情を、片山課長代理は考え深げに見つめて いる。 煙草を口に咥えたまま、火を点けようともしない。 「片山、君言霊(ことだま)て知ってるか」 唐突な三好課長の言葉にも表情を変えなかった。 「ええ」 「物の怪(もののけ)ていうのもあるな」 「ありますね」 少しの間沈黙があって、片山課長代理の次の言葉に三好課長はぎく りとした。 「三好さん、山梨夏子のことが好きなんでしょう」 「何言うんや。自分と付き合ってた女やろ…」 「付き合ってたから分かるんですよ。その女を誰が見てるか」 結局火は点けずに、片山は煙草を灰皿に置いた。 「今朝、彼女の話聞いたんでしょ?何て言ってました?」 三好は聞いたことを率直に言うことにした。 「それで、山梨さん言ってたで。君がモーションかけてる女が居る のは少し前から知ってた、でもその事は別にどうも思わなかった。 ただ、その女と会う時に(多分決めようとしてる晩に)自分の贈っ たネクタイを締めてきたのが許せなかった、て」 片山は今締めている変哲もないネクタイをゆるめながら、 「相変わらず勘がええな」呟いた。 「たしかに、あのネクタイは僕の持ってる中で1番いいやつやし、 昨夜はデートでした。箪笥の奥に仕舞ってあったのを引っ張り出し て締めていったけど、彼女から貰った物だということを忘れていた わけじゃなかったんです。」 片山は三好の顔を見た。 「さっき、物の怪と言いはりましたね。なんで昨夜あのネクタイを していったのか、僕自身にもようわからんのです。彼女に帰りしな にネクタイのことを言われた時、ぎくっとしました。」 「そやけどとぼけて、で、案の定殴られた」 「ええ」 からん、と水割りの氷がバランスを崩した。 「…あのな、なんであのネクタイをする気になったか、ほんまに自 分でも分からんのか」 「……」 「君、殴られたかったんやろ。別に君がマゾやろいうことやなくて」 片山の目が光った。それは異様な光と言ってもよかった。憎悪や愛 惜や憐憫や渇望をつき混ぜたような…三好は唐突にシチューを連想 した。スパイスや食材が多ければ多いほど味は深く複雑になる…。 「俺思うんですよ。あいつが、夏子が一番望んでることは、俺が他 でもないあのネクタイで首を吊って死ぬことじゃないか、ってね。」 三好は黙ってポケットから手帳を取り出した。 「水木しげるの妖怪大図鑑から抜書きしてきたんや。『物の怪:器 物や衣服が古びたり持ち主の強い情念が乗り移ったりした場合、物 にタマシイが吹き込まれ逆に人間に影響をおよぼすことがある』」 手帳を閉じて、続けた。 「言霊も同じや、口に出した言葉はイノチ持って一人歩きしよる。 …ネクタイだって結局そうなんやろ。山梨さんかて、振り回されと るんやろ」 片山は初めて顔を歪めた。腹かどこかが痛いみたいな表情だと三好 は思った。
このあたりだろう。ナナス島沖、沈船ポイント。沈船といっても、 ダイバー目当てに人工的に沈められた、いわば、客寄せのためのも のだ。その船尾から南へ二キロほど。ボートのオペレーターに声を かけてから器材を点検する。 「間違いないか?」亮がたいして期待もしていない様子でBCジャ ケットを羽織る。 「百パーセント正確な位置はわからないんだ。おおよその見当だよ」 亮はやれやれと小さな声で呟いて、海に飛び込む。僕はBCに空 気を送り、彼に続いて水面に身体を放った。 アジアいちと言われる透明度を誇る海だ。早速、巨大なジンベイ ザメがゆったりと頭上を通り過ぎて行く。水に振動が走った。雄大 なその姿は、海の中にあっては、僕らは完全なる部外者だというこ とを知らしめているかのようだ。けれど、うっとりと見つめている 時間はない。 ことの始まりは、ダイビング仲間の夏彦の聞かせてくれた、ここ、 ナナス島の土産話だった。 「沈船には人が多すぎるからさ、ちょっと船頭に小遣いをやって、 少し沖の方まで行ってもらったんだ」 多種多彩の魚が集まる沈船ポイントには、近年開発された大型リ ゾート・ホテルのゲストが団体でシュノーケリングにやってくるよ うになった。 「その沈船の尾っぽから二キロくらい沖に、お宝が眠ってるってい うんだ」 馬鹿馬鹿しい。聞いていた仲間たちが次々に溜め息を洩らす。 「最後まで聞けって。俺だって信じたわけじゃない。現にお宝なん てなかったよ。けどな、もっとすごいもん見ちまったんだ」 全員が息をのんで夏彦を見つめた。すごいもの? シャチか? それともイルカの出産シーンか? 夏彦は咳払いひとつすると、得意げにこう言った。 「人魚だよ」 夏彦の記憶によると、目印は龍の頭に似た形をした岩。周りをコ ーラル・リーフに囲まれて、ひっそりと佇んでいる。珍しい形に興 味を持って、近づいた途端、岩陰から飛び出したそれは、するりと 身を翻し、あっという間に視界から遠ざかっていったという。 栗色の髪に緑色の瞳、白い裸身の腰から下は、美しい金の鱗に覆 われている。絵本に出てくる、それは人魚そのものだった。 案の定、皆、口々に夏彦をけなし始め、その話題は終わった。 けれど、僕はこの島にやって来た。そんな話を信じ込んでしまっ たわけではない。でも、夏彦はわざわざうけもしない冗談を言うタ イプでもない。考え様によっては、おもしろいじゃないか。人間が 潜れる範囲内で遭遇できる海の生物は、あらかた見尽くしてしまっ た。海に飽きたわけではない。けれど最初の頃の、あのわくわくす る感覚がなくなりつつあるのは真実だ。だからこれは、いわば浪漫 みたいなものだ。失いかけた海への情熱を再び、といったところだ ろう。 亮が突然動きを止める。指差す先に鮮やかなコーラル・リーフの 群生があった。そしてその中に、僕は例の岩をみつけた。龍なんて もちろん見たことはないけれど、絵画や彫物に描かれている龍のイ メージからすると、間違いないだろう。 人魚の姿は見当たらない。いるわけないか……。亮がそれ見たこ とかとばかりに肩をすくませる。まあ、せっかくここまできたのだ。 僕らは静止したまま待ち続けた。五分、十分。深度は三十メートル。 残圧は……ゼロに近い。限界だ。亮に合図を送り、僕らは浮上した。 水面に出たところで、亮が悲鳴を上げた。 「うわっ、なんだ、これ!」 何事かと思った次の瞬間、海面にぽっかりと人間が浮き上がって きた。若い女だ。 「し、死体だ!」亮が慌ててボートに上がる。 「いや、生きてるぞ」全裸の彼女の身体は冷え切っていたが、微か に呼吸しているのがわかった。 「引き上げろ」 ロッジのベッドで女は目を覚ました。村の医者によると、たいし て水も飲んでおらず、ショックで気を失っていたらしい。あんな沖 まで流されて無傷だなんて奇跡だ。 「あなたが助けてくれたの?」女が聞いた。どう見ても西洋人なの に、日本語を話すのに驚いた。彼女はイオと名乗った。 「体調が戻るまで、ここに居るといいよ」僕は言った。 「やれやれ」亮が呟きながら部屋を出ていった。 夜になって、彼女は外の空気を吸いたいと言った。僕は彼女に付 き合って海岸沿いを歩いた。胸が高鳴った。潜るばっかりで、南の 島でのときめく出会いなんてなかったから、こんな場面には馴れて いない。イオの長い髪が風に揺られて僕の肩に触れた。エメラルド の大きな瞳。常夏の地に不釣り合いな白い肌。たいした美少女だ。 「ねえ今夜、泊めてくれる?」心臓が張り裂けるほど驚いた。けれ ど、亮がいい顔はするはずもない。僕が躊躇っていると、彼女が言 った。 「あそこに座りましょう」イオが近くの岩陰に僕を誘った。一枚岩 に見えたそれには、洞穴のような空間があり、僕らは並んでそこに 座る。 「この島の伝説、知ってる?」 「いや」 「太古の昔から、この海には女の龍が眠っているの。約束したのに 待てど暮らせどやってこない男の龍を待っているうちに、岩になっ てしまったの」イオの唇が月明かりに浮かび上がり、艶めかしく輝 く。狭すぎる穴の中、彼女の体温が少しずつ僕に移動する。 「龍の涙を宝石と間違えた人がいるのね。だからこの海にはお宝が 沈んでいるなんて噂が広まったのよ」 鼓動の音がはっきりとこだまする。イオが僕の肩に頬を寄せると、 長い睫の先が僕の肌をくすぐった。僕はイオの身体を引き寄せ、髪 にキスをした。僕の指は彼女の柔らかな肌の上をすべってゆく。 「龍はコーラル・リーフに囲まれて……ひっそりと海底で眠ってい るわ。」イオの囁きが僕の耳元で熱い吐息に変わっていった。そし て彼女が僕に体重を預けた瞬間、僕は、信じられないほど唐突に、 宿命的な恋におちてゆくのがわかった。 夜が明けてゆく。新しい一日が始まり、僕の腕の中ではイオが眠 っている。僕はイオとの未来に思いを馳せ、彼女の額に口づけた。 空が白み始めた頃、目を覚ましたイオは裸のままそっと立ち上がっ た。 「どこへ行くんだ?」 「こっちへ来て」彼女は波打ち際に僕を引っ張ってゆく。 「黙って帰ろうと思ったけれど、あなたは眠らずに私を抱きしめて いてくれたから」 「何を言っているんだ?」 「あの龍は、この海の守り神様なの」 訳が判らなかった。彼女の言うことはさることながら、その身体 に起こった変化もだ。水に浸かった彼女の足が溶け始めたかと思っ たら、徐々に一体化し、みるみるうちに金の鱗に覆われ、美しい金 色の尾鰭が生えてきたことも。 「あなたのお友達に姿を見られたから、龍神様にとても怒られたの よ」 これは幻だ。僕はまだ夢の中にいるんだ。 「だったらなぜ、わざわざ僕の前に姿を見せたんだ。また怒られる んだろう?」 イオは悲しそうにうつむいた。 「初めてだったの」 「何が?」膝が震えていた。僕は恐かったのだ。信じがたい出来事 を目にしたことではなく、イオをこのまま失うことが。 「宝石じゃなく、私に会いにきてくれたのは、あなただけだった」 やがて一筋の太陽の光が海を照らし始めた。 「もう、行かなくちゃ」 僕は言葉を失ったまま、ひらひらと尾鰭を振りながら海へ消えて ゆくイオの姿を見つめていた。 あの時、なぜもう一度イオを抱きしめてやれなかったのか、僕は 今でも後悔している。抱いたところで、どうなったわけでもないだ ろうけれど。 誰かに聞いた話によると、龍は絶対に水のきれいな場所にしか棲 めないという。
「如何ですか、術後は?」 医師がカルテを見ながら、粟島健一郎に尋ねる。 「手術前よりはずっといいけどよ」 粟島は自分の胸をさする。 「こう、走ったり、緊張した時に、心臓に違和感が出るんだ」 「ああ、それは当然です」 眼鏡をずり上げ、医師は自分の胸を指す。 「本来心臓は精神、つまり脳の制御を受けます。でも、移植された 心臓は細かい神経が繋がっていないので、脳からの信号が届かない んですよ」 「そうなのか?」 「ま、あなたに適合する心臓があったという幸運に比べれば、些細 な事ですよ」 粟島は黙り込む。 「他に気になることはありませんか?」 「先生」 思い切ったように顔を上げた。 「俺の心臓って、誰のものだ」 「申し訳ありませんが、ドナーのことは一切お教えられませんよ」 医師の口調が僅かに固くなる。 「俺が轢いた奴だろ。なあ、そうなんだろ?」 「答えられません」 「あの事故で、轢かれた奴は脳死して、轢いた俺の心臓にもガラス が山ほど刺さって」 「何を訊かれても――」 「マスコミの人が来てさ」 粟島は自嘲気味に笑う。 「自分の心臓が、殺した相手のものだと知ってどうですか、ってよ」 医師は何も答えなかった。 苦しい……痛い、憎い………なぜ、殺したお前が、オレの命を喰 って生き残った。 『冗談じゃねえ、俺だって、俺だって死ぬ目に遭ったんだ』 粟島は叫ぼうとするが、声が声にならない。 苦しい…苦しい……。 怨恨に満ちた声が、耳元で繰り返される。 『俺が悪いんじゃねえ! 社長の奴が、俺に一日で青森までなんて ノルマ課して、しかも丸三日ロクに寝てない状態だったんだ!』 痛い……痛いよう……。 「消えろ!」 叫び声と共に、目が覚めた。 「はぁ、はぁはぁ」 荒い息とは裏腹に、心臓は規則的な脈動を続けていた。 数日後。 粟島は運転免許の再取得のため、自動車教習所を訪れた。 「――さて、次はビデオを見て貰う」 いくつかのカリキュラムが進んだ後、教官が一本のビデオテープ をかけた。 有り触れた交通安全教育用ビデオ。 事故に遭った怪我人の姿が映される。 「今さらこんなもんを――!」 呟こうとした粟島の目が、見開かれた。 画面に映し出された怪我人の一人は、被害者の、あの男の顔だっ た。粟島のトラックに轢き潰された時の、あの驚きの表情のまま。 「ぬぐ……」 悲鳴を必死に抑え込んだ時。 心臓がふいに自分の存在を主張するかのように脈打ち始めた。そ の不自然な振動は身体中を共振させ、四肢を揺らし、皮膚を揺らし、 脳を揺らす。嘔吐感がこみ上げ、呼吸のリズムも乱され始めた。 「はぁ、はぁ、はぁっ、ははあっ!」 暴れている。心臓が暴れている。暴れて胸を突き破ろうとしてい る。 「殺される!」 粟島は叫び、服の襟元を思い切り引き裂く。露になった胸の傷口 に指を突っ込み、敵意に満ちた心臓を引きずり出そうと――。 「もう拒絶反応もありませんし、精神的なものだと思いますよ」 粟島の胸の傷の治療を終えた医師は、カルテに何か書きつけてい る。 「でも、確かに心臓が勝手に動いたんだ」 蒼白な顔で、粟島は自分の胸を見る。一番大きな傷はガーゼに隠 れていたが、それ以外の部分にも、無数の引っかき傷ができていた。 「この前も言った通り、心臓に違和感を感じるのは仕方ない事です よ」 「頼む、他の誰のものでもいい、心臓を取り替えてくれ!」 粟島は頭を下げる。 「この心臓は、呪われてるんだ」 「冗談言っちゃいけませんよ。その心臓一つを、何人が待ち望んで いたとお思いですか? あなたはこの貴重な一個を手に入れた時点 で、順番待ちの最後尾に廻されてしまったんです。次はないと思っ て下さい」 「あんたは、俺の命なんてどうでもいいのか? 患者だぞ、俺は!」 「あなたは現代医療の最高レベルの治療を受け、完治なさったんで すよ? これ以上を望むのは贅沢というものです」 「そうじゃない、そんな話じゃないんだ」 「精神安定剤だけ出しておきます。一日二回、夜と朝に服用して下 さい」 それだけ言って、医者はカルテに視線を戻した。 「業務上過失致死で執行猶予中ですか」 職業安定所の職員は、難しい顔をする。 「就職先は見つかりませんよ、きっと」 「なんでだよ? あれは事故だ、それに執行猶予で済んだんだ、実 刑じゃないんだぞ? それに民事訴訟だって和解したし」 「あのね、粟島さん」 諭すように職員はボールペンを振る。 「執行猶予だって立派な有罪判決ですよ。雇用者側だって、条件が 同じなら臑に傷を持つ人を避けるに決まってるじゃないですか」 「なんだ、それじゃ俺は一生仕事にありつけねえってのか!」 粟島は腰を浮かせかける。 「あなたの条件が高すぎるんですよ。事故を起こす前と同じ給料が 貰えるわけないでしょう」 「じゃあ、どんな仕事があるってんだよ!」 「そうですね」 事務的な口調に戻り、職員は端末を操作し始めた。 「二十万だって!」 アパートの部屋に戻って来るなり、粟島は吐き捨てた。 「冗談じゃねえ!」 冷蔵庫を蹴飛ばす。 「手術代の支払いがいくらになると思ってんだ!」 どっかり腰を下ろし、畳敷きの床を殴った。 だが、落ち着き払った心臓は、僅かに脈を早めるものの、怒りを 持続させない。 粟島はごろりと横になり、本棚から一冊のアルバムを取り、仰向 けになって広げる。 事故前の、自分の心臓で生きていた頃の自分の姿。 「もう、二度と戻れねえのか」 アルバムのフィルム越しに写真を触る。 「心臓一個、肉の塊一つのために、俺の人生は滅茶苦茶だよ」 写真の中の粟島は、ぶすっと膨れっ面をしていた。 「あの時、事故が起こってなけりゃ。起こってたとしても、そのま ま死んでりゃあ」 苦しむ事もなかった。 「被害者も家族も、俺を苦しめるために、敢えて心臓の提供を申し 出たんだ。そうだ、そうに決まってる」 心臓の振動が身体を揺らし始める。 まるで、粟島をあざ笑っているかのように。 「畜生、お前の、思い通りには、させねえ!」 粟島は鼓動にのたうつ身体を必死に動かし、台所へ這う。そして、 包丁を手に取った。 「悪魔め、今すぐ俺の身体から出て――」 その時、胸を激しい激痛が襲った。細胞が崩壊するような苦しみ。 「拒絶……反応?」 手から落ちた包丁が床に転がるのを見届ける事もなく、粟島は意 識を失った。 「別にそんな兆候は見られませんね。順調ですよ」 医師は、粟島にスキャンの結果フィルムを見せる。 「馬鹿な! 痛みは確かにあったぞ」 フィルムを払いのけ、粟島は怒鳴る。 「心臓が拒絶反応を起こして、俺を殺そうとしたんだ!」 「粟島さん。どうも勘違いなさっている様ですが」 医師は笑う。 「拒絶反応っていうのは、別に心臓が悪さするものじゃありません よ」 「え?」 「移植された臓器が、抗体に攻撃を受け機能不全を起こす、それが 拒絶反応です。苦しめられているのはむしろ心臓の方ですよ」 「心臓の方――」 粟島は言葉を失う。 「ま、ここから先は独り言なので、聞かれては困りますが」 天井に視線を向け医師は腕を組む。 「ドナーのご家族にお会いした時、仰っていました。自分の息子が 役に立つなら、是非移植して欲しい、と」 指先でボールペンを廻す。 「ご存じなかった筈なのに、こうも仰いました。その相手が例え息 子を殺した相手だとしても、助けてあげて下さい、とね」 粟島は無言で胸を押さえた。涙が止まらなかった。心臓は静かに 鼓動を続けていた。
街には棺屋が一軒ありました。そして加東山さんの職業は棺屋で した。棺職人の加東山さんに子供は無く、おくさんと二人で丘の中 腹の仕事場を兼ねた一軒家に暮らしておりました。 その街の棺は少し変わっておりました。普通の棺桶より薄く、漆 黒の棺は、正しく人の形をしており、表面には細かな彫刻が施され ておりました。理由は定かではありませんが、その街の棺は昔から その形でした。従ってその街では、棺は全て特注品でした。表面に 天女や草花を型どった棺を綺麗に作り上げるには、たいへんな作業 を要しました。しかし、残された御家族は翌日か翌々日には、御遺 体を棺に納めたいと願うので、訃報を受けると加東山さんはすぐに 棺の作成に取り掛かり、眠る間の無い作業を強いられるのでした。 もうひとつ、苦労させられることは寸法取りでした。死を悼む御 家族のもとに駆けつけて、御遺体をメジャーで計ることは、御家族 にとっても加東山さんにとっても、そして多分、御遺体にとっても 楽しいことではなく、場合によっては、御家族は御遺体に指一本触 れることも許してくれませんでした。 腰のくびれや頭の丸みといった人体の特徴を正確に反映させるた めには、寸法取りは欠かせない作業でしたが、大切な人を失ったば かりの御家族の気持ちも十分理解できました。ですから、そんな時 には長年の感を働かせ、遠くから眺めて感じを掴み、こころもち大 きめに仕上げました。「たとえピッタリしていなくても御遺体は絶 対に棺に格納されなければならない」加東山さんはそう考えました。 そんな事態を重ねるうちに加東山さんには街の人々を目測してし まう癖がつきました。八百屋の御隠居や薬屋の先代の体つきをつい つい目で追ってしまうようになったのです。 「もうすぐだから」と晴れた日曜日にわざわざ寸法を測って貰いに 来る棟梁のような剛胆な人もおりましたが、普通の人は加東山さん にそんな目で見られることを毛嫌いしました。そんな街の人の気持 ちを知り、歩いているだけでもなんとなく避けられているような気 がして、加東山さんはだんだんと人づきあいが出来なくなっていき ました。 季節は春でした。その日、人影のない夕方の公園のベンチで煙草 をつかっていた加東山さんに話しかけるものがおりました。煙草屋 の娘でした。十六か七くらいの娘は赤いカーディガン姿で近づいて きました。散歩の途中だったのでしょう。 「父は棺屋さんにはあまり近付くなと言いました」街の皆さんがあ まり加東山さんに知られたくないようなことを娘さんは平気で告げ ました。 「近所の子供たちは『スンポーとられる!!』って怖がってますよ。 まるでお化け扱いですね」このことは加東山さんも知っておりまし た。 「でも、私は……」と表情を輝かせ、娘さんは辺りが少し暗くなる ころまで、色々な話を聞かせてくれました。 それから十日もたたないうちに煙草屋の娘さんは、悪い病気が原 因で亡くなりました。煙草屋さんの御一家はもう大分以前からお医 者さんにそうと聞かされていたのですが、いざ愛娘に逝かれてみる と、その悲しみは尋常のものではありませんでした。 「とっとと出て行っとくれ!」涙も乾かぬうちの加東山さんの訪問 に煙草屋のお父さんが怒鳴った気持ちも加東山さんは良く理解出来 たのです。しかし、「娘の棺の寸法はこの前、夕方の公園で計っち まったんだろ!」と追い討ちを掛けられたとき、さすがの加東山さ んもうちひしがれました。煙草屋の娘さんの棺はこころもち大きく、 細工は、止まらなかった加東山さんの涙のために少し歪んでしまい ました。 徹夜で仕上げた棺を納めると逃げるように煙草屋を出て、娘さん が火葬場の煙になって、煙が空の星に変わってしまうまで、加東山 さんは遠くから眺めるだけでした。そんな事件があった後、加東山 さんは、滅多に外に出なくなり、夏が来ました。 真夜中の玄関でコトンと音がしました。気になった加東山さんが 見に行くと、下駄箱の上に黒い回覧板が置かれておりました。 「やおやのいんきよ」薄い墨でのたくったような字は「八百屋の隠 居」と読めました。何のことだかわからずに置き去りにした回覧板 は朝には消えておりました。 三日とたたずに八百屋の隠居が逝きました。持病の悪化が原因で した。徹夜で棺に鉋をかけながら、加東山さんは不思議な心持ちで した。 「とうりよう」と書かれた回覧板の音に目を覚ましたのは、それか ら四日の後でした。加東山さんは少し準備が出来たので棟梁の棺作 りは徹夜をせずにすみました。それからというもの人が死ぬ二、三 日前にはその名を記した回覧版が必ず廻って参りました。 黒い回覧板のおかげで準備作業が計画的に出来るようになり、加 東山さんもあまり徹夜をしなくて済むようになりました。加東山さ んはこのことを誰にも話しませんでした。コトンと音がするたびに 街の誰かが正確に息を引き取っていくことは、不思議で恐ろしいこ とでしたが、人は死ぬ運命にあり、そのことを少し早く知ることで、 御遺体が昇天されるお手伝いが滞りなく出来るのだと加東山さんは 自分を納得させておりました。加東山さんは静かな気分で夏の星座 を眺めることが出来ました。 コトンコトンと人は死に、木の葉が枯れて秋になり、やがて冬が 来ました。加東山さんは相変わらず家に引き篭っておりました。 「ひつぎやのおくさん」その夜の回覧板には、そう記されておりま した。驚いた加東山さんの震える手から落下した回覧板は大きな音 をたてて、おくさんを起こしてしまい、寝室から声がしました。 「いや、なんでもない」と答えた加東山さんの目には涙が溢れてお りました。昨日往診に来てもらったお医者さんは「ただの風邪」だ と診断し、本人も時々ひどく咳込んではいたものの「少し寝ていれ ば良くなりますから、大丈夫ですよ」と言って、わりと元気そうだ ったのに。加東山さんの頭の中はひどく混乱し、熱くなりました。 落下したはずの足元の黒い回覧板はもう消え失せておりました。 暗い寝室で天井を見詰め、眠れぬままに冬の夜が過ぎていきまし た。「ばちが当たったのだ」「他人の死期をあらかじめ解っていな がら、それを御家族に告げようともせず、自分の商売にだけ役立て ていたので、きっと、ばちが当たったのだ」加東山さんは自分を責 めました。「しかし、御家族の死をその二、三日前に知らされたか らといって、いったい何が出来るというのだ」「第一、黒い回覧版 の話なんて誰が信じるというのだ」翌日は一日中、窓外の木枯らし を見つめて、寝室の咳と寝息を気にしながら過ごしました。 次の朝、お粥をお盆に載せて寝室に運ぶと、おくさんは目を覚ま しておりました。朝食を枕元に置いて二、三言葉をかけ、部屋を出 ようとした瞬間、おくさんは布団の中で握り締めていたメジャーを 取り出し微笑みました。悪戯を見咎められた子供のように微笑みま した。 朝食後、全ての寸法を取り終わるまで二人は終始無言のままでし た。おくさんは加東山さんが計測しやすいようにベットの上で身体 を右や左へずらそうとしましたが、加東山さんはその度に優しく体 をさすってやり、器用に計測をこなしたのでした。 加東山さんは棺を作り始めました。おくさんの病状は悪化し、棺 が完成する直前に、死にました。加東山さんは小さな葬儀を催し、 火葬場の煙が空に昇って、またひとつの星になってしまうまで眺め ました。
会社を辞めて退職金を食い潰し、失業保険の給付も終わって、貯 金なんてものは生まれてこの方したことがなく、いよいよ行き詰ま った夏の午後。焼酎を食らっていても気持ちがくさくさして、キャ ンプファイヤーをやることにしたのだ。灰皿を引き寄せ、財布の中 に残っていた名刺を焼くと、小さい炎の中に背広姿の自分が見えた。 燃えろ、燃えてしまえ。そこへ小吉のおみくじと飲み屋の割引券を 焼べるとなかなか景気のいい炎となった。もーえろよもえろーよほ のおよもーえーろー。キャンプファイヤー。確か小学5年の夏休み、 炎を見ていたら胸が騒いで脈々血が波打って、火のついた薪をやた らと振り回していたら吉村の髪に引火して、次の日、母親と一緒に 謝りに行った。長崎屋のカステーラを持たされて、道すがらも散々 怒られていた。 「まあ、そんな、やすくんには小さい頃から遊んでもらってるんだ し」と吉村の母親は穏やかに言ったが、私も母親も神妙な顔で俯い ていた。 「どうぞ、上がってお茶でも」 「いえ、ここで失礼させていただきます。このたびは本当に……」 親たちが慇懃なお辞儀を繰り返していると、奥の柱の陰から吉村 が此方を窺っているのに気付いた。肩まであった髪が猿みたいに短 くなっていて思わずはははと笑うと、二人の大人が同時に私の視線 の先を見た。私の母親は、はっと息を呑んで私の頭を力一杯殴り付 けた。それを見て、今度は吉村が柱の陰で笑った。次の日学校で会 ったら、掃除用具入れに閉じこめてやろうと思った。きっとそうし てやろうと心に誓った。 灰皿から黒い煙が細く立ち昇っている。キャンプファイヤーから 始まった吉村の記憶は、いくら殺しても次々と現われて、私の色々 な場所を刺していくのだった。とその時、電話が鳴り出した。 「あ、もしもし、やすくん?」 受話器を叩きつける。あいつって奴は、いつもそうなのだ。すぐ にまた電話が鳴る。 「あ、ちょっと切らないでね。大事な話なのよ」 「なんだよ、電話するなって言ってんだろ」 「ごめんやし。あのね、いま、東京駅に着いたところなんだけど、 ええっと、もしよかったら、あの、とりあえず、いつもの高円寺で 待ってます。9時まで待って来なかったら、そのまま最終の新幹線 で帰るから、ね、ね、ね」 私は返事をせずに受話器を置いた。あざとい奴だ。人の弱みに付 け込みやがって。昔からそうなんだ、ちょっと落ち込んだり、金が なかったりすると、見透かしたように近寄ってくる。すすすっと、 質の悪い宗教みたいに。と呟きながらも出掛ける支度を始めてしま う私はいったい、ああ。 駅前ロータリーの花壇に吉村は座っていた。百メートル先から手 を振っている。 「久しぶり、元気だった? やすくん」 「おい、その呼び方やめろって言ってんだろ」 「あ、ごめん、怒った?」 「怒ってねえよ、馬鹿」 「良かった。じゃあ、なんかうまいもんでも食べにいこうか」 昨夜から焼酎以外は何も口にしていなかったので、とりあえず付 き合ってやることにして、私は焼き肉屋で特上ハラミをつまみにビ ールを飲んだ。吉村は私の食べる姿を眺めて嬉しそうに頷いている。 「それでね」 私がユッケジャンをかきこみ終わると、ようやく吉村が切り出し た。 「大事な話があるって言ったでしょ。じつはさ、やすくんの、いえ、 津田くんの運勢、占ってもらったのね」 「なんだよ、勝手に」 「ごめん、事前に言おうかなって思ったんだけど、ほら、電話する と怒られるし、ね、ごめん」 吉村はビールをぐいっと飲み干し、おもむろに手帳を開いた。 「ええと、津田くんの生年月日からすると、星座は天王星で、」 「ばか、おれは天秤座だ」 「そう、十二占星術ではそうなんだけど、これはちょっと違うのよ。 もっと細かく、生まれた日にちによって微妙に計算がずれるのね。 それで、この先生がよく当るって評判なの。新道通りの『菊屋』の 前に居るんだけど、毎晩すごい行列」 手帳には細かい字でびっしりと御託宣が書き込まれている。私の 性格やら仕事運やら、確かに当っていなくもないが、占いなんて醒 めた目で見てしまうと面白くもなんともない。 「ね、ね、当ってるでしょ?」吉村は自分の言葉に酔っていた。「 それで、ここからが肝心なところ。あたしとやすくんの相性」 私は焼酎を呷りながら別のこと、例えば住民票のことを考えてい た。 「……だからさあ、若い頃は困難があるけれども、最終的には結ば れるってことみたいなの、吉村とやすくん」 「おい」 「あ、ごめん、吉村と津田くん、でした」 「おい、そうじゃなくて、ちょっと違うぞ」 「またあ、そんな照れなくっても」 「いや、違うんだ。おれの生年月日」 「なにそれ。昭和43年9月27日、違うの?」 「それは戸籍上だ。おれが生まれた日に婆さんが庭で蛇の死骸を見 付けて、やたら気にしてな、届けを1日ずらしたんだ」 「えー、なにそれ。今度やすくんのおばさんに確かめてみる」 「おい、実家にちょろちょろ顔出すなって言ってんだろ」 吉村は手帳を閉じると、黙って焦げた肉を頬張った。 「なんだよ、それだけ言いに来たのかよ」 吉村は答えず、肉汁がこびりついたロースターの炎を見つめてい る。 「お前、キャンプファイヤー、覚えてるか」 「え、なに、キャンプファイヤー?」 「ほら、お前の髪の毛が燃えただろ」 「へえ、そんなこともあったっけ」 こいつ、やっぱり馬鹿だ。どうしてそういうことを忘れてしまう んだろう。私は焼酎を飲み干して立ち上がった。店を出て駅に向か う。吉村はのろのろと後ろについてくる。人波とぶつかりそうにな るたびに、吉村は卑屈に頭を下げている。やっぱり、こんな女と会 うのはもうやめよう。 「じゃあ、またね。いろいろありがとう」 いつもと違って あっさりとタクシー乗り場に向かうのだった。 不審を抱きながらも私は切符を買うべく財布を手にする。あ。財布 には10円玉が3枚、空しく貼り付いていた。 「お前、タクシーで帰るのか。生意気だな」 振り向いた吉村の目が妖しく光を放つ。 「うん、ちょっと疲れちゃったし……あ、やだ、ストッキング、で んせん、してる」と言って身を屈めると、なぜかブラウスの前ボタ ンが上から三つくらい外れていて、その隙間からたわわな乳がばっ ちり見えた。ああ、いかん。そんな一瞬の油断でさえ、吉村が見逃 すはずもない。 「津田くんも乗っていく? ちょっと遠回りしてあげようか」 こいつ、いつの間にブラジャーを外したんだろう。ぼんやりとし た私の体を素早くタクシーに押し込むと、吉村は運転手さんにはっ きりきっぱりと行き先を告げた。 「この辺りでいちばんのラブホテルに連れていってください」 「あ、さっきのことだけど」と言って吉村が私の方に寝返りを打っ た。 いつものように吉村の金で飲んだり食べたりやっちゃったりした 夜、私は吉村に背を向け煙草をふかしていた。 「キャンプファイヤー。思い出した、っていうか、嘘ついてた。あ の時、やすくん、薪を振り回して、自分のせいであたしの髪に引火 したと思ってるでしょ?」 「いいよ、もう」 「ごめん、そうじゃないの。あのね、あの時、ちょっとだけあたし の方からも火に近付いたの、ね」 「なんだよお前、ばかっ」 吉村の指が私の背骨をそっとなぞる。 「ごめんね、やすくん」 「その呼び方やめろって言ってんだろ」 私は吉村の指を払いのけ、煙草を灰皿に押し付けた。吉村はたぶ ん、舌を出して笑っている。
どうもおかしい。お昼はいつも学食で日替わり定食とかをがんが ん食べる好子なのに、最近はずっとホットケーキにコーヒーとか、 だ。で、ため息をたくさん。 「うーん」なんて、黄昏れちゃって窓の外にしどけなく視線を漂わ せちゃってさ。似合わねんだよ、おい、どうした。 「あんたには、ちょっとねえ」 「え、あたしには言えないようなこと、か。まあ無理にとは言わな いけど」 あたしはフォークに巻き付けたツナスパゲッティを口に突っ込み ながら、上目遣いに好子を見た。好子は弱々しい笑みを浮かべる。 「そういうわけでもないんだけど。そうねえ」 そして「ねえ」と好子は口を開く。 「なに、うん?」 「あたし、ニンシンしちゃったみたいなの」 「……」 「そうなの、どうもね、おかしいのよ」 「認知はしないよ、あたし」 「あんたね」 好子はあたしをにらむ。なんだよ、この思いやりをわからんのか。 まあそんなもんか。本人にしてみれば。 それでも懲りずに「いいじゃん」と、あたしは言い放つ。「結婚 しなよ。ほら寸留さんは社会人なんだしさ。なんとでもなるんじゃ ないの? その気になれば」 「そういうわけにはいかないわよ」 「なんで」 「こんなの、いいわけないわ。そんなつもりじゃなかったんだから」 「そんなこと言ったってさ、だってそれが一番いいじゃないの」 「でも、まずい、まずいわよ、やっぱり、親、とか。彼だって立場 があるんだし」 あたしは黙る。そんなこと言われたって、あたし、なんて言って いいかわからない。だってさ、自分でやったことじゃないか。 「いいわよね、あんたは呑気で」と好子は言い出す。 「ええ?」 「あんたは……まだなのよね」 「ニンシン? うん、まだだよ、悪かったね」 「ちがうわよ。まだ、なんでしょ」 あたしは膨れっ面を作って好子を見返す。 「がんばるわねえ。まあ、あんたみたいなのが危なくなくていいの よね、ほんとは」 好子はくすっと笑った。ニンシンのことはちょっと忘れたみたい だった。 てなことを彼に話そうかどうかと迷った末に、やっぱり話すのは やめといた。好子はきっと嫌がるだろうから。まあ彼だって嫌がる。 「牽制か、ふん」てなことを言うんだろう、おそらく。 男なんてさ、とあたしは思う。なんだかんだ言ってさあ、やりた いだけなんじゃないの? そりゃ好きだとか何だとか言ってくれる 気持ちは本当だろうと思うけど、でもでも「だからいいじゃん」っ て感じがそこに付きまとってるんじゃないの? と、あたしは疑う のだ! だってだって、そんな感じじゃあないか。 「でもさ、気持ちいいんでしょ」 彼はあたしの乳首から唇を離すと、にやっと笑ってこっちを見上 げた。「いい声出しちゃってさ、おねえさん。聞かれちゃうよ、隣 に」 やめないでよ、急に、もう。 「どうしてかなあ」と、彼は体を起こす。「何をそんなに警戒して るの、あなたは」 彼は乳首を人さし指で軽くはじく。あたしは、その横顔を眺めな がら小さくため息をつく。 「だからさあ」 「なに」 「性交の基本的性質は生殖行為である」 「よし、それで?」 「子供、欲しい? 今、欲しい?」 「いや」 「そりゃ矛盾じゃないか、とあたしは思う。ね。矛盾した行為だと しか思えない。だからあ、やっぱりまだいけないんじゃないかと」 「ふーん」 彼は煙草に火をつけ、大きく吸い込む。 「まあいつも、堂堂巡りだな」 「うんだから、やめよう。だめ? どうしてもしたいの?」 「したい、って言ったら、不純だってあなたは言うんだろうな」 「……」 「ここまでは」と、彼はあたしの乳首を指で撫でて続ける。「こう いうのは気持ちがいいからしたいけど、入れるのだけはだめだって、 あなたは言ってる」 「まあ、そうだけど」 「わからん。避妊の問題じゃないっていうんだろう? だけどさあ、 やりたいってのをやっちゃいけないってほどの理屈なのか? それ」 ああほら、男はやりたい、そればっかりだよ。あたしは別にそん なさ、ちょっと触れあってさえいればそれでいいのに。そう、ちょ っとね、やさしく触ってくれるだけで。あ、ああうん、そう、 ああなんか、すごく気持ち……。 こんなにちゃんと準備が出来てるのに、と、彼はささやいた。あ あちくしょう。あたしはぎゅっと目をつぶる。おねえさんはさ、こ わいんだろう、ただ。あたしは首を横に振る。そうじゃないよ、だ ってさ、もしもってことがあるじゃない。 視線を感じて、あたしは目を開けた。彼の顔がすぐそばにあった。 「それで結婚でもしたら、さあどうぞっていうわけか」 「え」 「そういうことだろう。そういうお膳立てができてこそ許されるこ とだっていうんだろう。だけどさ」 彼はあたしの熱い芯を指で激しくこすった。うう。 「これはどうなっちゃってるんだよ。これ、さ。この迸っちゃって るやつ。こんな音まで出しちゃってさ、これは黙殺しちゃうの? 無意味なの? そう言い切れるの?」 馬鹿馬鹿しいことを、と思いながらあたしは彼の顔を見つめる。 だけどその、言葉の調子に反して静かな表情を見ているうちに、な んだか悲しくなってきた。どうしてか涙が出てきちゃったりして。 「ああ、ごめん」 彼は低い声で言うと、体を横たえた。「無理にってつもりじゃな いんだよ。そんなのはさ、嫌だから。でも」 「したいんだ」 「うん。したい」 「でもそれ、誰でもいいっていうんじゃないの? 男の人ってさ、 別に女ならとにかくっていうのがあるんでしょ」 「別だよ。そういうしたいってのとは別だよ。そう思うけど。うん まあ、いいよ。納得できないうちは仕方ないさ。ごめん」 彼は微笑むと、あたしの髪をそっと撫でた。 「どうして」とあたしは彼に訊く。「どうして、そんなにしたいん だろう」 「好きだから、たぶん」 女なんてさ、とあたしは思う。いろいろ小難しいことをもっとも らしく言ったりしても、結局気持ちに負けちゃうんだよ。気持ちっ て誰の? 男の? 自分の? まあ、どっちにもさ。なんだよ、だ らしない。 あたしはやった。やりました。なんだ文句あるかってとこだ。あ あ痛かった。血も出たよ、おかげさんでね。大声も出しちゃった。 だってほんと、痛いんだもん。こんなに痛い思いしたんだ、早いと こ気持ちよくなってもらわないと困るよ、まったく。 こうなったらとことんしてやる! 死ぬまでたくさん、気持ちい いこと! 誰よりも! 気が違うぐらい! 彼ったら満足げにすやすやと眠っちゃってさ。まったくもう、ち ゃんとスキンとか用意してるんだから。でもまあいいや。言ってく れたから。出来ちゃってもさ、それもまた、いいような気がする、 なんて。 なんてなんて甘い感触にちょいと浸ってたらば、電話が鳴った。 なんだ、誰だ、朝っぱらから。 「おっはよー。好子ちゃん、ど、えーすっ」 「……」 「あ、寝てたあ? あは、ごめん」 「なに、どうした」 「いやっさあ、来た来たっ、今朝無事っ。ああ、よかったあ、もう 一時はどうなるかと」 「ああ……そう、それはよかっ……」 「なあにい? どうしたのお? ねえっ、なんか元気ないじゃん」 「う、ん。ああいやべつに……」 「あっ、やだあ、いるんでしょ、そこにっ、あっ、お邪魔さまっ、 もう、朝っから、あははは」 「え、ああ、その……」 「ごっめんねえ、じゃあよろしくっ、彼にっ、ふふふふふ」 ああうん、そうなのよ。え、またって思うのに。ああん、あたし ったら、すぐこんなに。もう! もう!
許せない。許せない。許せない。 呟きながら、私は会社帰りのスーツ姿のままで、夜の街を歩いて いた。まとわりつくような街の空気も、バンプスの窮屈さも、全て がひどく不快だった。 「お姉さん、お姉さん」 道路脇から声がする。 無視して、通り過ぎる。 「ねえ、待ってよ。そこの機嫌の悪いお姉さん」 そう言われてカチンときた。 怒鳴りつけてやろうと私がそちらをふり向くと、アコースティッ クギターを抱えた細目の青年が座り込んで私を見ていた。青年はそ ばかすの目立つ顔に無邪気な微笑みをうかべて、 「お姉さん、聴いていかないかい?」 そう言った。 別れてくれ。 彼の一言に私の視界は真っ白になる。意識が彼の言葉を拒絶して 唇がふるえだす。私の瞳は意味もなく目の前に置かれたコーヒーカ ップの波紋を捉えていた。 唇を強く結び、押し出すように訊ねる。 なぜ? とほうもなく長い一瞬の後、彼が答えた。 好きな人がいる。 その言葉に無性に腹が立つ。頬から血のひける音が聞こえてくる ようだ。私の顔はひどく青ざめているにちがいない。 許せなかった。 もちろん、突然私を裏切った目の前の男がだ。しかし、それ以上 に許せないのは、彼とはうまくいってると信じきっていた自分のま ぬけさ加減だった。 毅然とした彼の態度が、ことさら私の感情を刺激する。 でも。だけど、いいえだめよ。 そう自分に言い聞かせて、無数の質問と罵倒を歯の奥でかみ殺す。 そう、私は男に振られたくらいで取り乱すような、みっともない 女じゃない。 さよなら。 それだけ告げて喫茶店を後にした。 「冗談じゃないわよ。なんで私があんたの下手な唄きかなきゃなら ないのよ。私はそんなに暇じゃないわ!」 私は彼への怒りも、自分への怒りも諸共にして、この失礼な青年 にぶつける事にした。 「唄はね」 青年は私の剣幕など意に介さずに言った。 「唄は、お姉さんみたいな人の為にあるんだ」 青年はほろほろと弦を爪弾いた。 その瞬間、私は驚きに打たれた。 なんて、優しい音なのだろう。 怒りで無防備なところを襲ったその音色は、ささくれだった私の 心にはやわらかすぎた。 ああ、この青年の唄を聴いてみたい。 そんな事まで思った。 次の瞬間、私は我に立ち帰り、思った自分を恥じた。さっきまで 私は怒っていたんじゃない。 「どうして私があなたの唄を必要としてるなんてわかるのよ!」 一瞬心を奪われた恥ずかしさを押し隠そうと、必要以上に強い口 調になっているのが自分でもわかる。 青年は、私の質問に答えようともせず、弦を押さえる左手を見な がら、またほろほろと指でギターを鳴らした。音と音が交わって包 み込むような和音を紡ぎだす。 心ならずもその音に惹かれる自分が恨めしい。 「いい音でしょう? このギター」 「そ、それは確かに、ってそうじゃなくって! あんた、ちょっと は人の話を聴きなさいよ」 「聴いてるよ」 青年は微かな笑みを絶やさない。 「お姉さんの心の声をね」 「こ、心の声?」 「うん。公園にとり残された女の子みたいに泣いてる」 「そ、そんなでたらめ言ったって」 「痛い、痛いって。誰か私を助けてって、私を一人にしないでって」 どきんとした。 何を言うのだろう。私が助けを求めてる? 孤独に泣いている? 私は……。 「わ、わたしは」 言いかけた私を遮るように青年は顔をこちらに向けた。 私と青年の視線が交わる。 無邪気な青年のその細い瞳の奥をのぞいて、私ははっとした。 「もう一度言うよ。唄はね、一人ぼっちで生きている人のためにあ るんだよ。お姉さんのようなね、そして……」 青年は苦笑して言葉を切った。 彼の瞳の奥にあったもの……それは、孤独の色だった。 それは単に私の錯覚だったのかもしれない。青年の言うように淋 しがって、甘える相手を求めている私の心が、それを彼の瞳の奥に 見せたのかも知れない。 でも、私は確信してしまった。 ああ、彼も私と同じなんだ。 孤独なんだと。 そして、私は彼の唄を聴いた。私は音楽を聴くほうじゃないから 彼の唄のよしあしはわからない。でも、おそらく彼はあまり上手く ないのだと思う。 それでも、彼の唄はとてもやさしく、私の心を解きほぐした。波 間にたゆたうくらげの気持ちが、少しわかったような気がする。と きおり通りすがる人の視線を感じたが、不思議と気にならない。 普段の私なら、こんなことはあり得ない。 唄を聴くどころか、無視して通りすぎるだけだ。振られて気が緩 んでいのだと言われれば、そうなのかもしれない。 でも、彼の唄は確実に私の心に癒しをもたらしていた。 振られた辛さは消えはしなかったが、心は先刻とは比べ物になら ないほど軽くなっていた。 「ねえ、どうして唄うの?」 一通り彼の唄を聴いた後、私は訊ねた。 彼は少し困ったような顔をして頭を掻いた。そして、おずおずと 語り始めた。 「僕の両親は二人とも医者でね。小さい頃から僕は医者になるため に勉強させられてた。いい高校入って、いい大学入って、ってね。 まあ、よくある話。あ、でも親は二人ともいい人たちだよ。感謝も してるし尊敬もしている。友達とはあまり遊べなかったのは悲しか ったけれど、別にそれが嫌だったわけじゃないんだ」 私は一つ頷いた。彼は続ける。 「でもね、あるとき思ったんだ。僕は自分の人生を生きているんだ ろうか? 自分の意志で行動しているんだろうか? って。これま での生き方に疑問を持っちゃったんだ。そしたら、急に勉強が身が はいらなくなっちゃってね。成績は落ちて、親とはさんざん喧嘩した」 彼は一つ息をついた。 「レールから外れない着実な人生っていうのかな、僕は決して悪く ないと思う。でも、その道を選ぶのだって、自分の意志で選ばなく ちゃ意味がないと思うんだ。でなきゃ僕が生きている意味ないじゃ ないか。……そんな事をわめいてた。滑稽な話でね、その時に僕に 将来の夢なんて具体的なビジョンがあったわけじゃないんだ。ただ、 不安だった。このままでいいのかなって。そして、家を出た」 彼は空を見上げた。つられて私も空を見上げる。都会の空は白く 濁っていて、星はほとんど見えなかった。 「ここじゃあ星もろくに見えないな……」 きっと彼の実家ではこことは比べ物にならない素敵な星空が仰げ るのだろう。私はその空を見てみたいと思った。 「家が懐かしい?」 「そりゃあね。最初は大変だった。生活していくだけで精一杯だっ た。でもだんだんと暮らし方が分かるようになってきた。そして、 じっくり考えてみた。自分が何をしたいのか。何になりたいのか」 「答えは?」 彼は首を左右に振った。 「出てないよ。でもね、ここへやってきてみんなにギターを聴かせ ていると、僕がなにをしたいかが朧げながらに見える気がするんだ。 そして、ここに集まってくれる孤独な人たちがいるから、僕は、一 人だけど淋しくはない、そう実感できるんだよ」 そう言って彼はにっこり微笑んだ。 それは単なる傷の舐めあいなのかもしれない。 そうも思った。 でも、それでもいいじゃない。どこまで行っても人は孤独なんだ から。明日からまた一人なんだから。せめてこの時くらい……。 だから、私は彼に笑顔を贈ることにした。 「ねえ、もう一曲聴かせてよ。今度は楽しい曲」 彼は、まかせてと言わんばかりに頷いた。 私が静かに目を閉じると、彼の音色がほろりと私の夜空に舞った。
どこか遠くで威声が上がったようだ。 ――喧嘩か…… 信長は、そう考えながら寝返りを打った。いつもならば、眠りに 入るのも目覚めるのも、すみやかな性質の彼だったが、その夜は、 中々寝付けなかった。何故か気分が高揚し、かすかな興奮を感じて いる。 再び威声が上がった。押し寄せるような鯨波の声に馬蹄の響きが 加わった。何者かの襲撃を叫ぶ声が切れ切れに聞こえてくる。 「お蘭! お蘭ッ!」 布団を跳ね除け飛び起きるが、侍臣を呼ばわる声は鉄砲の炸裂音 に遮られた。 ――よもや畿内で歯向かう余力のある奴はおるまいに。朝廷の公卿 どもの差し金か、或いは……謀反かっ!? つい先刻までの静寂は破られ、四方から馬の嘶きと銃声が包み込 む。怯えた女房衆が蒼白な顔を寄せて震えている。 「上様! 上様ッ!」 ここ本能寺の板張りの広い廊下を、近習の森蘭丸が長槍掻い込み 駆けつける。 「お蘭、敵は何者ぞッ」 目にしたものが未だ信じられぬとでも言うような面持ちで、蘭丸 は端正な顔を苦渋にゆがめた。 「恐れながら、旗印は水色桔梗ッ」 「光秀かッ!」 信長は瞬時におのれの最期を悟った。万事につけ綿密細心な光秀 のことだ。おそらくは、この本能寺だけでなく、嫡男信忠が逗留す る妙覚寺をも包囲しているだろう。京都奉行の村井貞勝邸も同様か。 万に一つも逃げ延びられる可能性は無い。 「是非も無いわ」苦笑してつぶやいた信長の言葉の真意を、蘭丸も 女房衆も理解できなかった。 「よいわ。女房衆は一団となって投降せい。光秀めの軍隊じゃ、女 を手に掛けることはせぬ」 言いながら、信長は壁に掛けておいた愛用の長弓を手にすると、 矢筒を引っさげ本堂の正面へと向かう。蘭丸は女房衆に裏からの出 口を指示すると、襷を掛けて額に鉢金を巻き、足早に主君の後を追 った。 すでに正門は半ば破られ、あちこちで雑兵どもが切り結び、土塀 の上では弓隊が火矢の準備をしていた。 信長は片肌脱いで矢をつがえると、狙い定めて引き絞る。放たれ た矢は寸分違わず、弓兵の喉を貫いた。仰のけに土塀の上から転げ 落ちる弓兵。 「信長はここぞッ!」 次々に矢を放ちながら、信長は大音声を上げた。 「誉めて遣わすぞ、明智光秀ッ! よくぞ我が隙を突いてくれおっ たわ。その挙兵の妙、見事である! はよう、顔を見せに来いッ。 誉めて遣わす、誉めて遣わすぞッ」 槍で突き掛かって来た雑兵を足蹴にし、信長は笑い声を上げた。 若年の頃、悪餓鬼どもを率いて戦の真似事をしていた時の楽しさが 蘇ったのだ。 本堂の入口に仁王立ち、豪快に笑う自分を鉄砲で狙うような真似 などしないところが、いかにも明智の軍勢だと信長は感心した。明 智の鉄砲隊と言えば、巧者揃いで有名だ。光秀もまた砲術の名人で あったし、その百発百中の腕前は、信長自身、何度もその目で確認 している。 ――思えば、他の大名どもに先んじて上洛が成ったのは、あの光秀 の功であったわ。 信長の脳裏に、若い頃の光秀の顔が思い出された。大分着古され た正装姿であったが、身のこなしは洗練され、弁舌は爽やかで、そ の目は知性の輝きに満ちていた。問えば返答は澱みなく、打てば返 るとはまさに光秀のことを指していた。 ――わしにとって、奴は必要な男だった。いや、これからも必要な 男であったのに……。新しい国造り、新しい政府を作る理想を共有 できるのは、亜奴だけと思うていたが。 「是非も無いわ」 未練がましい思いを、先と同じ言葉で断ち切り、信長は現実に立 ち返った。 刹那。 「ムゥ――ッ」 左の脇腹を熱い痛みが貫いた。蘭丸を突き倒し、駆け寄せた雑兵 の槍が、深々と突き刺さっていた。 「上様っ!」 地に伏したまま、その雑兵の脚を切り払う蘭丸。 「最早これまでよ」刺さったままの槍の穂先をへし折り、信長は蘭 丸に目をやった。 「だが、おとなしく首をくれてやるのも癪な話よ。わしが奥へ入っ たら、本堂に火を放て。よいな」 信長は弓を払って敵兵らを遠のけると、悠然とした足取りで本堂 の奥へと消えた。追おうとする敵兵を、わずかながらの信長勢が立 ちはだかって押しとどめる。 本堂の中は妙な静けさがあった。戦さの喧騒は届いていたが、空 気が沈んでいる――とでも言うのだろうか。信長の心もまた、驚く ほど落ち着いていた。 ――静かなことよ。冬なれば雪の音も聞こえようが。 燃えやすい物を周囲に積み重ねながら、また思い出に耽る。 ――『雪の降る音』を教えてくれたのは、奴の細君だった。 ひろ子……と言ったか。光秀めに相応しき女人であった。 それは、信長が入京し、当時京都奉行を務めていた光秀の邸に逗 留した折のことである。 ひろ子の用意した慎ましくも心の篭った膳を終え、南蛮の酒を味 わっていた時。それまで口を挟むことのなかったひろ子が、静かに 言った。 「雪の降る音が……聞こえます」 光秀もまた、じっと耳を澄ますと、妻に頷きを返して微笑んだ。 そして、彼が怪訝な表情の信長に一礼して雨戸を開けると、確かに 握り拳ほどもあるような牡丹雪が降り始めていたのである。 そこで初めて、信長の耳にもその『音』が聞こえて来たのだった。 以来、彼は雪の夜に耳を澄まし、心を落ち着けるようになった。 ――あと五年もあれば、新しい日の本が作り上げられたものを。 是非も無し……か。人間五十年とはよく言ったものよ。 信長は死に支度を済ませると、若年より親しんだ幸若舞『敦盛』 を舞った。 「人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり……」 ――まさしく、わしの生涯そのものよ。 黒煙が満ち始め、障子越しに紅蓮が揺らめいていた。 享年四十九歳。第六天魔王を称した男の最期であった。 本能寺の方角から立ち昇る煙は一層濃くなり、薄明の空は赤々と 焦げていた。 「上様……」 光秀はそれをぼんやりと眺めている。 先陣の明智秀満と斎藤利三らが本能寺へ向かって早一刻。状況報 告は、まだ無い。 ――何故……何故、信長様を討たねばならなかったのだ? 心中の問いは、幾度となく繰り返されている。 信長様が憎かったのか? 天下が欲しかったのか? それとも、今後を悲観して自棄になっただけなのか? 光秀は、それらどの問いにも頷けるような気がした。 後世の者は何と評するのだろう。大反逆者とでも、天下の謀反人 とでも言うのだろうか。或いは、日の本を救った英雄とされるのか。 ――いずれは誰かがやらねばならなかったのだ。自らを魔王と称し、 そしてまた神になぞらえるなど……上様の下では、平穏などありえ まい。毛利を征した後は、九州・四国、次は琉球、果ては朝鮮、明 国、或いは南蛮へも出兵しかねまい。 こうするより、他無かったのだ…… 深く、疲れた溜息を吐き出した光秀の下へ、先陣を担った秀満が 早馬飛ばしてやって来た。従弟であり、そして娘婿でもある侍大将 である。 「上様は……信長様はどうなされた?」 絞り出すような、光秀の声。 「散々に弓を射、大音声にて、殿の挙兵を褒め称えた後、炎上せし 本堂にて御自害なされました」 「挙兵を……褒め称えた、だと?」 驚きに目を見開き、しわがれた声の光秀。 ――老け込まれたな……殿。 胸中で、秀満はつぶやいた。光秀のその様は哀れを催させるほど だ。 「挙兵を……褒め称えた……」 「はい。隙を突いた挙兵の妙、見事である。誉めて遣わすゆえ、顔 を見せろと」 「殿……」 光秀の双眸から涙があふれていた。
僕は普通の高校生だ 今日も委員会で遅くまでのこってた もう8時になってしまった するといきなり大きな音がした ボーン! 音のしたほうへ僕は行った そこはプールだった そこには僕と同じぐらいの年の女の子がうかんでた 僕は服を着たままプールから彼女を出した 彼女は息をしていたのでちょっと安心した それからほとんど意識のない彼女を保健室へつれてった 「.....亮」 っととても小さな声で言っていた 「何」 グーーー 彼女は寝てしまった それから僕も10分ぐらいしてから寝てしまった ドン! っというとても大きな音で僕は起きた 「何かあったの?」 僕は自分の部屋で寝ていた 「あれ、昨日学校で...」 「イタタタタ...」 一人暮しの僕の部屋に女の子がいた 「何してるの?」 「亮ちゃんおはよう」 「だから何してるの?」 「ご飯作ってるの」 「だから何で君はいるの?」 「昨日ありがとうね」 「なんで僕は家にいるの?」 「昨日の恩返しなんて」 「昨日学校で寝ちゃったしょ。重かったんだからね」 「昨日....昨日プールで何してたの?」 「自殺」 「バカ、なんでそんな事するの」 「好きな人がいたのでその人が私のせいで自殺ししたの。だから私 も死のうと....」 「なんでそんなに簡単に死のうとするの」 「簡単、簡単なはずないでしょ。すっごい苦しんだわよ、苦しんで 苦しんでで死んで彼につぐなおうと思ったの」 「そんなことしても彼は喜ばないと思うよ」 「わかってるわよ、でももうこんな苦しい人生やめたいのでも君に 会えてうれしかった」 「なんで?」 「私の彼氏にすっごい似てるの」 「そうなんだ」 「写真あるから見て」 彼女は財布から写真を出した 写真を見た 似すぎていた 僕が見ても違いがわからないぐらいだった 「これ僕じゃん」 「私の彼氏だよ」 服装とかも似ていた それから彼女は僕の家に住むことになった 彼女はその彼氏と同棲していて 彼女がちょうど住むとこもなかったらしいく 僕の家は広いとはいえないが1人ぐらい住む余裕があったので彼女 と同棲することになった 「忘れてたんだけど名前なんていうの?」 「私は小林恵美だよ。君は?」 「僕は錦戸亮」 「嘘!」 「どうしたの」 「前の彼氏と名前が同じなの」 名前が同じっというのはかなり驚いた 「お願い彼氏の代りになって」 「そんなことしてもなんにもならないよ」 「知ってるわよ、でもお願い」 その時は同情して代りになることになった 次の日恵美は服を持ってきた 「これ私荷物だから」 「どうしてそんなに荷物あるの?」 「家が今日までにでなくちゃいけなかったからとってきたの」 「あっそう」 荷物のなかには教科書などもあった 「なんで教科書あるの?」 「私いちよう高校生なんだよ」 「どこの高校?」 「南高だよ」 「エッ。同じ学校じゃん」 「そうなんだ。私は2年なの」 「僕はまだ1年だよ」 「だからあったことなかったんだ」 「明日から学校だね」 「そうだね」 「学校の人とかにばれないようにしようね」 それから僕たちは同棲することになった 恵美は僕のことを死んだ彼氏だと思っているように見てた 「亮今度映画いこうね」 「映画、いいけど何見に行く」 「私たちが初めて見た映画」 「映画なんだっけ」 「亮忘れたの」 「ごめん、忘れた」 「そうだよね。知ってるはずないよね」 「じゃ映画行くか」 「いこうね」 その日映画へ行った 映画はいたこともなかったし楽しくもなかった しかし恵美は楽しかったといっていた 僕も楽しかったといった 本当に楽しそうに笑っていた 恵美は本当に僕のことを死んだ彼だと思っている 僕は恵美とわかれたら自殺するかもと思ってわかれることができな かった 僕は自分のことをいい人のように見えるが残酷だと思った 恵美に死んだ彼のことを早く忘れさせて 新しい恋をさせてあげるそれが僕にとっての仕事だとおもう 僕がいるために恵美の心の傷が治ることは永遠にないと思った 僕はとても悩んだこのままでいいのだろうかと 学校が始まった 学校では恵美のことを見たことはないと思っていたが見ていたのだ ただ気にしてなかっただけだった よく見ると恵美はかわいかった なんか女としてそのときまでは見ていなかった 同棲していると恵美はやさいしいしとてもかわいいとこもあった あんなかたちであってなかったら好きになってただろう でも今は好きになってしまった 好きになってはいけないとは知っていたが それは無理だあろう 「こんにちは」 「こんにちは、亮ちゃん」 「学校ではあんまはなさないほうがいいよ」 「いいじゃん先輩と後輩としてじゃいいんじゃないの」 「それでもだめだよ」 「わかったよ亮ちゃん」 「おい錦戸あれ誰だよ」 「友達だよ」 「だったら紹介してよ」 「だめ!」 学校での恵美と家での恵美はなんか違う感じだった その日友達と遊んでいて帰りが11時になってしまった 「ごめーん今日遅くなっちゃった」 グーーー 恵美は気持ちよさそうに寝ていた 「恵美こんなとこで寝たら風邪ひくよ」 「重いよ」 バン! 恵美をベットに寝させようとしたが離れてくれなかった それでちょうど恵美が離れたときに 「....亮ちゃん大好き」 「恵美おまえはどっちが好きなんだよ」 「おまえだよ」 「エッ!恵美本当に僕が好きなの」 グーーー 僕の中で答えがでた それから机の上にある1個の箱があった 恵美には絶対なかを見ちゃいけないと言われていた でもとても見たくて見たくて自分を押さえることができなかった 箱の中にはたくさんの写真があった どう見ても僕だった 本当のことを知りたいと思って 次の日恵美が前住んでたアパートへ行った 「あのここって前小林恵美さんと錦戸亮さんが住んでませんでした?」 「小林恵美さんは住んでたけど錦戸亮って人は知りませんね」 「エッ、だったら男の人とかよく来ませんでした」 「ぜんぜんいっつも一人でしたよ」 僕は混乱した なぜ恵美は嘘をついたのか 「おい!恵美」 「なに亮ちゃん」 「おまえ俺をだましてただろ」 「なに急に、だましてなんかないよ」 「嘘つくなよ、なんだよこの写真は」 僕は恵美が見るなといってた写真を見せた 「これは死んだ彼しよ」 「まだ嘘つくのかよ」 「今日おまえが住んでたアパートまで行ってきたよ。死んだ彼氏と 同棲してた。おまえ一人暮しだったんだろ。」 「……」 「本当は同棲なんかしてなかったんだろう。なんであんな嘘ついた んだよ」 「ごめんなさい。嘘ついて本当はあなたのことが好きだったのだか らあなただけがいるときに自殺するふりして近づこうと思ったの」 「うるさい黙れさっさとこの家からでてけよ」 「ごめんなさい」 恵美が嘘をついたことそのことは許せなかった 恵美を家から追い出した 「亮開けてお願い」 恵美は10分ぐらいいたがそれからどっかヘ行ってしまった 恵美は僕のことを好きだった 僕も恵美のことが好きだった でも許すことはできない 僕はだまされてたんだ やはり許すことはできなかった それから恵美は学校にこなくなった 恵美の友達に聞いてもどこにいるか誰もしらなかった それから1年が経った 僕は高校2年生になってしまった 「去年もこんな夏の日だったな」 なぜか急に去年のことを思い出した 恵美とのことは今でも忘れられなかった その日も委員会の仕事してたな ボーーン! 去年聞いた音と同じだった もしかしてと思って音のしたほうへ走った プールに女の子が浮いていた 「恵美ーーーーー!」 浮いていたのは恵美だった 「亮ちゃん遅れたねごめんね、許してくれる」 「許すよだから死なないでくれよ」 恵美の体はどんどん冷たくなっていった
『黒い回覧版』越冬こあらさん。『炎のがらめ』鮭二さん。
今回はお二人同票チャンピオンです。越冬こあらさん、鮭二さん。おめでとうございます。
投票をくれたみなさん、ありがとうございました。
| 作品 | 票 |
|---|---|
| 黒い回覧版(越冬こあら) | 5 |
| 炎のがらめ(鮭二) | 5 |
| 水の杜に、龍は眠る(川辻晶美) | 1 |
| 夏の残り香(伊勢湊) | 1 |
| お年ごろ(一之江) | 1 |
| 孤独な夜空に(Default) | 1 |
| ハートブレイク(羽那沖権八) | 1 |
●黒い回覧板(越冬こあら)
●炎のがらめ(鮭二)
●水の杜に、龍は眠る(川辻晶美)
●夏の残り香(伊勢湊)
●お年ごろ(一之江)
●孤独な夜空に(Default)
●ハートブレイク(羽那沖権八)