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第7回3000字小説バトル
Entry10

ファールから

作者 : 吉原 明 [ヨシハラアキラ]
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文字数 : 2130
「なんで僕がサッカーの監督や審判なんかしなくてはならないんで
すか」
 山岸昇は、この春地方の国立大を卒業して小学校の教師になった
ばかり。昇が教師になった理由は、子供が好きというよりも長い休
みがあり好きな本を読む時間がたくさんあると思ったからで、これ
までは学校の体育の授業と教員養成過程の実習以外は、スポーツと
無縁の生活をしてきた。
 そんな昇に着任早々、校長が「サッカーチームの監督と審判をし
てくれ」と半ば強制的に頼んできたのだった。
「山岸先生、そんなこと言っても当校は一学年一クラスの小規模校
で、管理職以外の男の先生はあなたと野本先生だけ。野本先生は野
球クラブの指導をしているので、サッカークラブは山岸先生に指導
していただくしかないのですよ。なんとかお願いします」
 これ以上抵抗しても無駄だと思った昇は、「分かりました。その
かわりもし来年、男の先生が来られたら交代してもらいますから」
と条件を付けて引き受けた。
「それでは、早速来週の日曜日に審判の講習会がありますから、申
し込みをしておきましたので受講してください。」
「どうしても受けなくてはならないのですか」
「審判資格を持った指導者がいないと、小学生でも公式試合に出場
できないのですよ。試合に出られなければ子供たちがかわいそうで
しょう」
 昇は「分かりました」と言いながら、心の中では「休みが一日減
るな」と呟いていた。
 審判講習会の当日は幸い天気には恵まれ、昇はサッカー選手の経
験がありそうな受講者に交じって、午前中はビデオを見ながらルー
ルについての講習を受けた。
 昼食後は、実際にグラウンドに出ての実技講習。講師が受講者を
三人一組に振り分け、昇はあいにくと第一試合の主審をすることに
なってしまった。
 講師が「それではこれから練習試合の審判を務めていただきま
す。今日、試合をしてくれるのはLリーグのベスト食品とヨシダ電
機の選手のみなさんです。よろしくお願いします。それでは第一試
合の主審の山岸さん、ゲームを始めてください」と言って昇に笛を
手渡した。
 昇は先ほどビデオで見た通りになんとか試合を始めたが、10分
を過ぎたあたりで接触プレーで一人の選手が倒れてしまった。その
まま、気に留めず試合を続けていたが、講師から「山岸さん、怪我
人が出た時は試合を止めてください」と言われ、昇は慌てて笛を吹
いて試合を止め、倒れた選手に駆け寄った。
 後で聞いたのだが、倒れたのは全日本女子代表のヨシダ電機
の西本恵で、「Lリーグのカリスマ」と呼ばれているスター選手。
右足首を抑えながら顔をしかめうずくまっていた。
「大丈夫ですか」と声を掛けてみたものの、女性にどうしてよいも
のか分からずうろうろしていると、そのうちチームの控え選手が担
架に乗せ連れていってしまった。
 講師の「続けてください」の声でゲームを再開したものの、動揺
した昇は間違った判定を連発。講評で、「受講されたすべての方に
四級審判の資格が与えられますが、特に山岸さんはもう一度よく勉
強してください」と釘を刺される始末だった。
 その週から学校のクラブ活動で子供たちの指導を始めたが、サッ
カーの知識がほとんどなく、子供たちから「先生、今のはオフサイ
ドじゃないよ」と逆に指摘されるほど。そして、何よりも怪我をし
た西本恵に何も出来なかったことが気にかかっていた。
 そして昇は、ヨシダ電機に電話を掛け女子サッカークラブの練習
日程を聞き出し、次の土曜日に思いきって訪ねてみることにした。
 昇が練習場を訪れた時は、ちょうど紅白戦の真っ最中。西本恵は
試合には加わらず、ゴールポストの脇から後輩たちに大声で指示を
与えていた。
 近づいて「あのう」と声をかけると、「なんでしょうか」と笑顔
で振り向いた。
「先週の審判講習会で主審をしていた山岸といいます。あの時は何
もできなくてすいませんでした。足はもう大丈夫ですか」
「あぁ、あの時の人。古傷にスパイクされただけ、しょっちゅうあ
るのよ。気にしないでください」
「そうですか、たいしたことがなければよいのですが。私はサッ
カーがよく分からないので、本当にすいませんでした」
 そして昇は自分が新任の教員であること、学校の事情でサッカー
クラブの指導をしなければならなくなったことなどを告げ、何度も
詫びてグラウンドを去ろうとした。
 すると西本恵は、「私はあと十日くらいプレーできないのです。
その間なら私がサッカーを教えてあげましょう」
「いいんですか」
「まずファールからね」
 その日は一時間ほど喫茶店でサッカー全般について話しを聞き、
翌日には二人でJリーグの試合を観戦に出かけ、主審と副審の動き
や、オフサイドなど細かなルールについて説明を受けた。
「西本さんは、なんで僕なんかにここまでしてくれるのですか」
「私はサッカーが好きなの。小学校の時に兄の真似をして始めてか
らサッカー一筋。私の好きなサッカーをあなたが小学生に教えてく
れるのなら、これからも出来るだけのお手伝いをします」
「ありがとうございます。僕もサッカーを好きになります。そして
あなたの事も」
 その後、昇は指導者として三年後にはチームを全国大会に導き、
その三ヶ月後にはカリスマ女子サッカー選手の夫となった。